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奥真奈美

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AKB48
奥 真奈美 おく まなみ
2011年AKB48プロフィール 奥真奈美.jpg
公式ニックネーム

まぁちゃん

生年月日

1995年11月22日 (21歳)

出身地

東京都

血液型

A型

身長

153.5cm

スリーサイズ

B81 W60 H87

合格期

2期生

選抜回数

1回

奥 真奈美(おく まなみ、1995年11月22日 - )は、AKB48の元メンバー。東京都出身。

略歴

2006年
  • 2月、AKB48追加メンバー(2期生)オーディションに合格。
  • 4月1日、新設された(初代)チームKの一人として劇場公演デビュー。
2007年
  • 7月18日、4thシングル『BINGO!』でシングル表題曲選抜メンバーに初めて選ばれる。
2009年
  • 4月末頃より、膝の負傷により、一時休業(同年5月18日に「オズグッド病」と公表。後述)。
  • 7月26日、劇場公演に復帰[1]
  • 8月23日、「AKB104選抜メンバー組閣祭り」において、(柏木)チームBに異動することが発表される。
2010年
  • 5月12日、「おぐまなみ」名義で、シングル曲『かたつむり』でソロデビュー。
  • 5月21日、(柏木)チームBメンバーとして活動を開始。
2011年
  • 2月21日、AKB48からの卒業を発表。
  • 4月8日、AKB48劇場において、卒業公演が行われる。
  • 6月19日、握手会をもって、AKB48としての活動を終了(所属事務所のOffice48も退社)。

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは、特に設定していない。
  • 公式ニックネームは「まぁちゃん」。
特に仲の良い篠田麻里子からは「奥たま」。2期生であることから、後輩などからは「奥さん」と呼ばれる事が多い。2007年頃から当時流行っていた「リア・ディゾン」をもじって、ファンからは「オク・ディゾン」とも呼ばれていた。[要出典]
  • 父親はイタリア人、母親は日本人。[要出典]自らも「まつ毛の長さと、髪の色がセールスポイント」という[2]
  • 「全女子が羨む人形系ビューティー」[3]、「世界標準の超絶ビューティフェイス」[4]などと紹介される事もある。
  • 48グループにおいて史上最年少となる「10歳131日」でお披露目されている。2016年2月現在でもこの記録は破られていない(メンバーに関する記録一覧#最年長・最年少昇格記録を参照)。また、AKB48の4thシングル『BINGO!』では、当時の最年少記録となる「11歳237日」で選抜メンバー入りしている、後に、SKE48の松井珠理奈によって、選抜最年少記録は破られている。また、奥にとっては唯一のシングル選抜でもあり、これ以降、選抜復帰することはなかった。
  • チームKでは引っ込み思案の末っ子として長らく目立たない存在だったが、2009年頃より当時チームKに所属していた野呂佳代に見いだされ、愛すべき毒舌キャラに開眼。MC中、冷静に周りを観察して破壊力抜群のひと言をボソッと投下し、会場の爆笑を誘ってきた[2]
  • 芸能界に憧れたきっかけは、柴咲コウを見てとのこと[5]
  • (初代)チームKで一緒だった大堀恵は、「真奈美はひとつ頑張れる事があれば、すごく伸びる子」と語っている[6]
  • 劇場支配人評。
「栗色の大きな瞳で見つめられると、動けなくなりますよ(笑)。すぐ凹みますが心根のやさしいコです。篠田麻里子がかわいがる気持ちもわかります。まぁちゃんが予想外の展開で驚かしてくれそうで、今後も楽しみですね」(2010年・戸賀崎智信[2]

AKB48として

2006年

  • 2月、AKB48追加メンバー(2期生)オーディションに合格。
  • 3月31日、デビュー前日のレッスンの際に、奥と小野恵令奈が歌詞が書いてある紙にサインの練習をしていたのを、秋元才加が2人を注意。そのきつい言い方に対して大堀恵が異論を唱え、二人が衝突する原因を作っている(チームK#初代チームKを参照)。
  • 4月1日、新設された(初代)チームKの一人として劇場公演デビュー。

2007年

  • 12月31日、AKB48が「第58回NHK紅白歌合戦」に初出場。後日放送された日本テレビ系「AKBINGO!」(2010年7月4日放送)で明かされた紅白出演時のエピソードとして、AKB48と同じ「アキバ枠」として出場したリア・ディゾンに奥が似ているとメンバーが言うと、奥はリアに向かって「ママ~」と呼んだが、「NO~」と否定されたという。

2009年

  • 5月18日、膝の負傷により休演が続いていた奥の詳細な症状が、当日行われたチームK公演中のVTRで「Osgood shlatter病((オスグッド病))」であることが明らかにされた(同日のオフィシャルブログでは診断書付きで公表されている)。成長期に多くみられる症状で、奥の場合は「成長期に膝にかかる負担が多かったため発症した」とのことで、医師の診断では1か月の安静ののち公演に復帰できるとしている[7]
  • 7月26日、3か月ぶりに劇場公演に復帰。当日は秋元才加の21歳の「生誕祭」が行われている[1]
  • 8月23日、東京・日本武道館で行われたコンサート「AKB104選抜メンバー組閣祭り」(2日目夜公演)において、AKB48としては初となる「組閣」(チーム再編成)により、奥は(柏木)チームBへの異動が発表される。

2010年

  • 5月12日、NHK教育テレビ(現在のNHK Eテレ)で放送されるアニメ『おじゃる丸』のエンディング・テーマ「かたつむり」を「おぐまなみ」の名義でリリース。ただし、この時点では「おぐまなみ=奥真奈美」であることは非公開であった(後述)。AKB48のメンバーとしては、「大堀めしべ」名義で『おしべとめしべと夜の蝶々』をリリースした大堀恵、『Stargazer』をリリースした増田有華に続き、3人目である。
    • しかし、一部メディアにおいては、奥、大堀、増田がソロデビューしたこと自体触れられず、AKB48(グループ)としてのCDソロデビュー人数にカウントされていないことが多い。詳細な理由は不明である[8]
  • 8月8日、おぐまなみが都内で「お披露目記念写真会」を行い、自身は奥真奈美であることを明らかにした。同番組のイメージを大切にしたいとういう理由で同名義で歌ったが、3月下旬の放送直後からファンの間では声や名前が奥に似ていると話題になっていた。奥は「はぁ、これでようやくスッキリした」と笑顔を見せた。ソロ活動をしたことに「1人も良いですね。(ソロで)全国ツアーしたい」と新たな野望も打ち明けた[9]
  • 9月21日、東京・日本武道館で「第1回じゃんけん大会」本戦が行われる。奥は『夜風の仕業』の衣装で、Aブロック1回戦で野中美郷と対戦したが、敗退となった。
余談として、野中との対戦前に、ステージで履く予定であった靴の紐が切れるアクシデントがあった[10]。似たような出来事が増田有華(ネックレスが切れる)にも起きている。
  • その後12月に「じゃんけん大会」を収録したDVDが発売された。奥はカメラが苦手で、こういう密着取材などは大変なメンバー。[誰によって?]質問してもほとんどまともな返事は返ってこず、「なんで下から撮るんですか」「カメラ近くないですか」など、付き纏うカメラマンへの不満が募るばかり。結局、ドアを閉めて追い出した。大会当日は、いつも仲の良い篠田麻里子か茅野しのぶを捜し続けて、終始キョロキョロしていたという[11]

2011年

  • 2月21日、AKB48オフィシャルブログで、AKB48からの卒業を発表する。

今日は突然ですが、皆さまに発表があります。

この度、奥真奈美はAKB48を卒業致します。
私は、10歳からAKB48に入って
何も分からないまま
言われたことをずっと頑張ってきました。
良い事ばかりではなかったけど、本当に沢山の
良い想い出を貰いました。
そして何よりも
ここまでやってこれたのは
秋元先生をはじめとするスタッフのみなさん、
そして何よりファンのみなさんの応援があったから
です。

5年間AKBとしてやって
たくさんの方に出会って
本当にいろんな経験をさせて頂きました。
わからないなりにがむしゃらにやって来ましたが
心のどこかで、今まで経験することの出来なかった
「学生としての生活」
への憧れの気持ちが大きくなり
段々と、何が本当にしたいのか?わからない毎日を過ごす
事が嫌で仕方がありませんでした。

このままAKBにいてこんな中途半端な気持ちでは
応援して下さる方にもすごく申し訳なく思い、
何度も考えて、
スタッフさんとも何度も相談した結果
「進学」
という新しい夢を叶える為に、卒業するということを
決めました。

5年間、沢山迷惑かけてしまったり
不安にさせてしまったり…
でも、どんな時でも私も応援して下さった方
口では何て言っていいのか分からないけど
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました。
皆さまにお会いするのは4月の握手会イベントが
最後になると思います。
卒業に関する詳細が決まったらまた報告します。

それでは、卒業まで残り少ないかもしれませんが
宜しくお願いします。[12]

  • 2月22日、先日の卒業発表について本人がブログを更新。
「こんにちは この間は突然の発表でファンのみなさんをはじめ、たくさんの方がびっくりされたようで、驚かせてしまい、ごめんなさい!!!!
これは嘘でも本当でもなく、私にはここが合ってないのかな‥って思いはじめでも応援して下さるファンの方の事を思うと、よし!!がんばろう!!って思ってここまでやってきました。:
でも、やっぱりこのままここにいても、自分のやりたいことができないと思い、小学校・中学校と学校生活が全くできておらず、中学を卒業すると同時にAKBも卒業して15歳!!今しかできない学生生活を送りたいです。AKBは今すごく忙しいので、私も高校に進学して少し落ち着いたら、芸能活動をまたはじめたいと思います。
だって。私の事を長年応援して下さったファンの方を裏切ることになるから。違う形で夢に向かって頑張っていくので、これからも見守ってください!!!!
そして、コメントはまだ全部読めていませんが、みなさんが私の事をこんなに大事に思っているということは、すごく嬉しいで。そういう方たちのためにも、絶対がんばりますね。
まだ4月30日まで日にちはあるけど、それまでよろしくお願いします」[13]
当日は、(初代)チームBの結成から4周年を迎えている。セットリスト後のアンコールでは、『ワッショイB!』『オネストマン』『チームB推し』を披露した後に、「ウェディングドレス」風の衣装に着替えた奥が登場し、セレモニーが行われた。チームBから奥に「メンバー全員で寄せ書きされたぬいぐるみ」が贈られた。また、別の仕事のために休演した河西智美[注釈 1]も駆け付け、花束を贈呈している。以下、奥のメッセージより。

「ハイ。えっと、私はこの間でAKBに入って5年が経って。 で、すごいやっぱ公演を5年の間ですごいたくさんやらせていただいて、 それでシアターでいろんなファンの人にお会いできて、すごく思い出深い場所なんですね、シアターは。 だからコンサート会場で卒業をやるよりも、このシアターでできたことがすごい私は嬉しいです」
「ファンの方は、こういった卒業の形になってしまって、ほんとにごめんなさいっていう感じなんですけど、 でも将来的には、私は芸能界には戻ってくるので、 でも今はまだちょっと離れたいなっていうのが私の本音でもあって。 だから今自分がこの卒業を決めたのは全然後悔してないし、気持ち的にもすごい前向きになれたなって思ってます」
「AKBでのほんと5年間は、すごい、もう10歳から環境がどんどん変わっていって、いろんな経験をさせていただいて、 こんなたくさんのメンバーと一緒に活動もできたし、すごい、自分の人生の中ですごい思い出になりました」
「また場所は違うと思うのですけど、みなさんの前にお会いできる日が来るように、私自身もがんばるので、 応援しててください。5年間本当に長かったのですけど、どうもありがとうございました」[14]

ブログ「今日で私はAKB48を、ファンの方やスタッフさん、メンバーの協力で無事卒業することができ、感謝の気持ちでいっぱいです。たくさんの思い出をもらいました。悔しいときも、楽しいときもあったこのシアターで、最後を迎えることができて、本当に嬉しかったし、一生忘れない大切な日となりました。急な卒業発表で卒業してしまうこと…改めてごめんなさい。でもこれが最後っていうわけじゃありません。今、ちょっと漢字の読み書きもできなくてバカなので、少しの間頭を鍛えてくるね。ちょっと落ち着いたら、必ず芸能界に戻りますので待っててくださいね。今日は秋元さんがお仕事で来れなかったので 公演後にメールをいただきました。『いつでもAKBに戻っておいで』って…。『何かあったら言ってきなさい』っていう優しいメールをいただきました。佳代ちゃんなっつみぃ梅ちゃんがみにきてくれて、も駆けつけてきてくれて、みんな忙しい中ほんとうにありがとう。そしてチームBのみんなも、ありがとうございました。みんなとすごく仲良くなれて、距離が縮まって、公演が楽しくて仕方なかった!!みんな仲間。ずっと大切にしていきたい。本当に本当にありがとうございました」[15]
  • 4月15日、自身のブログで、同月12日に高校の入学式に出席し、高校生活をスタートさせたことを報告した[16]
  • 6月19日、東日本大震災発生の影響で2ヶ月延期されていた『桜の木になろう』個別握手会の参加をもって、AKB48としての活動を終了。また、あわせて所属事務所のOffice48を退社し、この日をもってブログの更新も終了となった。
「こんばんは。改めて、今日握手会に来て下さった方も、来られなかった方も、いつも本当にありがとうございました。
卒業公演を4月8日に終え、2ヶ月経ってからの握手会。ちょっと複雑な気持ちでした!!
また、前のブログとかぶってしまいますが、10歳からの5年間!家族と過ごす時間より、メンバーやスタッフさんといる方の時間が長かったように感じます。5年間でたくさんの人に出逢いました。みんな大切な人たち。一言では言えない、たくさんの思い出を胸に、これからの生活を大切にしていきたいと思います。今は学校にもだいぶ慣れ、毎日とても楽しく過ごしています!!
今まで色んな形で私の事を応援して下さった方。本当に心からありがとう。感謝の気持ちでいっぱいです。ブログでのコメントで元気をもらったり、学ぶことも、たっくさんありました。本当にみなさん優しく、温かいなぁっていつも思っていました。
明日からは、それがなくなるけれど、またいつかブログなどできる日がくれば、はじめます!。そして、上から目線で申し訳ないですが、これからもAKB48を沢山応援して下さいね。私も応援します!!
改めて、秋元先生をはじめとするスタッフの皆さん、衣装さん、照明さん、今まで本当にお世話になりました!ありがとうございました。そして。事務所のみなさん☆小さいときから子供のように、優しくしていただいて、長い間お世話になり、本当にありがとうございました。
今日からまた新しい週の始まり!みなさんも、お体に気をつけて、お仕事、学校、スポーツ、にがんばってください!!私もがんばっていきます!!そして。皆さんの元へ幸せ、HAPPYがたっくさんありますように。
それではまたみなさんにお会いできる日まで…本当にありがとうございました。奥 真奈美」[17]

AKB48卒業後

  • AKB48を卒業してからは、2016年3月現在、公の場に姿を現しておらず、2015年12月6日に行われた「AKB48劇場オープン10周年記念祭」にも参加していなかった。

2016年

  • 4月1日、AKB48劇場で行われた『チームK 2期生10周年記念特別公演』で、アンコールの『草原の奇跡』に私服姿でサプライズ出演を果たした。奥がAKB48劇場に登場するのは、2011年4月8日の卒業公演以来約5年ぶりのことで、挨拶では成人したことを報告。さらに、ダブルアンコールの『To be continued』にも、この日の出演者と共に参加した[18]

交友関係

  • 仲の良いメンバーは、篠田麻里子[5]。年齢が10歳ほど離れており、(当時)AKB48の「最年少」と「最年長」だが非常に仲が良い。篠田は「おくたま」。奥は「まりちゃんorまりこたま」と呼んでいる。卒業後もたびたび食事などをともにしている様子が、篠田のツイッターなどで報告されている。
また、推しメン、尊敬するメンバーとしても、篠田麻里子を挙げている[5]
  • 渡辺麻友とは、チームKオーディションの二次審査で知り合ってから意気投合し、(チームKオーディションの)最終審査も一緒に行ったと語っている。その後、奥は2期生に合格し、渡辺は不合格となったものの、渡辺は奥と電話で連絡を取り合ったりと交流が続いていたという。渡辺曰く「私がたぶん一番この中では古くからまーちゃん知ってるかな」とのこと(余談であるが、渡辺が2期生オーディションを受験していたことを初めて公表したのが、奥の卒業公演でのMCであった)[14]。渡辺はその後、3期生オーディションに合格している。
  • 前述にある通り、奥の「毒舌キャラ」を見出したのは野呂佳代であったが、奥がチームBへ異動後、奥のキャラクターを引き立てるという野呂の役割を受け継いだのが平嶋夏海であった[14]。奥は卒業することについて、公式ブログでの発表前に平嶋には話していたという[19]

性格・趣味

  • 性格はサバサバ[5]
  • 趣味は、DVDを観ること[5]。半身浴[10]
  • 特技は、誰とでも話せること[5]。左耳が伸びること。右耳は伸びない[20]
  • 長所は、人見知りしない。短所は、心配性なところ[10]
  • 好きな男性のタイプは、優しくて面白い人[10]

ギャラリー

参加曲

シングルCD選抜曲

派生ユニットシングル曲

ほね組 from AKB48

  • ほねほねワルツ
    • くじらのバス

ソロシングル曲

(※おぐまなみ名義)

  • かたつむり
    • 芋虫ジョニー

アルバムCD選抜曲

  • 神曲たち」に収録
    • 君と虹と太陽と
  • ここにいたこと」に収録
    • 恋愛サーカス - チームB名義
    • ここにいたこと - AKB48+SKE48+SDN48+NMB48名義

その他の参加楽曲

出演番組

Wikipediaを参照。

注釈

  1. ^ 当日のアンダーは鈴木紫帆里(当時、11期研究生)で、その鈴木は奥とほぼ入れ替わる形(2011年5月21日)で正規メンバーへ昇格、チームBの一員となっている。

出典

  1. ^ a b 奥真奈美 3ヶ月ぶり & 秋元才加 21歳の生誕祭(7/26、夜公演チームK 5th 31回目) - AKB48@メモリスト 2009年7月29日
  2. ^ a b c 講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック」P68より。
  3. ^ 光文社「AKB48 じゃんけん選抜 公式ガイドブック」P47
  4. ^ 第1回じゃんけん大会当日の選手紹介より。
  5. ^ a b c d e f 東京ニュース通信社「AKB48 VISUAL BOOK 2010」[要ページ範囲]
  6. ^ 光文社「AKB48 じゃんけん選抜 公式ガイドブック」P86
  7. ^ チームK 奥真奈美 怪我について - AKB48オフィシャルブログ 2009年5月18日
  8. ^ (例)まゆゆ2月にソロデビュー AKB4人目 - 日刊スポーツ 2011年12月20日。同記事では見出しのほか、「(渡辺麻友は)グループからのCDソロデビューは前田敦子板野友美岩佐美咲に続いて4人目となる。」との記述が見られる。
  9. ^ おぐまなみの正体は?AKB48の最年少 - nikkansports.com 2010年8月8日
  10. ^ a b c d 光文社「AKB48 じゃんけん大会 総集号 保存版」P83より。
  11. ^ AKS「DVD MAGAZINE VOL.5A」
  12. ^ 【お知らせ】 - AKB48オフィシャルブログ 2011年2月11日
  13. ^ 奥真奈美☆再報告☆ - 1LDK6人暮らし(オフィシャルブログ)2011年2月22日(アーカイブ)
  14. ^ a b c チームB 4周年 & 奥真奈美 卒業公演(2011/04/08「シアターの女神」公演 217回目、チームB 66回目) - AKB48@メモリスト 2011年4月12日
  15. ^ 奥真奈美☆感謝☆ - 1LDK6人暮らし(オフィシャルブログ)2011年4月9日(アーカイブ)
  16. ^ 奥真奈美☆ありがとう☆ - 1LDK6人暮らし(オフィシャルブログ)2011年4月15日(アーカイブ)
  17. ^ 奥真奈美☆最後のブログ☆ - 1LDK6人暮らし(オフィシャルブログ)2011年6月19日(アーカイブ)
  18. ^ AKB2期生、10周年で涙の全員卒業「最後まで伝説残せた」 - ORICON STYLE 2016年4月1日
  19. ^ まーちゃん゛∩(^ ∀^*)なっちゃん - 渡り廊下走り隊オフィシャルブログ(平嶋夏海投稿)2011年2月26日(アーカイブ)
  20. ^ フジテレビ「笑っていいとも!」2010年8月20日放送より。

外部リンク