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中川紘美

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NMB48
中川 紘美 なかがわ ひろみ
2013年NMB48プロフィール 中川紘美.jpg
ニックネーム

ひろりん

生年月日

1994年11月19日 (21歳)

出身地

大阪府

血液型

B型[1]

身長

152cm

合格期

2期生

選抜回数

0回

中川 紘美(なかがわ ひろみ、1994年11月19日 - )は、NMB48の元研究生。大阪府出身。

略歴

2011年
2014年
  • 3月3日、卒業を発表。
  • 3月13日、卒業公演。
  • 3月15日、インテックス大阪での全国握手会をもって、NMB48としての活動を終了。

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは、「はい! みーんなのパワーを笑顔に変えて へ~んしん! 笑顔ライダー 大阪府出身高校2年生16歳の、ひろりんこと中川紘美です!」*
    • 自身の自己紹介の終わりに「今日も飛ばしてくぜ!(ブンブン)」という言葉で締めとしていた。中川の卒業後は、森田彩花がこれを引き継いでいる[2]
  • 公式ニックネームは、「ひろりん」[3]
  • 「紘美」という名前の由来は、「名前は、母が私を身籠った時から決まっていたそうです。父がどうしても最後に『美』という字をつけたかったそうで(だから一番上の姉も『美』がついてます)、「ひろ」というのはフィーリングだったようです。中川さん、『紘美』って名前が凄く気に入ってます」[4]
  • 外見を自から説明すると、「セミロングの黒髪、たれ目気味の一重みたいな奥二重の目、上めがちな黒目、釣り気味の眉、ちっさくて意外とぽてっとした唇(多分知ってる方ほとんどいないと思います)、妖精みたいと言われる耳、割かし誉められることの多い手とX脚の脚」[5]
  • 生まれも育ちも大阪だが、関西弁ではなく標準語を話す。
「NMBに入るまで、『ひろって不思議な言葉遣いするよな』とはよく言われていたけど、大して気にしていなかったんですよ。でも最近いろんな人、特にメンバーに『気になるからやめて』って言われます笑。そんなこんなで、只今関西弁練習中!! んー....そもそもなんで標準語になったんだろ? アニメの見すぎかな? なんにしろ、これから頑張って標準語から関西弁に治します!」[6]
  • 中型免許を持ち、400ccのバイクを乗りこなす[7]。バイク好きアピールが実り、教習所のソロCMをゲット(2014年3月まで、後述)[3]
その後、2012年12月には、普通自動車免許を取得[8]。さらに、サンテレビの番組の企画とタイアップし、2013年11月には大型二輪免許も取得している[9][10]
  • 劇場公演では、3公演10ポジションをこなすなど、NMB48研究生イチの劇場愛の持ち主[3]
  • 家族構成は、父、母、年の離れた姉2人の5人家族[5][11]
  • 劇場支配人評。
「ブログをたびたび更新する、多趣味なコです。もともとネガティブでしたが、最近は前向きに頑張っています」(2012年・金子剛[7]
「ひたむきで臨機応変な対応力もあるので、信頼度の高いコ。研究生のまとめ役です」(2013年・金子)[3]

NMB48として

2011年

  • 5月、NMB48の第2期生オーディションに合格。オーディションを受けようと思った動機は「私、可愛い女の子が好きなんです。オーディションって可愛い子がいっぱい来るじゃないですか。可愛い子に囲まれていたらどんだけ幸せやねんと思って。ちゃんとした理由もあるんですよ。「誰かのために」公演を見に行って、鳥肌が立ったんです。それでステージに立ちたいと思った…のが3割。7割は可愛い子に囲まれたいと(笑)。だから今、幸せなんです!」[12]
  • ダンスは、NMB48に入るまで未経験だった。
「クラシック(バレエ)しかやったことがないので、まずリズムの取り方自体違う。常に体があがってる。だから同じ振りをやってても、なんかみんなと違う…。メンバーからも『姿勢よすぎる』『バレエっぽくなってる』などなど言われます。でも、いつまでもこんな言い訳言ってられないので、もっと練習します!」[13]

2012年

  • 1月26日、1期・2期研究生の中から16名を選抜し、NMB48の2つ目のチームとなる「チームM」が結成されたが、中川はメンバーに選ばれることができなかった。
ブログ「まず始めに、ごめんなさい。今まで応援してくださって、ありがとうございました。そしてもし宜しければ、今後も中川をよろしくお願いします。今みなさんに一番伝えたい私の気持ちです。今日teamMのメンバー16名が公式発表されました。そこに私、中川紘美の名前はありません。メンバーが発表されたとき、自分の名前が呼ばれなくて凄く悔しかったです。チームに入れなかったことはもちろん、応援してくださってる皆さんの期待に応えることが出来なかったこと。甘い所じゃないのに「なんでもっともっと努力しなかったんだろう。もっと有効な時間の使い方が出来てたんじゃないのかとか。」ということすべてが悔しくて、そんな自分に腹がたちました。だからこれからは又一から研究生として後悔しない時間の過ごし方をして、こんな私を応援してくださるみなさんに笑顔の報告をしたいです。他にも伝えたいことがたくさんあるけど、上手くまとまりませんでした・・・。でも今は前向きな気持ちでこれからどうしていこうか、前に進もうって気持ちでいます。最後にもう一度、皆さんが応援したいと思うようなアイドル、ひろりんになるので、もし宜しければ今後も中川紘美のことを宜しくお願いします」[14]
  • 2月2日、Google+投稿より。
「NMBに入ってから今までの反省ノート(計6冊)見直してるなう。もう一回自分を見つめ直そうかなと・・・。公演の反省会ノートは見直したりするけどそれ以前のって最近見てないような気がして。練習がしたいです・・・。でも今の中川じゃ駄目なんですよね。あぁ、変わらなきゃ」[15]
  • 3月21日、当時Google+の48グループのコミュニティ内で、いろいろな部活が結成されており、中川は「美術部」に所属していた。この日、秋元康は、松井咲子のソロアルバムのジャケットを「師匠(=咲子)の肖像画にしたいので、美術部で描いてください。他にアイデアがあればそれも出してください。(最終的には師匠の意見を尊重したいと思いますが…………」と投稿。
中川「秋元先生の投稿見てさっそく片山さん[注釈 1]にコメントしてきますた!! でもかなりでしゃばったことをいってしまいました;ω;` 良かったのだろうかとかなり不安になってきました;ω;` そのでしゃばった内容と言うのがこちら『お疲れさまです。美術部、写真志望、NMBの中川です。松井さんのソロアルバムのアイディアなのですが、ジャケットの裏面はピアノ、松井さんの弾いている姿、手先などの写真、そして絵などのコラージュはどうでしょうか。ってでしゃばった真似してすみません・・・・。秋元先生の投稿をみて思い付いてしまって、どうしても片山さんに聞いていただきたくてコメントしました。まことに勝手ではありますが、何らかの形で美術部部員として部活動参加させていただきたいです。あぁーまじでよかったのかな;ω;`」[16]
  • 同日、秋元康がGoogle+で「発表。大人のメンバーから「運転免許を取りたいんです」という話をよく聞くので……………………AKB48自動車部を作ります」[17]と投稿し、「AKB自動車部」の創部を発表した。
中川は、Google+でこの投稿に反応する。
「あぁーーまじで連投ごめんなさい!!!!! でも反応せずにいられなかった。自動車部!!!!!!!!!! 多分自動二輪では唯一の免許持ちなので!!!車の免許撮りたいとずっと言っていたので!!! あぁーーーー自動車部!!!!!!」[18]
その後、「あれから約20分。冷静になって考えてみた。自動車部って部って部活じゃん!!! 今ごろ気づいた中川さん。はい、私は美術部部員です。いくら車やバイクが好きでも、それがチャンスだったとしても、自分が決めたことをなにもせずにやめるのは嫌です。『矛盾してんだよ』って思われるかもしれませんが、私は今もこれからも美術部部員です。片山さん、これからもよろしくお願いします。それに部に入らなくても、車もバイクも大好きなのは変わらないので! 」[19]と投稿している。
中川が自動車部に興味がありながら、入部を断念する意図とも取れる投稿が行われた背景には、以前、秋元より「部活の掛け持ちは禁止、ただし転部は可能」というルールが示されていた[20]ことが要因と考えられる。ただし「自動車部」に関しては、この時期、フジテレビで「AKB自動車部」という番組が企画され、そのタイアップの関係で創部された背景もあり、この部のみ「掛け持ち禁止」ルールから除外されている(Google+#部活動を参照)。
4月11日、中川はこの日のGoogle+投稿で、「秋元さんの投稿に掛け持ちおkと書いてあったので正直入りたくてたまりません。部活の掛け持ちは凄く大変だと思うし、ここ最近は連日公演にも出演させていただいて、前に美術部を真剣にやりたいといって、今もその気持ちは変わっていません。ですがやっぱり自動車が好きです。アイドルである以上安全面を考え、大型二輪、そして車の免許は取りたいといっていても実際取ることができたかはわかりませんでした。だからこのような部活ができたことが凄く嬉しくてたまりません。どうしたらよいのだろう・・・・」[21]と入部に迷いを見せている。
しかし、最終的に同月13日のGoogle+投稿で、「そして私は今回入らないということに決めました。やっぱり年齢的なことも考えての判断です。講習自体は今の年齢でも通えるのですが、今回見送りにさせていただきました」[22]と自動車部入部を断念している。

多趣味が売りだ。その中でも個性的なのは「バイクです」。趣味を生かしてモーターショーに招かれ、トーク経験もある。ファンからもバイクにまつわるトークは好評だという。「私、やんちゃというわけではないんですよ。父がバイク好きで、その影響で小学校の頃から乗りたかった。姉も乗ってますね。私は400c.c.に乗っています」。他にも写真、絵も好きだという。豊富な話題を持つということになる。「ネタを生かせるトーク術を早く身に付けたいですね」[23]

  • 12月8日、大阪・東大阪市にある八戸ノ里ドライビングスクールの「キャンペーンキャラクター」に就任することが明らかになった[24]。その後、同教習所のCM出演や「一日校長」[25]などのプロモーション活動を展開している。
なお、中川は2014年3月の卒業まで「キャンペーンキャラクター」に起用され、その後、2014年9月より2代目として谷川愛梨が起用されている[26]
  • 12月21日、普通自動車免許(AT車限定)を2日前(19日)に取得したことを、この日の劇場公演とGoogle+の投稿で明らかにした。
「なのでこれからは笑顔ライダー兼笑顔ドライバーで行きたいと思います」[8]

2013年

  • 10月14日、サンテレビのバイク情報番組「Like a wind」で、「NMB48 ひろりんの大型二輪免許とったんで!」と銘打たれた、中川の大型二輪免許取得へ向けての企画が組まれることとなった[9]。なお、同番組は「キャンペーンキャラクター」を務める八戸ノ里ドライビングスクールが協力している[注釈 2]
  • 11月6日、大型二輪免許教習の卒業検定に合格したことを、この日の劇場公演とGoogle+の投稿で明らかにした(13日に免許交付[10][27]

2014年

  • 3月3日、研究生公演において、NMB48を卒業することを発表。
「私、中川紘美はNMB48を卒業します。NMB48に入って2年半、活動をしていく中で、表舞台を支える方々のお仕事を見て魅力を感じるようになり、それについて学びたいという気持ちが芽生えました。ずっと目標にしてきたチームへの昇格、大好きな研究生メンバーとの出張公演。二つの目標に対する気持ちにも決して嘘はありませんでした。みなさんが応援してくださって私自身目標に対する気持ちも日に日に大きくなっていることも感じていました。だから今まで追い続けてきた目標、新しい道へ向かいたいという気持ち、このふたつをどうにか両立出来ないかと考えもしました。でもそれをすることによって、どちらも中途半端になってしまうと思いました。けど、それだけはしたくなくて自分なりに将来のこと、自分のしたいことはなにかたくさんたくさん考えた結果、4月から専門学校へ行くこと、そしてNMB48の卒業という道を選びました。今まで応援してくださったみなさん、こんな私でもずっと応援してくださってありがとうございました。私にとってメンバー、そしてみなさんと過ごしたこの2年半は大きな財産です。NMB48で学んだたくさんのことを活かし、新たな道に前を向いて進んでいきます。その背中を押していただけたら嬉しいです。本当に本当に今までありがとうございました」[28]
卒業公演後の集合写真。
  • 3月13日、NMB48劇場で、卒業公演が行われる。
アンコールでは、中川のNMB48での歩みがスライドショーで上映され、上映明け後に中川のリクエストで、三浦亜莉沙西澤瑠莉奈チームN古賀成美林萌々香とともに『ライダー』を披露した。卒業セレモニーでは、三浦により中川への手紙が披露され、ファンからトロフィーと卒業証書、メンバーからアルバムが、2期生やチームMのメンバーからビデオメッセージが贈られた。
以下、中川の挨拶。

「今日は雨も降ってて足元も悪い中来てくださった皆さん、モニター観覧でご覧になってる皆さん、DMM配信を見てくださってる皆さん、本当にありがとうございます」
「私は15日でNMB48を卒業して、新しい夢に向かって一歩を踏み出します。そのことを発表した時に、すごい寂しいって言ってくれるメンバー・ファンの皆さんがいて、あーNMB48で自分がやってきたことは本当に間違いじゃなかったんだなって思ったし、目に見える形で昇格だったり出張公演だったりには行けなくて、皆さんが応援してくださったのに本当にそれは申し訳ないなっていう気持ちでいっぱいで、それでも私が「新しい道に進みたい」ってことを言うと、皆さんが「ひろりんなら大丈夫」って背中を押してくださったから、今日は最後の大好きな公演、パフォーマンスでは絶対に泣かないって決めて、ちょっとうるっろきちゃう部分もあったんですけど、ずっと笑顔でやり切れて、本当に良かったなって思ってます。
そして、大好きなメンバーも正直あんまりいい先輩じゃなかったと思うんですよ、わがままだし、本当はめっちゃ甘えたいし、自分勝手なとこもあるし。けどしっかりしなきゃと思って、しっかり、なんやろう、こうやってみんなが「ボス」って呼んでくれるぐらいまで、自分が変われたのも今ここに立ってるメンバーたちのおかげです。私が卒業してからは私がやってきたことをこれから自分たちがやりますって言ってくれるメンバーがいたり本当に心強くて、私もこれから後ろを向かずにきちんと自分の夢に向かって進むことができます。本当に本当にありがとう。
これから一番の研究生のファンでありたいし、一番研究生のことを応援していきたいです。いつか違う形ではありますが、私の夢は舞台の裏方になることなので、いつか表には見えないかもしれないですけど、NMB48のメンバーとかかわれるように立派な立派な1人の人として成長して、また帰ってきたいと思います。
その時は皆さんの目に触れるかはわかりませんが、もしそこでお会いした時は明るく「ひろりん久しぶり」って言ってください。
本当に本当に今までありがとうございました」[29]

  • 3月15日、インテックス大阪での『カモネギックス』全国握手会をもって、NMB48としての活動を終了。

交友関係

「キモヲタレンジャー」。パープルのパーカーを着用しているのが中川(左から2番目)。
  • 憧れている先輩は、山本彩[30]
  • AKB48で憧れているメンバーは、渡辺麻友[12]
  • 推しメンは、「一期生さんはteamNさんの近藤さん!! 実はNMB結成当時からずっと好きでした! でも今は憧れの先輩です! 二期生はゆきゆきこと東由樹ちゃん。NMBに入った当時からの推しメン!!!」[31]
  • アニメ大好きな5人で「キモヲタレンジャー」を結成している。担当色が割り振られており、構成員は、木下百花(キモヲタレッド、隊長)、小笠原茉由(妄想イエロー)、小柳有沙(ねくらブルー)、三田麻央(自己満ブラック)、中川紘美(エロパープル)[32]

性格・趣味

  • 性格は、「説明しきれないくらい複雑な性格です。だからご想像にお任せします」[5]
  • 一人称は、「中川さん」[11]
  • 長所は、人懐っこい、好奇心旺盛[5]
  • 短所は、悲観的、理屈っぽい[5]
  • ピアノ、バレエ、英会話、塾に通っていた[33]
  • 目が悪いため、通常はコンタクトをしている。たまに眼鏡[34]
  • 多趣味を自認する。好きなものは、「クラシックバレエ(11年やってました!)。バイク(中免持ってたりします)。カメラ(一眼レフが欲しくてたまりません…)。絵画(美術館とかめっちゃ好きです)。ボーカロイド(初音(=初音ミク)さんらぶです)。漫画(家の漫画を全部(家族のも含め)集めたら1000冊くらいあるかも?)。アニメ(今期のアニメ全然見てないよ)。ぬいぐるみ(くまのぬいぐるみだけで20匹くらいはいるかな?)[1]
  • NMB48に加入した段階で、既にバイクの中型免許を持っていた。バイクに乗るようになるまでの経緯を、ブログで次の通り説明している[35][30]
    • バイクに乗ろうと思ったきっかけは、父がバイク好きでその影響を受けてとのこと。
    • 7歳で父の後ろに乗るようになり、そのうち姉もDS250に乗りだす。自分もDSに乗りたいと思うようになる。
    • 15歳の時に教習所に行き、卒検(実技)を二回目でクリア。
    • バイク選びについて。「DS400が良いと言い続ける。でもXJRもいいなとか言いだす。そしてXJRはクラッチが重いということを知る。そんなわけでDSは姉とかぶる、XJRはクラッチが重い。その他、父の意見も入りCB400に決定。最初は不満も少しあったものの、限定カラーのCBのカタログを見た瞬間、心を奪われ一目惚れ。SFかBOL D'ORで迷う。でもやっぱり女の子やしなという理由で、SFに決定」
    • 16歳でホンダのCB400 SF Revoを手に入れる。卒検に合格し、免許を取得。「こんな感じで中川は女子高生ライダーになりました」
  • よく使う顔文字は、・ω・* [11]
  • 「ポッキー」(ポメラニアン、2012年2月の時点で16歳)という犬を飼っている[5]

ギャラリー

参加曲

シングルCD選抜曲

NMB48

AKB48

アルバムCD選抜曲

NMB48

AKB48

  • 1830m」に収録
    • 青空よ 寂しくないか? - AKB48+SKE48+NMB48+HKT48名義

劇場公演ユニット曲

(チーム名) 「(公演名)」公演

出演番組

注釈

  1. ^ 片山陽加(AKB48)は、ぐぐたす美術部の部長であった。
  2. ^ 中川の出演している動画は2015年12月現在、同番組のバックナンバーから閲覧可能である[1]

出典

  1. ^ a b http://ameblo.jp/nmb48/entry-10957013437.html
  2. ^ ブンブン受け継ぎます!あやてぃん。 - NMB48オフィシャルブログ(森田彩花投稿) 2014年3月13日
  3. ^ a b c d 講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック2013」P184より。
  4. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-11138755243.html
  5. ^ a b c d e f 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年2月4日 ArKaiBu g+48
  6. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-11226456541.html
  7. ^ a b 講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック2012」P183より。
  8. ^ a b 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年12月21日 ArKaiBu g+48>
  9. ^ a b 中川紘美 投稿 - Google+ 2013年10月14日 ArKaiBu g+48>
  10. ^ a b 中川紘美 投稿 - Google+ 2013年11月13日 ArKaiBu g+48>
  11. ^ a b c http://ameblo.jp/nmb48/entry-11150825531.html
  12. ^ a b 東京ニュース通信社「B.L.T」 2011年10月号[要ページ範囲]
  13. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-10968755519.html
  14. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-11147131389.html
  15. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年2月2日 ArKaiBu g+48
  16. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年3月21日 ArKaiBu g+48
  17. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月21日 ArKaiBu g+48
  18. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年3月22日 ArKaiBu g+48
  19. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年3月22日 ArKaiBu g+48
  20. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月6日 ArKaiBu g+48
  21. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年4月11日 ArKaiBu g+48
  22. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年4月13日 ArKaiBu g+48
  23. ^ 『日刊スポーツ』 2012年5月20日
  24. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年12月8日 ArKaiBu g+48
  25. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2013年9月28日 ArKaiBu g+48
  26. ^ 谷川愛梨 投稿 - Google+ 2014年9月25日 ArKaiBu g+48
  27. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2013年11月6日 ArKaiBu g+48
  28. ^ 金子剛 投稿 - Google+ 2014年3月3日 ArKaiBu g+48
  29. ^ 中川紘美 卒業公演 (2014/03/13、NMB48研究生) - AKB48@メモリスト 2014年4月7日
  30. ^ a b http://ameblo.jp/nmb48/entry-10965456203.html
  31. ^ 中川紘美 投稿 - Google+ 2012年2月25日 ArKaiBu g+48
  32. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-11051808348.html
  33. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-11117841496.html
  34. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-10999512093.html
  35. ^ http://ameblo.jp/nmb48/entry-10961140270.html

外部リンク

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