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平嶋夏海

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AKB48
平嶋 夏海 ひらじま なつみ
2013年総選挙プロフィール 平嶋夏海.jpg
公式ニックネーム

なっちゃん

所属事務所

ワンエイトプロモーション

生年月日

1992年5月28日 (25歳)

出身地

東京都

血液型

O型

身長

154cm

スリーサイズ

B88 W60 H88[1]

合格期

1期生

選抜回数

3回

平嶋 夏海(ひらじま なつみ、1992年5月28日 - )は、AKB48および渡り廊下走り隊の元メンバー。現在はタレント、女優。ワンエイトプロモーション所属。

略歴

2005年
2007年
2009年
2010年
  • 6月9日、第2回総選挙で、26位(アンダーガールズ)にランクイン。
2011年
  • 6月9日、第3回総選挙で、26位(アンダーガールズ)にランクイン。
2012年
  • 1月28日、AKB48としての活動を辞退することを発表。
  • 2月5日、東京ビッグサイトでの『上からマリコ』握手会をもって活動終了。
2013年
  • 6月8日、第5回総選挙で、62位(フューチャーガールズ)にランクイン。卒業メンバーからは唯一のランクインとなった[2]
2015年
  • 3月31日、プロダクション尾木との所属契約を終了[3]

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは「1に努力、2に根性、3・4がなくて、5になっちゃん」[4]
  • 公式ニックネームは、「なっちゃん」[4]で大半のメンバーが呼んでいるが、岩佐美咲など後輩メンバーからは「なっさん」[5](「なっちゃんさん」では長いためらしい)、戸島花からは「夏海」と呼ばれる[6]
  • 1期生の一人で、最初は20人のメンバーに対し、数人のお客さんという厳しい状況を戦い続け、国民的アイドルと呼ばれる現在のAKB48を最初期から支えてきた一人。
  • 自分では頑固な性格というが、それがチームやファン、スタッフへの愛情の裏返しである事は言うまでもない[4]
  • 柏木由紀「私が何でも頼ってしまう、唯一のメンバー。人柄もあるんでしょうね。一生懸命に歌うところも凄いなって思ってます。声量がAKB48で一番大きいってスタッフさんから聞いた事があります。ボイトレもしれいるストイックな面もあるんですよ。私の方が1コ年上なんですけど、未だに先輩として見てしまう事があるんです」[7]
  • 家族構成は、父、母、兄(2011年2月の時点で既婚)[8]、弟[9]
  • 将来の夢は、女優[10]

AKB48加入前

幼少期

  • 1992年5月28日誕生。「夏海」という名前の由来は、サーファーだった両親が、「のようにキラキラ輝くような子に育って欲しい」と願い名付けられた[11]。「でも、5月は夏じゃないですよね」
  • 幼少期は体が弱く、人見知りでよく泣く子だった。「でもダンスが大好きで、いつもSPEEDの振り付けをマネしていましたよ」
  • 小学校低学年になると人見知りもカンチし、運動・勉強もそつなくこなす優等生に成長。「小1から小6までスクールに通っていたので、水泳は得意でしたね。夏休みはいつも学校のプールで真っ黒になっていました」
  • 小学1年生の時に、クラスの人気者の男の子に初恋。3年生から6年生まで、ずっとチョコをあげていた。
  • 中学ではバスケ部に入部。学業の方でも、期末テストで学年4位という成績だった。
  • 中学1年生の段階で、生徒会副会長を経験している[12]

AKB48として

2005年

  • 10月、AKB48第1期生メンバーオーディションに合格。オーディションに応募したキッカケは、「ハナチューってティーンズ雑誌にオーディション広告があってお母さんに勧められたから」[11]「最初はこんな感じになるなんて思ってなくて、ダンスを習いたくて入りました」[13]
  • 「合格して部活は出来なくなったし、成績もちょっと…になったんですけど(笑)、AKB48でもっと大切なことを学んでいると思います!」

2006年

  • 4月15日、チームA 2nd Stage「会いたかった」公演が開始。これは前回の1stに比べ、よりメンバーのポジションに格差があるような作りになっている。それはメンバー自体に格差が出来はじめたということ。それまで、なんとか皆でお客さんを増やそうと一致団結して頑張っていた直後。チームAメンバーにとってはこのセットリストが一番辛く、「2nd公演の事は思い出したくない」と言っているという[14]より。
この公演で前田敦子は、『渚のCHERRY』で初めてソロを担当する事になった。正確には4人のユニット曲だが、実際にはソロとバックダンサー3人という構成であり、明確な差がある(衣装の色も違う)。前田はソロを任されると知ったとき、「一人だけ目立つのはイヤ」「やりたくない」と言って大泣きした[15]。目立つ事が苦手だったから嫌だったのもあるが、理由はもう一つ。それは、同年代だった、峯岸みなみ平嶋夏海増山加弥乃が自分のバックダンサーを務める事になったからで、前田が直接言われた訳ではないが、彼女たちも負けず嫌いな性格で、「2人が嫌がっている」という話が前田の耳にも届いていたからだった[14]
平嶋「3人で事前に仮歌を聴いて、『多分あっちゃんが歌う箇所が多いよね。覚悟しておこう』って」。ところが現実はもっと厳しかった。パート表を見ると、「前田」と「オール」という名前のみ。「センター」と「それ以外」という扱いだった。しかも3人が担当する歌詞は「チェーリチェリガール」と「チェーリチェリボーイ」だけ。つまりただのバックコーラス。平嶋「この曲をステージに出て歌ったら…私の事を応援してくれているファンの人たちはどう感じるんだろう」。悔しさと申し訳なさで胸はいっぱいだったが、スタジオでは涙を見せなかった。だが、「スタジオを出た瞬間、他のレコーディングで来ていた戸島花ちゃんと会ったんです。その顔を見た瞬間、私とみぃちゃんは、花ちゃんの胸で泣きました。そうしたら『あっちゃんがもうすぐ来るよ。この姿を見せたらダメだよ』ってトイレに連れて行かれて。でもあっちゃんも、そのパート表を見て泣いたんだよって聞かされました。その後も『渚のCHERRY』の練習をやったんですけど、歌のパートの話は4人とも一切しませんでした」[16]
  • 12月、チームB候補生としてオーディションに合格した3期生20名の内、6名が辞退しAKB48から脱退。16名を切ってしまいチームBが結成できなくなってしまう。運営側は、当時20名いたチームAから、Bに4名を異動させると発表した。高橋みなみ「そこにいた全員が一瞬のうちに血の気が引いていくのが分かるんです。そうしたらスタッフさんに『高橋はどう思う?』っていきなり聞かれたんです。で、『異動するのは自分だ』って思いました。その時は何とか声を出して『…何も言えないです』って答えるだけで。もう今地獄に居るって思いました」。
そしてスタッフは、浦野一美渡辺志穂増山加弥乃、そして平嶋の4名の名前を発表した。平嶋「自分が名前を呼ばれるなんて、まったく思っていませんでした。年上の大人メンバーが行くと思ってたんですよ。私は年齢も下から2番目だし、私は無いだろうなって。でも、自分の名前が呼ばれた瞬間…固まっちゃって。みぃちゃんとかあっちゃんとかも『えっー!?』って言葉をなくしてました」。高橋みなみ「呼ばれたメンバーは『楽屋から出て』って言われて。あの時、加弥乃は号泣していて、なっちゃんも泣いていて、志穂ちゃんはふてくされ気味。私はどうしたらいいのか分からなくて黙っていました。言葉は悪いけれど、“左遷”ってイメージがあったから」。平島「呆然としながら楽屋の外に出る時に、『行かないでー』って、みぃちゃんもあっちゃんも泣いてましたね。でも楽屋を出たとき志穂ちゃんが、『私は泣かない』って言ったんです。それで『そうだ、私も泣くのはやめよう。泣いても変わらない』って」[16]

2007年

  • 1月20日、チームAの折井あゆみの卒業に伴い、今度はチームAのメンバーが足りなくなったため、チームBへ異動予定だった増山加弥乃がチームAに残留する事になる。
  • 1月25日、チームA 3rd Stage「誰かのために」千秋楽を以て、結成時から所属していたチームAから離れる。それでも弱音を吐かず、泣き虫だった気持ちに蓋をして、まとめ役として踏ん張ってきた[4]
  • 6月、チームBの5人(渡辺・平嶋・多田・仲川・菊地)でプロダクション尾木への移籍と、派生ユニットの結成も知らされる。平嶋夏海「私は、はるごんと菊地と聞いたから。今日ちょっとこの後、秋元さんとお話がありますって。それから尾木プロ移籍を言われて、『ホントですか』みたいな。信じられなかった。麻友たちは?」。渡辺「(多田と)普通に仕事して終わって、呼ばれて。秋元さんとか偉い人がいっぱいいて、『あぁなんかヤバい』ってなって、どうしようって2人でおびえてて。で、なんか『最近どう?』みたいな世間話をずっとしてて、夜も遅いし帰ろうかってなった時に、『じゃあ2人、尾木プロ移籍するから』って。最後の最後に言われて、『えー?』ってなってやっぱビックリしたけど。まぁでも嬉しかったよね。仲良いみんなと一緒に事務所に移籍できると思ってなかったから嬉しかった」[17]
  • 10月、ユニット「渡り廊下走り隊」を結成。リーダーとして、同じ事務所に所属の多田愛佳仲川遥香渡辺麻友と共に活動を開始。
  • 11月、インタビューより。サポートメンバーとして、チームBへ移籍した当時を述懐。
―最初Bに行くって聞かされた時は、どんな気持ちでしたか?
「かなり泣きそうでしたね。Aのみんなと離れるのも悲しかったけど、Bの子と上手くやっていけないって思ったんですよ。AKBがちょっと有名になってから入ってきて、辞めた子も多いから、軽い気持ちで入ってきちゃったのかな~って。ま、もともと自分も軽い気持ちだけど(笑)」
―辞めようとは思わなかった?
「今更辞める気にはなれなかったんですよね。入って2ヶ月の時にそう言われたら分かんなかったけど。始めて1年経ってたし、今辞めると迷惑かかっちゃうし」
―最初に新人さん(3期生)たちと会った時の印象は?
「それがね~正直最初はかなり酷かったですよ(笑)。一番最初の自己紹介の時、私たち3人は立っているのに、みんなは椅子に座ったまま振り向いて、『○○で~す』みたいな。で、私が『買い出し行ってきま~す』って言っても、『いってらっしゃ~い』。3人で顔を見合わせて、ボーゼンっていう(笑)。その辺はスタッフさんが注意してくれて、直っていったんですけど」
―すぐに仲良くなれた?
「レッスンしている時はそこまで仲良くなくて。食事の時もテーブルが分かれたりしてたんですけど、シンディが“仲良くなろう作戦”を始めて、他の子のテーブルに行くようになったんですよ。で、私も行くようになって、その辺からだんだん仲良くなり始めましたね」。
―さっきリハの様子を見せてもらってて、平嶋さん1曲終わるごとに、『誰それと誰それ、ここが出来てなかったからちょっと見て~』とか。ビビッたのは、『あ、○○ちゃんは出来てたから見なくていいよ』って…! どんだけ周り見えてんだよっていう! 「だって、良い公演にしたいし、ダメだって言われるのは悔しいじゃないですか! ファンの人達ってすぐに言うから(笑)。一応、私生活はシンディで、ダンスは私で、志穂ちゃんはたまにガツンと言う役、って感じで、3人で分担してるんですよ」。
―平嶋さんさあ、半年前まで「なっちゃん元気だね~よしよし~」ってポジションの人だったじゃん!
「あはははは! それが一番……。楽ですよぉ~(溜息)」
―渋い! 今の表情が渋い! 中3の少女じゃない(笑)
「今は一番メンドくさいポジションなんですよ。あっちもこっちも見なきゃいけないし。だからといって自分が手を抜いたら、何も言えなくなっちゃうから、今まで以上に頑張らなきゃいけないし」。
―でも『BINGO!』で選抜メン入り!
「もうっ!マジですか? ウソじゃないですよね!?って何回も確認しました(笑)。それまでホント悩んでばっかりで、自分の状態が良いのか悪いのかも分からなくて。Bが始まってしばらくしてから、『良くなったね』って言われて、でも単に経験があるからじゃないかな~と思ってたんですけど、『軽蔑していた愛情』の握手会の時に…。握手会って個人別で、お客さんが好きなメンバーのところに行くから、列の長さで…。分かるじゃないですか」
―はい(泣)
「人が増えてて~(笑)! え~!?って。その頃から、『Bに来て良かったのかも』って思いはじめました。あと選抜はやっぱり…。衣装がちょっと可愛かった」
―そうですか~(大泣)[18]

2009年

2010年

  • 6月9日、第2回総選挙では、去年と同じ第26位。
  • 戸賀崎智信「劇場開始以来、一貫した彼女のひたむきな姿勢が、舞台や写真集など、昨年の様々な活躍に繋がったのだと思います」[4]
  • TBSテレビ系「ウンナンのラフな感じで。」という番組で、「AKB48の正規メンバー48人を1時間で覚える」というコーナーで登場するも、南原の答えは「ひらさわ なつみ」。さらに、「正解はひらま なつみさんでした」と、スタッフにも間違われていた。[いつ?]
  • 5月21日、新体制でのチームBが始動。旧チームBのメンバーは、柏木、渡辺、平嶋の3名以外は別のチームへ異動し、3チームの中で最も大きく作り替えられた。平嶋の新チームBの印象は「個性的なメンバーが多くて、まとまりが無いようで有って、おもちゃ箱みたいなチーム」[19]
  • 2010年現在は、「今思い起こせば、チームBに移籍できて、自分的にはラッキーだったのかな」と語っている[20]
  • 9月21日、日本武道館での第1回じゃんけん大会では、1回戦Aブロックで峯岸みなみと対決。同期かつ同事務所の親友同士の対決は4回あいこの末、平嶋が勝利。勝負後はお互い健闘を称えての抱擁。その後、平嶋は2回戦で近野莉菜に敗れ、『桜の花びらたち2008』以来の選抜入りはならず。しかし、ファンにも感動を与えた一戦で、後日光文社から出版された「AKB48じゃんけん大会 総集号」にも「ファンが選んだベストバウト10」の第1位に選出されている。
「もし勝ち上がって1位なったとしても、その決勝戦よりもみぃちゃんとの試合が、自分の中でいちばん大切だと思ってました。だから次の試合で(峯岸が)負けたのは、彼女の勝って気が抜けたからかも。みぃちゃんの想いを背負って選抜入りできなかったので、今は『みぃちゃん、ごめんね』って気持ちでいっぱいです。『頑張って』ってせっかく言ってくれたのに…」[21]

2011年

  • 2月25日、劇場公演の出演回数が、777回を達成[22]
  • ラジオで話になった「AKBで一番“リア充”なメンバー」というお題[要出典]で、平嶋の名前が挙がる。ちなみにリア充とは、リアル(現実)の生活が充実している人を指す言葉(「恋人が居る人」の意味でも使う事があるが、AKB48は一応恋愛禁止なので、この場合は違う)。
選ばれた理由は、AKB48と学校生活をきちんと両立できているから。AKB48をはじめアイドルや芸能人は、昼間も仕事があるため、芸能コースのある高校にいくか、通信制の高校に行くのが普通で、メンバーもそのどちらかが多い。しかし平嶋が通っているのは普通の高校。当然出席日数なども厳しく、劇場公演や握手会などのイベントも休むこともある。それでもきちんと卒業できるように、補習を受けたりして頑張っている。平嶋は高校生活を「大変なことはいっぱいあったけど、普通の高校に行ってよかったなって心から思ってます」[23]と述懐している。
アイドルは一般人が味わえないような事を沢山できる反面、逆に一般的な女子高生が体験できる様な、様々な学校行事であったり、恋愛だったりという事ができなかったりする。どちらかは諦めなければならないが、平嶋はできるだけ両方楽しもうとする、それが選ばれた理由。
  • ちなみに普通の高校へ行った理由は「芸能人とはまったく別の友達が欲しかったから」。勉強自体も好きで、学年で4位の成績を取ったこともある。曰く「メンバー1の学校好き」。コンサートの翌日にも学校に行き、海外撮影の帰国直後、修学旅行にも参加している。反面、音楽番組やメンバーが総出演したドラマ「マジすか学園」にも出演はしていない[24]
  • 6月9日、第3回総選挙開票。3年連続26位となった。平嶋は昨年、一昨年に26位であり、今年の速報順位は24位だった。「もしかしたら3年連続26位なんてことも……笑」と綴っていたが、よもやの現実に。選挙後に更新した「まさかの三年連続!!!」と題したブログのなかで「まさかこの前ブログで書いたことが現実になるなんて」と驚きをみせ、「26位でチームBまで発表されたとき『きたっ』て思ってしまいました。たくさんのスタッフさんやメンバーに『すごいねっ』て言われた!!」と報告した[25]
  • 総選挙後の感想。
―3年連続26位を予想してました?
「『26位チームB…』って言われた瞬間、キタコレって思いました。もしかしたら3年連続もあり得るかもって思っていて、なんか笑っちゃいましたよね。秋元さんからも『すごいじゃん』って褒めて頂いたので、26位で良かったのかなぁなんて(笑)」。
―去年と順位は同じでしたけど、思いは違うんじゃないですか?
「そうですね。この1年は勉強とお仕事の両立に苦労していたので、自分から『選抜に入りたい』なんて強く言えないなぁって気持ちがあったんです」。
―高校を卒業し、仕事に集中できるようになった訳ですが、これからの目標は?
「若い内に写真集を出したいですね。それと、演技の仕事も挑戦していきたい。渡り廊下走り隊7も楽しみだし、やりたいことがいっぱいです!」[26]
  • 7月14日、一般人のブログに、靖国神社の祭りで、平嶋とされる女性と男性と訪れていたとの投稿がアップされる(交際に関しては事務所側が否定。詳細は/ノートを参照)。
  • 8月6 - 14日、東北地方太平洋沖地震チャリティー舞台「ポチッとな。-Switching On Summer-」に出演。
  • 「週刊朝日」インタビューより。
「私にはAKBとは違う、もうひとつの青春があります。それは一般の高校で経験してきた“フツーの高校生”としての青春なんです。芸能活動と勉強を両立させるために、芸能科のある高校や通信課程を選ぶメンバーも多いのですが、私はあえて一般校に入学しました。友達と学園祭の準備をしたり、期末テストの対策を練りあったりしながら、一方で、AKBのメンバーと夢を追う。そんな毎日に憧れていたのです。でも、そんな甘い考えはすぐにへし折られました。覚悟はしていましたが、とにかく単位を取るのが大変で(笑)。出席日数にハラハラし、授業の理解度はギリギリ…。でも本当の問題は、私一人が芸能活動をしているために、どうしても目立ってしまうことでした。AKBが知られていない頃は、先輩がクラスに来てからかったり、廊下を歩いていたら、後輩がAKBの歌をわざと変なふうに歌ったり…。大抵は男子なんですけど(笑)。冗談なのは分かってもキツかった…。もう転校するしかないのかなって思うときもありました。Yちゃんと出会ったのはそんなころです。AKBにはファン投票でCDの選抜メンバーを決める総選挙があるのですが、2年前の第1回で私は26位にしていただいたんです。次の日、学校に行くとみんなが口々に祝ってくれました。ファンの方には本当に感謝しています。けれど、やっぱり私は選抜メンバーの21位以内に入りたかった。そんな自分のふがいなさが悔しくって、朝までずっと泣いていました。でも、そんなこと、クラスのみんなには言えない。わかってもらえなくても、それはみんなのせいじゃなくて、私がこの学校にいるほうがおかしいんだから…。「おめでとう」と言われる度に、私は無理に笑顔で「ありがとう」とこたえていました。すると、そんな姿を見ていたYちゃんが言ったんです。「今回は残念だったね…。でも、何位になっても夏海は夏海だから」って…。その瞬間、ずっとガマンしていたものが一気に溢れ出てきました。そしてみんなが見ている前で、彼女の胸の中で泣いたのです。以来、Yちゃんとは親友になりました。彼女はすごいんですよ。私の気持ちをよくわかってくれるし、私の立場も理解してくれます。からかいに来た生徒をビシッと注意してくれたり、放課後、みんなで校外を歩く必要があるときも、私の隣に男子が立たないように気を使ってくれたりしました。AKBが有名になってからは、他校の生徒が校門に立っていたりして、ビクビクしていましたが、いつもYちゃんがフォローをしてくれました。そんな彼女を見て、クラスのみんなもわかってくれて…。それからは学校に行くのが毎日、楽しみだったな。今年の春、私は芸能界、Yちゃんは進学と、それぞれの道を歩み始めました。”フツーの高校生”として過ごした3年間は、かけがえのない私の宝物です。Yちゃんのおかげでたくさん”リア充”できたよ! ファンの方が「AKBやりながら、普通の高校にも通っていてエライね」とほめてくれたんです。うれしくて言いそびれてきましたが、本当にエライのは私ではなく、親友であったことをここに告白します(笑)。Yちゃん、ありがとう[27]

2012年

  • 1月11日、Google+「はい。またこの前の金スマみたいな番組があるときは、出演できるように頑張ります。そんなわけで金スマ見てない、というか見れないです。2012年は26位脱出します!」といきなり投稿[28]。ちなみにその前の投稿は、「秋葉原うぃる。新テニスの王子様7を買いました」[29]というもので、何の繋がりもない。何かと間違って投稿してしまったのか、すべてのユーザーが閲覧できような公開設定を間違ってしまったのかは不明だが、平嶋の言う「この前の金スマ」とは、1月6日に放送されたAKB48のデビューからレコード大賞を受賞するまでの裏の苦労話を特集したもの。とは言えAKBには6年以上の歴史があり、再現VTRの中心になったのは初期メンバー(1期生)の話のみ。平嶋も今(2012年1月当時)は6人(篠田を含めると7人)しかいない1期生であるが、彼女の出番は無く、スタジオにも呼ばれなかった。それ故、「というか見れないです」という気持ちになってしまったのかもしれない。1期生は、現在のAKBの中核となっており、総選挙でも、1位前田、4位篠田、6位小嶋、7位高橋など上位メンバーばかり。平嶋は3年連続26位となっており、1期生という枠組みだけで考えると、一番低い順位になっている。だからこそ、「2012年は26位脱出します!」という最後の意気込みへと繋がっている。
  • 1月27日、Google+「コメントにあったんだけど、SKEのれなちゃんに飛び蹴りも、のしかかってもしてないですよ笑 リクエストアワーの舞台裏でゆきりんを驚かそうと思っておもいっきり抱きついたら、後姿だったから間違えてれなちゃんにしてしまいビックリして崩れ落ちちゃった。とゆうことです。驚かしてごめんね。でもれなちゃんの叫び声はかなり凄かったです!笑」[30]
騒動の発端となったのは、玲奈がモバメで「昨日ね、凄くビックリすることがあったの! リハーサルで暗いバックステージを歩いてたら後ろから、ダダダダダっ!って誰か走る音がして、誰か急いでるのかな?なんて思ってたら、ガシィッ! って後ろから飛びかかられ「みぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」と膝から崩れ落ちる私。飛びかかって来たのはなんと平嶋さん! 「えへへーゆきりんっ!」っていいながら私の顔を平嶋さんが覗きこむと、「うぁぁぁ!ゆきりんじゃなかった!!」とめちゃ焦られる笑っ そのあととっても謝られました。ビックリしたけど、なんかすっきりしたよ。笑っ でも後ろ姿が相当似ているみたいで恐縮だよね」と書いたこと。つまりただの人違い。ファンからは「なっちゃんでも識別できないくらい後ろ姿は似ていたのかあの二人...」「なっちゃんがそんな腕白坊主だったなんて意外だ!笑」などのコメントが寄せられている[31]
  • 1月28日、AKB48オフィシャルブログにて、平嶋夏海と米沢瑠美の2名が、AKB48として(平嶋の場合は渡り廊下走り隊7としての活動も併せて)の活動を辞退するを発表した(詳細は/ノートを参照)。
「私、平嶋夏海はこの度、AKB48・渡り廊下走り隊を辞退させていただくこに決めました。急な発表になってしまいすみません。皆さんにご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。いつも応援してくださる皆さん、メンバー、スタッフさんAKB48関係者の皆さん、本当にごめんなさい。AKB48・渡り廊下走り隊を離れますが、これからは平嶋夏海として、いつかまた皆さんにお会いして応援していただけるよう頑張ります。本当に申し訳ありませんでした。平嶋夏海」
  • 今回も二人が卒業する事になった具体的な理由は書かれていないが、実は前日、平嶋と米沢をめぐって、2人が写ったプライベート写真が流出していると騒動が広がっていた。発端は、ツイッターのある「鍵付きアカウント」。「鍵付き」なので、承認された人しかツイートの内容を読むことはできない。だが、フォロワーがこのアカウントに、米沢の名前である「るみ」と話しかけていたり、話しかけた内容が、米沢が公式ブログやツイッターで話題にした内容と一致したりしていることが相次いで指摘された。さらに、アカウントからアップロードされた写真は、誰からでも見ることができ、その中の写真に11年3月10日に撮影されたグアムの写真があった。この時期、AKB48はグアムでミュージックビデオの撮影をしており、このアカウントが米沢の「裏アカウント」だとの見方が強まっていた。これを切っ掛けに、様々な写真が芋づる式に「発掘」され、その中に米沢や平嶋が男性と親密そうに過ごしている様子が含まれていた。また、コンサート日程についての記述などから、米沢のものとみられるミクシィのアカウントも特定された。このアカウントでは8月29日に「4年ぶりにロンリーガールなわけでして、ロンリーガールになって3週間ちょっとが経ったわけなんです。そろそろ彼氏作ろかな…」と、8月初旬までは交際相手がいたことを明言していた[32]
  • 1月31日、活動辞退発表後初のGoogle+投稿。
「この度AKB48の活動を辞退させていただくことになりましたが、このままファンの方々に、今まで応援してくださったことに対するお礼と最後の挨拶ができないのは辛く、ファンのみなさ んの前できちんとご挨拶をしたいと思い、機会を作ってもらえるよう私からお願いしました。 AKB48のメンバーとしてみなさんの前に立つのは、2/5(日)の握手会が最後になりますが、どうぞよろしくお願いします」[33]
戸賀崎のGoogle+投稿「2月4日有明握手会」という日が、今後、AKB48の歴史の中でも後から振り返った時に「あの握手会に行ったんだ」そう語られる日が来るかもしれません。最悪の握手会という歴史にするのか? 会場が一つになって、二人からの最後のコメント発表を聞くのか? それは全て今からイベント会場に集まるファンの皆様にかかっております。過去はどうすることも出来ませんが、未来はどうにでも出来ます。今日はファンの皆様に二人がしたこを許して頂きたいというお願いをするわけではございません。とてつもない覚悟で挨拶をすることを決めた二人のコメントを一緒に聞きましょう!」[34]
  • 2月4日、東京ビッグサイトで行われる『風は吹いている』全国握手会で最後の挨拶を行う(その後のイベントや握手会には不参加)。
「本当に申し訳ありませんでした。私の軽率な行動により、皆様にご迷惑とご心配をおかけしてしまったことを本当に申し訳なく思っています。誠に勝手ながら、明日の2月5日の握手会を持ってAKB48と渡り廊下走り隊を辞退させていただきます。6年間応援してくださった皆さまには本当に感謝しております。いつもあたたかい目で見守って、支えて、励ましてくださって、本当にたくさんの愛を頂きました。ありがとうございます。
AKB48が本当に大好きで、渡り廊下走り隊も大好きで、いま、このときも、本当に大好きです。楽しかったこともつらかったこともあったけど、辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。メンバーやスタッフさん、ファンの皆さんに出会えたことを本当によかったと、AKB48に入って活動できて良かったと思っています。皆さん、こんなことを言っても遅いんですが、もっと公演に出たり、これからのツアーでもっとチームBと行動をしたかったなあって思います。本当にこのような形でAKB48を去ることになり、申し訳ない気持ちと悔しい気持ちでいっぱいです。
いつものお父さんの目覚ましが私の声だったり、お母さんが毎日もっと仕事がきたりとか、選抜に入れますようにと祈っていてくれたり、あの日の帰りに、寒い中外で、私の帰りを待っててくれてたり、帰ったらリビングの私の写真が全部なかったり、皆さんの顔や声をもう秋葉原の公演で聞くことも見ることもできないんだと思うと、本当に自分の行動を恥じ、失ったものの大きさを改めて実感させられます。
これから、個人の活動になりますが、あと皆さんの前に立つときに、このAKB48で6年間で学んできたことを生かして、もっと成長した平嶋夏海を見せられるようにがんばっていきます。本当に申し訳ありませんでした。そして、たくさんの愛をありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。本当にごめんなさい」[35]
  • 2月5日、東京ビッグサイトで行われる『上からマリコ』個別握手会をもって、AKB48メンバーとしての活動を終了。不測の事態を考慮し、万全の警備体制で行われる。
  • プロダクション尾木によると、平嶋は脱退後も同事務所に所属し芸能活動を続けるという[36]
  • 3月10日、秋元康は「暫定的」としながら、平嶋に代わるメンバーとして渡り廊下走り隊浦野一美を加入させると発表した(浦野は最終的に解散まで在籍)。
  • 3月13日、秋元が平嶋からメールが来たと、Google+において、報告。それによると、「「シンディが入って嬉しい」と。平嶋の代わりに誰を入れるか?を悩んだことを喜んでくれました。平嶋は平嶋しかいないんだよね。今は、いろいろ勉強しているみたいです。頑張れ!」[37]

AKB48離脱後

2012年

  • 4月21日、映画「×ゲーム2」に「萩原裕子」役で出演(離脱以前に撮影は終了していた)。「撮影を通して自分の足りないところ、芝居の楽しさや難しさを改めて実感しました。マネージャーやらぶたんに演技が上手くなったと言ってもらえてうれしかった」[38]
  • 7月25日、平嶋が渡辺麻友のソロシングルの特典DVDで、芸能活動を再開。衝撃の「辞退」から約5か月、2人が本音で語り合った。今回“ガチンコ”で語り合えるのは、「チームB」そして「渡り廊下」で長い間、苦楽を共にしてきたからだ。厳しい言葉を投げかけた渡辺だが、平嶋にとっては、今回の対談がソロとして活動を再開していく第一歩となった。対談前、平嶋は「どういう反応されるんだろう?」「気まずい空気のまま終わったらどうしよう?」と不安をにじませていたが、復帰のチャンスをくれたまゆゆと本音で語り合い、最後はホッとしたのか、笑顔も見せた[39](インタビュー詳細は/ノートを参照)[17]
  • 9月7日、平嶋が本格的に芸能活動を再開することが分かった。10月24日に始まる舞台「GO,JET!GO!GO!~I LOVE YOUが言えなくて~」(東京・新宿SPACE107、~同28日)に出演するもので、平嶋は「稽古が始まるのが楽しみです」と気合が入っている。平嶋は今年1月に男性との交際を連想させるプライベート写真が流出した問題が発覚し、グループから離れた。所属事務所との契約は続いたが活動を休止。4月から大学に通い始めるなど、学業に専念していた。もともと「学校好き」を公言し、AKB48に在籍中も学業を優先。大学進学後は、海外留学も視野に英語の勉強も始めた。趣味の料理教室にも通って、自らのレベルアップに励んでいる。そして、本格的な活動再開第1弾になる同舞台では、AKB48の初期メンバー同士で、同じ事務所に所属する親友の浦野一美と共演する。平嶋は「シンディと共演できるのが、とてもうれしいです。久しぶりの舞台にワクワクしています。精いっぱい頑張ります」と話している[40]
  • 10月24日、「GO,JET!GO!GO!」の初日公演を迎えた。ファンの前に姿を見せるのは2月5日の握手会以来となる。本番前の取材では「復帰第一歩。成長したっていうところをお見せしたい。緊張もあるけどワクワクしてます」と元気いっぱいに再出発を誓っていた[41]

2013年

「現在はデザインの勉強をしながら、舞台女優の経験を積んでいる」「後悔や孤独と闘いながら、いろいろ見つめなおした1年でした。舞台の現場でもがんばっています」[42]
  • 6月8日、横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で第5回総選挙の開票。最終結果は1万1806票を獲得、(偶然にも過去3年連続獲った順位の数字を逆にして)62位でフューチャーガールズ入り。参加した6人の卒業メンバーからは唯一のランクインとなった[2]
壇上スピーチ「ああいうやめ方をしてしまったので謝罪しか出来ませんでした。この場で改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。みなさんの票数は私の未来です。本当にありがとうございます!」[43]
Google+「フューチャーガールズの平嶋夏海です!投票してくださったみなさん本当にありがとうございました!11806票という票数、62位という順位は、私の未来です。ステージ上から感謝の気持を伝えることができて良かったです。62を逆にしたら26、やはり、切っても切れない数字なのかな?笑」[44]
  • 8月23日、東京ドームでの「AKB48 2013真夏のドームツアー ~まだまだ、やらなきゃいけないことがある~」東京ドーム2日目公演において、チームB 3rd Stage「パジャマドライブ」オリジナルメンバーである渡辺麻友、仲川遥香と共に「パジャマドライブ」を披露した[45]
  • 11月14日、渡り廊下走り隊が、12月25日発売のベストアルバム『渡り廊下をゆっくり歩きたい』の発売をもって、解散することが明らかになる(その後、解散ライブの実施が決定)。「私が活動をお休みしていた間も、ワロタ(渡り廊下走り隊)のことはテレビで見てたし、出ている雑誌をコンビニでちょっと前のほうに出したりして応援するくらい好きなユニットです(笑)AKBが仲間ならワロタは姉妹。そういう仲の良さをファンの人も愛してくれていたんじゃないかなって思います」[46]。平嶋はこのベストアルバムに参加し、渡り廊下走り隊へ事実上、復帰を果たす。
「私が思い出に残っているのは「アッカンベー橋」。この曲から菊地が加入したんですけど、その発表がジャケット写真を撮影する前日だったんですよ!めっちゃ急だったので、さすがに最初の頃は、ちょっとぎこちない空気が流れてました(笑)。でも、みんなすぐに仲良くなったし、菊地が入ったおかげで、そのあと7人になったときには、もう誰も抵抗感がなくなっていましたね(笑)。それにデビュー当時はミュージックビデオ(MV)をずっと外で撮っていて、そのときは雨ばかりだったんですよ。なのに、7人になってスタジオで撮るようになったら急に晴れるようになったので、あれ?みたいな感じでした(笑)」[47]
  • 12月25日、都内で行われた、ベストアルバム『渡り廊下をゆっくり歩きたい』発売記念記者会見に出席。MCの山里亮太から「この5年間の活動で一番キツかったことは?」と聞かれ、メンバーは次々と食べ物に関するエピソードを暴露する中で平嶋は「まゆゆはマネージャーさんとよく喧嘩してた。猫舌だからけっこう食べるのが遅くて、それを注意された時に、まゆゆの中で何かがブチっときて、そのお店から出て走って逃げたんです(笑)」と衝撃のエピソードを告白。さらに「でも、逃げ出したはいいけど、どこに行けばわからなくなって、何十メートル進んだところで座り込んで、誰か迎えに来てくれるのを待ってたんです(笑)」と語った[48]

2014年

交友関係

  • 仲の良いメンバーは、浦野一美。チームBのメンバー[10]
    • 浦野(1985年生)とは約7歳の年齢差があるが、同期(1期)かつチームBのサポートメンバーとして異動し、苦楽を共にしていることから特に仲が良い。「CinDyが嬉しいことはなっちゃんもすっごく嬉しいし、CinDyが辛いことはなっちゃんもすっごく辛い。ガチってやつです。なっちゃんはなにがあってもCinDyの味方だから\(^o^)/なんたって、なっちゃんはCinDyのこと大声ダイヤモンドだからねっ」[50]。前述の通り、平嶋の離脱で浦野が渡り廊下に「暫定」加入した際には喜んでいる。平嶋が料理教室に通うようになったのも、浦野が誘ったのがきっかけ[51]
  • 峯岸みなみとも前述(第1回じゃんけん大会のエピソード)の通り、同期で同事務所、同い年ということで仲が良い[6]
  • 戸島花からは、「かわいいかわいい妹」「平嶋さんちのなっちゃんは花の中で一生、手のかかる妹なんで」と可愛がられている。
  • 推しメンは、河西智美。9期研究生大場美奈[10]
  • もし男の子だったらメンバーで誰を選ぶか。女友達→宮崎美穂、親友→仁藤萌乃、恋人→河西智美、奥さん→松原夏海、自分の子供→松井咲子[52]

性格・趣味

  • 叱られて伸びるタイプ。「きゅんきゅんさせてあげるとモチベーションあがります!」[19]
  • 長所は、見栄っ張り[20]
  • 短所は、感情がすぐ顔に出ること[20]
  • 好きな教科は、生物、現代文[11]
  • 趣味は、寝ること[20]。水泳、ピアノ[12]
  • 自動二輪免許取得済。愛車はVTR250で、父親とともにツーリングに出かけることも[53]
  • 好きな色は、緑[要高次出典][54]
  • 好きな食べ物は、レバ刺し、ユッケ、ツブ貝、えんがわ、和菓子、ピオーネ、甘い卵焼き、かぼちゃの煮付け、魚の目(「さかなのめ」。「うおのめ」ではない)[55]
  • 嫌いな食べ物は、辛いもの、つみれ、不味いもの[55]
  • AKB48卒業後は、料理教室にも通い始めている[56]
  • 好きなドラマは、「黒皮の手帳」「大奥」「プリズン・ブレイク」「奥さまは魔女」「スリーピース」[出典無効][57]
  • 好きなアーティストは、AAA、Janne Da Arc、Acid Black Cherry、KREVA、YUI[19]
  • 部屋の中は、くまのぬいぐるみにあふれている。「部屋がくまさんだらけ。実はこの写真以外の場所にもくまさんはいるんです。これ以上くまさんが増えたら親に怒られる。もう置く場所もない、けど手放せない。高3(当時)になってもこんなにくまさんに囲まれた部屋で、くまさんと一緒に寝てていいのだろうかと時々不安になります笑 増やさないよーにがんばる。いまあるくまさんだけで充分幸せ」[55]
  • 口癖は、「なんかなぁー」[58]
  • 動物に例えると、柴犬[55]
  • 好きな男性のタイプは、「身長はまあ普通に高い方がいいと思います。性格はかまってちゃんなS。髪型は長髪じゃなければ。仕草は女々しくない仕草で」[52]
  • 肉食系と草食系男子なら「肉食系男子ですね。なよなよはっきりしない人は苦手です」[58]

ギャラリー

渡り廊下走り隊・渡り廊下走り隊7

卒業後

参加曲

シングルCD選抜曲

派生ユニットシングル曲

渡り廊下走り隊

渡り廊下走り隊7

アルバムCD選抜曲

AKB48

  • 神曲たち」に収録
    • 君と虹と太陽と
  • ここにいたこと」に収録
    • 恋愛サーカス - チームB名義
    • ここにいたこと - AKB48+SKE48+SDN48+NMB48名義

渡り廊下走り隊

出演番組

Wikipediaを参照。

脚注・出典

  1. ^ ワンエイトプロモーションプロフィールから(2015年11月)
  2. ^ a b AKB48 32ndシングル選抜総選挙 開票結果 AKB48オフィシャルブログ 2013年6月8日
  3. ^ ご報告 - 平嶋夏海オフィシャルブログ powered by Ameba 2015年3月31日
  4. ^ a b c d e 講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック」P74より。
  5. ^ 岩佐美咲の投稿より。AKB48 部屋っ子 投稿 - Google+ 2012年1月17日 ArKaiBu Gugutas
  6. ^ a b 2011/04/10 戸島花オフィシャルブログpowered by Ameba 2013年10月17日
  7. ^ 光文社「まるっとAKB48 スペシャル2 with SKE48&NMB48&SDN48&HKT48」より
  8. ^ 初節句゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2011年2月27日
  9. ^ 真面目に返されても困りますよ、弟さん。゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年11月17日
  10. ^ a b c 東京ニュース通信社 BLT特別編集「AKB48 VISUAL BOOK 2010」より
  11. ^ a b c あんさー゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年12月29日
  12. ^ a b 10月 AKB48オフィシャルブログ 2005年10月1日
  13. ^ あんさー゛∩(^∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年7月12日
  14. ^ a b 「QuickJapan」 Vol.87
  15. ^ AKBINGO!」2010年7月14日放送。
  16. ^ a b 「AKB48ヒストリー」[正確な出典文献名?]より
  17. ^ a b 『大人ジェリービーンズ』初回生産限定盤C 映像特典「渡辺麻友 × 平嶋夏海」より
  18. ^ ワニブックス「48現象~極限アイドルプロジェクト AKB48の真実~」より
  19. ^ a b c あんさー゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年9月25日
  20. ^ a b c d 光文社「AKB48 じゃんけん選抜 公式ガイドブック」P40より。
  21. ^ 光文社「AKB48じゃんけん大会 総集号」P60より。
  22. ^ 777回目゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2011年2月25日
  23. ^ 入試゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2011年1月23日
  24. ^ 日刊スポーツ 第3回総選挙マニフェストより
  25. ^ 【AKB第3回総選挙】渡り廊下走り隊・平嶋夏海、3年連続26位に「まさか」 ORICON STYLE 2011年6月10日
  26. ^ 集英社「AKB48総選挙!水着サプライズ発表2011」
  27. ^ 「週刊朝日」 2011年9月16日号より
  28. ^ 平嶋夏海 投稿 - Google+ 2012年1月11日 ArKaiBu
  29. ^ 平嶋夏海 投稿 - Google+ 2012年1月11日 ArKaiBu
  30. ^ 平嶋夏海 投稿 - Google+ 2012年1月27日 ArKaiBu
  31. ^ AKB48平嶋夏海「SKE玲奈ちゃんに飛び蹴りなんてしてません!」 J-CASTテレビウォッチ 2012年1月27日
  32. ^ ツイッター「鍵付き」でも危ない AKB古参メンバー、写真流出で「活動辞退」 J-CASTニュース 2012年1月28日
  33. ^ 平嶋夏海 投稿 - Google+ 2012年1月31日 ArKaiBu
  34. ^ 戸賀崎智信 投稿 - Google+ 2012年2月4日 ArKaiBu Gugutas
  35. ^ 平嶋・米沢コメント(リアルテキスト) AKB48オフィシャルブログ 2012年2月5日
  36. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120129-00000030-sanspo-ent (リンク無効)
  37. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月13日 ArKaiBu Gugutas
  38. ^ AKB48多田愛佳&平嶋夏海、「×ゲーム2」で密室監禁! 映画.com 2011年12月10日
  39. ^ http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120710-OHT1T00016.htm?from=yol (リンク切れ)
  40. ^ 元AKB平嶋夏海が芸能活動再開 日刊スポーツ 2012年9月8日
  41. ^ 元AKB平嶋夏海がミュージカル出演 デイリースポーツ 2012年10月24日
  42. ^ 講談社「AKB48公式ガイドブック2013」P177より。
  43. ^ AKB48、卒業生から初当選「票数は私の未来」<第5回AKB48選抜総選挙> モデルプレス 2013年6月8日
  44. ^ 平嶋夏海 投稿 - Google+ 2013年6月8日 ArKaiBu
  45. ^ 渡辺麻友&仲川遥香&平嶋夏海トリオ復活 日刊スポーツ 2013年8月23日
  46. ^ 渡り廊下走り隊、解散へ まゆゆ「ワロタのこと忘れないで」 ORICON STYLE 2013年11月14日
  47. ^ 渡り廊下走り隊『解散は残念……青春時代を過ごしたユニット活動を振り返る!』 ORICON STYLE 2013年12月25日
  48. ^ 渡り廊下走り隊、不仲解散説を一蹴。解散の真相を告白 ORICON STYLE 2013年12月25日
  49. ^ まゆゆ、“渡り廊下”解散に号泣&嗚咽 OG小森さんもサプライズ参加 ORICON STYLE 2014年2月9日
  50. ^ ガチ友゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年11月15日
  51. ^ なっちゃんと☆ 浦野一美オフィシャルブログpowered by Ameba 2011年12月20日
  52. ^ a b アンサー゛∩(^∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2011年6月8日
  53. ^ ジムカーナ4 平嶋夏海オフィシャルブログpowered by Ameba 2013年10月17日
  54. ^ 渡り廊下走り隊オフィシャルブログ
  55. ^ a b c d くまさんの森゛∩(^ ∀^*)なっちゃん スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」 2010年11月24日
  56. ^ モンブラン 平嶋夏海オフィシャルブログpowered by Ameba 2013年11月3日
  57. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/profile (出典無効)
  58. ^ a b あんさー゛∩(^ ∀^*)なっちゃん 2011年2月19日 スタブロ「渡り廊下走り隊ブログ」

外部リンク