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前田敦子

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AKB48
前田 敦子 まえだ あつこ
2012年AKB48プロフィール 前田敦子.jpg
公式ニックネーム

あっちゃん

所属事務所

太田プロダクション

生年月日

1991年7月10日 (26歳)

出身地

千葉県

血液型

A型

身長

161cm[要出典]

スリーサイズ

B76 W60 H83[要出典]

合格期

1期生

選抜回数

28回

前田 敦子(まえだ あつこ、1991年7月10日 - )は、AKB48の元メンバー。現・女優。千葉県市川市出身[1]。太田プロダクション所属。

略歴

2005年
  • 10月30日、秋葉原48オープニングメンバーオーディションに合格。
  • 12月8日、AKB48劇場グランドオープンでデビュー。
2006年
  • 2月1日、インディーズ1stシングル『桜の花びらたち』でシングル表題曲選抜メンバーに初めて選ばれる。
  • 6月7日、インディーズ2ndシングル『スカート、ひらり』でシングル表題曲の初センターを務める。
2007年
2009年
2010年
2011年
2012年
  • 3月25日、AKB48からの卒業を発表。
  • 8月27日、AKB48で卒業公演が行われる(同日、AKB48としての活動を終了)。
2016年
  • 3月9日、43rdシングル『君はメロディー』では、AKB48卒業メンバーとして、シングル表題曲選抜メンバーに選ばれる。

人物

キャラクター

  • AKB48&チームAのエース。これまでに全て(じゃんけん選抜は除く)のシングル曲で選抜メンバーに選ばれており、そのほとんどの曲でセンターポジション[2]を務めることから、“絶対的エース”とも呼ばれる。総選挙では2度の1位を獲得。[3]
  • キャッチフレーズは無し。無い理由は「思い浮かばなかった」から。それから5年間経ってしまった。[4]と最近は答えているが、本当は恥ずかしかったから。考えようとも思わなかったとか。[5]
  • ニックネームは「あっちゃん」。これはAKBに入ってから付けられたものではなく、子供の頃からのあだ名。[6]後輩からは「前田さん」と呼ばれる事が多い。たまに番組では「マエアツ」が使われる事もある。[7]
  • 特にキャラクターはない。よく「何を考えているのか分からない」と言われる。本人によると、そういう時は本当に「何も考えていない」。[8]MCなども特に何も考えずに出る。もっと積極的になろうと考えた事もあったが、「あっちゃんはそんな感じなので、それでいいよ」とメンバーやファンは思っており、前田も“これ”と言ったキャラクターは作っていない。「それを許してくれるファンの人と、メンバーには感謝してますね」[5]
  • チャームポイントは、目。[9]
  • ダンスはあまり得意ではないらしく、「省エネダンス」と呼ばれたり、「松井珠理奈に負けてるよ」とか言われてしまっているとか。[10]
  • 秋元康「前田敦子というエースは本当に不器用なんです。すぐ顔に出てしまう。心にないことは言えません。だから、すごく誤解されます。やる気がないように見えることもあり、『ぶすっとしている』とバッシングを受けました。でもそれでいいんです。もちろん他のメンバーのように、いつも挨拶できる子も魅力的ですが、でも前田敦子みたいな子がいてもいいと思っています。『秋元さん、前田敦子に注意しなくていいのか』と言われるが、まあいいと思っています」[11]

AKB48加入前

  • 1991年7月10日に生まれる。「敦子」という名前の由来は、祖父が「敦」という字を絶対に付けたかったらしく、もし男に生まれていたら、前田敦(あつし)になっていた。[6]
  • 幼稚園の時に、『ポンキッキ』や『天才テレビくん』などのテレビを見ていて、同世代の子供たちが出ていると「楽しそうだな」とは思った。うらやましいとも思ったが、「自分も出たい」とかそういう事を言えるような子供ではなかった。
  • 中学生の頃、もともと目立つ事が苦手で、授業中先生に指される事さえ怖かったという、どこにでもいる内気な普通の女の子。[12]それがいつしか「女優になりたい」という夢を持つようになった。

AKB48として

2005年

  • 母と2人でいた時に「秋葉原48(AKB48)」というアイドルグループのオーディションのチラシを見つける。かなり怪しげなチラシだったが、懐かしのアイドル特集などで「おニャン子クラブ」は知っており、そのプロデューサーだった秋元康が載っていたので興味を持った。AKBの“それぞれの夢へと巣立っていく場所”というコンセプトに惹かれ、リアルなレッスン場のつもりで、[13]このグループに入ってみたいと思ったが、母親にも「オーディションを受けたい」と言える子でもなかった。そんな娘の気持ちを察してくれたらしく、母が「やってみれば?」と言ってくれた。当然これが人生で初めて受けたオーディションで、[4]秋葉原に来たのはAKBになってから。テレビで知っていた程度の知識しかなく、「行きたいとも思っていなかった(笑)」とか。[13]
  • 10月、1次、2次と合格し、最終審査日。当日の印象は、年上の人(小嶋陽菜のことらしい)や可愛い人がいて、すごい自分が場違いな感じがした。すでに女の子同士のグループなども出来ていたが、自分は誰とも喋らなかった。まずダンス審査で全然踊れず、それを引きずってしまい歌唱審査もダメだった。絶対に落ちたと思ったら、自分の番号が呼ばれた。でも、母親が喜んでいる姿を見て、ほっとした。[5]
  • 戸賀崎智信の当時の印象は、「歌い終わった前田は暗かったが、質問されて最後にニコッと笑った顔が凄く可愛かった。その笑顔はみんなをキュンとさせるものだった。審査員の間で“暗いけれど最後の笑顔が凄かったね”という話になった。前田が通過した理由はそれだけだった」[14]「ニコっと笑った時に、何か引っ掛かるんですよ。地味なんだけど、不思議な感じがしましたね。ただ、特別にオーラがあった訳ではないので、将来センターに立つなんて思ってもいなかったです」。[15]
  • 11月、デビューに向けてレッスンが開始。振付師は、モーニング娘などの振付も担当した夏まゆみ。かなりのスパルタで、1回無断欠席した子はクビにされ、レッスンの厳しさに耐えられず何人かは自主的に辞退した。1期生は24人が合格したが、デビューまで残ったのは20人だった。前田が耐えられたのは、『桜の花びらたち』の立ち位置を決めるとき、この曲は5人しかマイクがもらえないが、自分が貰えたからだった。嬉しさと、他人には負けたくないという事でがんばれた。同じく『スカート、ひらり』というユニット曲のメンバーにも選ばれた。最初に前田を推したのは秋元康ではなく、夏まゆみだった。[5]
  • 12月8日、AKB48劇場のグランドオープンで劇場公演デビュー。初日は70人近くお客さんがいたが、これには関係者も含まれており実際は7人。2日目、3日目、進んでいくと、お客さんの数は数人という日もあった(ステージのメンバーよりも少ない)。不安から、泣いたり、辞めたがるメンバーもいた。季節は冬だったが、寒空の下、メンバー自ら何度かビラ配りなどもし、客を増やそうと努力した。「なんで人気が出ないんだろう。これ以上人気が出なかったらみんなでやめちゃおうって話をしていました」。[16]

2006年

  • 2月1日、インディーズではあるが『桜の花びらたち』でCDデビュー。
  • 2月8日、初の満員御礼を達成。「初めて満員御礼になって、席が埋め尽くされた時は、すごく嬉しかったです」。[5]
  • 2月下旬、すぐに追加メンバー(2期生)のオーディションが開始される。「オーディションをやるよって言うのを聞いて、すごい嫌だったんですよ。ここまで頑張ってきたのに、なんで増えるんだろうって。もともと増えるコンセプトだったけど、不安で、私たちの居場所が無くなるんじゃないかと思って」[5]
  • 2月26日、19人が合格し、新たなAKBのメンバーとなる。「『先輩たちに負けないように、頑張ります!』ってすっごい強い意志を持っている子たちだったんで、そこでみんなすごい刺激を受けたんだと思います。私も負けてられないって。最初はチームAチームKはライバルでした」[5]
  • 4月15日、チームA 2nd Stage「会いたかった」公演が開始。これは前回の1stに比べ、よりメンバーのポジションに格差があるような作りになっている。それはメンバー自体に格差が出来はじめたということ。それまで、なんとか皆でお客さんを増やそうと一致団結して頑張っていた直後。チームAメンバーにとってはこのセットリストが一番辛く、「2nd公演の事は思い出したくない」と言っているという。[5]
前田はこの公演の『渚のCHERRY』という曲で、初めてソロを担当する事になった。正確には4人のユニット曲だが、実際にはソロとバックダンサー3人という構成であり、明確な差がある(衣装の色も違う)。前田はソロを任されると知ったとき、「一人だけ目立つのはイヤ」「やりたくない」と言って大泣きした。[17]「何で私がやらないといけないんですかって思っちゃいましたね。別に歌が上手い訳でもなく、踊りが上手い訳でもなく、喋れる訳でもないので。『なんで?』ってずっと思ってました。自分でも分かってたし、申し訳ないなとしか思えなかったです」。[18]目立つのが苦手だったから、嫌だったのもあるが、理由はもう一つ。それは、同年代だった、峯岸みなみ平嶋夏海増山加弥乃が自分のバックダンサーを務める事になったからで、前田が直接言われた訳ではないが、彼女たちも負けず嫌いな性格で、「2人が嫌がっている」という話が前田の耳にも届いていたからだった。[5]
平嶋「3人で事前に仮歌を聴いて、『多分あっちゃんが歌う箇所が多いよね。覚悟しておこう』って」。ところが現実はもっと厳しかった。パート表を見ると、「前田」と「オール」という名前のみ。「センター」と「それ以外」という扱いだった。しかも3人が担当する歌詞は「チェーリチェリガール」と「チェーリチェリボーイ」だけ。つまりただのバックコーラス。平嶋「この曲をステージに出て歌ったら…私の事を応援してくれているファンの人たちはどう感じるんだろう」。悔しさと申し訳なさで胸はいっぱいだったが、スタジオでは涙を見せなかった。だが、「スタジオを出た瞬間、他のレコーディングで来ていた戸島花ちゃんと会ったんです。その顔を見た瞬間、私とみぃちゃんは、花ちゃんの胸で泣きました。そうしたら『あっちゃんがもうすぐ来るよ。この姿を見せたらダメだよ』ってトイレに連れて行かれて。でもあっちゃんも、そのパート表を見て泣いたんだよって聞かされました。その後も『渚のCHERRY』の練習をやったんですけど、歌のパートの話は4人とも一切しませんでした」。[19]
  • 当初は夏まゆみには評価されていたが、秋元康からはそんなに評価は高くなかった。オーディションの時は、ほとんど眼中になかったと聞かされた。印象は「ヘルメット」。しかしなぜそんな子をいきなりセンターに抜擢したのか。秋元「『PARTYが始まるよ』公演をやった時に、『AKBは面白いけど、誰が誰だか分からない』という声があったので、スターを作らなきゃと…。“前田スター化計画”の第一歩としてソロ曲にしたんです。そしたら前田が猛烈に泣いて。レコーディングの時に、僕をスタジオに入れてくれなかったくらいでした。ここから前田の葛藤が始まるんですよね」[19]

戸賀崎「秋元さんは、前田が最もセンターっぽくないからセンターにしたのだろう。大島優子の魅力は分かりやすいが、前田はみんなが謎だと思う。握手会でも“あっちゃんは省エネ”と言われるが、それでも人気がある。イヌとネコに例えるならばネコのような存在で、だから人の興味を引く」[14]

  • 8月11日、2ndの千秋楽。そこで秋元は、メンバーにお互い思っていたことをすべて言えと命じた。あるメンバーはファンの前で「辞めようと思った」と言い、あるメンバーは「あっちゃんの後ろは嫌でした」と本音を吐露した。それに対し前田も「『渚のCHERRY』はやりたくなかったです」とセンターを任される重圧を語った。メンバーはみんな号泣しながら思いの丈をぶちまけた。前田「スッキリしたというか。改めてファンの人たちにも自分たちの気持ちを分かってもらえたというか」。[5]
この時は観客も一緒になって号泣したとも伝えられているが、ある雑誌にその公演に参加していたファンはこう書いている。「そんなはずないでしょ。もちろん自分の推しメンが泣きながら話している時はウルウルしましたけど、客はチームAの他のメンバーには興味がない訳だから、どうしてお金を払ってまで演者の愚痴を延々と聞かされなくちゃいけないのかと。ものすごく微妙なムードが劇場全体を包み込んでいましたね。いたたまれない感じっていうのかな。早く劇場の外に出たかったというのが本音ですよ」。[20]

チームKはじょじょに人気を上げ、チームAとライバル関係になっていた頃、チームA内ではさらに“メンバー格差”という新たな戦いも始まっていた。[19]Aのメンバーにとっては非常に辛い公演となったが、この「会いたかった」はAKBの代表曲とも言える曲が入っており、今ではメンバー間に格差があるというのはAKBでは常識なので、後に出来たチームBやSKE48チームKIIなどでも使用されているという人気のセットリストとなっている。

  • 9月29日、チームAとチームKの組替え発表を行うと告知される(「ばら組」「ゆり組」構想)。不安はまったくなく、「新しい気持ちになろっかみたいな(笑)。また違う自分になれるかなみたいな」と非常にポジティブ。[13]
  • 10月、『会いたかった』でメジャーデビュー。「ビックリはしなかったです。CDを出すっていうのも、どういう事だかよく分かっていなかったので」[5]

2007年

  • 4月、将来の希望は女優で、映画『あしたの私のつくり方』で夢でもあった女優業の活動も開始。準主役の大抜擢だった。その年の第81回キネマ旬報新人女優賞候補にもノミネートされている。実は「すっごく嫌でした。怖くて、自信がなさ過ぎて。実際、現場に入っても『早くAKBに帰りたい』とか、そんな事ばかり言ってました」。夢の女優業だったが、あまりにもどうすればいいかのわからず、それが「嫌だ」という感情に繋がってしまった。[5]
  • 7月、大島優子小野恵令奈と共に太田プロダクションに移籍。
  • 7月1日、チームAとKのメンバーがシャッフルされ「ひまわり組」として劇場公演を行う。「ひまわり組は辛かったけど、自分のためには大きかった。最初は『チームがバラバラになっちゃう。このまま戻らないんだろうな』ってみんな思ってました。でも、ひまわりをやった事で、すごく成長したと思います。私も優子と絡む事が増えて、影響されたんですよ。あの子は明るいから、見ているうちに『自分をこんな風に出していいんだ』『こうやれば楽しくなるんだ』って」[19]
  • 10月、雑誌『ビッグコミックスピリッツ』で初の単独表紙を飾る。
  • 10月16日、フジテレビ系「スワンの馬鹿!~小遣い3万円の恋~」にて、初の連ドラ出演。
  • 12月、チームAとKのメンバーをシャッフルするという「ひまわり組」公演のスタート。「みんな一番自分のチームが大好きで、台風が来たみたいに荒れました。嫌だ嫌だ嫌だってみんなで泣いて。でもなんだかんだでレッスンが始まっちゃうと、すんなり(笑)」[5]
  • 12月、AKB48として『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

2008年

  • 1月、ドラマ『栞と紙魚子の怪奇事件簿』で、南沢奈央とのダブル主演を務める。
  • この年の前半は役者仕事もこなし、AKBから離れている事が多かった。AKBがこの年に出したシングルは、昔インディーズで発売したセルフカバー曲『桜の花びらたち2008』であり、運営側はなんとかCDの売上を伸ばそうと色々な特典を付けていたが、所属レコード会社からは違法性が高いと指摘され、さらに契約も解除されてしまった。これらはニュースとしても取り上げられ、AKBのアンチからは悪質な「AKB商法」とも言われる様になり、次第にバッシングなども大きくなっていった。
  • 6月、次にリリースされたシングル『Baby! Baby! Baby!』は、レコード会社も決まっていなかったため、CD販売はされず、ダウンロード配信のみのシングルとなった。この頃がAKBの低迷期と呼ばれており、「『これからどうしよう』『もうこれ以上、上には行けないのかな』って思ってる時期だったような気がします。自分たちも、スタッフの方たちからよく言われるんですけど、『もうこのまま終わっちゃうんじゃないかな』って。多分それは私たちの意識が薄れてきちゃったからで…」。[5]
  • 7月、フジテレビ系列の月9ドラマ『太陽と海の教室』に、船木真由役で出演。
  • 10月22日、『大声ダイヤモンド』をリリース。この曲では、8月に結成されたばかりのSKE48から松井珠理奈が選抜メンバーに選ばれている。しかも前田とのダブルセンターでデビューすることになった。珠理奈の存在について。「別に余裕があった訳じゃないんですけど、年齢も違うし、あまり意識はしてなかったんです。でも思った以上にファンの人からすごい言われたというか、比べられていたというか。それを知った時はちょっとビックリして、焦りましたね。私はどうしたらいいんだろう…と思って。秋元さんにもその時期、怒られた事が何度かあったんです。『このままでは松井に抜かされますよ』って言われた事もあったし。『大声ダイヤモンド』から秋元さんに毎回意識を聞かれるようになりました。『どうしますか? 前田はできますか?』ってメールで聞かれるんですよ。『できます! やりたいです!』って。それまではセンターにいるけど、でも『どうせみんな私の事なんてなんとも思ってないな』っていう気持ちでした。でもこの曲から、自分のいる場所(センター)の意味が少しずつ分かってきた気がします」[5]
  • 秋元「今後、前田がどうなっていくのかっていうのは、これだけセンターになって、自分がセンターなんだと気付いた。色んなドラマが出るようにになった。それで、これからどうなるか? だと思います。でもね、そこでファンの反応で面白いのが、“深読み”するんですよね。PVで珠理奈と前田の方がぶつかったりするところで、あれが新旧交代を意味するんじゃないかとか。そんな事ないのに。あのPVは全部、監督に任せてただけなんですよ。全部を僕がやっていると思われてるけど、そんなに時間ないから(笑)」[21]

2009年

  • 3月、アメーバブログにて「前田敦子オフィシャルブログ」をスタートする。毎日平均7回は更新し、総合ランキングでも1位を取るなど、「ブログ女王」とも呼ばれるようになる。
  • 4月26日、ライブ「神公演予定」にて、13枚目のシングルの選抜メンバーはファンの投票によって決めるという選抜総選挙の開催が告知される。つまり実質的なファンの人気投票が行われる事になる。「センターである事の意味が、自分の中ではっきりしたのはこのあたりからですね。引っ張られるだけじゃなくて、引っ張っていかなきゃって」[5]
  • 6月23日0時に投票が開始。もちろん注目点は誰がランクインするか(選抜メンバーにえらばれるか)だが、もう一点。「誰がAKBの中で一番人気があるのか」ということ。握手会や声援の大きさなど、ある程度メンバーの人気は分かるが、これほどメンバーの人気がはっきりする方法はない。これまで前田はエースとして活動してきたが、それは秋元康がそう決めたからであって、果たしてAKBのファンはどういう結論を出すのか。その点にも注目が集まった。翌日に発表された速報では、前田が1位。7月1日の中間発表でもやはり前田が1位をキープした。
  • 7月8日、最終結果を発表するイベント「神様に誓ってガチです」が開催。開票前のミニライブ後、MCの高橋みなみに今の気持ちを聞かれ「緊張しすぎて、頭痛いです」と発言すると、会場の観客からは「えーっ」と言う声、高橋が「本当ですよ」と客席に向かって前田をフォローしたが、前田は「なんで今、『えー』って言われたのか分かんないんですけど」と発言。会場には不穏な空気が流れ、他のメンバーも戸惑いを隠せないといった表情。総選挙は、開票前から妙な緊張感に包まれていた。
そして順位の発表は進み、まだ名前の呼ばれていないメンバーは、中間で1位争いを続けていた前田と大島優子のみとなった。そして司会が2位の名前を発表しようとした時、会場の観客の一部から「前田」「前田」という前田コールが起こってしまった。それはつまり、前田敦子が2位になれという意味だった。結局、2位で名前を呼ばれたのは「大島優子」。そして前田の1位が確定した。前田はファン人気がトップである事を証明。当選挨拶では「本当にありがとうございます。私はAKB48に自分の人生を捧げて行くと決めているので、これから皆さんに恩返しできるように、みんなで力を合わせて頑張って行きたいと思います」と力強く宣言した。しかしこの「総選挙」というイベントは、前田はファンの多さに比例して、「そうでない者」いわゆるアンチと呼ばれる者達が一番多いというのが如実に現われたイベントとなった。
  • 8月25日、秋元康インタビュー。―今回についてどんな予想をしてましたか? 「本当に全然分からなかった。みんなは『前田がカタい』って言ってたけど、人間の心理として『あっちゃんが堅いなら、二推し、三推しにいれよう』と思うしね。でも結果は、やっぱり前田が強かった。でも、前田が強いってことは、それだけ新しいお客さんが増えてるってこと。あと篠田もソネットのCMもあったし。この二人が入り口になっていると思うんですよ」-―“選抜”について詳しくお聞きしたいんですけど、毎回どういった基準で選んでいるんですか? 「綺麗事では決してなくて、本当に“その時に一番輝いている子”を選んでいます。これは2種類あって、『もう既にスター性がある!』という子と、『何年後かに必ず輝く』その可能性に期待を込めて選ぶ子がいますね」。―そのスター性というのは、ビジュアルや喋り方なども総合してってことですか? 「いわゆる“華”ですね。オーラです」。―ちなみに“この子にはスター性がある”と思ったのはどなたですか? 「やっぱり前田には不思議な魅力がありました。あと松井珠理奈は、10年に1度の逸材だと思います。アイドルに生まれてきた来たようなメンバーは、渡辺麻友でしょう」。―そんな松井さんを見て、思わず選抜に入れてしまったと。「本来なら、AKBとSKEは別のものですけどね。そのことを忘れるくらいに『珠理奈をセンターに持ってきて、前田とツートップでいこう!』と思いましたね。相当の衝撃でした」[22]

2010年

  • 1月、AKB総出演ドラマ『マジすか学園』で初めての単独主演を務める。
  • 1月、AKB48メンバー初となるNHK大河ドラマ『龍馬伝』に、龍馬の姪の坂本春猪役で出演する。
  • 3月25日、横浜アリーナのライブで、去年に引き続き17枚目のシングルの選抜メンバーを決める「第2回総選挙」の開催が発表された。
  • 『AKB48総選挙公式ガイドブック』が発売され、前田は去年の「前田コール」の状況について語った。「もちろん聞こえてました…。だって同じ観客席に居ましたから…。あそこまで嫌われていたのかって…。あのコールの瞬間はすっごくショックで、孤独を感じました。会場にはメンバーもファンの皆さんもスタッフもいっぱい居て見守ってくれているのに、嫌われ者の私が一人みたいな…。本当に辛かったですし、今でも忘れられません」。
「自分が1位でいいのだろうか?という気持ちがあったか」という質問に対しては、「今でもそう思っています…。1位なんて子供の頃から取った事なんか無かったですし。AKBの選抜に入れさせて頂いたり、センターをやらせてい頂いたり、それに対する責任みたいなものは漠然と感じていたんですけど、前田コールで、もっとそういうアンチの方にも認めて頂かなくちゃいけないと思って…。私にとっても、みんなにとっても、大切なAKBに、真剣に取り組んでいますって事を伝えたかったんです。もっと努力しますって…。だからこういう結果になってもAKBを嫌いにならないで下さいって…」。
当選挨拶での「恩返し」の意味については、「メンバーで力を合わせて、もっともっと凄いグループにしなきゃいけないと思いますし、私たちも一人一人の夢をどんどん叶えて、『AKBを応援してきて良かった』と思って頂く事じゃないでしょうか。だから恩返しっていうのは、これで恩返しが出来たって言うものじゃなくて、ずっとし続けなきゃいけないものだと思うんですよね。人生を捧げるって言葉が出たのは、そういう気持ちからです」。[23]
  • 秋元康「アンチの中で戦った前田は強くなったし、魅力的になった。その後も、彼女はアンチから後ろ指を指されないように努力したと思う。そういう意味で前田が1位を死守できるのか、アンチに引きずり降ろされるのか…だから、メンバーの中には1位になりたくない子もいる。アンチのプレッシャーがすごいので、できれば2、3位がいいと…」と、大人数グループであるAKB48のエースというポジションには必ずついて回る「宿命」について語っている。[24]
もちろん「1位を目指す」や「1位を取りたい」というメンバーも沢山居るが、実際に1位を狙える位置にいる前回3位の篠田は「1位にはなりたくないです。あっちゃんは抜かしたくないです」。[25]や「4位で十分なんです」とコメント。[26]前回4位だった渡辺麻友は、順位の目標を聞かれ3位と答えた。そして「1位はダメですっ! 万が一、1位なんてとっちゃったら、どうなっちゃうか怖いんです」と答えている。[16]6位の小嶋も「1位は1位で大変」[27]と、上位メンバーほど、1位は狙っていないと答えている。どれほどAKBのトップという立場が、如何に辛く大変なポジションであるかが分かる。
さらに秋元は「何かを代償にしなければスターになんかなれない」。「どこの組織、業界でもトップは必ず孤独」。「たぶん誰が1位になってもブーイングはあるでしょう。それが人気の証しです。今現在そのブーイングが一番大きいのが前田敦子でしょう。実はその摩擦係数が大きいほど、エンターテイメントというのは広がる。前田支持派と前田アンチ派がぶつかっているから、今のAKBは生きている。活気がある。それが無くなってきたら、AKBにとって一つの時代が終わる。そういう意味ではまだ活性化しています」としている。[16]
  • 劇場支配人の戸賀崎は「AKBの広告塔として活躍してくれた。その功績は大きい。かわいらしさが強調されがちだが、実は歌も魅力的。技術うんぬんではなく、人を引き込む力がある」と前田を評している。
  • 総選挙前のアピールコメントでは「正直、プレッシャーに押し潰されそうになった時もあったんですが、そんな時には総選挙2位の発表の時の"前田コール"を思い出したりしてました。その時は『前田敦子じゃダメだ』と仰る方たちにも認めていただきたいなと思いました」「私は本当にAKBが大好きで、これからもAKB48に一生を捧げるというのは変わらないです。今年の選挙がどういう結果であっても、私前田敦子は一生を捧げて頑張っていきたい」とコメントした。[28]
  • 6月9日、JCBホールにて開票イベントが開催。前田は去年と同じく、速報、中間と1位をキープし続けていた。イベント前の取材にはこう答えた。「目指す順位は…1位です。まだ1位でいさせて欲しいです。1位じゃなかったら、この1年の自分の頑張りが足りなかったんだと思います」[19]
順位の発表が開始。3位まで発表され、去年と同じように残った名前は「前田」と「大島」のみとなった。そして2位の時、司会の徳光が「チームA所属…」と読み上げると会場には大きなどよめきが起こった(前田がAで大島はK)。そして次に「前田敦子」という名前が読み上げられた。最終結果で、ついに大島優子に逆転され、前田は2位に終わった。票差はわずか597票だった。その瞬間、1位が確定した大島優子は涙し、大島のファンは歓声を上げて喜んだ。
壇上に上がった前田はまず「みなさん本当にありがとうございます」と、投票してくれたファンに向かって深々と頭を下げた。そして悔しそうな表情で「私は負けず嫌いなので、正直なところ悔しいです。でも実は少しだけホッとしています」と1位を奪われた悔しさと、プレッシャーから解放されたという、二つの相反する複雑な心境を語った。
しかし続けて「私は1位という器ではないと思います。昨年1位を頂いた後に、一番にAKBを引っ張っていかないといけない立場だったと思ったんですけど………やはり……私には…うまくできなかったみたいです……」とコメントすると、ついに堪えなくなり俯いて涙を流した。そんな前田を後ろから見ていた旧チームAのメンバーは、泣きながら首を横に振っていた。[29]涙の止まらない前田に対し、会場からは「そんなことはない」「泣かないで」という声が送られた。この日徳光は、選ばれたメンバー一人一人に対し、本人の名前を入れた川柳を即興で作ったが、前田には「エースゆえ 孤独に見すえろ 前だけを」という川柳を送った。
皆に励まされた前田は「今年はこの順位で頑張っていこうと思います。でも、もしリベンジができるのであれば、もっとたくさんの方に認めていただけるように頑張ります。AKB48を引っ張っていけるような存在になりたいと思います」と顔を上げ、前向きな活躍を誓った。[30]
  • 選挙終了後、バックステージに戻った2人は抱き合っていた。「あそこに優子を抱きしめた時は、素直に『おめでとう』って気持ちでした。そうしたら優子は強く抱きしめ返してくれたんで、『あ、やっていける』って思いました。優子に送る言葉? 無いです。だって私が優子に勝っている事は何も無いんです。唯一、去年の総選挙で勝った事だけ。だから優子なら大丈夫。それは周知の事実です」[19]
  • 自身のブログには選挙の気持ちを投稿。「今思ってることをそのまま書くと…正直悔しいですでも実は…少し肩の力が抜けまた部分があります…。今までどれだけのプレッシャーの中でいたのか……なんて言えばいいのか…難しいんですが。今回2位を頂けた事で気付いた事、沢山ありましたこれは成長できるチャンスですよね。まだまだ認めてはいただけていないという事実を受け止めながら、今年も精一杯がんばってきます」と投稿した。[31]それに対しファンからは2万件のもコメントが寄せられた。
  • 選挙後、初のイベント「ポニーテールとシュシュ発売記念握手会」のミニライブでは、大島がセンターを務めるフォーメーションに変わり、前田はセンターのポジションから外れた。しかし逆に「やる気がみなぎった。頑張らなきゃいけないと思った」とコメントした。[32]
  • 7月10日、ライブ「サプライズはありません」が行われた日。この日は前田の19歳の誕生日でもあり、サプライズで誕生日パーティーが行われた。メンバーやスタッフが祝い、親友である板野友美が特大ケーキを運ぶ役割を担当したが、台車が溝に引っかかりバランスを崩し、ケーキは台から床に転落してしまい無残な姿になってしまった。板野が謝る中、前田は笑顔で対応。「沢山の方に祝ってもらって、泣きそう。大人と子供の狭間で、大人になる準備をしながら、もう少し甘えさせてください。19歳の前田敦子もよろしくお願いします」と挨拶をした。 [33]
  • 7月31日、雑誌インタビューで秋元康が選挙について語る。イ「優子が1位になった事で前田の存在の大きさを知ってしまったというか、本当の意味でエースになったんじゃないかって。あの5分近い沈黙のスピーチなんか歴史に残りますよね」。秋「一皮剥けたんじゃないですか。絶対的エースから2位になってしまった事のショックもあり、肩の荷が下りたっていうところもあるし。今まで『なんで前田なんだ?』って言っていたファンも、『やっぱり(優子より)前田の方がしっくりくるんじゃないの?』っていう意見も出てきたし」。発表された直後について。「僕もトロフィーを渡さなきゃいけなくて、3位ぐらいから歩いてたんですけど、『2位、チームA―』って聞こえた時に、ハッとしましたね。それは衝撃でした。前田2位なんだ…っていう」。イ「予想は1位=前田でした?」。秋「僕は前田は動かないだろうと思っていましたね。新しいファンは前田から入るだろうなと。中高生は特にね」。イ「前田が負けて1位が変わったからこそ、マスコミや視聴者にはインパクトが大きく、AKBがブレイクするきっかけになったのでは?」。秋「ホントは前田2連覇で、絶対的エースが次の年に替わるぐらいの方がインパクトが大きかったと思うんですよ」。イ「前田の当選挨拶について」。秋「前田が凄いなって思うのが、『ホッとしています』『(エースの)器じゃないかも知れません』って言った時に、それでもアンチはいっぱい居るよ。いるけども、少なくともみんな溜飲を下げた(不平・不満が解消して気分が落ち着くという意味)と思うわけ。ついに18歳の女の子に『(私が今までAKBのエースで)ごめんなさい』って言わせた訳だからさ」。イ「それも酷い話ですね」。秋「いや、でもそれが前田のスターとしての宿命なんだよ。あのコメントを聞いて、やっぱりこの子は立派だなと思いました」。イ「第3回の開催について」。秋「どうなるかわかんないよね。全然違う事をやるのかもしれないし。恒例として面白いのかなという気もするし」[34]
  • 新曲『ヘビーローテーション』を採用したお菓子「ぷっちょ」の新CM発表会に登場。前田は、CM中のシーンでは異例の2列目。そしてファンに向けてのメッセージなど、すべての質問にAKB代表して答えるのは、前田ではなく大島。「ぷっちょもAKB48もこれからもよろしくお願いします!」という大島の横で、前田の様子は、表情は笑顔だが顔は少しうつむきかげんで、悔しさもにじませているように見えた。[35]
  • 8月17日、日本テレビ新ドラマ「Q10(キュート)」(土曜午後9時)で初ヒロイン役に挑戦。主演は大河ドラマ『龍馬伝』で好演した佐藤健。前田演じる謎のロボット“Q10”が、佐藤演じる高校3年生の人生を変えていく学園ドラマ。前田は、連続ドラマで初めてヒロインを演じることに「今回、このような作品に参加させていただけてとても嬉しいです。ロボットの役と聞いて、未知の世界に緊張していますが、ワクワクもしています」と意気込みを語った。[36]
  • 9月、多忙につき、ブログの更新頻度を下げると本人から報告がされた。しかしブログは辞めずに続けるとの事。[37]
  • 9月21日、19thシングルの選抜メンバーを決めるじゃんけん大会では、ベスト16に入り、連続選抜記録を伸ばした。これで記録を保持しているのは小嶋陽菜と前田の2人のみとなった。また、新センターとなった内田眞由美に対しては「ウッチーを支えてあげたいと思います」と祝福。センターとしての心得を伝授すると話した。しかし前田は、マスコミ向けの新選抜メンバーフォトセッションには姿を見せなかった。関係者によると、イベント終了直後に、疲労による体調不良で倒れたが、大事には至っていない。 [38]
  • 9月28日、株式会社カスペルスキーの新製品「Kaspersky Internet Security 2011」のプロモーションに、AKB48研究生10名が起用されていたが、初代所長は“あるメンバー”とされ公表されていなかった。また「ブログのアクセス数がすごい」というヒントは提示されていた。28日、その所長が発表され、前田敦子が就任した事が判明した。テレビCMは10月17日まで関東、関西、中京の各地域で放映される。
  • 10月、ドラマ『Q10』の宣伝のため雑誌の取材に引っ張りだこに。その数なんと26誌。これにAKBとしての数を足すと30誌以上となった。[39]
  • 10月3日、16日スタートの『Q10』の記者会見が行われ、前田は「今回は、役者前田として参加させてもらっているので、AKBとは違う私を出せたら。『ロボットっぽい』と言われるのが一番の褒め言葉」と話した。一方佐藤健の方は、ラブシーンなど、内容次第では前田ファンを敵に回す恐れも。「その件で夜も眠れない…」と気が気でない様子。「でも、絶対に不幸にはしないです」とファンに誓い、周囲を笑わせていた。[40]
  • 12月13日、2010年のベストセラー1位の「もしドラ」映画版で、初主演を務めることになった。前田にとっては、「那須少年記」以来3年ぶり4度目の映画出演。元々、原作のモデルとなったのは同じAKB48の峯岸みなみだったが、ドラマ「Q10」などで女優としても活躍し、認知度、経験値が高いことから前田が抜擢された。[41]同映画の総合プロデューサーは秋元康。秋元は前田を起用した事について、「繊細で透明感があり、主人公・みなみにぴったり。AKBの前田ではなく、(女優として)この作品に入っていける」と太鼓判を押した。来年1月上旬にクランクインし、2月中旬にはクランクアップ予定。[42]
  • 冬、千葉県だと交通にも時間が掛かるため、一家で都内へと引っ越した。[43][44]

2011年

  • 1月17日、『オリ★スタ』の2011年ネクストブレイクランキングの女優部門で1位に選ばれる。「女優という枠に入れてもらえたこと自体が、すごく嬉しいです」。「10年後は女優さんとしてやっていけたらいいなって思います」。また人見知りな前田に珍しく、共演者やスタッフとの仲もすごく良いとか。「AKBとはまた違った仲間を見つける事ができた。AKBじゃない場所で、自分の居場所があるって感じる事ができたのは、初めてかもしれないです」。[45]
  • AKB結成当初からエースとしてグループを牽引し続けてきたが、「アイドルになりたいと思ったことは一度もなかったんです」と言うように、女優へのあこがれが強かった。「フリを覚えることも悩みだし、MCをどうしようと悩むし、毎日ライブに立っても緊張するんですよ。私、この仕事向いていないんじゃないかなと思うこともありますね」。「たまに焦るんです。グループ活動をしていると、埋もれてしまうような気がして焦っていましたが、AKBでなかったら女優業にもつながっていなかったと思うんです。今AKBの一員でいられる自分に幸せを感じています」とAKBに感謝していることも明かした。[46]
  • 1月22日、現在はデビュー時から言い続けた「女優」という自分の夢に向けて邁進中。反面、AKB48のメンバーとしての活動はかなり少なくなってきた。この日公開された『DOCUMENTARY of AKB48』では後輩について、「任せられるようになった」と、この1年で“AKB48”のグループとして成長を実感。自身の卒業について、そして後輩に“エース”を託す思いなどについても触れている。[47]
  • 2月、最近ますます多忙なせいか、数日間ブログが更新されない事もしばしば。忙しさを心配するコメントが、1万件以上書き込まれる事もあった。[48]またアメブロランキングでは1位の常連だったが、23日はついに11位まで下がり、ついにトップ10からも転落した。[49]
  • 3月30日、東日本大震災で影響で休演となっていた劇場公演が、チームA公演より再開された。ちなみに前田が劇場公演に出演するのは、去年の12月以来、4ヶ月ぶりだった。[50]
  • 4月1日、AKBの未来について。「どんなに大きくなっても、メンバー同士やファンの方との交流や関係性は変わってほしくないですね。あと…遠い未来に自分がいなくても、AKB48は“いる”と思うんですよ。今いるメンバーがみんないなくなったとしても、AKB48は居続けるんじゃないかなって。今、よく『AKB48は若い世代が育ってない』なんて言われますけど、きっと大丈夫ですよ」[19]
  • 4月15日、ドラマ『マジすか学園2』が放送開始。ドラマ自体はもちろんフィクションなのだが、所々に現実のAKBの人間関係などをちりばめたセリフが話題になっている。前田に関しては、ネズミ(渡辺麻友)が「仏頂面、咳払い、後輩を寄せ付けない感じ、イヤっすよねぇ」と揶揄している。これは前田本人が、極一部の後輩としか交流を持たなかったり、咳払いをして追い払ったという現実にあった事件が元ネタとされている。だが、メンバーたちの恥部すらドラマに持ち込むことで、フィクションでありながらリアルなAKBの二次創作的なエッセンスを醸し出す事に成功している。[51]
  • 4月23日、名古屋で行われた『桜の木になろう』全国握手会にて、かねてより噂のあったソロデビューが正式に発表された。発売日は6月22日で、タイトルは「Flower」。[52]ただし握手会自体は本人の体調不良により途中で中止となり、後日の札幌会場か、『Everyday、カチューシャ』の握手会に振替えられた。[53]前日は劇場公演をこなし、深夜1時から3時までラジオ「AKB48のオールナイトニッポン」の生放送を終えてからの名古屋入りだった。ここ数ヶ月だけでも昨年9月のじゃんけん大会、今年2月の握手会、4月の「ミュージックステーション」生放送でも前田はダウンしている。[54]
  • 5月13日、地下アイドルと言われたデビューから国民的アイドルへと呼ばれる直前まで、“AKBの顔”として、風当たりの一番強い場所に立ち続けた前田。昨年の総選挙では中間まで1位を守り続けたが、最後に2位に落ち、“絶対的エース”の神話は崩れ落ちた。「選挙の事は覚えているんですが、自分が喋った事はほとんど覚えてないんです。ステージに上がった瞬間、真っ白になってしまって。2位になった悔しさとか、でもびっくりするぐらい多くの票を頂けた事への感謝の気持ち…。何をどう言葉にしていいのか、分からなくなってしまいました。でも、そんな不器用な私を、会場の皆さんがずっと待ってくださって…。慌てないでいいからって。AKBにはこんなに優しいファンの方々がいてくれる。私は決して孤独じゃないんだ…。最後に落ちた涙は、うれし涙だと思います」
後輩に対して。「私はここで生まれてここで育ったので、AKBが大好きなんです。だから後輩の子たちにも、そうなって欲しいなって。すぐにテレビなどに出させて頂けるのは嬉しい事なんですけど、その分、もったいない事もあって。私が入った頃は、1年間で200公演以上も出させて頂けて、そこで理屈ではなく体で身につけた事が本当にたくさんありました。それが今の原動力になっている気がします。だから今の子たちにも、そういう機会が増えたらいいなと思っています」[55]
  • 王座を奪われた前田が得たもの。秋元「良い意味で、肩の荷が下りたんだと思います。今まで負けた事が無かった訳ですからね、『マジすか学園』でいえば、自分より強い奴が現れたみたいな。本人すら知らずに、おごりになっていた部分があったのかも知れない。でも、自分も負けるんだという経験をして、目が覚めた部分もあったと思う。この1年、前田と話をすると、よく後輩の話になるんですよ。今のAKBで、後輩たちが育つには何が必要なのか、といった話です。今までも思っていたのかも知れないけど、僕に話す事はほとんどありませんでしたから。それが言葉に出す様になった。2位になったお陰で、心に新しい余裕が生まれ、一回り頼もしくなってくれた気がします。」[55]
  • 5月25日、速報が発表。前年の最終と同じ2位前田、1位大島という順位に。今年も追う立場でのスタートとなった。「皆さん!! 速報2位本当にありがとうございます!! やっぱり応援してくれてる皆さんの暖かさを身近に感じる事ができます…。本当にありがとうございます!! 私なりにこれからも頑張っちゃいますよ!!♪」[56]
  • 今年で3回目を迎えるAKB48総選挙。6月9日に発表される最終結果で、グループ内の人気ランキングが決定する。そんな中、下馬評で1位の当選確実と囁かれているのが前田敦子だ。第1回は1位に選出されたものの、第2回は僅差だが2位に転落。今年は巻き返しが予想されているが、ファンの度肝を抜くニュースが飛び込んできた。「今回の総選挙を花道に、前田が卒業を発表するというのです。6月下旬にはソロデビュー。また、6月4日には主演映画『もしドラ』も全国公開。卒業というサプライズはCDや映画の重要な販促活動に利用されるようだ」(芸能プロ関係者)。さらに卒業のタイミングに合わせて発表されるのが連ドラの主演話。7月放映の連ドラ『イケパラ2』でヒロインに抜擢されたのだ。「正直、現在の前田にしてみればAKBに所属している意味はもうないんです。既にAKBの人気は下降線を辿っており、先は見えている。人気が急落してから卒業すれば、自分の価値も下げてしまう。年内中には女優としてのポジションをしっかりと固めておきたい」(芸能プロ関係者)。[57]
AKBには様々なコンセプトがあるが、その一つが「夢へのステップ」。AKBというグループがゴールなのではなく、メンバーそれぞれが持つ将来の夢への架け橋となるグループになるのが当初の構想だった。ところがAKBがブレイクし国民的アイドルと呼ばれるようになると、「会いに行けるアイドル」というコンセプトは崩壊。現在オーディションで入ってくる子は、AKB48そのものを目指して入ってきており、現役メンバーも人気ある同グループからの卒業を敬遠するようになった。秋元康に至っては、前田を含む中心メンバーは「卒業させない」とまで言っているという。[58]こちらのコンセプトも既に無くなりつつある。そんな中、前田本人はAKBブームが終わる事は以前から予想しており、自身の夢である女優という道に向かってソロ活動に積極的。現在“AKB”として番組に出るのは、ゴールデンのレギュラー番組か有名音楽番組などの極一部のみ。かつて最多出演を誇っていたラジオは1年に1回ほど、「AKBINGO!」も、MCのBBから5月下旬に「あけましておめでとう」と嫌味を言われるほど顔を出していない。[59]実質的には、もうすでに“AKBメンバー”としては、ほとんど活動していない。そして残念なニュースがもう一つ。女優転身と共にグラビア活動も完全NGになるという。「当然、水着写真が見れるのは今年が最後。現在、発売されている写真集は貴重になる」(出版幹部)。[57]そこで囁かれているのは、“卒業”というXデーについて。映画、総選挙、ソロデビュー、ドラマ主演と、すでにお膳立ては出来ており、1位に返り咲いてから華々しく女優転身を図りたいのが本人と所属事務所の考え。だが秋元やAKB運営側にとっては、前田の代わりとなるエースが居ない現状で抜けられてしまっては、AKB崩壊をさらに加速させる可能性もある。前田は最近、“世代交代”について考えている事もインタビューでは話しており、裏を返せば、自分の代わりにAKBを引っ張っていってくれる後輩の出現を望んでいるともとれる。浮足立っているのは、他の芸能事務所も一緒で、「ポスト前田と板野のポジションを狙って各プロダクションが争奪戦を展開している。人気が低迷しているとはいえ、そこはAKB48。今の芸能界でAKB48を超える収益率を叩き出せるアーティストはいませんからね」(民放幹部)。前田の夢は果たして叶うのか、6月9日何かが起きる。[57]
  • 6月4日、主演映画「もしドラ」が劇場公開。前田はこの作品のプロモーションのために、多忙な毎日を送る中、テレビ番組は30以上、紙・WEB媒体では100以上(うち表紙を飾ったのは20以上)という、とてつもない数の取材をこなしたという。さらに、東京~大阪間の約1100キロを新幹線で往復し、計3回の“弾丸舞台あいさつ”を実施した。[60][61]
  • 6月9日、総選挙の開票イベントが開催。順位発表は最後の局面に突入し、3年連続大島優子と前田の一騎打ちという構図になった。そして今年、2位で名前を呼ばれたのは大島だった。その瞬間、前田が1位に返り咲いたことが決まった。前田は大島の挨拶中から泣き崩れていたが、「1位」として最後に自分の名前が呼ばれるとなんとか舞台に上がり、深く頭を下げた後「この1年間はいろんなことを考えて毎日を生活してきました。応援してくれる皆さんがいるのに、どこかで孤独と戦いながら過ごしてきました。でも今日、たくさんの方が応援して支えてくれていることを改めて感じることができました」と喜びを現わした。本人、そして応援してきたファンにとって、悲願の1位奪還となったが、もう一人誰よりも喜んでいる者がいた。それは常に前田をAKBのエースの座に置き続けてきた秋元康。前田が次に「私のことが嫌いな方もいると思います。一つだけお願いがあります。私のことは嫌いでも、AKBのことは嫌いにならないでください」とファンに訴えかけると、思わずメガネをあげ、こぼれ落ちる涙を拭っていた。[62]
前田は大島へのコメントを求められると、「優子はこの1年間、いや、ずっとみんなを引っ張ってきてくれました。優子は私たちの見本です。これからもAKBを一緒に支えていってくれたらうれしいです」と気持ちを伝えた。それに対し大島も「あっちゃんはAKBの顔です。あっちゃんがこれからも前を向いて笑っていてくれればそれでいいです。これからも一緒に頑張りましょう」と前田の気持ちに応え、2人は泣きながら抱き合った。[63]
  • ―今年の総選挙を振り返って。「正直、今までで一番プレッシャーがあったかも知れないですね。当日はリハーサルからもう凄い緊張で…。今年は票も増えたし、何位になるか本当に分からなかったです。2位で優子が呼ばれた時、『1位だ!』って…嬉しかったです。もちろん2位でも嬉しいんですけど、去年1年間はずっと“2位”だって感覚をどこか引きずってたんですよね。それがやっと解放された気がしました」。―“私が嫌いでもAKBのことは~”の発言について。「私の事が嫌いな人がいるのは分かってます。でも『前田がいるからAKBは嫌い』って思わないで欲しいんです。みんなも輝いているし、全部ひっくるめて嫌いって思って欲しくない。これは言おうとずっと決めてました」。―これからAKBのセンターとしてどうしていきたいか。「みんなを引っ張るとかは得意ではないんですけど、もちろん後輩のお手本になるのは先輩として当たり前なので、これからもいつも通り、いつもの様に頑張っていきたいです。今回1位にしていただいたので、皆さんに恩返しが出来たらなって思うんです。私が居る事で、AKBがもっと盛り上がっていったら良いなって思います」[64]
  • 総選挙後の秋元康インタビュー。―1位の前田さんの印象はどうでしたか? 「前田敦子の不器用さが、ちゃんとファンの皆さんに伝わっていた所が嬉しかったですね。不器用さも個性です。でも前田の場合は、感情の起伏が激しくて、不器用だからそれをそのまま出しちゃう。当然、勘違いもされるし、誤解もされるんだけど、それを含めて『前田さんの正直な所が好き』と、これだけ票を集めているのが凄い」。―前田さんは順位発表中も早い段階から泣いていました。「前田が過呼吸になったのを初めて見ました。『私の事は嫌いでも―』と前田が泣きながら言ったところは、胸がいっぱいになりました。この子は5年半もアンチの逆風と闘ってきたのかと…。前田にはセンターという重責を背負ってもらってきましたから」。―メンバーから秋元さんへの質問をお預かりしてきましたので、ご回答をお願いします。まず大島優子さんから、「今年はなんで壇上に上がらなかったんですか?」と。「前回1位のメンバーにトロフィーを渡すために、移動しなくてはならなくて、『第2位、チームA…前田敦子!』っていうAKBの歴史が動いた瞬間を見逃してしまった、だから今回は最後まで見たかった」。―ちなみに、前田さんに「秋元さんへの質問ありますか?」と聞いたら、「えーなんだろう? う~ん分からないです」と(笑)。「前田とはソロデビューの事とか、いろいろ話をする機会があったんですけど、僕と話すのに緊張しないのは彼女だけですからね。逆に、僕の方が緊張するんです(笑)」[64]
  • 6月22日、『Flower』でソロデビュー。
  • 7月、フジテレビ系ドラマ『花ざかりの君たちへ~イケメン♂パラダイス~2』で主演を務める。[65]
  • 7月10日、人気ドキュメンタリー番組『情熱大陸』に出演。番組は当初、AKBメンバーの中で誰に密着するかを会議したところ、大多数が前田を推し、さらに秋元康との話し合いの中も「情熱大陸をやるなら前田だろうな」との見解が導き出されたという。取材陣は、今年の5月から密着を開始。主演映画、ソロデビュー、そして総選挙。アイドルから女優への移行期をカメラが追った。1位に返り咲いた裏側につきまとうアンチの存在を指摘されると、「私ってきっと、嫌われやすいのかな」と認めた上で、「私もただの人間なので、ショック受けることも普通にあるんですけど…。悲しいって気持ちに自分が負けなければいい話じゃないですか。負けず嫌いです私。負けない気持ちは人一倍持ってます」と自身を奮い立たせる。AKB48の中心に立ち続けてきた彼女の芯の強さが伝わってくる。奇しくも放送当日は、彼女の20歳の誕生日。10代最後の日々の記録に、今から注目が集まりそうだ。[66][67]
  • 7月中旬、西武ドームに向けた全体リハーサル中。AKB研究生と他グループのメンバーが、前田から直接指導を受けたという珍しい一件。その顛末について。高橋「『マジジョテッペンブルース』をやったんですね、百何十人で。私は途中からしか出番が無いから、後ろで見ていたんです。そしたら、ビックリしちゃって…。研究生の子たちなんですけど、踊れてないんですよ。もちろん全員って訳じゃないし、後ろの方だから少し気を抜いていたのかもしれない。でも、一番大切な一生懸命さがほとんど伝わってこないんです。この子たち、これでステージに立つつもり? って思い、血の気が引きました。それで私、声を張り上げて、『今のじゃ人に見せられないから、もう1回、もっと一生懸命やってくれる』と。それでちょっとはマシになったけど、まだまだ振付は出来てないし、歌詞のうろ覚えの子がたくさん居て、そんな状態じゃ、そもそも一生懸命やりたくても出来ないんですよ」。高橋はレッスン後、AKBの正規メンバーを除いた研究生と他グループのメンバー約100人に集合をかけた。「確かにこの曲は、研究生はもちろん、SKEやNMBもほとんどやった事が無いのは分かります。それに前日に始めて振付を教わったから、まだ体に入ってないのも分かるんです。でも、あの西武ドームでやるんだよ? たくさんのお客さんが観に来てくれるんだよ? 自分で練習して来ないと」。スタッフ側にもミスがあった。歌詞を覚えていなかったのは、手違いにより配られていなかったからだった。「スタッフさんに対しても、後輩たちの代わりに抗議もしました。でも、それをあの子たちには言い訳にして欲しくなかったんです。もっともっと大きくなって欲しいから。だから、あえて心を鬼にして叱りました。相当キツイことを…むしろ出ない方がいいとか、こんな状態なら一緒にやりたくない! とまで言ったんです」。あるメンバーは何度もうなずき、あるメンバーは悔し涙を流したという。しかし、この様に高橋が檄を飛ばす場面は、今までに幾度も見られた。この日違っていたのは、前田敦子も高橋の真横に立っていたこと。「練習が終わった時、あっちゃんが私に、『たかみな、これから(後輩達に説教を)言うんでしょ?』と聞いてきたんです。『うん、言おうと思ってるって』。ここまでは、いつも通りなんです。なのに、『私も言っていい?』って言ったんですよ!? 初めてですよ、あっちゃんがそんな事を言うのって」。高橋の説教が終わりかけた時、前田が100人を前に声を張り上げた。「『もっと一生懸命やろうよ! 私たちが居なくなった後に、AKBを背負うのはみんななんだよ!』って。あのあっちゃんが叫んだんです。『私たちは、見本にならないかもしれないけど、悪いところを真似しちゃダメだからね!』みたいな事も言ってました。私、ちょっと感動してしまって…。あっちゃん、変わったなって」。今まで前面には立つ事は無かった前田。何が彼女を変えたのか。「どうした? って聞いたら、ドラマ『花君』の収録で男の子の世界を見てるんだけど、先輩が若手の子に『お前、一生懸命やれよ』とか熱く叱ったり、アドバイスしたり、褒めたり。言いたい事を言い合うのを見て、AKBもそうなりたいと思ったって。自分も見てるだけじゃなくて、言わなきゃいけないって思ったんだよねって」。高橋と前田が去った後、いくつかの輪に分かれ、泣きながら話し合う後輩がいたという。「あとで島田からメールが来たんですよ。『あんなこと言わせてすみませんでした。あれから研究生で残ってみっちり練習したので、明日は少しはマシになってると思います』って。あぁ、伝わったんだなって、ホッとしました」。将来のAKBを引っ張っていける後輩の出現を、おそらくメンバーの誰よりも待ち望んでいる前田。女優として他の現場で活動しつつ、そこで学んだ事をAKBにもフィードバックさせる。それがAKBを変え、さらに成長させる。[68]
  • 7月23日、コンサート「よっしゃぁ~行くぞぉ~! in 西武ドーム」2日目。途中で熱中症でダウンしたが、しばらくしてステージに復帰。次の最終日もフルで出演し、3日間行われたドーム公演を無事完走した。[69]
  • 8月、板野は自身のラジオ番組「SCHOOL OF LOCK!」で、前田と2人でお酒を飲みに行ったことを明かした。さらに「あっちゃんちに行ったの。1人暮らしを始めて茶色と黒のおとなっぽい部屋だった」と前田が1人暮らしている事も明かした。当の本人も「20歳になるので、いつできるかはわからないけど1人で暮らしてみたい」と以前に語っていたこともあり、早速実行したようである。[70]最近はホームシアターで洋画を観るのにハマっている。ちなみに、これまでに高橋みなみ松井珠理奈なども泊まった事がある。[71]
  • 9月20日、第2回じゃんけん大会では初戦で秋元才加に敗北。これまで全てのシングル曲で選抜メンバーに選ばれてきたが、初めて選抜落ちを経験することになった。
  • 10月24日発売の雑誌インタビュー。卒業について。「具体的にすぐにお答えするのが難しい質問ですね。でも、やっぱり下の子たちに育って欲しいって気持ちがあるので、そういう意味では自分たちがAKB48からいなくなるのが一番なんじゃないかなと思いますけどね」。―AKBにはあっちゃんが絶対必要な存在ですよね? 「どうだろう。誰かがいなくなれば、残ったメンバーたちが頑張るしかないし、AKBはそうやって前へ進んでいくんじゃないかと思います」。―AKBの未来はどうなっていて欲しいか。「みんなが夢に向かって進めていれば良いと思います。そして、皆さんにもっと受け入れてもらえれば良いんじゃないかなって」。―すでに受け入れられてると思いますけど。「まだまだじゃないですか! 知名度は上がっているかも知れないですけど、実力がついてきてないというか。一人一人もっと意識とレベルを高く上げていったら良いんじゃないかと思います」[71]
  • 11月、レーシックの手術を受ける。「どこまでも見えちゃう気分。裸眼で生活できるのスッゴク嬉しいです♪」。[72]本人によると、視力が1.5ぐらいになったらしい。[73]
  • 11月22日、『VOCE』(講談社)主催の「2011 THE BEST BEAUTY OF THE YEAR」に選ばれる。[74]
  • 12月8日、『2011年 タレントCM起用社数ランキング』女性部門で、前田は17社起用の第2位となった。[75]
  • 12月8日、AKB48劇場6周年を迎えて。「6周年を迎えて真っ先に思い浮かんだのは、やっぱり初めて劇場に立った時のことです。『緊張していたなぁ』っていうような思い出とはちょっと違うんです。『あれからが、大変な人生の始まりだったんだなぁ』って。今夜、全メンバーがずらっと揃った中にいて考えたことは、『これからのみんなのこと』でした。特に後輩のことです。ちゃんと頑張っていってほしいなぁと。本当にそう思ったので、ステージで『みんなに育っていってほしいねぇ』と口にしたら、他のメンバーから『お局だね~』『お母さんか?』って突っ込まれちゃいましたけど(笑)」[76]

2012年

  • 1月12日、ドラマ『最高の人生の終り方~エンディングプランナー~』(TBS系、毎週木曜21:00~)に、主人公の山下智久の妹・井原晴香役で出演。[77]現在“アイドル”と“役者”の二足のわらじを履いている前田は「AKBをやっているときの自分に自信があるわけじゃないけど、それよりも不安が大きいのはお芝居の方。でも、その不安と闘うのはすごく楽しいです」と胸の内を語った。役者業については「良い意味で、AKBっていうのを引きずってやりたくない」と告白した。[78]
  • 1月20日、インタビュー。K-POP好きのあっちゃんは、今は2PMですか? 「憧れは、この仕事には大事ですよ。あの人にこんな事して欲しいとか想像するから、自分もファンの方々に、同じようにしようってなる。ファンの方の気持ちが理解できるようになる」。―同姓では? 「満島ひかるさん。伝え聞いたんですけど、昔アイドルだったから両立の難しさを知っていらっしゃって、私を見て『気持ちが分かる』っと言って下さったとか」。「私、女優やるためには、恋愛は本当に必要だと思う! でも本当にまったくな~い。AKBが恋愛禁止だってだけじゃなくても…。だから架空の人。今なら、ジュノかウォン・ビンに恋する」。高橋「いいじゃん架空で」。「いいわけないじゃん。想像じゃきっと学ぶもの少ないよ…。片思いとか、辛い思いもしてみたいのに、それすらないもん。今、成長していく中で、恋愛って必要なはずなのに、私、超さみしい」「AKBってモテないんです。大勢の女性グループだと、男性はすぐに秘密をバラされちゃうと警戒するみたい」[79]
  • 1月27日、トヨタ自動車のCM「実写版ドラえもんCM」シリーズに、ジャイアンの妹・ジャイ子役で出演。[80]
  • 1月31日、インタビュー。―女優業を始めて5年。成長したと思いますか? 「いや、女優としてはまだまだです。AKBは7年目なんですけど、最近やっと楽しめるようになったんですよ。やっと身になってきたなと感じたのが最近なので」。―以前から楽しそうに見えましたけど? 「本当ですか!? 何でも難しく考え過ぎちゃう部分があるみたいで。だから私は徐々にしか無理なんです。女優としてはまだ何も語れないです」。―そもそも芸能界入りしたのは女優に憧れたからですよね? 「そうですね。きっかけはAKBのオーディションなんですけど、アイドルになりたいと思ったことは一度もないです。歌なんて絶対に人前で歌えないと思ったし、スタイルもいいわけじゃないのでモデルも絶対に無理だって。見た目は関係なく挑戦できるものって女優さんなんだろうなって。そういう小さい考え方からでした」。―消去法で女優? 「そうですね。これも無理、あれも無理って省いてって、ちょっと希望があると思ったのが女優さんでした」。―大人になって演技は変わりましたか? 「自分の演技のことは何も言えないんですけど。変わりたいと思っている時ではあります」。―昔の自分の作品を見直したりはしますか? 「今まではそう思わなかったんですけど、きのう、見直そうと思いました(笑)」。―何を見直します? 「最初の映画(『あしたの私のつくり方』)を見直します。何か見つけなきゃって思って」。[81]―「最高の人生の終り方」で前田さんは主役じゃありません。今の立場なら、主役のドラマを選べたはずなのに、なぜこのドラマを選んだのですか? 「今はこういうのを凄くやりたかったですね。まだ女優という仕事に関しては全く未知数で、何の自信も持てないので、今は主役は無理だと思います」。―あれだけ映画やドラマで主役をやってきたのに!? 「本当ですね…(笑)。でも、私より凄い方って、いくらでもいるじゃないですか。そういう中で、皆さんを見て、もっと成長していきたいと思います」。―このドラマも役者同士の個性がぶつかり合ってますもんね。「その中で自分をどう出していくかも勉強になるだろうし、やはり今は先輩たちの中で勉強したいです」[82]
  • 2月1日、前田敦子に異変が起きているという。これまでグループの「絶対的エース」としてAKBでの活動以外にも映画やドラマと活動の幅を広げていたが、すっかり自信を失っているようなのだ。前田は1月から、ドラマ「最高の人生の終り方」に出演中だが、あるインタビューが話題となっている。インタビュアーから、今の前田さんなら自分が主役のドラマにも出られるのに、なぜこのドラマに出演することにしたのか、と聞かれ「今はこういうのを凄くやりたかったですね」と回答。インタビュアーが「あれだけ映画やドラマで主役をやってきたのに!?」と驚くと「私より凄い方って、いくらでもいるじゃないですか」と話した。今をときめく人気アイドルグループのセンターなのに、なんとも謙虚だ。一体なにがあったのか。AKBの人気が確固たるものとなった2010年以降の出演作品は、ドラマ「Q10」で主役。2011年6月、大ヒット書籍を映画化した「もしドラ」に主演するも大コケ。秋にもドラマ「花ざかりの君たちへ~イケメンパラダイス~2011」で主役を演じたが、低視聴率で打ち切り説も出る始末で、「実力が伴わないのにゴリ推しした結果」などとバッシングを受けた。前田の人気は低迷中で、今年の総選挙では大島に完敗してしまうのでは? との予想も出ている。[83]これなら自信を失っても無理はない。このインタビューはネットでも話題になり、「それなりに客観視出来てていいじゃん」「大島とえらい違いで謙虚だね」「実はこの人も繊細な人で、実力もないのに事務所やメディアの力で祭り上げられてるっていう自覚があるのかもね」「前田ってちょっと必要以上に叩かれ過ぎじゃない?」「『私女優よ!』って傲慢になってるあっちゃんは、叩かれ打ちひしがれて自信なくしてると『大丈夫だよ元気だせよ』と応援したくなるw」といった書き込みが2ちゃんねるに寄せられた。これまで散々前田を叩いていたが、同情してしまった人が多いようだ。[84]
  • 2月22日、乃木坂46のデビュー曲『ぐるぐるカーテン』Type-Bに収録される『会いたかったかもしれない』のPVに出演。「6年前の、がむしゃらに頑張っていたころの自分を思い出しました」[85]
  • 3月2日、都内で行われた「第35回 日本アカデミー賞」授賞式にて、主演した映画『もしドラ』で話題賞(俳優部門)を受賞。[86]
  • 3月16日、5冊目のソロ写真集 となる『不器用』 を発売。全編パリで撮影し、20歳になった大人の魅力を披露している。[87]しかし、写真集の中で披露している「手ブラ」ショットに、ファンから賛否両論が出ている。上半身裸、胸元にネックレスをつけた前田が、手を交差させ乳房を抑えている。ファンからは、大胆な写真に喜ぶ意見が多数寄せられているが、ただこれまで前田は、グラビアにせよドラマにせよ、基本的に「清純派」というイメージだった。露出の高いグラビアや、ドラマでの「汚れ役」は大島優子ら他のメンバーの仕事で、AKBのエースである前田がこうしたことをするのは異例だ。そのため、「あっちゃんはこんなのやらないと信じてたのに ドラマでも意味ない入浴シーンあったし イケパラから流れがおかしくなった」「AKB卒業したらエロオファー益々来そうで辛い」「安売りいやだよ」「康はついに敦子のたたき売りを始めたか」と、困惑気味の声もいくつか挙がっている。さらに、「もう脱がないと売れないのか」「切れるカードを手当たり次第に切りまくってる感じがするんだけど大丈夫?」といった心配する声も。前田は、映画「もしドラ」やドラマ「イケメンパラダイス」がなかなか結果を出せず、次の総選挙では、2011年CM女王に輝くなど最近活躍著しい大島に1位を奪還されるという説も有力。それが多少影響している部分があるのかも知れない。ただ、話題になることもあってか、写真集の売れ行きは極めて好調のようだ。[88]
  • 3月25日、コンサート「業務連絡。頼むぞ、片山部長! in さいたまスーパーアリーナ」最終日、ラスト1曲を残し、「私から話があります」と胸に手をあて、静かに目を閉じた。ただならぬ雰囲気にざわつく会場で、胸の内をゆっくりと語り始めた。[89]
「私は14歳のときにAKB48のオーディションを受け、初期メンバーとして加入させていただきました。それは、私の人生にとって初めての大きな決断でした。そして、きょうここで2回目の大きな決断をさせてください…」。ここまで言うと、前田の瞳に涙があふれ出てきて、言葉を詰まらせる。左隣にいた高橋みなみが前田の肩に手を置くと、「私、前田敦子はAKB48を卒業します」と言い切った。「私は昔から感情の起伏がすごく激しくて、メンバーにもたくさん迷惑をかけてしまいました。そして、ファンの皆さんにもたくさん心配をかけてしまったと思います。それでも私なりに頑張ってきた6年半でした。コンサートの1日目のときに東京ドームの発表があって、14歳のころからみんなで一緒に夢を見てきた、その夢がかなったと、とても感動しました。20歳の夢に向かって歩き出さなければいけないと、改めて思うことができました。正直、不安でいっぱいです。どうなるかわかりません。ここにこうしてたくさんいる後輩のためにも私が卒業して、歩き出さなければいけないと、そう思いました。いまは、まだ詳しいことは決まっていません。いますぐ辞めてしまうわけではありません。決まり次第、皆さんの前でご報告したいと思います」
最後まで横で聞いていた高橋みなみは「私も突然のことでとても驚いています。メンバーも知りませんでした。隣でずっと見てきました。私は、たくさんの涙と笑顔を見てきました。去年、(卒業について)私に打ち明けてくれました。だから、敦子は一時の感情ではないことを分かってあげてください。たくさん考えた上での決断です。AKB48にいることがゴール地点ではありません。皆さんの温かい声がきっと彼女の背中を押してくれます。皆さんがいるから大丈夫です。本当は辞めてほしくはありませんが、私たちに止める権利はありません。だから温かく背中を押してあげてください。よろしくお願いします」[90]
  • 前田が所属する太田プロは「本日聞きました。突然の発表でしたので、今後に関しては、今現在、何も決まっておりません」と話すのが精いっぱいだった。前田は昨年、17社のCMに出演。この日は、コンサート終了後に事務所関係者がクライアントに事態を報告する慌てようだった。
卒業時期は明言しておらず、今年も開催が発表された6月6日の選抜総選挙に参加するのか、更には東京ドーム公演に出演するのかなど、今後は未定となっている。[91]
  • 秋元康はコンサート終了後にGoogle+に投稿。「前田敦子が卒業を発表しました。何回か相談されたので、もちろん、引き止めましたが「最終的には自分で決めなさい」と話しました。もし、発表するならSSAの最終日という話はしていました。構成的には『誰かのために』が終わった後のMCでしょう。前田が胸に手を当て、落ち着こうとしているのを見た時、「発表するつもりだな」と思いました。前田敦子はストイックです。なあなあな関係が嫌いで自分を追い込みます。孤独です。自分への苛立ちが、時に誤解される“不機嫌さ”です。でも、みんなが自分に気を遣ってくれることもつらかったようです。このままAKBの心地いい環境にいたら、もっとわがままになってしまう自分が怖かったのかもしれません。だから、敢えて厳しい世界に飛び込もうと思ったのでしょう。そんな不器用な前田を6年半もセンターに指名してしまったわけですから、もう前田の好きにさせてあげたいと思いました。具体的なことは、まだ何も決まっていませんが、みんなで前田の卒業を祝ってあげませんか? よく頑張ったね。お疲れ様」[92]
  • 3月27日、卒業発表後に初めてブログを投稿。「私前田敦子はAKB48を卒業します。一昨日のさいたまスーパーアリーナで発表させていただきました。自分で出した結論なのに、あの瞬間まで不安でいっぱいだった気がします。本当にがむしゃらに皆で楽しく歌って踊って、メンバーみんなが本当にキラキラしていたし、客席はファンの皆さんの笑顔でいっぱいでした。このまま続けばいいのに、本当にそう思いました。でもアンコールの曲を歌っている時、サイリウムでいっぱいの客席を見て、私って幸せだなあと思いました。だから一人で歩き出さなきゃって、ちゃんと発表しようと思いました。そして隣にいる高みなに「私、言うね」。その一言が私の走り出すスタートだったんだと思います。いろいろなチャンスをいただいた私がまず一歩踏み出さないと、皆が後に続けないと思いました。ステージで発表した時のみなさんの声援は私の人生で一番温かく感じました。私の判断は間違っていなかったんだと思いました。もちろん、「辞めないで」という声も聞こえました。本当にうれしかったです。メンバーも心から涙を流してくれている気がして、本当に心配もしてくれて、沢山の愛を感じる事ができて、とってもとっても幸せでした。メンバーは何があってもずっとずっと仲良しです。だからちゃんとしっかりして、今度は私がメンバーの相談に乗ってあげたいと思います。まだ頭が整理できてないんですが、とにかくAKBって最高なんです。
秋元さん。私のわがままを本当に沢山のわがままを温かく見守ってくれてありがとうございました。14歳の頃からすべてお見通しでしたよね。秋元さんがいなかったら、今の私はどこにもいませんでした。これからもいろいろ相談させてください。ファンのみなさん、コメントも沢山沢山読ませていただいていました。背中を押してくださってありがとうごさいます。これからもよろしくお願いします。ファンの皆さん、周りの全ての皆さんが大好きです」[93]
  • 3月29日、秋元康が突然の発表を謝罪。「前田敦子の卒業に関して、契約スポンサー、広告代理店、レコード会社を驚かせてしまった。本来ならそういう根回しを僕がしなければいけなかったのだが、最後まで前田の判断に委ねたかったので、ああいう形になってしまいました。「もう何も考えなくていいから、自分で決めなさい」と言えたから、あんなに素直で正直で迷いのない発表ができたのだと思います。関係者のみなさん、ごめんなさい。すべての責任は僕にあります。でもあんなに清々しい前田の笑顔、よかったですよね? 卒業発表が落ち着いて、コマーシャルやらCDリリースやら打ち合わせをしている時に、関係者の苦労を聞いたので」[94]
  • 太田プロは当日聞いたとコメントしたが、芸能プロ関係者は「何を言ってるんだろうと笑ってしまいましたよ。同社の幹部・I氏はAKBプロジェクトの参謀長のようなものだし、秋元康さんの親戚も役員を務めているし、太田プロは“AKBの中核”といっていいプロダクションですから」
かつて「AKB48に自分の人生を捧げると決めている」とまで言った前田だが、同事務所の大島優子とともに「卒業させたい」意向をかねてから示していたという。しかし人気のふたりを同時に抜けさせることは不可能で、ここにきてようやくに前田を卒業させることができたようだ。
週刊誌記者「やはり結成当初からAKBに目をかけていた太田プロの意向には、AKB本体や各プロダクションも物言いができなかったのでは。前田の卒業は、結成当初からAKBが何より総力を挙げている“話題作り”に最も適していますし、なるべくしてなった今回の発表だったのでしょう」と冷めた意見もある。さらに、総選挙には出るのか、卒業は東京ドームになるのか、劇場で行うのか、まったく決まっていない状況。東京ドームコンサートは8月下旬とも言われており、もしそうだった場合、5ヶ月も先ということになる。確かにいつまでも話題を引っ張ることができるだろう。前出記者「前田は4月末まではスケジュールが埋まっているため、卒業はそれ以降になるはず」。[95]
  • 4月1日、丸美屋食品工業の「のっけるふりかけ」シリーズの新CMに起用される。
  • 4月4日、第4回総選挙について、「自分の口からファンに気持ちを伝えたい」ということで、「YouTube」にて配信。辞退することを発表した。
「私はみなさんがご存じの通り、すごく不器用なので、同時にいろいろなことが一緒の時にすることができないというか、そんな自分にすごくいらだったりして、メンバーのみんなやスタッフのみなさん、こうやって応援してくださるみなさんにかなりご心配をおかけしたり、かなり迷惑をかけてしまったと思うんですけど、みんなが優しくて、自分自身ずっと甘えてきてしまったんだと思います。卒業のことを考え始めたのはずいぶん前で、メンバーやみんなには言えなかったし、でも、たかみなだったり、一部のメンバーには相談していて、秋元さんにもたくさん相談に乗ってもらったんですけど、全然リアルな話ではなく、私がもし、今の私がAKBじゃなくなったら何が残るんだろうと不安はたくさんありました。レコード大賞をいただいたり、この間は東京ドームでのコンサートが決まったり、みんなで紅白歌合戦に出場させていただいたり、少しずつでも着実にみんなで願った夢がかなってきているかなと思ってきたところで、次のステップに進みたいなと。メンバーのみんなも将来のことをたくさん考えてると思うんですけど、そのためにまず、AKBで本当にいろんなチャンスをいただいて、まずは私が頑張らないといけないなと思いました。発表の時にもみなさんの前で言ったとおり、すごく不安ですし、多分みなさんも心配してくれてることだと思うんですけど、私なんかが独り立ちできるのか、今までは、メンバーのみんながいてくれたし、AKBという戻る場所があったので。でも、ここまで来たらというか、それでも、私はやってみたいなと思っています。応援してくれたらすごくうれしいです。今の段階では、ずっとみなさんにお伝えしているように、具体的な卒業する日などは何も決まっていなくて、みなさんとタイミングを相談しているところなのですが、AKBの総選挙の方は、辞退させていただきたいと思います。ごめんなさい。自分の口からお伝えしたかったので、このような形ではありますが、機会を作っていただきました。AKBのメンバーとしては残り少ないかもしれないんですが、卒業してからもぜひよろしくお願いします。応援してくれるとうれしいです。そして、何よりもAKB48のことを私と一緒にたくさん応援してください」
  • 4月4日、写真集『不器用』発売記念イベントで卒業時期について「まだ全然わからない」と未定であることを強調。さらに、篠田が「(卒業が)20年後、30年後であって欲しい」と発言したことに「今のところ、あると思います」と含みを持たせた。同日に『第4回総選挙』への出馬辞退を発表しているが、AKB48の一員として「参加メンバーを応援したい」と語り、会場には「行きたいです」と語った。[96]
  • 4月6日、秋元「卒業っていつですか?と聞かれるのだが、あれからまだミーティングする時間がないのだ。前田は卒業発表をした翌日から香港に行ってしまったし、その対応に追われているうちに僕が海外出張になってしまった。今日は全国ツアーだし…。まずは、前田と話さないとね。うーん、やっぱり、東京ドームかなあ。前田の夢は叶えてあげたいしなあ。考えなきゃいけないことが多すぎて、頭が爆発しそうだ」[97]
  • 4月13日、『第21回 日本映画批評家大賞』新人賞を受賞。[98]
  • 4月25日、前田の「車の運転をしてみたい」の一言をきっかけに始まった免許取得番組「AKB自動車部」。もともと15分という短い番組なのだけれど、部長・峯岸みなみらのトーク中心の前半部と、前田の教習所通いに密着する後半部の2部構成のつくりもあってダラダラ感が薄いのがうれしい。第2回では、峯岸と副部長・近野莉菜が石田純一の愛車で東京をドライブした。小奇麗なおっさんの自分語りで、石田はかつてほれ込んだ名車は「TOYOTA2000GT」なんて喋っている。スポンサーの影がそこかしこにちらつくが、石田と質問する峯岸が自然で感じがいい。ちゃんと相手の話に興味をもって質問しているのだ。とはいえ、やっぱりあっちゃんは可愛かった。車の中でおしゃべりをして教習所の申し込みをしてくるというだけ(びっくりするほど進展が遅い)の内容だが、何度もにやついてしまう。変装用のアラレちゃん眼鏡を渡され、「私、似合わないんですよ。ふちが余っちゃって」なんてためらう。「小顔なんですね」という返しには、「いや、パーツが中心に寄ってるんです。ほら、メガネとマスクしたら逆に怪しい」なんて戸惑う。「気難しい、喋らない子だな」という歌番組などでの印象からすると、意外なくらい柔らかくて感じがいい。しかし、もともとAKBを「かわいいなぁ」と愛でる気持ちがなければ厳しい番組でもある。基本的に、内容はトヨタのキャンペーン番組のひと言に尽きる。トークもすごく面白いというよりは、深夜にぼんやり見るのに「感じがいい」に近い。ただ、騙されたつもりで見るのはアリかも。とくに前田のあっちゃんアレルギーのある方は。[99]
  • 5月16日、インタビュー。SSA1日目、東京ドームコンサートが発表された。「私たちの夢でした」。シアターから距離はわずか1830m。歩いて20分足らず。「それが6年半もかかっちゃった。でもたかみなも言ってましたが、簡単に叶わなくて良かったなって思います。曲がり角だらけの1830mでしたけど、それが良かったんです」。今のAKBならもっと早く実現できたとも言われる。「実力が伴って無かったんです。昨年の西武ドームであんなにグチャグチャだったら、東京ドームなんて立てるはずがない」。過呼吸で倒れましたよね。「あれはホント悔しかったです。自分に腹が立って。だってありえないじゃないですか。自分たちのコンサートなのに、具合が悪いから1曲休みましたなんて。心配して下さるファンもたくさんいたんですけど、温かい言葉を頂ける立場じゃないんです。悪いのは自分なんですから」。運営側の準備不足も一員だったという声もあります。「それは関係ないです。私たちはスタッフさんのミスとかは全然見えなかったですもん。ステージに立ったら、あとは私たちの責任だと思うし。その気持ちはみんな同じだったはずです。だから、あれからどうやったらもっと強くなれるかを話し合い、努力してきました。そしてついに東京ドームという夢が叶うんです。ああ、これでAKBはやっと大きな山を越えられる。そして新しいAKBになるんだ。このタイミングで私が卒業するのは、グループにとって必要なことなのかもしれないって。私自身も思い残すことはない。大丈夫、言える。そんなことを一人で考えていました」。そして3日目、卒業を発表した。メンバーからの反応はどうだったのだろうか。「うれしかったのは、みんなから『頑張ってね』って励ましてもらえたことです。嫌われても仕方ないと思っていたから…。けれど、親しいメンバーからは少し違う反応がありました。ともからは、知らなかったことを『ショックだった』と素直に言われました。麻里子は『辞めることないのに』って止めてくれました。麻里子はAKBを続けながら、自分の夢を叶えていく。そういう考えだと思います。それはとても素敵な考えで、すごいなって思う。だけど、私はどうしても両方いっぺんに出来ない性格だから…。だちらも大切だったら、なおさら…。3年くらい前から少しずつ女優のお仕事をさせて頂くようになったのですが、初めは両立が難しくて…。それと、いつの間にかAKBが逃げ場になっている面があることに気付いたから。初めはむしろ劇場から出るのが怖かったけど、いつの間にかそれが甘えになっていた。心のどこかで、『もし失敗してもAKBに帰ればいい』というような甘えがありました。それがどうしても許せなませんでした」。卒業発表後、一人だけまったく違う思いを前田に告げたメンバーがいた。「すごく泣いてくれていて、そして私の所に来てこう言ったんです。「これからのAKBが不安だよ」って。『あっちゃんが辞めたら、これからAKBはどうすればいいの?』って…。優子のその気持ちが本当に嬉しくて。優子は、たかみなや麻里子とも違って、やっぱり特別な存在なんです」。卒業を決めた最後の理由。それは、「ここで自分を磨いて夢を叶えていく」というAKBのコンセプトを実現させるため。独り立ちした自分が活躍し、後に続く後輩たちのために道を切り拓かなくては。そう思ったから。「私にとってAKBは、自分とは切り離せない存在。これからもホームタウンはここです。後輩たちのためにも、『AKBから出た子と、一緒に仕事がした』と言ってもらえるようになりたい。そのために、私はすべてを捧げます」[100]
  • 5月17日、秋元康が卒業について、東京ドームコンサート、そして翌日の劇場公演になると発表した。どちらも詳しい日程は不明。「先日、久しぶりに前田敦子とミーティングした。スタジオなどではすれ違っていたが、じっくり話すのはあのさいたまスーパーアリーナ以来だ。AKBのこと、仲間のこと、後輩のこと、ファンのこと、前田自身の将来のこと………決して、雄弁ではないが、ひとつひとつのことを真摯に話してくれた。人見知りで、いつも殻に閉じ籠っていた14歳の少女が20歳になり、自分のことだけではなく、みんなのことを思いながら話しているその成長ぶりに感動した。相変わらず表現は下手だが、その分、ストレートに伝わって来る。時々見せるはにかんだ表情は、あの頃の“あっちゃん”のままだ。というわけで、前田敦子は東京ドームのコンサートと翌日のAKB劇場の公演をもって卒業することになりました(詳しいスケジュールは、後日発表します)。頑張れ、前田敦子!」[101]
  • 5月24日、「見逃した君たちへ2」の最終日、東京ドームコンサートが8月24~26日の3日間になることが発表された。コンサートと翌日の劇場公演をもって卒業することは既に発表されており、8月27日が「AKB48前田敦子」としての最後の舞台になることが確定した。[102]
  • 6月6日、『笑っていいとも!』に生出演した。タモリから「女優になったね」と振られ、「もともと目指す場所が違いますね。私は最初から女優でした」ときっぱり。「AKB48っていう場所から、みんなで飛び立っていくっていうのを秋元先生も言っていて…」と続けると、タモリから「結局、踏み台だ。秋元も言ってるんだからいいんでしょ?」とチクリ。前田は「違います! タモリさーん!」と苦笑いで否定。その後も卒業発表時に「誰か泣きながらガッツポーズしてるやついなかった?」といじわるな質問連発にたじたじだった。[103]
  • 6月20日、ソロ第2弾シングル『君は僕だ』を発売。
  • 6月28日、前田敦子・高橋みなみ対談。高「敦子はすごく自由に生きているように見えるけど、でも本当はいつも周りをよく見ていると思う。気配りをしないように見えて、めっちゃ気を配っているタイプなんです」。前「あら、めっちゃ良いこと言われた(笑)」。高「だってそうなんだもん。挨拶の時でも、ここは敦子にやってもらった方が良いなって思うと、必ず言ってくれる。私が言わなくても」。前「あうんの呼吸? ずっと一緒だったからね」。高「うん。ずっと一緒だったから…」。前「卒業発表の時、たかみなが『いい加減な気持ちじゃないんです』ってフォローしてくれたでしょ? すごく嬉しかった」。高「誤解されたくなかった。1年以上、たくさん考えて、気持ちも含めてちゃんと準備して、真剣に話したことをファンのみんなにも知って欲しかったから」。前「たかみなにはずっと相談してた」。高「距離が近いからこそ、ピンとこない部分もあったし、でも、敦子は卒業しなきゃだめだよねって思う部分もあった。それが敦子にとって、一番良いって」。前「ここで夢を育てて、卒業してそれを実現させる。それがAKBのコンセプトだったし…」。高「一緒に居ることがゴールじゃないから。今までも、卒業したメンバーはたくさんいるし…。チームAが半分くらい卒業した時も落ち込んだ。私の好きだったAKBがなくなるって思った。でも敦子の卒業は、なんか違う事が始まるんだろうなっていう予感がするの。AKBにとっても、何かを始めなきゃいけない“起点”だと思うから。敦子にとっても、みんなにとっても、始まりのための卒業にしたいなって」。前「うん…そうだね」。高「あと2ヶ月かぁ。あっという間だ(笑)」。前「私は卒業しても…全体の隣には居られないと思うけど、でも、たかみなの隣にはいるつもりだから」。高「………」。前「たかみなが泣いちゃう~(笑)」[104]
  • 7月、映画『苦役列車』に、古本屋店員のヒロイン・桜井康子役で出演。山下敦弘監督のファンであることを公言してきた前田はオファーに大喜びしたといい、「すぐに、やらせて、やらせてってお願いしちゃいました。本当に、幸せなお仕事です!」[105]
  • 7月10日、劇場公演が体調不良のため一部出演となった。当日は21歳の誕生日であり、来月卒業する前田の最後の生誕祭でもあった。[106]
  • 8月27日、AKB48劇場にて卒業予定。[102]
  • 7月16日、マリンメッセ福岡で開催された全国握手会に参加。同イベント最後の参加となる前田が「月日が経つのは本当に早いもので、本当に最後です」と切り出し「AKBを卒業したらこうやって皆さんとお会いする機会は少なくなるのかな、と思います。だからこそ今日はしっかりと胸に焼き付けて、思い出を作れたら」と感慨深げに挨拶すると、豪雨のなか集まったファン1万1000人が沸いた。[107]
  • 8月17日、『Mステ』にAKBとして最後の出演。タモリに「いよいよ最後だね」と語りかけられた前田は、涙を浮かべ「寂しいです」と今にも泣き出しそうな顔。「私は21歳になりました。27日をもってAKB48を卒業します。たくさんの楽曲をここのステージで歌わせていただいて、たくさんの思い出を作らせていただきました」と涙目で挨拶。トークコーナーでは、大島が前田との関係について「けっこう周りに作られていた“壁”があった」と、周囲が2人にライバル意識をもたせるために意図的に壁を作っていたことを告白。「そういうのが(卒業発表後は)ないなあ」と打ち明け、最近では前田と「3日に1回会って、毎日メールしている」と、仲の良さを披露した。[108]高橋みなみとは、初めてAKBが『Mステ』に出演した時に「頑張ってもっとたくさん出られるようになろうね」と話したという。AKBとして最後の曲として披露したのが『夢の河』。歌詞は前田の境遇にリンクするもので「私いつのまにか一人はぐれてしまった」とソロで歌うと、他のメンバーが「何も怖れないで…」「みんな変わらずにそばにいるから…」と続く感動的な楽曲である。前田敦子が泣き出してしまうのも無理はない。
  • 出演後、ブログで心境を綴った。周囲の愛に支えられたことを改めて気づいたという前田敦子は「遅すぎるよ」と自分に言い聞かせると、「いつも強がってばっかり、本当に私は馬鹿です」と胸の内を明かしているのだ。一番幸せな自分を感じたというが、一方では「自分の心にいる本当の自分と向き合い戸惑い…」また「本当の私は小さい小さい、本当に小さい弱い人間です」という言葉で揺れ動く心を表現している。そんな前田が今回の出演で心残りだったのが『夢の河』を涙でうまく歌えなかったことだ。「ちゃんと歌の詩を皆さんにつたえたかったんです。本当にごめんなさい」と後悔していた。東京ドーム公演では「しっかり(歌いたい)」と宣言したいが「私にはやっぱり無理かも…」と正直なところが彼女らしい。[109]
  • 8月18日、東京ドーム公演中のAKBが、日本テレビ系「24時間テレビ35」に生中継出演することが分かった。26日の午後6時台に中継を結び、ヒットメドレーを披露する予定。アイドル史に残るメモリアルステージの一部を全国のファンが目撃することができる。[110]
  • 8月19日、27日放送のフジテレビ系『HEY!HEY!HEY!緊急2時間スペシャル』で、前田の卒業公演を生中継することが分かった。「今夜が最後!前田敦子AKB48さよならライブ生中継」と題し、番組前半はダウンタウンと一緒に前田が選ぶ思い出の名曲やAKB48の名シーンを振り返り、後半からお待ちかねの卒業公演を生中継。前田の“ラストメッセージ”に注目が集まりそうだ。[111]
  • 8月20日、前田卒業公演には22万9096件もの応募が寄せられ、当選倍率が過去最高の916.38倍になったことが判明した。[112]
27日当日は「最後の劇場入り」として、当日午後3時半頃に車両に乗り、同劇場裏の田代通りから近隣に位置する複合商業施設「秋葉原UDX」周辺を一周して劇場に入る予定。通常よりも650mほど大回りすることになる。発案者は前田本人で、別れを惜しむファンの多くが観賞できない状況を受け、「直接ファンの皆様にご挨拶だけでもできないか」とスタッフに申し出たという。[113]
  • 8月23日、卒業公演前に予定されていた「最後の劇場入り」が、警察当局の指導により中止となったことが発表された。「本イベントは、従前より所轄警察署、近隣施設、および住民の方々と何度も協議を重ね、ご理解とご協力を頂き、実施の運びとなる予定でした。しかし、先日銀座で行われましたロンドン五輪メダリストによるパレードに予想を上回る50万人の方々が集まったことを受け、前田敦子ならびにAKB48にも、そのパレードに匹敵する人数が集まると、警察当局が予想され、安全確保の観点から急遽、中止を決定させて頂きました」[114]
  • 8月25日、卒業公演の出演者が発表された。所属するチームAメンバーに加え、別チームや、姉妹グループも駆けつけ、総勢28人がステージに立つ。初日公演から苦楽を共にした板野や峯岸はもちろん、CDの選抜として一緒に活動してきた大島、渡辺、柏木、SKEから珠理奈、玲奈、HKTから指原も参加。48グループのオールスターとも言える布陣で、前田のラスト公演を飾る。[115]
  • 8月26日、最終日。ドーム公演で最後の挨拶。「小さいときから人見知りでした。誰かから声をかけられても、お母さんの陰に隠れてしまう子でした。そんな私のためにみんな…(声にならず)…幸せでいっぱいです。正直、すごく寂しいです。でも私が自分で決めた道です。ここから歩き出したいと思います。こんな私をAKBのメンバーとして応援してくださった皆様、ありがとうございました(1分間のお辞儀)。これからもAKB48のことを応援よろしくお願いします。こんなにたくさんの型に背中を押してもらって旅立てる私は本当に幸せ者です。AKB48は私の青春のすべてでした」。大島「いい顔してたよね」。板野「引き留めたい気持ちもあるけど、前向きな気持ちで送り出してあげたいよね」。峯岸「あっちゃんがいなくなってAKBがダメになったって言われないように頑張っていこう」。小嶋「あっちゃん、夢の河渡っちゃったけど、今日の打ち上げに来てくれるかな」。高橋「あっちゃんは夢の河を渡って行ったけど、私たちは、新AKBとして新たな1830メートルへ向けて歩き続けて行きたいと思います。私たちはこれから1831メートル目を歩いて行きます」。最後までサプライズは飛び出さず、あっちゃんの「卒業式」が48000人に見守られ、終了した。[116]
  • 8月27日、卒業公演前に劇場で「最後の囲み取材」を行った。―東京ドーム公演を終えての感想は?「本当にこの約7年間で、一番幸せでした。いつも緊張で頭が真っ白になってしまい、冷静に見渡すことができず、夢のような気持ちで終わってしまうんですけど、今回は「夢だったって思っちゃいけないな」って思って、現実にすごく幸せなことが起こっているんだ、とかみしめることができました」。―前田さんがいなくなった後のAKBについて。「誰が卒業しても、ずっとAKB48ってグループは残ってほしいなってすごく思うんですけど、昨日の最終日公演でみんなに見送ってもらった後に、(私のいない)新しいAKB48が曲を披露していて、それをモニターで見てたんです。自分の中では、昨日で一旦、区切らせてもらったんで、客観的に初めてAKBを見れたというか。みんなの顔を見てすごく安心した自分がいたので、これからは応援する側にまわって、みんなの活躍をそばで見ていけるのはすごく楽しみだなと思いました」。―卒業したら、恋愛は解禁になりますが。「昨日、秋元先生が、冗談で「28日の0時00分になったら恋愛していいよ」みたいに仰っていて(笑)。ただ、現実にはそういう方がいないので、まだ先のことだと思うので、何もわからないです」。―落ち着いたら旅行もできると思うんですが、どんなところに行きたいですか。「いろんなところに行きたいと思っています。一番興味があるのは、ニューヨークとかに留学してみたいなと思っているんですけど。何も分からないからこそ、1人でいろいろチャレンジしてみたいなと思います」。―今後、1人の女優として、いつかはアカデミー賞のレッドカーペットを歩いてみたい、という気持ちはありますか? 「女優としてそういう目標をという気持ちは、自分の中にあるとは思うんですけど、今はまだそれを目指す段階ではないんじゃないかと…。ただ、女優を目指す上で、いつかはそこを目指せるようになりたいと思います」[117]
  • 8月27日、卒業公演が行われた。チームAの「目撃者」公演をベースに、旧チームのメンバーや姉妹グループのメンバーも駆けつけ、前田のラストステージを飾った。悲願の東京ドーム公演を終えた翌日、6年8カ月過ごしたAKB48と惜別するときがやってきた。センターを務めるシングルをメドレーで歌い終えると、主要メンバーが前田に送辞を送った。グループを支えてきた不動のエースとのお別れに、メンバーらが次々と涙を流す。前田は一人一人と抱擁した。最後まで泣くまいと決めていたが、こらえきれなかった。苦楽をともにした仲間への感謝を口にしたとき、涙があふれた。「この7年間、すごく大変なこともたくさんあったと思います。みんな『辞めたい』って、それしか言わなかった時期もありました。でも、それを乗り越えてここまで来られたのは、AKBのみんながいたからです。一つの目標に向かって来られたからです」。そして、前田はメンバー全員を見渡しながらこう言った。「今日は笑顔で言えそうです。みんな、今まで本当にありがとう」。深々と頭を下げる前田の姿に、メンバーもファンも感激の涙が止まらなかった。「私はこの劇場が大好きです。そして、この劇場で一緒に踊ってくれたメンバーと、応援してくれた皆さんが大好きです。約7年間、長かったのか短かったのか分かりませんが、最高の7年間でした」。名残惜しそうにあいさつする前田に「あっちゃん」コールが巻き起こった。最後の曲は、「桜の花びらたち」。涙をふいたメンバーたちと笑顔で歌い上げ、完全燃焼した。最後までステージに残った前田は、「これからも頑張っていきます。本当にありがとうございました」と、挨拶をしAKB48のステージを後にした。[118]

女優として

  • 前田敦子は“出口”から羽ばたけるか 卒業に込められた2つの意味。今後は主に女優として活動し、第二の人生を花開かせる。「AKBの前田敦子」の真価が問われるのは、実はこれからだ。前田は卒業したが、AKBとの関係性が終わるわけではない。今後、芸能活動を続ける限り「元AKB」の肩書はついて回り、それは「AKB以上の何か」を手に入れるまで続く。前田は卒業発表の際、その理由をこう語った。「後輩のためにも私が卒業して歩きださないといけない」。そこには、後輩のためにいつまでもAKBのトップの座に居座るわけにはいかないということと、後輩のために芸能界で生き抜いていく見本になるということの2つの意味が込められている。AKBの運営関係者は「AKBは、芸能界への“入り口”は確立できたと思う。これからは“出口”も重視していかなければいけない」と話す。つまり、前田は「AKBの出口」から外の世界に初めて出た主要メンバーなのだ。「不動のセンター」と称賛された人材が今後どれだけ羽ばたけるのか? そのスレンダーな体に、実は大変な重圧がかかっている。しかし、最後のステージで見せた意志の強さがあれば大丈夫だと思えてくる。[119]
  • 8月31日、モー娘やAKB48の振付師として有名な「夏先生」こと夏まゆみがブログで、前田に向けてメッセージを綴っている。AKB結成当初から約2年間、振付だけではなく、メンバーのオーデションから秋葉原の専用劇場のステージデザイン、歌のパート割りやステージのMC台本まで携わっていたという夏。「愛する教え子たちII」という題名で31日に更新したブログでは、アイドルにおける「卒業」を、「脱退とか退団といったマイナスのイメージを払拭し、学生時代、誰もが一度は経験したことがあるであろう言葉に置き換えて、前向きかつ成長に欠かせないものとして頻繁に使われるようになり、今ではアイドルユニットにはつきもの」と定義している。AKB48のプロデュースから離れた理由は明らかになっておらず、AKBに関する話を公にしなかった夏さんだが、結成当初から見守ってきた前田敦子の卒業とあって「許されるなら本当に直接伝えたかった」と前置きをしながら、率直な気持ちを吐露している。「前田へ 卒業おめでとう。約7年間お疲れさまでした。さぞ目まぐるしい日々だったろう。センターの重圧を見事に自分の力にかえてよくがんばり続けたね」とこれまでの“AKBの顔”としての活動を労い、「チームAのダンスの基礎レッスンが始まって、少しずつ差が出始めた中で、前田は順調に伸びて行った」と結成当初から前田のダンス能力が高かったことに触れ、「私が前田によく言っていた言葉は、『前を向きなさい、顔をあげなさい』だった。『前田?あとお前がやらなければならないことは一つだけ。前を向くことだょ』」と控えめだった性格の彼女にアドバイスをしていたという。また夏さんは、「ちょっとだけ全国ツアーまだまだだぜAKB48」通し稽古の日、前田が遅刻をしてきたエピソードにも触れている。「マネージャーも連絡がつかないと焦っていたなぁ。やがてやって来た前田の顔を見て私は、センターの重圧や事務所移籍に悩み苦しんだのだと勝手に悟った、その若い年齢でこの細い体で」と当時の前田が抱えていた状況を察して叱ることもせずに、『よく来たな』と褒めて抱きしめると、夏さんの胸の中で、子供のように“えーんえーん”と声を出して泣いたことを明かしている。そんな前田に対して「辛いこともあるだろう。それは選ばれた人間だからこそなのだ」と言い聞かせたという。ブログの最後には「ソロになって、また大変なこともやって来るだろう。でも君なら大丈夫、選ばれた人間だからこそだと分かっているもんね。ファンの皆さん、これからも前田敦子の応援、よろしく頼んだョ!」と女優として次のステージに踏み出した前田へのエールを送っている。[120]
  • 9月4日、卒業後初めてとなるイベントを都内で行い、報道陣約100名が集まった。卒業から約1週間が経ち、同グループでは禁止だった恋愛が解禁となった前田。恋は「したいです!」と声を弾ませ、理想のデートは「映画館に行って、アクション映画やコメディー映画を観たい」とにっこり。好みのタイプは頭のいい男性で、「映画を理解できる人がいいです。その人なりの意見とかお互いにいろいろと話し合いたい」と恋愛観を明かした。今後の目標としている女優業には「受身なので、何がやりたいというよりも必要としてくれるなら何でもやりたい」と話し、ソロの音楽活動にも「コンサートもやってみたいし、アルバムも出したい。一人だからこそ立てる舞台もあるし、新人として頑張りたい」と新たなスタートに意欲をのぞかせた。また、絶対的エースとしてAKB48を支え、駆け抜けた7年間を振り返り「やり残したことはありません」とキッパリ。卒業後の打ち上げでメンバーから感謝の言葉をたくさんかけてもらったといい「私のことをそんな好きでいてくれるなんて気づかなかったです。今からでも後輩たちをかわいがっていきたい。AKB48は仲間であり家族でありライバルです」と話した。[121]
  • 9月10日、2013年秋に公開予定の映画「一九〇五」に出演することが明らかになった。世界的スターのトニー・レオン、日本を代表する若手俳優・松田翔太というビッグネームと共演する。台湾、香港での上映が決定しており、その他世界各国での上映も視野に入れていることから、前田の国際女優デビュー作品とも期待されている。前田は、「世界を舞台に活躍されている黒沢清監督の作品に参加できることに、とてもワクワクしています」と喜びのコメント。「女優としての素晴らしい経験になるように頑張ります」と気合十分だ。篠原プロデューサーは前田の起用について「前田さんが若いころに出演した映画『あしたの私のつくり方』のDVDを見て、『宮子がいた!』と叫んだ」と経緯を明かし、「往年の大女優が持っていたような大きさ、強さを兼ね備えた類いまれな女優。この映画でどこまでその成長が見られるか楽しみ」と期待を寄せている。[122]
  • 9月12日、前田と現役AKBメンバーの大島優子・仲川遥香の合コンが『週刊文春』にスクープされる(詳細は/ノートを参照)。
  • 9月16日、NHKの『MJ presents 前田敦子スペシャル』でインタビューに応えた。AKB時代、自分のあり方に悩みながらも「私はこのままの私でしかない」という考えに行き着いたという前田。「万人ウケするって何?」、「人にコビを売るのは違う」と、彼女は16~17歳ですでに自問自答して自分の立ち位置を確かめていた。「今思えば『ホントに素直でごめんなさい』と謝りたい」と、これまでの言動が彼女のありのままであったと語り、「私に裏はない。悪い部分が見えたとしたら、それ以上の悪いものはない」と言い切った。この日は、プライベートについてもいろいろと明かしてくれた。東京ドーム公演前から大島や仲川と「9月いっぱいは3人で同居しよう」と約束しており、現在は本当に3人で生活しているそうだ。「優子が夜12時過ぎに『疲れた~っ』と帰ってきて、朝は8時半くらいに出て行く」と、前田はAKB48で忙しく活動する大島優子らを見守りながら過ごしているのだ。AKB48がブレイクする前のことだが、まだ10代だった前田敦子はインタビューにこう答えていた。「まずAKB48が有名になって、自分が卒業して、女優になって、AKB48がまだあって。『前田はAKB48にいた』といわれたい」と夢を語っていた。その頃からアイドルは女優になるための過程だと考えていたのである。また、つい先日には「決めた! 私は早いうちに結婚する。26歳で結婚する!」と宣言したそうだ。だが、インタビューでその結婚には条件があると付け加えた。彼女は「女優として“ある夢”を持っている。内容は内緒だけど、その夢が叶えば26歳で結婚して子どもも欲しい」とし、さらに「夢が叶うまでは恋愛もしないでいい」と決意の固さを示した。一方で「私が良くなればAKB48のプラスになるが、私が悪くなってもAKB48のマイナスにはならない。私がいなくなり『(前田敦子は)どこいったんだろう?』といわれるだけ」とソロとなった自分の立場をシビアに見つめている。「女優としてスタートラインに立たせてもらったが、全く自信がないのが事実」という彼女のこれからは、決して安易ではないだろう。しかし、その厳しい現実を知ればこそ女優として成長できるのではないか。AKB48で培った根性で頑張って26歳で結婚するプランを達成して欲しい。[123]
  • 10月1日、渡哲也主演のTBSのドラマ『強行帰国 忘れ去られた花嫁たち』で、卒業後初めてドラマに出演。前田は男性の活動を手伝い、家族のように接する女性役。撮影は卒業直後で、「切り替えができたのかは分からないけれど、もう後ろを振り返るつもりは一切ないので、前を向いてまっすぐ頑張っていこうという気持ちでいっぱいです」と決意を新たにしている。[124]
  • 彼女が女優になってから、歌手としての活動をしていく理由は卒業してから歌っていうのは意欲的に続けるものではないと思っていたが、歌って、踊ってるときの前田が好きと言う人がいるため、あえて違う場所に行く必要はないと思ったため。前田が歌い続けようと思ったきっかけは、ソロになってからファンに会う機会が少なくなってしまったため、ファンに寂しい思いをさせてしまっていると分かったため。自分の声についは「普段喋っている自分の声が好きではないので、自分で聞いていて心地いいところを見つけるっていうのが、課題です。 AKB48の頃初めてボイストレーニングを受けたときに、あなたの声帯は一生うまくならないと言われたことがあって、ずっとそれが頭にあって。

だからこそ今、頑張ろうって思えます」 と語っている。[125]

バッシング

/ノートを参照。

番組でのエピソード

  • 番組で登場した辛さ50倍のスーパーハバネロチキンに口をつけ、あまりの辛さに号泣してダウン。収録は15分ストップしてしまった。結局、前田の代わりを秋元才加が務める事で収録は再開された。
  • AKBINGO!』のショージキ将棋で「AKBの中で一番演技が上手いと思っている」という質問で針が動き、「気持ちが正直だった…」と、自分でもそう思っている事を認めた。ちなみに「AKBの中で競っている訳じゃないので、ライバルだと思っている子はいない」。
  • 週刊AKB』の「プロデューサーがヅラだったら?」というドッキリで、後藤Pが居なくなった直後の車内で、カメラが回っているのを知らずに「絶対そうだって(笑)」と小嶋と共にカツラの事を話題にしていた。
  • ショージキ将棋にて、採用はされなかったが、高橋の質問に「ぶっちゃけSかMでいうとドSだ」という質問があった。さらに小嶋と対戦した時の質問にも「SかMかでいうと…ドSだ」というのが用意されていた。どうやら親しいメンバーによると前田はドSらしい。[126]
  • 番組で他のメンバーが罰ゲームなどを受ける時は、常に最前列で“楽しそう”にそれを見ているなど、Sらしい一面を見せている。[127]
  • 他のメンバーからも「やる気が無い」と言われてしまうぐらいの態度を収録中にとる事がある。[128]本人曰く「違いますよ。気持ち的にマイペースなんですよ。マイペースの時は……やる気が無かった」と本人も認めている。画面にはテロップで、スタッフの「やっぱり…」という感想が出された。
  • 週刊AKB』ウルトラクイズで、水中に顔を突っ込んで口で洋梨を取るというコーナーで身体を張り、見事逆転した。それを見ていた他のメンバーから「尊敬する」と言われ、前田は「AKBに入ってから初めて尊敬された」と答えた。
  • 番組収録の直前まで寝ている事を曝露される。[129]
  • 野菜シスターズのPV撮影の時に、監督から「手を挙げて下さい」と言われたが、前田は撮影中に眠っていたらしく、やっと起きて手を挙げると、監督は「いいですね~。ありがとうございます!」と、前田が手を挙げただけで、褒めまくるなど、ものすごい気を遣っていたらしい。[130]
  • コンサートの円陣にあまり参加しない。円陣の中心となる高橋みなみによると、参加する確率は「半々ぐらい」らしい。[129]
  • 2010年7月に行われたライブ「サプライズはありません」の模様が、NHK BS2にて放送されたが、その舞台裏のシーンで、総勢120名以上が円陣を組んで手を繋ぎ、皆がリーダー的役割である高橋の話を聞いている中、前田のみが熱心に携帯電話をいじっているシーンが放送されてしまう。[131][132]
  • 2010年8月22日の1回目のteamA公演を高橋が休演したため、初めて前田が円陣を担当した。感想は「今日は私が初めてやることになって(汗)。なんか物足りない円陣になってしまいました。やはりたかみなはいなきゃだめ~(∵)」[133]
  • ハリウッド俳優ロバート・パティンソンが来日した時に、前田がインタビューしたが、後のショージキ将棋で「ロバート・パティンソンは自分の事が好きになったと思う」という質問で反応、さらに「また日本に来た時に『会いたいな』と思ってくれてるかもしれない」と発言。テロップやメンバーに「イタい」とツッコまれた。
  • 高橋みなみの私服はイケてないが、それを笑う大島優子もイケてないと思っている。[129]
  • 秋元康曰く、チームAの影番(キャプテン以外で仕切ってくれる人物)は篠田前田[130]

交友関係

  • 推しメンは、高橋みなみ[9]山本彩NMB48)。「おっぱいが好きなんですよ。彼女のおっぱいを触った時に、恥ずかしがらずにほほ笑んでくれて。さすがNMBのエースと思って」[134]
  • 仲の良いメンバーは初期メン(1期生)。[135]ブログでプライベートな話の時によく登場するのは、板野友美小嶋陽菜篠田麻里子高橋みなみ佐藤由加理(元1期生、現SDN48)など、やはり1期生が多い。
  • 逆に言ってしまうと、同期のメンバー以外にはあまり興味が無いらしく、ショージキ将棋では高橋から「実はAKBメンバーの中に名前の知らない子がいる」という質問をされ、針は動かなかったが、峯岸から「嘘だ!」とクレームがつき「話をしていて『○○ちゃんが』って言ったら、『ん?誰?』とかある普通に」と曝露された。先生によると針が反応しなかったのは「(知らない事を)気にしてない」だけで、佐田には「もっと悪い」と言われた。
  • 他にも、チームA公演に毎回出演していた松井咲子が、自身が女子大生である話をすると、前田はあっさりと「知らなかった」と発言。半年以上も共にステージに立っているメンバーの基本的な情報すら知らなかった。また番組の高知ロケで、5期生の北原里英と同室に泊まったが、その後の公演で「(北原とは)何も喋ってない」と発言するなど、後輩とはあまり親密な付き合いはしていない模様。[136]
  • 2010年4月14日。前田がブログ用の動画を撮影していると、そこに後輩の佐藤亜美菜(年齢は上)がじゃれついてきて前田の髪を触った。するとそれに気付いた前田は『ン゛ッ』という低い咳払いをして亜美菜を追い払おうとした。亜美菜は一瞬ビックリしたような表情になるが、すぐに笑顔になり、手を振りながら前田から離れた。この動画を巡り「亜美菜が可哀想」という意見と「あれは前田のギャグ」などの意見に別れ物議を醸した。[137][138]
  • チームAメンバーについて。「マイペースです。そして、それが良いんだと思います。その雰囲気がAKBにも反映されていると思うんです。良い意味で、お互いをあまり干渉しない。だから知らない事もたくさんあるんじゃないかな。でも、それくらいの距離感がちょうど良かったりするんです」[71]
  • 篠田麻里子から一言。「周りに関心無さ過ぎ」[4]
  • 松井珠理奈との対談でSKE48の話になるが、前田「玲奈とかさ…う~んと…あと誰が一緒に…」珠理奈「くーみん(矢神久美)とかですかね(苦笑い)」前田「…矢神ちゃんとかね」と、SKEのメンバーは珠理奈と玲奈ぐらいしか咄嗟に名前が出てこないらしい。[10]
  • 生まれ変わりたいメンバーは、「えーメンバーはいいや」[139]
  • 男の子だったら付き合いたいメンバーは河西智美で、どストライクなのだとか。峯岸みなみ曰く、前田がAKBメンバーで褒めるのは河西だけらしい。[140]
  • 彼氏にしたいのは高橋みなみ。彼女にしたいのは峯岸みなみ[141]
  • 1期生なので既にデビューから5年。18歳になり、最近は10代前半の若いメンバーの元気について行けず、老いを感じているとか。[10]
  • 好きな後輩は、阿部マリア。「AKBに居るのがもったいないと思う。ほんとスタイル良いじゃん。超可愛い。私好きよ。マリアが可愛いことMCで喋ったら、『ありがとうございました』って。そこがまた可愛いよね。楽屋が隣だから、私が隣に居たら緊張しちゃうんだって。可愛くない?」[142]
  • NMB48で好きなメンバーは、山本彩。高橋「セクハラしてっからね」。峯岸「いつもおっぱい触ってるね」。前田「いいでしょ? 『おっぱいちゃん』って呼んでるの(笑)。でも動じないんだよ。顔色一つ変えない。(そこが)可愛い」。[142]
  • ラジオで大島が「みんな(プライベートな)友達はいる?」という質問をしたが、前田は「いない」と回答。渡辺麻友が「4人」と答えると、「え? 麻友4人も友達いんの!?」と驚いていた。渡辺の「友達をカラオケに行く」という話に、指原は「上級者やな」と言うと、前田も同意し、「メンバー以外とは無理」と答えている。[143]
  • 自分のブログでは「…時間があったとしても、ご飯にすぐ誘える人もいなく…m(__)m」「もっと社交的になれるように頑張ります(;;)」「多分私にはいろんな意味で『孤独』って言葉がぴったりです」と書いている。[144]
  • チームA再編成後は、後輩の指原や大家などとも仲良くしているらしいく、ブログにもしばしば話が出てくる。キャンプにも行くという話も出ていたが、[145]実際に行ったかどうかは不明。
  • 選抜総選挙で熾烈な1位争いを繰り広げ、一部マスコミでは不仲ともウワサされている大島優子との関係について。「性格は正反対」に近いが、意外と共通点も多く、前田曰く「私たち自身は仲が良いから(笑)」。[146]
  • キャラがかぶっていると思うのは、小嶋陽菜。理由はマイペースな所。[135]
  • ライブ中に衣装が見つからず、ステージに出られなかった事がある。前田が抜けた穴は高橋が咄嗟に埋めたが、前田はテンパってしまい楽屋で号泣した。その話を聞いたタモリは「誰が(前田の衣装を)隠したんだよ」と言ったが、そこはメンバー全員が否定した。衣装は結局、別の場所で見つかったとか。[147]
  • 秋元康曰く「前田は全然メールの返信をしない」。前田から質問をされたので秋元が返信をしたら、返事やお礼はなくそこで途切れてしまう事が多いとか。[148]

性格・趣味

  • 性格は、負けず嫌い。人見知り。[135]
  • 趣味は映画を見ること。[135]
  • 特技は、小さな紙(1cmぐらい)で鶴を折ること。『桜の花びらたち』の紙ふぶきを公演終了後折ってみたら出来た。[129]しかしそれ以外は基本的に無い。佐田には「前田が得意なのって鶴折るくらいしか知らない」と言われ「私もそう思います。私なにが出来るんだろう?って」と答えた。[149]
  • 長所はマイペース。短所もマイペース。[135]
  • 座右の銘は「世界征服」。[135]
  • 好きな食べ物は、貝と寿司。ちなみに寿司は、上のネタだけ食べて、シャリは食べない。[150]ご飯派かパン派でいうと、ご飯派。嫌いな食べ物は、杏仁豆腐。[135]
  • 朝起きて1分以内に朝食を食べ始める。[140]ブログでは毎朝、豪勢な朝食を披露。毎日おかずが6~8品あり、フルーツとサラダはが付く。このようなホテルの夕食並みの朝食を準備する前田母を賞賛する声は多い。[151]かなりの量を食べる事で有名だが、その分晩ご飯は食べない事が多いらしい。
  • 篠田麻里子「あっちゃんは大食漢。みんなが残した分もどんどん片付けていきます。CM撮影の合間に撮ったこの写真の弁当も実は3個目」。そしてCMロケ現場でイスに座りお弁当をおいしそうに食べる前田敦子の写真が載っているのだ。この日は合計4個弁当を食べたらしい。[152]
  • アイドルになっていなかった場合は、「コンビニで普通にアルバイトをしながら、夢に向かっていたと思います」。[153]
  • 好きな音楽は、洋楽全般。[9]
  • AKBで好きな曲は『言い訳Maybe』。公演曲では『ダルイカンジ』[9]
  • 好きな色は黒。[135]
  • 好きな少女漫画は「君に届け」。少年漫画は「ワンピース」。
  • 好きな小説は「トワイライト」で、[135]本作の熱狂的なファンを意味する“トワイライター”を自称している。「すごく純愛。こんな素敵な恋愛をしてみたい思う。(実生活では)恋をしてないんですけど、エドワードに恋してます」。[154]
  • 好きなブランドは「HYSTERIC GLAMOUR」「nine」。[135]
  • 好きなスポーツは、一輪車。[135]
  • 憧れの人は、オードリー・ヘップバーン。[135]
  • 今、注目しているのは、佐藤由加理[135]
  • 緊張する事がある時は、前日にメンバーと会う。[135]
  • 好きな季節は夏。理由は誕生日があるから。[135]
  • 好きな男性のタイプは、夢を持っている人。自分も大きい夢を持っているので。告白はされたい方。メールや電話ではなく、直接。[135]
  • 恋愛禁止ルールについて。「それぞれの夢を叶えるために一生懸命ひたむきに頑張れる環境を作るという意味では、ルールとしてあってもいいと思います」[71]
  • 勉強は苦手で『週刊AKB』で行われた中間テストは下から5番目。期末テストでも下から4番目の成績だった。
  • 運動もあまり得意ではなく、『週刊AKB』体力測定でも下から5番目。
  • 東方神起のファンで、自己紹介のモノマネが出来る。だが、グループ名は漢字で書けなかった。[129]
  • 英語も苦手で「木曜日」も書けなかった。[129]その後、英語の勉強を始めた。[155]
  • 左利きであり、ペンや箸は左手で持つ。右手もある程度使え、昔は特技が「両利き」となっているのもある。
  • 「みゆき」という姉がいる。[156]
  • 「ソルト」「ココア」「ハニー」「アロマ」という犬と、「ナッツ」「バブル」というモモンガ、「フランク」というデグー(ペルー・アンデス地方を原産とするネズミの一種)という多数のペットを飼っている。しかしフランクは、犬の1匹に尻尾を食べられてしまったらしい。[157]さらにペットは増え続けているが、多すぎるため省略。
  • よく行く外食は「すしざんまい」。他のメンバーが安い「サイゼリヤ」や「はなまるうどん」を挙げていた為、オードリー若林に「1ランク上だね」と突っ込まれた。[158]
  • 自分の顔で一番気になる部分は「強いて言うならエラが張っているとこ」。[159]

ギャラリー

AKB48

ソロシングル

参加曲

(※(★)は単独センター、(☆【メンバー】)は【メンバー】とのWセンター)

シングルCD選抜曲

派生ユニットシングル曲

AKBアイドリング!!!

チームドラゴン from AKB48

チームサプライズ

  • 重力シンパシー(★)
  • 思い出す度につらくなる
  • キンモクセイ(★)
  • 旅立ちのとき(★)
  • AKBフェスティバル(★)
  • キミが思ってるより…(☆大島優子)
  • ハートのベクトル

ソロシングル曲

  • Flower
    (2011年6月22日発売、週間最高:1位、年間:33位、売上枚数:17.7万枚)[160]
    • この胸のメロディー
    • 頬杖とカフェ・マキアート
    • 夜明けまで
    • La Brea Ave.
    • Brunchはブルーベリー
  • 君は僕だ
    (2012年6月20日発売、週間最高:2位、年間:位、売上枚数:13.6万枚)
    • 右肩
    • 遠回り
    • 愛しすぎると…
    • Sunday drive

(※卒業後に発表された「タイムマシンなんていらない」以降の作品については記載しない)

アルバムCD選抜曲

  • 神曲たち」に収録
    • Baby! Baby! Baby! Baby!
  • ここにいたこと」に収録
    • 少女たちよ(☆高橋みなみ)
    • Overtake - チームA名義(☆高橋みなみ)
    • 君と僕の関係
  • 1830m」に収録
    • ファースト・ラビット
    • Hate - チームA名義(☆高橋みなみ)
    • 思い出のほとんど
    • 大事な時間
    • ぐ~ぐ~おなか
    • 行ってらっしゃい
    • 青空よ 寂しくないか? - AKB48+SKE48+NMB48+HKT48名義
    • 桜の花びら~前田敦子 solo ver.~(ソロ楽曲)

出演番組

Wikipediaを参照。

脚注・出典

  1. ^ めざにゅ~ 2012年6月12日放送より、アーカイブ映像:[1]
  2. ^ 桜の花びらたち軽蔑していた愛情チャンスの順番上からマリコを除く。
  3. ^ http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20100527-634410.html
  4. ^ a b c 『ウチくる!?』2010年8月22日
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『QuickJapan』 Vol.87
  6. ^ a b 『前田敦子のHEARTSONGS』 2010/10/20
  7. ^ 昔の『AKB0じ59ふん!』や最近の『週刊AKB』など
  8. ^ 大縄末入りDVD
  9. ^ a b c d 『AKB48 VISUAL BOOK 2010』
  10. ^ a b c 『AKB48 in GUAM』
  11. ^ http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111027-00000000-blogos-pol
  12. ^ 『AKB48総選挙公式ガイドブック』より。
  13. ^ a b c http://news.livedoor.com/article/detail/2622381/
  14. ^ a b http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/12/06/kiji/K20111206002182740.html
  15. ^ FLASH SPECIAL 2011年5月1日増刊号『まるっとAKB48スペシャル』
  16. ^ a b c 『AKB48総選挙公式ガイドブック』
  17. ^ AKBINGO!』2010年7月14日放送。
  18. ^ 『中居正広のキンスマスペシャル』 2012年1月6日
  19. ^ a b c d e f g 『AKB48ヒストリー』
  20. ^ 『BUBKA』 2011年1月号
  21. ^ 『BUBKA』 2009年1月号
  22. ^ 『AKB48総選挙!水着サプライズ発表』
  23. ^ 『AKB48総選挙公式ガイドブック』より。
  24. ^ スポーツ報知 http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20100525-OHT1T00030.htm
  25. ^ マイコミジャーナル journal.mycom.co.jp/news/2010/06/06/007/?rt=na
  26. ^ 『PON!』6月9日放送。
  27. ^ オリコン www.oricon.co.jp/news/deview/77013/
  28. ^ 第2回 選抜総選挙 アピールコメントより。
  29. ^ 松井珠理奈談。
  30. ^ http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/100609/msc1006092234002-n1.htm
  31. ^ http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-10558657438.html
  32. ^ デイリースポーツ http://www.daily.co.jp/gossip/article/2010/06/14/0003090626.shtml
  33. ^ オリコン http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/78044/full/
  34. ^ 『BUBKA』 2010年9月号
  35. ^ 東京ウォーカー http://news.walkerplus.com/2010/0809/11/
  36. ^ http://news24.jp/entertainment/news/1613468.html
  37. ^ http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-10644532500.html
  38. ^ スポニチ http://www.sponichi.co.jp/entertainment/flash/KFullFlash20100921123.html
  39. ^ http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-10664418177.html
  40. ^ デイリースポーツ http://www.daily.co.jp/newsflash/2010/10/03/0003504338.shtml
  41. ^ http://www.sanspo.com/geino/news/101213/gnj1012130505009-n2.htm
  42. ^ http://eiga.com/news/20101213/1/
  43. ^ 『週刊文春』 2011年6月23日号
  44. ^ 『女性セブン』 2011年6月30日号
  45. ^ 『オリ★スタ』2011年1月17日号
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  48. ^ http://www.j-cast.com/2011/02/23088842.html?p=2
  49. ^ http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110302-00000002-rnijugo-ent#41073724233887376228
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  51. ^ http://www.cyzo.com/2011/04/post_7162.html
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  53. ^ http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10870185472.html
  54. ^ http://www.daily.co.jp/gossip/article/2011/04/24/0003993317.shtml
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外部リンク