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松下唯

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SKE48
松下 唯 まつした ゆい
2010年SKE48プロフィール 松下唯.jpg
公式ニックネーム

ゆいみん

生年月日

1988年7月25日 (29歳)

出身地

福岡県

血液型

A型

身長

150cm

スリーサイズ

B73 W56 H79

合格期

1期生

選抜回数

1回

松下 唯(まつした ゆい、1988年7月25日 - )は、SKE48の元メンバー。現在は「yuimin*」の名義で活動[1]。福岡県福岡市出身[2]

略歴

2008年
  • 7月31日、SKE48オープニングメンバーオーディションに合格(応募総数2,670名、最終合格者22名)。
  • 10月5日、1st Stage「PARTYが始まるよ」公演にて劇場デビュー。
2009年
  • 3月、選抜メンバー16名がチームSへ移行し、チームSのメンバーとなる。
  • 8月5日、1stシングル『強き者よ』で初選抜。
2010年
  • 2月14日、怪我のため、活動を休業。
2011年
  • 8月25日、SKE48からの卒業を発表。
  • 9月30日、SKE48としての活動を終了。

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは、「お帰りなさいませ、ご主人様お嬢様。二次元同好会会長の松下唯です」。以前は、「うさぎの国からこんにちぴょん(こんばんぴょん)」。
  • SKE48「二次元同好会」の初代会長で、アニメが大好き。フィギュアや、コスプレも好き。メイド服が4着、制服が3着、「涼宮ハルヒの憂鬱」のコスプレ衣装も持っている。また今年挑戦したいコスプレは「デスノート」の弥海砂、「新世紀エヴァンゲリオン」の惣流アスカ・ラングレーと語っている。
  • 湯浅洋「ヒップホップダンスの経験者なので、踊る姿も格好いいんだけど、萌キャラとしても天下一品。二次元同好会会長としてラジオ番組もやってました。アニメはもちろん、あらゆる物のチョイスが渋い」[3]

SKE48として

2009年

  • 12月、Wii用ゲームソフト『闘真伝』に、AKB48の佐藤亜美菜と共に声優として出演。担当したのはアイダベル・フローラベルで、「子供と大人の使い分けが大変でしたけど、楽しかったです」[3]

2010年

  • 2月14日、チームS公演にて両足首の「離脱性骨軟骨炎」により、手術・リハビリを含む半年間、活動を休業することを発表。
  • 7月31日、『SKE48 リクエストアワー セットリストベスト30 2010』に車椅子で出演。
  • 半年経っても復帰とはならなかったが、地元の福岡にてリハビリを続けている。
  • 12月27日のチームSの2回目の公演に登場。順調に行けば、来年の春には復帰できるとのアナウンスがされた。

2011年

  • すでにラジオや雑誌など、足に負担のかからない仕事はこなしており、公演への復帰に向けて、軽めのレッスンもスタートさせている。「休養中は、正直不安や焦りもありました」。自分が離れている間に、SKEは大きく成長したが、だが一人だけ蚊帳の外に置かれている様な感覚。「でも、焦っても何も変わらないので、今は休む事が大事なんだって考えるようになったんです」。そうすると気持ちも楽になり、ネガティブだった考え方もポジティブに変化。湯浅「彼女自身、休養中にいろいろ考えたと思う。再スタートを切るうえで、不安でいっぱいかも知れないけど、ファンの声援があれば乗り越えられるでしょう」[4]
  • 5月、名古屋に戻る。しかし踊ると足に痛みがあり、病院で再検査を受けたところ、足のボルトを抜かなけれいけないと言われ、その場合、再び両足の手術をしなければならない事が判明。いろんな専門家も含め相談したが、100%完治させるには、2年~5年かけゆっくりリハビリしながら治していかなければならないとの意見を受け、本人の中にも「ダンスが以前の様に踊れるのか? 本当に大丈夫なのか?」という気持ちが強くなり、7月の終わり頃には、本気で卒業を考えているとスタッフに相談。湯浅は、「何年かかっても良いから、復活して欲しいと思ってる」と話したが、「いつ復帰出来るかわからない状態ではモチベーションが上がらなので、辞めてたい」という本人の気持ちは動かなかった。[5]
  • 8月9日、自身の生誕祭が行われたこの日。ユニット曲・万華鏡に出演し、一部ではあるが劇場復帰した。
  • 8月25日、親や秋元康とも話をし、この日の午後に卒業する事が決定。2回目のチームS 3rd Stage「制服の芽」公演にて、9月末をもってSKE48から卒業することがファンへも報告された。[6]
運営事務局「ケガからの復帰に向け手術しリハビリを重ねてまいりましたが、完治への道のりは長く、再発の不安から本人が熟慮を重ねた結果、SKE48を卒業し新たな人生を歩んで行く事を選択致しました。今まで松下唯へのご声援、誠にありがとうございました。そして卒業まで短い期間ですが、新しい人生を歩む彼女への応援今後も宜しくお願い致します」[7]
  • 公式ブログでのファンへの報告。「皆様にお知らせがあります。今日のS公演で発表させていただいたんですが、私 松下唯は9月いっぱいでSKE48を卒業します。突然の発表になってしまい、本当にすみません...。この決断をするまでに、色々考え、親や事務所の方ともたくさん話し合いました。復帰を待っていて下さったファンの皆様には、本当に申し訳なく思っています。握手会などで「待っているよ」と声をかけてくださって、本当に嬉しかったです。こんなにも休んでいたのに待っていてくださる方がいるんだと、とても支えになりました。本当にありがとうございます! でも後ろ向きな卒業ではないことだけは理解していただきたいです。この卒業は私にとって新しいスタートだと思っています。卒業しても、ファンのみなさん、SKEのみんな、スタッフのみなさんのことが大好きですっ!! 私を支えてくれたたくさんの方に感謝しています。来月で卒業しますが、今決まっている握手会にはすべて参加しますので、最後までよろしくお願いします」[8]
  • 9月27日、卒業を間近に控えたインタビューより。
――卒業を決めたということで心境を聞かせてください。
「SKE48に戻ってきたのが4月ぐらいで、怪我で入院しているときからいろいろ考えていて、卒業を意識し始めたのは5月くらいでした。最初、今後のことを考え始めて、その中に卒業って選択肢もあったんですよ。まず自分で考えてから親や支配人に言おうと、夏くらいに卒業しようって気持ちをある程度固めました。親にも話して理解してもらい、支配人に卒業したいんですと伝えました。理由が理由っていうのもあって、事務所の方も前向きに捉えてくれて、了解してもらったのが8月。8月25日に卒業発表させてもらったんですけど、数日前に、この日に発表することを決めました。突然だったのでファンの皆さんを驚かせてしまいましたね。そのときは握手会の時期で、「復帰待ってる」って声を結構いただいたんです。自分の中では卒業を決めた後だったので、期待させてしまって申し訳ないって思いにかられてしまい……。早く卒業発表させてくださいと言って、急遽この日程で発表しました。自分的には卒業の覚悟は決めていたので大丈夫だったのですが、ファンの皆さんやメンバー、スタッフさんには急だったので、ビックリさせてしまいました」
――その日の1期生のブログをみると、みんな松下さんとの思い出をふり返っていました。
「やっぱ1期生ってのは大きいですね。年上なのもあると思うんですが、メンバーからのメッセージやファンの人からのメッセージ読んでいて必要とされていたんだなって。言い方はおかしいかもしれないですけど嬉しいと思いました。こうやって別れを惜しんでくれたり、ブログにコメント書いてくれたり、ファンの方から手紙で卒業しないでほしいって言っていただいたりもしましたし。でも卒業するって言ったものの実感がなくて、ラジオとかずっとやっていたお仕事で「お疲れ様」って言われて初めて実感しました。ホントに卒業するんだって。他人事じゃないけど“卒業するんだ”みたいな感じなんですよ」
――今後は?
「握手会でも今後どうするのっていうのは凄く多くて聞かれて。声優になるの?とか、何か芸能活動するの?って、結構聞かれます。自分的にはいろいろ考えてはいるんですが、芸能を続けるか、声優を目指すのか、ちょっと休んで考えるのか、一般に戻るかとか。まだ今度どうなるかってはっきり言えないですね。自分でも未知ですね」
――自他共に認めるオタクとして二次元同好会の会長をやっていましたが、これは誰かに引き継ぐのですか?
「自分のなかでは決めていますが、それはまだここでは言えませんね。卒業の場で発表するかもしれません。支配人さんにも「どうするの二次元同好会?」って聞かれちゃったんですけど、私は「誰々にしようと思います」って決めていたんで、「そうかそうだよな」って言われて。まあ楽しみにしていてください」
――SKE48で一番好きな曲は?
「うーん。いっぱい好きな曲はあるんですけどね。やっぱ2nd公演の曲は思い入れが強いですね。初めてのオリジナル公演だったので『Innocence』だったり、『手をつなぎながら』とかすごい思い入れが強くて、曲一つ一つに思い出がある。これって言えないんですけど、『万華鏡』とかも始めてセンターポジションをいただいた曲で、すごい練習もしたし思い入れっていうのは強いですね。『雨のピアニスト』とかも思い入れあります」
――最後に卒業するにあたりメンバーに伝えたいことは。
「そうですね。SKE48はやっぱ笑顔と元気がトレードマークだと私は思っているので、チームのカラーとしてAKEB48でもNMB48でもHKT48でもないSKE48にしかない魅力を見つけて、輝いてほしいなって思います」[9]
  • 9月28日、新たな一歩を応援する特別イベント「松下唯 明日への一歩」をSKE48劇場で開催。卒業した1期生の山下もえ、森紗雪、新海里奈(イベント後)も駆けつけた。[10]「昨日はお別れ会終了後1期生でご飯にいってきました。れな、みえこ、せーらが参加できなかったのが残念だけど、こんなに集まってご飯を食べたのは初めてで、とても幸せな気持ちになったよ♪ そのときに1期生のみんなから素敵なプレゼントをもらったの。それは1期生みんなからのメッセージや、今までの思い出がつまった写真が貼られたメモリアルブック。仕事の合間を見つけて、ゆいにばれないように少しずつ作ってくれていたみたいなんです。すごく嬉しかった! 帰ってじっくり読みましたっ♪ 本当にみんなありがとう! 大切にするね☆ みんな大好きっ! これからは友達としてよろしくね♪」[11]
  • 9月30日、SKE48としての活動を終了。
「SKEで過ごした3年間を振り返ると、本当に濃かったなあーって感じます。長かったようで短かった3年間。本当にいろんなことを学べたし、素敵な人生経験ができました。辛いこともたくさんあったけど、今ではそれもいい思い出。そのすべてを経験したから、今の私がいるんだと思います。どんなときもこんな私を支えてくださったこと本当に感謝しています。ありがとうございました! 今後のことはまだわかりませんが、とりあえずは普通の女の子に戻ります。もしどこかで私がひょっこりと顔をだしたときには、また応援してくださると嬉しいです。それでは今まで本当にありがとうございました!」[12]

SKE48卒業後

2012年

  • 1月29日、名古屋の芸能プロダクションであるバースエンターテインメントに所属したことを明らかにする。
「この度、私、松下唯はverus entertainmentに所属することが決まりました! これからはまた名古屋を中心にお仕事をさせていただきます♪ 新たに目標もできたので、その目標に向かっていけたらなと思っているのでよろしくお願いしますっ。その目標についても今後少しずつ書いていきますね。これからも松下唯をよろしくお願いします♪」[13]

2015年

  • 12月1日、自身のツイッター投稿で、所属事務所であったバースエンターテインメントを11月をもって退社したことを明らかにし、芸能活動からの引退を表明した[14]

2017年

  • 4月7日、自身のツイッター投稿で、「yuimin*」の名義で芸能活動再開を表明[1]

交友関係

性格・趣味

  • 長所は、良い意味で適当。[15]
  • 趣味は、アニメを見る・コスプレ・お絵かき。[16]
  • 特技は、歌を歌う。ブリっ子。[16]どこでもうたた寝できる。[15]
  • 将来の夢は、声優。「声優になるために日々勉強中です! これからもみなさんに愛されるように頑張りますので、よろしくお願いします!」[16]
  • 好きな食べ物は、ご飯・ケーキ・野菜。[16]
  • 好きなスポーツは、バドミントンと水泳。
  • 最近の日課は寝る前に読書。ゲームやアニメ化された小説などを読みあさっている。
  • 好きな男性のタイプは、「ちゃんと自分を見てくれる人」[15]
  • 理想のデートは、天気のいい日や夜、ブラブラ散歩。[15]

ギャラリー

参加曲

シングルCD選抜曲

SKE48

AKB48

出演番組

Wikipediaを参照。

脚注・出典

外部リンク