仲川遥香

提供:エケペディア
2013年6月25日 (火) 20:36時点におけるWiking48 (トーク | 投稿記録)による版
ナビゲーションに移動 検索に移動
JKT48 チームB→チームA→チームJ
仲川 遥香 なかがわ はるか
ファイル:AKB48Profile2013 nobody.jpg
所属事務所
生年月日

1992年2月10日 (32歳)

出身地

東京都

血液型

O型

身長、体重

157cm

スリーサイズ

B80 W59 H84

合格期

3期生

選抜回数

2回

仲川 遥香(なかがわ はるか、1992年2月10日 - )は、AKB48チームA、及びユニット「渡り廊下走り隊」メンバー。東京都出身。プロダクション尾木所属。

略歴

2006年

  • 12月、AKB48追加メンバー(3期生)オーディションに合格。

2007年

  • 4月8日、チームBの一員として劇場デビュー。

2009年

2010年

  • 6月9日、第2回総選挙では20位となり、初の選抜入り。
  • 7月27日、チームAのメンバーとして活動を開始。

2011年

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは、「元気と言えば? (はるごん!)」
  • ニックネームは「はるごん」。2012年6月より、ファンの投票で「はるさん」へ変更。
  • 天真爛漫な性格で、裏表がない。元気キャラ。昔は人見知りだったが、最近は積極的に絡む様になった。[1]
  • ハスキーなボイスが特徴だが、[1]まだ大人の階段を登り切らないという子供キャラ。[2]お菓子大好き。[3]
  • 実はAKBメンバーでは、前田敦子板野友美高橋みなみ柏木由紀河西智美米沢瑠美等と同学年。所属する渡り廊下走り隊では、仲川が一番の年上であるが、「最年長の末っ子」とも呼ばれている。
  • 『AKB48 VISUAL BOOK 2010』では、メンバーが選ぶチームAの“子ども王”に選ばれる。仲川「あっちゃん(前田敦子)が私を大人にしたいって言ってましたけど、大人になれますかね?」[2]
  • 高橋「子供の王様。いたずら大好きの甘えん坊。でも、最近、ぐっと大人っぽくなってきました。今まではレッスンでも、『無理無理~』なんて弱音を吐いていたのが、自分から『そろそろやろうよ~』なんて言ってくれたりして、5人姉妹だから人付き合いがとっても上手。素直で可愛いから、麻里子様も放っておきません(笑)」。[4]
  • チャームポイントは、目。[2]手。「クリームパンだから。笑」[5]
  • コンプレックスは、「むちむちな体!笑、声」[6]自分の嫌いなパーツは肩。「肩幅広すぎる!」[5]
  • 将来の夢は、女優。舞台女優。[7]目標とする人は、「歌えて演技もできる上戸彩さん。綺麗だし、すべてがいいよね!」[8]

幼少期

  • 1992年2月10日、5人姉妹の次女として生まれる(姉・本人・妹・弟・妹)。[9][10][11]「お姉ちゃんが赤ちゃんの時すごく可愛かったから、生まれた私を見てパパが『ブサイク過ぎてうちの子じゃない』って言ったらしいです(笑)」
  • 父親について。実は、「仲川遥香はプロレスラーGOEMONの娘である」という都市伝説がある。その噂の言い分は、「父親はプロレスラー」「仲川の本名は“中”川」という二つからだという。そこから「GOEMONこと、中川浩二(元FMW、現フリー)が父親である」という結論に至った模様。真相は不明だが、『AKB48推し!』ではGOEMON本人が登場し、「はるご…なんだそれ?」「え? はるごんの父親なんじゃないかって? だからはるごんって誰なんだよ! それをまず教えてくれ!」とコメントしている。[12]
AKBINGO!』の「コトバーガー」では、「プロレス」という問題に、仲川が「パパ」と回答。その意味を聞くと「(パパが)元プロレスラーなんです」とコメント。さらに佐田が「なんていうレスラーの名前?」と質問すると、「さぁ、それは秘密でーす」。結局のところ誰が父親なのかはやはり不明だが、元プロレスラーであるという事だけは確からしい。[12]
仲川は92年生まれで、中川浩二は68年生まれ。この噂が本当なら、中川が23歳の時の子となり、年齢的には不自然ではない。しかしこの頃と言えば、FMWに入門したばかりで、当時のFMWは“鬼軍曹”のターザン後藤が道場を仕切っており、練習生は合宿所への住み込みをしいられ、朝から晩まで練習、先輩の雑用に走り回っていた頃。中川はまだデビュー前で、とてもではないが次女まで子供が居たというのは難しい話。それでは、仲川の父親は誰なのか? 関係者によると、仲川の父親は周囲に「著名なインディー・プロレス団体の元練習生」を自称しているという。練習生ということは、デビューに至らず辞めており、「元プロレスラー」との表現は適切ではない。仲川は父親のことを非公開としているが、デビューしていない以上、プロレスファンでさえ知らないわけで、公開する意味もない。おそらく、このまま実名は出さずに、あやふやなままで押し通すのではなかろうか、とのこと。[13]
  • 「遥香」という名前の由来は、「か彼方までる女になって欲しい」という両親の願望から名付けられた。「でも、実はその年の流行の名前が“はるか”だっただけみたいです(笑)。お姉ちゃんの名前も、その年の一番人気だし」
  • 子供の頃は大人しい性格だった。「自分で言うのもなんだけれど、学生時代はわりと静かな子で、先輩や目上の人に好かれていた」[14]
  • 幼稚園時代、目立ちたがりになり、お遊戯会では主役を狙うも、ブタ役になってしまう。「その時撮ったビデオを見ると、演技中なのに落ち着きが無くてフラフラしてて。今とあんまり変わってないんですよ」
  • 小学4年生から6年生まで野球。地区大会で優勝経験あり。
  • 中学佼ではバレーボールに熱中する。「運動神経は良い方だったんでう、かなりハマって。恋よりも部活でした」

2006年

  • 元々は、アイドルになんかなりたくないって思っていた。AKB48のオーディションを受けたキッカケは、「お父さんが勝手に応募しちゃって、本当はオーディションなんか行かないって思っていたんだけど……。でもほかに応募している方たちにそういう気持ちは失礼だなって思って」。オーディションに合格し、AKBとして活動する様になってからは、気持ちを入れ替えてアイドルを研究している。[8]

2008年

  • 3月1日、チームB初のオリジナル公演となる「パジャマドライブ」の最初の曲『初日』の中にある歌詞「一人だけ踊れずに 帰り道 泣いた日もある」は、仲川の事を指している。[15]
  • 6月、チームBの5人(渡辺・平嶋・多田・仲川・菊地)でプロダクション尾木への移籍と、派生ユニットの結成も知らされる。平嶋夏海「私は、はるごんと菊地と聞いたから。今日ちょっとこの後、秋元さんとお話がありますって。それから尾木プロ移籍を言われて、『ホントですか』みたいな。信じられなかった。麻友たちは?」。渡辺「(多田と)普通に仕事して終わって、呼ばれて。秋元さんとか偉い人がいっぱいいて、『あぁなんかヤバい』ってなって、どうしようって2人でおびえてて。で、なんか『最近どう?』みたいな世間話をずっとしてて、夜も遅いし帰ろうかってなった時に、『じゃあ2人、尾木プロ移籍するから』って。最後の最後に言われて、『えー?』ってなってやっぱビックリしたけど。まぁでも嬉しかったよね。仲良いみんなと一緒に事務所に移籍できると思ってなかったから嬉しかった」[16]
  • 10月、男性スキャンダルでAKBを解雇された菊地を除いた4人(多田愛佳平嶋夏海渡辺麻友)で「渡り廊下走り隊」を結成し活動を開始。

2009年

  • 1月28日、渡り廊下走り隊の1stシングル『初恋ダッシュ/青い未来』でCDデビュー。仲川は、AKB48のシングルでは選抜されたことがなかった為、この曲がデビュー曲となる。

2010年

  • 6月9日、第2回総選挙では20位にランクインし、17thシングルの選抜メンバーに選ばれた。仲川にとっては、これが初の選抜入りとなった。当選スピーチでは「去年入れなくて悔しくて。私はそのとき、もうAKBにいられないんじゃないかってくらい悔しくて、みんなが入っていく姿を見るのがすごい悲しくて」と昨年の悔しさを涙ながらに語り、続けて「みなさんがいなかったら私はこの順位になれなかったと思うし、みなさんの1票1票のおかげでこの 20位という順位をいただくことができました」とファン向けて感謝の気持ちを述べた。[17]
  • 8月13日、『AKB48のオールナイトニッポン』に電話出演した際に、仲川がラジオを聴いていなかったので(ちなみに電話を受けたメンバーの9割方は聴いていない)、梅田に「ラジオ聴きなよ」と言われ、仲川「ラジオつけ方分かんない」秋元「えっ?」仲川「ラジオなんか聴くのないよ」と言ってしまった。梅田は苦笑いし、秋元には「いや。あのね。インターネットでも聴けるしね(ニッポン放送は[[1]]というIPサイマルラジオに参加しており、東京、神奈川、千葉、埼玉などの地域ではパソコンでも聴くことが出来る)。あのね、その発言ダメ」と注意された。
翌日の自身のブログでは「ANN さんごめんなさい」というタイトルで投稿。「夜中(生電話のコーナーは深夜2時過ぎ)と言うことで、あんまりなに言ったか覚えていなくて、朝起きて聞いたら『ラジオ聴かない。。。』。もーいつも家族のみんなにテープにとってもらってんのに。オールナイトニッポンの皆さん本当にごめんなさい。もっとラジオで喋れるようになりたいので、これからもよろしくお願いいたします。ファンのみなさんにも誤解招いてしまってすみません」と、昨日の発言について謝罪した。[18]
  • 『AKB48+10!』のフリートークコーナーでは、MC担当だった片山と指原に、片山「大丈夫?」。仲川「全然もう完璧です私。得意中の得意」。指原「はるごんはねぇ、フリートークに定評が無いと思う」。片山「うん。危ない」。指原「危険な感じがする。美香ちぃ(佐伯美香)と同じ匂いがする。怖いよ」と言われていた。[19]
  • 9月、『×ゲーム(バツゲーム)』で映画初出演。舞台挨拶で鶴見は「この映画は見終わると自分がSなのか、Mなのかよくわかる」とリトマス試験紙のような映画であることを説明。仲川は「スケジュールはタイトでしたが、結構楽しく撮影させていただきました」とケロリ。荒木らほかのキャスト陣が、スケジュールの厳しさに音を上げそうになったのとは対照的で、ドMな素顔を披露。と思いきや、「監督が現場で見せてくれた一発芸がきつかった」。「もしこの映画がヒットしなければ、バツゲームでモノマネ大会をしたい。全体責任なので、全員参加。わたしはそれを見物します」などと発言し、ドSキャラに変身。二つの顔を使い分け、周囲を翻ろうした。[20]
  • 9月21日、19thシングルの選抜メンバーを決めるじゃんけん大会では、第4位となり初のメディア選抜入り。
  • 9月23日、『週刊AKB』チーム対抗球技大会の収録にて、指の靱帯を断裂。全治3週間と診断された。[21]
  • 10月1日、音楽劇「ACT泉鏡花」に出演。

2011年

  • 2月、一人暮しを始める。[22]
  • 4月、雑誌インタビュー。「AKBには一人っ子が多いんですけど、私はナント5人兄弟なんですよ。今どき珍しくないですか? 上から姉、私、妹、弟、妹。しかも末っ子を除いてみんな年子! 末の妹も弟と2歳しか違いません。お母さん、がんばりました。でもね、子供の頃は嫌だったんです。「なんでウチはこんなにゴチャゴチャ人がいるんだ~」って思ってた。一番嫌だったのは、洋服の着回し。自分だけのタンスなんかなくて、みんないっしょくた。タンスに入ってるものから着られる服を着ていいよ、みたいな。だから、「今日はあのシャツを着て学校に行こう」なんて思っても先に妹が着ていたり、お気に入りのワンピースをゲットしたら、お姉ちゃんから怒られたり。毎朝が取り合いのケンカでした。その頃の夢は、自分の服を持つことと、もう一つは自分の部屋を持つことでした。私がAKBに入ったタイミングと親の転勤が重なって、バラバラになったんですけど、それまでは両親と祖母も入れて8人家族だったんです。でも大きな家ではなかったから、子供部屋は一つだけ。弟は祖母と一緒だったけど、あとの4人は7畳一間に入れられて(笑)。2段ベッドはよくありますけど、ウチは3段ベッド! それプラス布団が一人。さらに、勉強机は一つだけ…。春になると、教科書を入れるスペースを巡っての大ゲンカです。自分の部屋を持ってる友達がうらやましかったな~。まだあります! 友達とお祭りに行くじゃないですか。でも、私だけ妹連れなんですよ。親から「連れていけ」とか言われて。恥ずかしいですよ? 私だけって。しかも一番下の妹を連れて行った時なんか、5歳下だから歩くのが遅い。これじゃ待ち合わせの時間に間に合わないから、途中で「ついて来るな!」って怒るんです。すると「うん」と言って帰っていく。でもその5分後には、いつの間にかまた私の後ろを、「遥香お姉ちゃん、待ってよ~」なんて、泣きながら追っかけてくるんですよ。それを繰り返してたら、ホントに一人で帰っちゃった。結局、心配になった私もあわてて家に引き返すという。そんなことばかりでしたね。ところが、あれほど邪魔だった妹や弟たちが、今ではかわいくて仕方がない…。上の妹は足が速くて、一緒にマラソンするのが楽しみだし、高校生になった弟がご飯をモリモリ食べてるとこっちまでうれしくなっちゃうし、下の妹は「将来は親を亡くした子供たちを支える職業に就きたい」って言ってます。私があんなにヒドイことをしたのに、優しい子に育ちました。奇跡です(笑)。最近は、よく一緒に遊びますよ。そして反対に、私がよく泣かされたお姉ちゃんは、今では私の大切なボディーガード。夜遅くになると、自転車で駅まで迎えにきてくれます。柔道をやっていたので、頼もしいんです! 血が繋がっているからかな。今はきょうだいが集まった時が一番落ち着くんですよ。たくさんいてよかったなって思えるようになりました。不思議です…。今の夢は、いっぱいお仕事をして、すごく大きな家を建てること。いつか兄弟それぞれが結婚したら、その家族と両親と祖母と、40人くらいで住んじゃう。仲川家48みたいな(笑)。そんなことができたら、楽しいだろうなあ…。[23]
  • 6月9日、第3回総選挙では24位。「速報が22位だったので、選抜と圏外どっちに転ぶのかなって。もちろん選抜には入りたかったけど、去年と比べてそんなに変わった活動をした訳じゃないのに、2倍ぐらいの人が投票してくれて嬉しかったです。24位っていうのも、150人中なら凄い事ですよね。もちろん悔しいって気持ちはあるけど、24位に誇りを持ってます! 今回は順位は下がっちゃったけど、落ち込んでいる暇は無いんです。来年はビックリするぐらい上にいってやるぞって気持ちです」。―次回選抜入りしたらどんな事をしたい? 「選抜メンバーみんなで富士山に登りましょう! みんなで登って絆を作りたいんです! 力を合わせて、AKBがもっと前に進めるように頑張ろうって、それをドキュメンタリー風のPVにしてもらえたら良いですね」[24]
  • 7月、ラジオで一人暮しの実態をメンバーが暴露。エアコンを使わない(扇風機も無い)。冷蔵庫・電子レンジが無い(買ってきた物はすぐ食べる。飲み物は水道水)。掃除機が無い(拭き掃除)。8月の電気代は、わずか1300円だったとか。多田愛佳「1回だけ泊まりに行ったんですけど、2回目はもう無いですね。暑くて寝られなかったんですよ!」[22]
  • 9月4・9日、リーディングドラマ『もしもキミが。』に出演。
  • 10月17~25日、舞台「幸福レコード」に出演。

2012年

  • 1月28日、渡り廊下走り隊7のリーダー平嶋夏海が、同グループおよび、AKB48からの辞退を発表。当日は握手会が行われていたが、その出演も取り止めていた。「今日は長いようで、とても早い1日でした。こんなにたくさんの事があったのは初めて。。。楽屋の人数が減って。声をかけてくれる人がいなくなって。三周年みんなで迎えられなくて。なっちゃんの分まで頑張らないと。ワロタ団結しないと。正直最年長だしまとめないと。とか。いろいろ不安だらけです。それだけなっちゃんに頼っていたのかな? 次は私がみんなに頼って貰えるようにしっかりしないとです。はるごんは負けません。前を向いて頑張ります! だからこれからも渡り廊下走り隊のファンでいてください! 応援よろしくお願いします!!」[25]
  • 2月10日、20歳の誕生日を迎え、秋元康は仲川に対し激励文を送った。「仲川、誕生日おめでとう。もう二十歳なんだから、自分のことを“はるごん”と言うのはやめた方がいいんじゃないか? せっかくの美形なんだから、大人の女性を目指しなさい。今年は、女優業ができるように頑張りましょう」。しかしファンからは、「いつまでも変わらない"はるごん"でいて欲しい」という声も多くあがったことを受け、「久しぶりに語りますか。 僕も仲川の天真爛漫さ、純粋さ、屈託のなさは好きです。変わらないでいて欲しい部分でもあります。でも、もう二十歳です。変わることで生まれる可能性を知って欲しい。この20年間、生きてきた意味を感じて欲しい。例えば、どこに革の鞄があるとする。買ったばかりのピカピカに磨かれた鞄もいいが、歳を重ねるごとに、傷がついたり、コーヒーをこぼしてしまったり、革が手垢で黒光りして来た、自分だけの鞄は素敵だ。歳を取るということは、まっさらだった自分に、自分だけの歴史が刻まれるということだ。20年の傷や汚れや変色を、個性と言うのだよ。仲川、"はるごん"という言葉で封印するな。変わることを恐れるな」。この言葉を受け取った仲川は、「私も二十歳です。女性として素敵な人になりたい!もう子供ではつうようしない。大人としての自覚を持ってやらないといけないと思ってます。今まで、はるごんってあだ名に甘えていた気がします。もぅどうしていいか分からなくなったときもあります。一歩踏み出せばいいのに踏み出せないんです。一歩踏み出すのが怖いです。でも踏み出さなかったらいつまでも変わらないままなんです。二十歳という年を素敵な年にするためには一歩踏み出す!そしてそのふみだす勇気を持って行きたいと思います。私の夢である女優に少しでも近づけるように。たくさんのことを学んで成長できたらいいなとおもいます! これからもよろしくお願いいたします。秋元先生が下さった言葉を忘れずに頑張ります」とコメントした。[26]
  • 2月24日、『AKB48のオールナイトニッポン』で「ラジオユニット・リクエストアワーベスト5」という企画で、仲川と小林香菜の2人も、録音かつ短時間ではあるがANNに出演した。ちなみにこの2人は、まだ1度も番組には呼ばれていない。
仲川「私達はANNが始まって2年、生放送には出てないですが、今回も生放送じゃありません。まぁしょうがないよね」。小林「AKBの中では、よくおバカとか言われる2人だけど、けっこう出来るよね?」。仲川「出来るよ!」。小林「(呼ばれない理由が)私、思い当たる節があって。生電話の時に…ちょっと事故をしてしまったかなって思ったんですけど…」。仲川「あ、待って。私も思い当たることがあるんですけど。生電話でちょっと言ってしまったかな、っていうのはある」。小林「生電話コンビなんですよね。生電話の時は、私まだ20歳なってなかった。でもね、もう2年経ったら、言って良いことと悪いことの区別はつくので…大丈夫だと」。仲川「もう二十歳だし。もうそろそろ大人の人たち、私たちを出してくれと。出させてくれと! 出させてくれと!と思ってるんですけど! 頼む出してくれ~。私、夜中まで起きてるんで。Google+で実況してるんですよ、オールナイトニッポンについて!」
スタジオで聞いていた秋元康。「この2人が、なぜ自分に声が掛からないか、分かってるところが凄いよな。やっぱり大人たちが、『あの2人の生放送はやめましょう』っていう事らしいよ。それを本人たちが気付いてるところが偉い。だから生放送はまだ危ないから、信頼がないから。だから録音で、はじめ1分。翌週、2分。で、毎週ちょっとずつ増やしていこうよ。そしたら、やがて2時間なるから。でも2時間になるまで、どのくらいかかるんだか(笑)」[27]
  • 2月29日、両声帯結節のため喉の手術を受けることを公式ブログで発表した。手術後は少しの間休養する予定となっているが、渡り廊下走り隊7は活動を継続する。以前から喉の調子が悪く、手術を勧められていたという仲川は、「この度手術を受けることにしました。両声帯結節というもので、声帯にこぶができて声が出づらくなってしまうのです。手術はとても安全なものだとお医者様から言われています」と報告。「少し不安はありますが、早く治してみなさんと歌ったり踊ったりしたい!少しの間お仕事はお休みするけどすぐに戻ってきますね!」と綴った。[28]
  • 3月6日、「みなさんにお知らせ! なんと先生から退院の許可が! ただし←(ここから重要) 後最低2週間は歌は禁止! そして日常生活ではあまり声を出さない事が条件! それでも嬉しいー♪ そして明日の午後から早速声の出さない撮影が。。。久しぶりにメンバーに会えるし、お仕事出来る♪ 順調で良かったです! 明日からメンバーに会ってもはしゃがないで2週間は静かにお仕事参加します! そうしないとさいたまスーパーアリーナ間に合わないからね! まだまだ本調子じゃないけど頑張ります♪」[29]
  • 3月10日、秋元康「渡り廊下走り隊について。以前から、「渡り廊下走り隊は、今後、6人で活動するんでしょうか?」という質問をいただいていた。彼女が抜けたからと言って、すぐに誰かを新加入させるのは違うと思う。彼女がいてこその渡り廊下走り隊なのだ。僕は、ずっと6人でいいと考えていた。ところが、いろいろな事情で、やはり7人組にして欲しいと言う。渡り廊下走り隊7にしたいらしい。悩んだ。誰を新メンバーにするか? 決めた。まだ、プロダクションにもレコード会社にも言っていない。もちろん、渡り廊下走り隊のメンバーにも………。[30]
  • 仲川「やすす先生!秋元先生。どうなっても私は変わりませんよ! 一人増えたらまた新しいなにかが見えるかも知れませんね! もちろん六人でもいいなぁー。って思いもあります! だってもぅたくさん加入があったから。でも加入して間違いだった。って思った事はなぃ! いろんなお仕事やいろんな経験できたし。まぁー。一人で映る時間が減ったかなぁー。笑っ でも増えるんだったらその子が入りやすいグループでありたいなぁー。頑張るぞーーーーーー! 発表楽しみにしてます! 新しい渡り廊下のドキュメントがスタートしますね。うん。なんか私大人になった気分。笑っ」[31]
  • 秋元「で、発表します。…………………渡り廊下走り隊7の新メンバーは…………………浦野一美。これなら、いいよね。異論は認める。でも、本気だよ。暫定的だけど。なんか、面白そうじゃないか。浦野、頑張れ!」[32]
  • 仲川「あー! まってーーーーーー! 本当にシンディーですか? ちょっと待ってください。えーーーーーーーーーーー秋元先生ーーーーーーーーーー。」[33]
  • 秋元康「業務連絡。渡り廊下走り隊7のメンバーのみなさま。新メンバーを浦野一美にしようと思うんですが、どうですか?」[34]
  • 仲川「感想。どうなるんだろう渡り廊下は。。。。でも秋元先生が決めたって事は、何か考えがあるのかなぁー?笑っっというより心臓に悪いです!やすす先生!んもぅ!」[35]
「シンディー加入でまた新たな渡り廊下になるかもね。やってみないと分からないけど、きっとうまくいくと思う。だって秋元先生が決めたから! 何か考えがあるんですよね? 私達は大人の事情に振り回されたくないです!だから言いますね! 大人の事情で決まったからはいるとかじゃない。私達が受け入れてみんなで話し合いして新渡り廊下走り隊7になるんです」[36]
  • 3月16日深夜2時、ちょうど『AKB48のオールナイトニッポン』放送中。「もぅこんな時間。早く寝ないと明日もたないよ。。。みなさんも早く寝ましょう。ANA聴いてから寝るのはオッケー!」[37]
翌朝。「おはょーん。ANNなのにANAと書いていた。笑っ 英語は難しい。。。」[38]
  • 4月15~22日、舞台「新撰組異聞PEACE MAKER」(全10公演)に出演。「すごく嬉しいし、二十歳最初の挑戦です! 新しい仲川遥香を見せれるように頑張ります!」[39]
  • 5月23日、第4回総選挙の速報結果が発表された。「速報は38位でした。。。たくさんの方が投票して下さってすごく嬉しいです! そしてたくさんの方が応援してくれてる事を改めて知ることが出来て嬉しいです! みなさんに負けないくらいにもっともっと頑張らないと。そして選抜にいけるように。。。まだまだ諦めてません! マイペースなだけです!笑 ねっ♪」[40]
  • 6月4日、選抜と非選抜の差を最も肌で感じている1人だ。10年は20位で選抜入りも、昨年は24位で選抜から漏れた。だからこそ「厳しいけど目標は16位」と言い切る。「その差はでっかいです。選抜の子の表情を近くで見ると勉強になるし、アンダーガールズではテレビで歌えないんです」。子供っぽい発言から「20歳児」とも呼ばれるが、選抜に対する考え方は成熟している。「選抜に入れたら富士山に登りたい。入ってホッとするんじゃなくて、『ここからがスタート』って自分を追い込むために」と言い切った。[41]
  • 6月5日、NOTTVで放送されている「AKB48の“あんた、誰?”」に、岩佐、小森、仲川、宮崎の4人で出演。コーナー「立ち位置を自覚しなさい」(質問に対し、自が4人の中で何番目かを発表し、それに関するトークをする企画。きれいに1番から4番にバラバラに揃ったら成功となり、ご褒美で高級スイーツが貰える)で事件が。放送後にプロデューサー「今日のまとめは酔っ払いながら書いてるのでご了承ください。飲んでないと書けないことがたくさん…。1個目の質問は「このメンバーの中で常識があるのは?」という質問。これに対し、小森さん堂々の「1番」と発表。理由を聞きましたが意味不明でした。こんなんじゃ1番から4番まで揃うのはムリか、と思っていたら次の質問、「ファンへのサービスが上手いのは?」という質問で、奇跡の成功。1番宮崎2番岩佐3番小森4番仲川。高級ケーキを獲得しました。スイーツへの執念がここまでさせか…と思いました。しかし、ここで暴露します。宮崎さん&岩佐さんの不正行為がありましたwww 横目で岩佐さんの答えを見て宮崎さんが岩佐さんへ書き換えを指示しています。会社の同録でウラどりできました。完全にカンニングです。NOTTV加入者のみなさなんは再放送でご確認ください。
<岩佐・小森しゃべれ!ロケトーク特訓>
ワロタ7の新曲宣伝で最近ロケバラエティーにも出ている岩佐さん、小森さんですが、ほとんどしゃべっていない!ということを重く見たあん誰は、AKBカフェ内を仮想ロケ地とし一人でロケリポーターの練習をやってもらいました。仲川さんがお手本を披露した後、岩佐さん、小森さんが挑戦。結果…
★カメラに背中を向け続ける岩佐
★何人ものお客に同じ質問しかできない岩佐
★音効にからみ、勝手に「無人駅」をかける岩佐
★客を無視し、水曜日の変態作家にからむ小森
★壁にかかった写真にマイクを向ける小森
★助けるため仲川がフォローするも無視する小森
<属性企画>
今日は「マネージャー萌え属性」でした。前の投稿の通りです。このコーナーの序盤、4人全員がカメラにも客にも背中を向け無法地帯になっていました…仲川さんはドリブル始めちゃうし…
<緊急企画 コモリンピック>
NOTTV端末を買ってくれた小森さんのために、すべて小森さん仕切りでのコーナーを用意。小森さんがやりたいゲーム企画を3つやりましたが…事故連発。内容を書く気力がありません…。
ただ、1つだけ素晴らしい奇跡が!あまりに無茶な展開を見かねた仲川さんが…なんと仕切り役に!ほかの3人のサポートをしながら進行してました。こんな仲川さん、あん誰でも見たことがありません。新たな仲川さんの一面が見れて本当にうれしかったです。つまり…仲川さんが仕切らないといけない局面だったということです。チキチキさんと酒を飲みながら話しましたが…無茶苦茶でしたが新しい部分もいろいろあった今回、良かったのか悪かったのか我々にはわからなくなってしまいました。生放送を観たみなさん、この後放送を観る皆さん、正直な感想お願いします…」[42]
  • 6月6日、第4回総選挙では44位にランクイン。「緊張と不安のなか始まって、44位という順位をいただきました! 投票して下さったみなさん、応援して下さったみなさん、本当にありがとうございます!! 感謝の気持ちでいっぱいです。感謝仕切れないです…。私のためにCDをかって、時間をさいて投票して下さって。順位や投票数は下がりました。けどみなさんが応援してくれたことにはかわりないです! 今年は44位でがんばって、また上にいけるように自分自身が頑張らないと行けないと思います! そして大きな一歩を踏み出さないと行けないと思います! 大きな一歩を踏み出すためにも今までみなさんが呼んで下さった、《はるごん》を卒業します! はるごんのままでいて欲しい方もたくさんいると思います! でも私は一歩踏み出したいだから私を信じてついてきて欲しい。私と一緒に歩いて欲しいです。まだまだなにもできないしみなさんに恩返しも出来てない。でも絶対にみなさんに恩返し出来るように頑張ります! こんな私ですが、これからも応援よろしくお願いします」[43]
  • 1位の大島をはじめ、上位陣はがっちりと順位をキープするなか、アンダーガールズからフューチャーガールズは大混戦。特にこの付近は姉妹グループ躍進もあり、AKBの中堅メンバーの中には、かなり順位を落としてしまったメンバーもいる。仲川もその一人で、第2回は20位、第3回も24位と選抜ライン付近に位置していたものの、今年は44位で総選挙を終えた。そんな当日、日本武道館の外で、「はるごん がんばれ!」とボードを頭に巻き付け、映画のチラシをまいていた男がいた。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭で史上初の4冠に輝いた「くそがきの告白」を撮った鈴木太一監督である。「“はるごん推し”の方を中心に何人かに声をかけられてホッとした。映画のチラシなんか配ったら、便乗宣伝だと冷たい目をされるだけではと思っていたので」と鈴木監督。はじめは“AKB”という看板に惹かれてキャスティングし、映画宣伝のために足を運んだ鈴木監督も、しだいに落ち着かなくなり、ケータイの実況サイトで仲川の順位を知る。結果は「44位」。昨年の24位から大きく順位を下げた。今年見た映画で一番衝撃を受けた『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』を思い出したという。「残酷な世界の中で生きるアイドル、AKB48が痛くて怖くて、だからこそとてつもなく美しくも感じた。尊敬せざるを得なくなった。この映画を観て『娘がAKBに入りたいって言わなくなった』という人がいるほど、とてもショッキングな映画でもあった」。それでも仲川は、しっかりスピーチをした。鈴木監督がエールを送る。「悔しいけど、またがんばろう。俺もがんばる。こっから這い上がろう! これからもおれ、仲川遥香応援するよ!」[44]
  • 6月7日、「これから仲川遥香あだ名総選挙開催します! イイと思った名前の投稿に+1してください」[45]「エントリーNo.1『はるか』、エントリーNo.2『はるかさん』、エントリーNo.3『はるさん』、エントリーNo.4『はるかちゃん』以上です。笑っ」
  • 6月8日、「お待たせしました。ニックネーム総選挙決まりました! 結果は。。。。『はるさん』。みなさんと決めたので、みなさんとこれからも仲川遥香第二章作っていけたらいあなーって思います! よろしくお願いいたします!」[46]
  • しのぶ「はるさんΣ(゜д゜) 知らない間に、はるさんになったのね、はるご…はるさん。じゃ、これからは、はるご…はるさんを呼ぶ時ははるさんか…とゆうか、ここまできて何ですが…やすすがぐぐたすで言ったのは、自分の事をはるごんって言うのは…っていう気が…なんだか…はるご…はるさん可愛い(^O^)/でも良いキッカケにはなるかもね!」
  • 仲川「はるさんになりましたが、これはなんて呼んだらいいか分からないって声がたくさん来たからです! 公式としてはるさんにしますが、私は仲川遥香としてたくさんの方に知ってもらいたい! はるごんって知ってるけど名前なんて言うの?って人ではなく、仲川遥香って名前をたくさんの方に知ってもらいたくてはるごんを卒業しました! だからはるさんって決まったけど、それはあくまで呼び方であって、仲川遥香って名前を忘れないで欲しいです! 私も自分じしんに挑戦し始めたから、まだまだみなさんにちゃんと伝えられてないかもしれない。。。でも負けずに第二章切り開いて頑張ります! 一緒に歩いてください! よろしくお願いいたします!」[47]
  • 6月10日、「握手会で、『はるさんじゃなくて、はるかにして』とたくさんの方から意見が来ました! 直接意見を聞けて嬉しいです! でもみなさん『はるか』のほうがいいですか? はるさんって呼びずらいと。。まぁー。確かに。そうですよね。笑 意見をお待ちしてます!」[48]
「みなさんいろいろと本当にありがとうです! なんか迷ってしまってすみません。でも握手会で直接ファンの方の意見を聞くと『はるさん』は呼びずらいという意見ばかりでした。なので普通に『はるか』にします! はるかは多いけどその中でも一番のはるかになります! はるかって呼ぶのなら呼びやすいし親近感もあるのかなって。いろいろと変えてしまってすみません。やっぱり握手会でお話すると分かることがたくさんあります♪ みなさんこれからも私にどんどん言いたいことあったら行ってください! みなさんの意見に答えられるように頑張ります!」[49]
  • 6月30日、キングオブコメディ今野の主演映画「くそガキの告白」(東京・テアトル新宿にてレイトショー公開)に出演。[50]
  • 7月26日、サルオバ「大人っぽくなりたいと公言しているけど、仲川遥香の原点って、何だろう? 誰とでも仲良くなれるのは、なぜだと思う?」。仲川「気をつかわないから・明るいから」。サル「あっちゃんには、今だに「ご~ん」と呼ばれていて、誰にでもフランクで、面倒見がよくて、流されそうで、しっかりしていて…。ついつい、「はるごん」って言っちゃいそうになるけど、それはやっぱり愛されキャラだからかもしれないね」[51]
  • 7月27日、『AKB48のオールナイトニッポン』放送117回目にして、遂に初出演。放送終了後のブログ。「みなさんに嬉しいお知らせ。昨日ついにANNに出ることができました! ついにです! めっちゃ緊張したし、噛んじゃったりしたけど、さやかとさきこしのお陰で無事に終わりました♪ 今まで握手会とかで『なんで出ないのー?』とか『早く出てよー?』とか『私のANN聞きたい』とか。みなさんの期待にいつも答えれなくて。。。だから今回でれてすごく嬉しいかったです。本当にありがとうございます!! また出れるようにもっともっとトークできるように頑張ります! ANNまた出るぞ!」[52]
  • 8月24日、東京ドームコンサート「AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~」初日、ラストに戸賀崎が登場し、AKB48全体の大幅な組織変更を発表。仲川はJKT48に移籍することとなった。[53]
  • 終了後のGoogle+。「みなさんビックリさせてしまってごめんなさい。でも前向きな考えなんです! 私はAKB48に入って六年目です。たくさんの事を経験してきました。いいことも悪いことも。たのしいことも辛いことも。最近は自分の将来についてかんがえてました。あだ名も変えて変化していかなきゃいけないなーって思って。。。。そんなときに秋元先生からJKT48留学とう話が上がって、私は真っ先に行きたいと思いました。AKBにいるのが嫌とかじゃなくて海外にいって自分を試してみたい!挑戦してみたいって!思ったんです!! だから自分で挑戦します!って決めました。。。。根拠はないけど。絶対に行って後悔はしない!っておもいます。私は新しい一歩を踏み出します! 自分なりに精一杯頑張ります!! 不安もないっていったら嘘になるけど不安を吹き飛ばす勢いで頑張ります!! ジャカルタは日本から遠いけど私はどこにいってもかわりません!仲川遥香です! これからもこんな私を応援していただけたら嬉しいです!!」[54]
  • 8月25日、海外移籍発表から一夜明けた東京ドームで公演前、ファンに移籍の是非を問う緊急アンケートを行った。50人のファンの中で、「賛成」は27人(54%)、「反対」は16人(32%)、「どちらとも言えない」は7人(14%)と賛成派が過半数をやや上回った。もっとも多かった賛成派では「本人が決めたことだから」(20代・男性会社員)、「世界に名前が売れる」(高3・男性)、「きっと期限付きだろうから成長して戻ってきてほしい」(男子大学生)。上海で発足するSNH48に移籍する宮澤には「上海をいちから立ち上げることは、きっと本人の成長につながる」(男子高生)とエールを送るファンもいる中、ジャカルタのJKT48に移籍する高城には「本人が望んだことなので賛成だが、海外の生活や、向こうでの仲間にとけ込めるのか」(男子高生)など複雑な意見も多かった。反対派の多くがユニットの存続に危機感を持っていた。宮澤推しの20代男性は「DiVAとの兼任なのか、完全移籍なのか」、「秋元さんはシャッフルしすぎ。全体のクオリティーが低くなってしまう」(20代会社員)と不安な表情。また高城推しの30代男性は「ぐぐたすでは本人の意志みたいだけど、周りの大人たちに押されているだけ」と切り捨てた。またAKBのコンセプト「会いにゆけるアイドル」ではなくなることへの危惧も多かった。「日本にいないと困る」(男子大学生)、「握手会で握手できなくなるということですよね」(40代男性会社員)。「どちらとも言えない」と答えた人もユニットを心配する人が多かった。「ユニットを兼任する留学なのか、完全移籍なのか心配」(男子大学生)。「絶対兼任してほしい」(20代男性会社員)と明らかになっていないユニットとの存続を不安視した。[55]
  • 8月27日、夢の舞台だった東京ドーム公演を無事終えたAKB48。だが初日には、地方グループ移籍や兼任、さらに海外グループへ移籍するというショッキングな発表があり、彼女たちを「推して」いたファンたちの間には衝撃が走った。「昨秋に発足したばかりの若手・チーム4が早くも廃止され、チームA、K、Bのいずれかにメンバーが振り分けられたことも、チーム4ファンにはショックでしたね。もちろんメンバーたちも、先輩たちと比較して力不足であることを宣告されたも同然で、悔しい気持ちだと思います。チーム編成の変更が、メディア選抜にすぐ影響するわけではないので、表向きは今までとあまり変わらずに活動していくと思いますが、この大胆な“組閣”がファン離れにつながらなければいいですね」(東京ドーム観客)。
海外で新たに発足したJKTやSHNへの移籍については、1カ月前の7月21日にGoogle+上で秋元康が示唆していた。反応したのは、小嶋菜月、光宗薫、島田晴香、そして大島優子らだったが、結局、彼女たちは国内にとどまり、宮澤や高城といった選抜常連の面々が移籍するという驚きの結果になった。移籍を発表されたメンバーたちは口々に「自分の意思で決めたこと」「自ら志願した」と明かしており、高城は「将来の夢のため」と発言しているが、彼女の目指す道はかねてより「女優」だったため、「演技力のスキルアップのためにジャカルタ経験が必要なのか?」とファンも懐疑的だ。
「秋元氏や運営スタッフから『行ってみないか?』と言われたら、断れないのが実状。禁止されていた男女交際が発覚した指原莉乃が国内の博多で、彼女たちが海外移籍というのは、イチ推しにしていたファンからすればたまったものではないでしょう。本人たちの希望で、という建前があれば何らかの“ペナルティ”ではないと見せられますが、実際には指原レベルの愚行があったのではないかとも言われています。これまでは握手会や劇場公演で“会いに行けるアイドル”だったのに、海外へ移籍してしまえばもう日本のファンは容易に会うことはできない。日本芸能界への未練をいったん捨てて、現地で新規ファンを獲得し、スターにのし上がるしかない」(芸能記者)
ただ、まだ20歳前後と若い彼女たちにとっては、何事も経験。これから先の長い人生で、芸能界以外の仕事に就く可能性も否定できず、海外での活動は長い目で見れば役に立つことも多いだろう。また、戸賀崎智は、人材育成のため「AKB学校化計画」があることも明かしている。メンバーが問題を起こした際の罰則を定めた「校則」や、ファン数などを明示する「成績表」などが検討されているといい、AKBの「名門校」化を目指している。
「これは秋元康がAKBを宝塚のようにしたいと語っていた野望が具現化されつつあることを意味しています。秋元氏は過去にインタビューで、『厳しいレッスンを積み完璧なパフォーマンスをするエンタメの完成形』と絶賛しており、一方でこれまでのAKBは『よそのオーディションに落ちた子たちが集まって一生懸命やる成長物語。そこが宝塚と違う』と語っていました。今までは素人美少女の成長物語を見せてウケていたけれど、いつまでも同じことをやっていては飽きられる、ということを敏感に察知しているんです。あと数年で、AKBはアイドル界のエリートを育成するビジネスに転換していく。ブームではなく、定番商品になるということですね。同時に海外でもAKBビジネスの枠組みを確固たるモノにするため、今回留学するメンバーが奮闘することになるでしょう」(業界関係者)
ファンを阿鼻叫喚の渦に陥れた今回の“再組閣”だが、実に壮大なAKB新章の幕開けに過ぎないのかもしれない。[56]
  • 9月2日、東京Dで海外の姉妹グループへの“移籍”発表を受け、新聞、雑誌、テレビ、ウェブなどほぼすべてのメディアが「海外電撃移籍」との表現で伝えていたが、具体的な移籍期間に対する言及は特になかった。今回、戸賀崎は「移籍なのか? 留学なのか? 多数ご質問を頂いております」と、この点についてファンから質問が寄せられていることを明かし、それに回答する形で期間に言及。「留学する4名につきましては期間限定での移籍となります。期間は半年から1年を予定しております」とし、活動期間は限定であること、また、移籍する4人のことは“海外留学組”との表現に留めている。[57]
  • 9月8日、インドネシア・ジャカルタを拠点に活動するJKT48が同日専用劇場をオープンさせ劇場公演を行った。公演後、プレスカンファレンスが行われ、サプライズでAKB48からJKT48へ移籍を発表した高城亜樹と仲川遥香の2人が登場した。高城は 「みなさんはじめまして。JKT48 の高城亜樹です。今日はみなさんに会えてとてもうれしいです。この劇場で歌って踊るのがとても楽しみです。これからどうぞ宜しくお願い致します!」とインドネシア語であいさつ。仲川も「みなさん、こんにちは。仲川遥香です。今日はJKT48 の劇場オープンの日にメンバーとこのステージに立てて、とても嬉しいです!そして早くみんなとこの劇場でライブがしたいです。これからみなと一緒に頑張るので、宜しくお願い致します!」と同じくインドネシア語で挨拶した。JKT48は今後 高城亜樹さんと仲川遥香さんが加わり「会いに行けるアイドル」として活動する。[58]
  • 9月12日、AKB48を卒業したばかりの前田敦子が秘密の合コンに出かけていたのを『週刊文春』がスクープした。写真には、泥酔、号泣のあげく、お姫様抱っこをされて“お持ち帰り”されるという、国民的アイドルの乱れた一夜が写し出されている。9月4日夕方、東京・新宿にてフォトブックの発売記念イベントに登場した前田は、記者からの質問に答え、「恋したいです」と、きっぱり“恋愛解禁宣言”。秘密の合コンは、この日の夜に行われた。合コンメンバーはマエアツと大島優子仲川遥香。かつてAKBのセンターを争ったライバル2人が参加していたのだ。お相手は俳優の佐藤健(23)ら3人。映画『るろうに剣心』のヒットでがぜん注目を集める若手俳優である。佐藤の所属事務所は「合コンではない。前田さんの卒業を祝う会で、彼女が具合が悪くなったため、介抱して、ご自宅まで送ってあげただけです。交際の事実はありません」と回答。前田の所属事務所も同様に交際の事実はなく「友人の一人」とした。現役AKBメンバーでチームKのキャプテンにも任命された大島が合コンに参加したことについて、運営サイドは「合コンではなかった」と強調。「事前に許可をとった卒業祝いのカラオケパーティなので」問題ないという。[59]
  • 前田敦子らが佐藤健らと合コンした件で、一部のAKBファンから不満の声が出ている。カラオケにはメンバーの大島優子と仲川遥香も参加していたことから、“鉄の掟”には触れないのかというわけだ。劇場支配人の戸賀崎智信氏のGoogle+には、ファンから心配の声と共に対応に納得できないとの声が殺到している。今回のスキャンダルには2つのポイントがある。前田敦子はすでにAKB48を卒業しているので、秋元康も「8月27日の24時を過ぎたら恋愛解禁」と話していたように“合コン”自体に問題は無い。しかし、卒業から間もない時期で泥酔し男性に抱っこされる姿を見せたことはファンへ与える影響も大きい。そしてもう1つが、現役のAKBメンバーである大島優子と仲川遥香が“合コン”に参加していたことだ。これについて所属事務所が「事前に許可をとった卒業祝いのカラオケパーティーで問題は無い」と見解を表明しているが、多くのファンは納得していないのである。
報道が流れた後に戸賀崎氏の『Google+』には、そんなファンからのコメントが殺到している。それでも週刊誌の記事など気にするなというスタンスの平穏なコメントが多いのだが、「記事の件説明してください」、「ちゃんとした説明とルール確認はお願いします」という声が少なからず出ているのだ。大島や仲川が元気にしているのかを心配する声から、「処罰がどうこう求めているわけじゃない…欲しいのは、その人の言葉だ」、「この際恋愛禁止なんてやめたらいい」とやはり2人の行動についてハッキリと説明を望む声も多い。中でも「ファンのみんなが納得できないのは、“あの行為(人)はよくて、この行為(人)がダメ”というあやふやな判断に対してだと思う」との意見は多くのファンが共感するところだろう。今年の2月には、平嶋夏海と米沢瑠美がツイッターで男性と写っている画像を流出させたことがきっかけとなりAKBを脱退している。なぜそれはアウトで、今回はセーフなのだろうか。この件と合コンとの違いはあるのだろうか。そこにファンは疑問を感じているようだ。こうしたファンの気持ちに応える意味でも、早い時期に戸賀崎支配人かあるいは秋元康が直々に何らかの見解を示してもらいたい。また、大島優子や仲川遥香、そして前田敦子も自身の判断で可能な限りのコメントを出してファンを安心させてくれることを期待したい。[60]
  • 9月16日、NHKの『MJ presents 前田敦子スペシャル』で前田が、東京ドーム公演前から大島優子や仲川遥香と「9月いっぱいは3人で同居しよう」と約束しており、合コンに参加していた3人で同居していたことを明かした。[61]

交友関係

  • 仲の良いメンバーは「みんな」。[2]
  • 旧チームBの頃より菊地あやかと仲が良い。「きくぢは愛すべきアホです」[62]
  • 推しメンは、増田有華[2]
  • ライバルは、「自分!っとカッコつけてみる。でも自分に勝つことが大切だとおっもって!」[63]
  • メンバーの中で彼女にするなら篠田麻里子高橋みなみ。「特にたかみなは、あの小さな身体で、チームAのキャプテンとして、いつも仕切ってくれて、励ましてくれるんです!」[62]
  • 「チーム麻里子」の一人で、年少メンバーを可愛がる篠田麻里子に気に入られている。
  • SKE48矢神久美と似ていると言われ、仲川本人も矢神の事を「妹」と呼んでいる。[64]
  • 岩佐によると、7期生が一番下だった時、弁当を取るのは最後で無くなってしまう場合もあったが(表向きはAKBは早い者勝ちと言われているが、普通後輩は先輩に遠慮する)、仲川がいる時は必ず、「メンバーみんな待って。研究生、先にお弁当取って~」と言ってくれた。菊地「はるごんは、研究生に超優しいんですよ」[65]
  • ラジオのトークで「悪い事をしたら真剣に怒ってくれるメンバー」というお題に対し、仲谷「はるごん」。咲子「はるごん?」。仲「はるごんはね、後輩をちゃんと叱るの」。咲「あっ私、めっちゃはるごんさん怖かったの。最初」。仲「ちゃんとやらない子、すごく怒るの」。咲「えっ(私)ちゃんとやってたよね!?」。松井咲子が直接怒られた訳ではないが、仲川を怖いと思ったエピソード。咲「昔、楽屋の着替えるところとドアがすごく近くて、そこではるごんが着替えててね、ドアを誰かが開けっ放しにすると、『ちゃんと締めてよ!』みたいな。それを研究生が言われてたの。これは悪いイメージを与えるんじゃなくて(笑)。それで私は勉強になったんだけど。だからすごく、『(あ…厳しい方なのかな)』って思ったんだけど…(よく知っていくと)子供だった」。野中「気付いちゃった?」。咲「可愛かった」[66]
  • 仲の良い女優は、木の実ナナ。[67]

性格・趣味

  • 一人称は「はるか」。
  • 長所は、明るい。[68]
  • 短所は、うるさい。[68]空気が読めないところ。[7]
  • 趣味は、韓国ドラマを観ること。[68]少女時代のDVD鑑賞。[69]
  • 特技は、スポーツ。[2]小学校の時は野球。中学の時はソフトボール、バレーボール、陸上部を掛け持ちしていた。[10]ブリッジしたまま歩いたり、階段を登ったりすること。[67]
  • 野球とピアノを習っていた。[2]
  • 怖いものは、お化け。[5]ホラー映画も苦手で、全然観ることができない。[70]
  • サスペンスは好きで、「火曜サスペンス劇場」とか「はぐれ刑事純情派」とかを見ている。[70]
  • 自分を漢字一文字で表すなら、「流。私よく人に流されるんです! 自分の意思を持たないとね」[63]
  • 好きなアーティストは、テイラー・スウィフト。「すごく素敵です!」[5]
  • アイドル好き。ハロプロの℃-uteとスマイレージのファン。[7]
  • AKBで好きな曲は『RIVER』。公演曲では『初日』。[2]
  • 好きな場所は、劇場。映画館。テーマパーク。[71]
  • 姉妹が多いが、一人部屋だった。綺麗好きで、姉妹であっても勝手に部屋に入られるのが嫌い。[72]
  • 姉妹は体型が全然違うため、服のお古などは出来ない。話も合わないため、姉妹はいらないとか。[73]
  • 一番幸せな時は、「食べてるとき!笑 だから痩せれない。。。」[74]
  • 好きな食べ物は、お菓子。フルーツ。焼肉。[71]グラタン。レバー。砂肝。昆布、イカ。ししゃも。[67]
  • 嫌いな食べ物は、書けないほど多い。[7]
  • 白いご飯が食べられない。理由は「味がしないから」。おかずと一緒に食べるのは嫌で、別々に食べる。ご飯は、チャーハンにしたり、ふりかけをかけないと食べられない。その為、いつも「のりたま」を持っている。同じ理由で、食パンもそのままでは食べられない。[75]
  • 男性で気になる所は体型。ポッチャリでもなく、痩せ過ぎでもない人が好き。[76]
  • 初恋はまだ無し。[2]
  • 好きな男性のタイプは、離婚しない人。[68]

参加曲

シングルCD選抜曲

出演番組

Wikipediaを参照。

脚注・出典

  1. ^ a b 『AKB48総選挙公式ガイドブック』
  2. ^ a b c d e f g h i 『AKB48 VISUAL BOOK』 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "vb2010"が異なる内容で複数回定義されています
  3. ^ 『笑っていいとも』
  4. ^ 『まるっとAKB48 スペシャル2 with SKE48&NMB48&SDN48&HKT48』
  5. ^ a b c d https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/FFwe3KsTqDv
  6. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/cPLKdKGzT89
  7. ^ a b c d http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/6829/0
  8. ^ a b http://www.hollywood-ch.com/gyoukai/10092101.html?cut_page=1
  9. ^ ラジオ『明日までもうちょっと。』2009/01/21
  10. ^ a b 『AKB48+10』2008/10/01
  11. ^ 週刊AKB』 DVD特典 「みなみ高橋のすべる話」
  12. ^ a b 『AKB48推し!』 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "oshi"が異なる内容で複数回定義されています
  13. ^ http://npn.co.jp/article/detail/84338447/
  14. ^ http://www.hollywood-ch.com/gyoukai/10091002.html?cut_page=1
  15. ^ 『AKB48ヒストリー』
  16. ^ 『大人ジェリービーンズ』初回生産限定盤C 映像特典「渡辺麻友 × 平嶋夏海」
  17. ^ http://natalie.mu/music/news/33067
  18. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/4438/0
  19. ^ 『AKB48+10!』
  20. ^ シネマトゥデイ http://www.cinematoday.jp/page/N0026988
  21. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/5042/0
  22. ^ a b 『AKB48×プレイボーイ 2011』
  23. ^ 『週刊朝日』 2011年4月1日号
  24. ^ 『AKB48総選挙!水着サプライズ発表2011』
  25. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/3TEfRDMR2SQ
  26. ^ http://www.j-cast.com/tv/2012/02/10121763.html
  27. ^ 『AKB48のオールナイトニッポン』 2012年2月24日
  28. ^ http://www.oricon.co.jp/news/music/2007764/full/
  29. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/AwUCkfVQHZc
  30. ^ https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/6WiFyKCLYKM
  31. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/b7zjYk8U5Tf
  32. ^ https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/fPoTsYkfzhd
  33. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/RdCoZ484JQp
  34. ^ https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/PD9HQKRassz
  35. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/9eEniVGtGK8
  36. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/VzzY57qVJkj
  37. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/ZERNRzNyYZM
  38. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/WzHrLzCS132
  39. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/9225/0
  40. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/9401/0
  41. ^ 『日刊スポーツ』 2012年6月4日
  42. ^ https://plus.google.com/u/0/106112762361092739156/posts/YN3tfwRoXd7
  43. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/9421/0
  44. ^ http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20120608/enn1206081134006-n1.htm
  45. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/ANXuykU6TGK
  46. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/UV8ZNMpC9RP
  47. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/QCipTFtFPGf
  48. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/Jyh618XPZ1i
  49. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/KGeteEgdEg6
  50. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120308-00000014-natalieo-ent
  51. ^ https://plus.google.com/111110869630425643279/posts/HvruDne34Pv
  52. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/9489/0
  53. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120824-00000313-oric-ent
  54. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/dcycsbq9x2W
  55. ^ http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/f-et-tp0-20120825-1006223.html
  56. ^ http://www.menscyzo.com/2012/08/post_4567.html
  57. ^ http://www.narinari.com/Nd/20120918881.html
  58. ^ http://www.girlsnews.tv/unit/61750
  59. ^ http://shukan.bunshun.jp/articles/-/1783
  60. ^ http://japan.techinsight.jp/2012/09/maedadeisui-akbfunfuman-togavhan20120911.html
  61. ^ http://japan.techinsight.jp/2012/09/maedaatuko-tandokuinterview-mj20120916.html
  62. ^ a b http://www.oricon.co.jp/music/interview/2010/watarirouka1012/index3.html
  63. ^ a b https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/VdCoAgMJYXN
  64. ^ http://ameblo.jp/ske48official/entry-10796821250.html
  65. ^ 『プレイボーイ』 2012年1月23日号
  66. ^ AKB48のオールナイトニッポン』 2011/10/14
  67. ^ a b c 『渡り廊下走り隊7のオールナイトニッポン』 2011/02/09
  68. ^ a b c d 『AKB48 じゃんけん選抜 公式ガイドブック』
  69. ^ 『AKB48 じゃんけん大会 公式ガイドブック2011』
  70. ^ a b http://www.hollywood-ch.com/gyoukai/10090301.html
  71. ^ a b http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/profile
  72. ^ 『渡り廊下走り隊7』 2010/09/29
  73. ^ 明日までもうちょっと。』 09/01/21
  74. ^ https://plus.google.com/102249965218267255722/posts/cPLKdKGzT89
  75. ^ 『明日までもうちょっと。』 10/06/12より。
  76. ^ 『渡り廊下走り隊7』 20100812

外部リンク