「前田敦子」の版間の差分

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*前田が所属する太田プロは「本日聞きました。突然の発表でしたので、今後に関しては、今現在、何も決まっておりません」と話すのが精いっぱいだった。前田は昨年、17社のCMに出演。この日は、コンサート終了後に事務所関係者がクライアントに事態を報告する慌てようだった。
*前田が所属する太田プロは「本日聞きました。突然の発表でしたので、今後に関しては、今現在、何も決まっておりません」と話すのが精いっぱいだった。前田は昨年、17社のCMに出演。この日は、コンサート終了後に事務所関係者がクライアントに事態を報告する慌てようだった。
:卒業時期は明言しておらず、今年も開催が発表された6月6日の選抜総選挙に参加するのか、更には東京ドーム公演に出演するのかなど、今後は未定となっている。<ref>http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120326-OHT1T00031.htm</ref>
:卒業時期は明言しておらず、今年も開催が発表された6月6日の選抜総選挙に参加するのか、更には東京ドーム公演に出演するのかなど、今後は未定となっている。<ref>http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20120326-OHT1T00031.htm</ref>
*秋元康はコンサート終了後にGoogle+に投稿。「前田敦子が卒業を発表しました。何回か相談されたので、もちろん、引き止めましたが「最終的には自分で決めなさい」と話しました。もし、発表するならSSAの最終日という話はしていました。構成的には『誰かのために』が終わった後のMCでしょう。前田が胸に手を当て、落ち着こうとしているのを見た時、「発表するつもりだな」と思いました。前田敦子はストイックです。なあなあな関係が嫌いで自分を追い込みます。孤独です。自分への苛立ちが、時に誤解される“不機嫌さ”です。でも、みんなが自分に気を遣ってくれることもつらかったようです。このままAKBの心地いい環境にいたら、もっとわがままになってしまう自分が怖かったのかもしれません。だから、敢えて厳しい世界に飛び込もうと思ったのでしょう。そんな不器用な前田を6年半もセンターに指名してしまったわけですから、もう前田の好きにさせてあげたいと思いました。具体的なことは、まだ何も決まっていませんが、みんなで前田の卒業を祝ってあげませんか? よく頑張ったね。お疲れ様」<ref>https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/9jSYghm9jms</ref>
*秋元康はコンサート終了後にGoogle+に投稿。「前田敦子が卒業を発表しました。何回か相談されたので、もちろん、引き止めましたが「最終的には自分で決めなさい」と話しました。もし、発表するならSSAの最終日という話はしていました。構成的には『誰かのために』が終わった後のMCでしょう。前田が胸に手を当て、落ち着こうとしているのを見た時、「発表するつもりだな」と思いました。前田敦子はストイックです。なあなあな関係が嫌いで自分を追い込みます。孤独です。自分への苛立ちが、時に誤解される“不機嫌さ”です。でも、みんなが自分に気を遣ってくれることもつらかったようです。このままAKBの心地いい環境にいたら、もっとわがままになってしまう自分が怖かったのかもしれません。だから、敢えて厳しい世界に飛び込もうと思ったのでしょう。そんな不器用な前田を6年半もセンターに指名してしまったわけですから、もう前田の好きにさせてあげたいと思いました。具体的なことは、まだ何も決まっていませんが、みんなで前田の卒業を祝ってあげませんか? よく頑張ったね。お疲れ様」<ref>{{出典 Google+|url=https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/9jSYghm9jms|by=秋元康|date=2012-03-26}}</ref>
*3月27日、卒業発表後に初めてブログを投稿。「私前田敦子はAKB48を卒業します。一昨日のさいたまスーパーアリーナで発表させていただきました。自分で出した結論なのに、あの瞬間まで不安でいっぱいだった気がします。本当にがむしゃらに皆で楽しく歌って踊って、メンバーみんなが本当にキラキラしていたし、客席はファンの皆さんの笑顔でいっぱいでした。このまま続けばいいのに、本当にそう思いました。でもアンコールの曲を歌っている時、サイリウムでいっぱいの客席を見て、私って幸せだなあと思いました。だから一人で歩き出さなきゃって、ちゃんと発表しようと思いました。そして隣にいる高みなに「私、言うね」。その一言が私の走り出すスタートだったんだと思います。いろいろなチャンスをいただいた私がまず一歩踏み出さないと、皆が後に続けないと思いました。ステージで発表した時のみなさんの声援は私の人生で一番温かく感じました。私の判断は間違っていなかったんだと思いました。もちろん、「辞めないで」という声も聞こえました。本当にうれしかったです。メンバーも心から涙を流してくれている気がして、本当に心配もしてくれて、沢山の愛を感じる事ができて、とってもとっても幸せでした。メンバーは何があってもずっとずっと仲良しです。だからちゃんとしっかりして、今度は私がメンバーの相談に乗ってあげたいと思います。まだ頭が整理できてないんですが、とにかくAKBって最高なんです。
*3月27日、卒業発表後に初めてブログを投稿。「私前田敦子はAKB48を卒業します。一昨日のさいたまスーパーアリーナで発表させていただきました。自分で出した結論なのに、あの瞬間まで不安でいっぱいだった気がします。本当にがむしゃらに皆で楽しく歌って踊って、メンバーみんなが本当にキラキラしていたし、客席はファンの皆さんの笑顔でいっぱいでした。このまま続けばいいのに、本当にそう思いました。でもアンコールの曲を歌っている時、サイリウムでいっぱいの客席を見て、私って幸せだなあと思いました。だから一人で歩き出さなきゃって、ちゃんと発表しようと思いました。そして隣にいる高みなに「私、言うね」。その一言が私の走り出すスタートだったんだと思います。いろいろなチャンスをいただいた私がまず一歩踏み出さないと、皆が後に続けないと思いました。ステージで発表した時のみなさんの声援は私の人生で一番温かく感じました。私の判断は間違っていなかったんだと思いました。もちろん、「辞めないで」という声も聞こえました。本当にうれしかったです。メンバーも心から涙を流してくれている気がして、本当に心配もしてくれて、沢山の愛を感じる事ができて、とってもとっても幸せでした。メンバーは何があってもずっとずっと仲良しです。だからちゃんとしっかりして、今度は私がメンバーの相談に乗ってあげたいと思います。まだ頭が整理できてないんですが、とにかくAKBって最高なんです。
:秋元さん。私のわがままを本当に沢山のわがままを温かく見守ってくれてありがとうございました。14歳の頃からすべてお見通しでしたよね。秋元さんがいなかったら、今の私はどこにもいませんでした。これからもいろいろ相談させてください。ファンのみなさん、コメントも沢山沢山読ませていただいていました。背中を押してくださってありがとうごさいます。これからもよろしくお願いします。ファンの皆さん、周りの全ての皆さんが大好きです」<ref>http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-11204926971.html</ref>
:秋元さん。私のわがままを本当に沢山のわがままを温かく見守ってくれてありがとうございました。14歳の頃からすべてお見通しでしたよね。秋元さんがいなかったら、今の私はどこにもいませんでした。これからもいろいろ相談させてください。ファンのみなさん、コメントも沢山沢山読ませていただいていました。背中を押してくださってありがとうごさいます。これからもよろしくお願いします。ファンの皆さん、周りの全ての皆さんが大好きです」<ref>http://ameblo.jp/atsuko-maeda/entry-11204926971.html</ref>
*3月29日、秋元康が突然の発表を謝罪。「前田敦子の卒業に関して、契約スポンサー、広告代理店、レコード会社を驚かせてしまった。本来ならそういう根回しを僕がしなければいけなかったのだが、最後まで前田の判断に委ねたかったので、ああいう形になってしまいました。「もう何も考えなくていいから、自分で決めなさい」と言えたから、あんなに素直で正直で迷いのない発表ができたのだと思います。関係者のみなさん、ごめんなさい。すべての責任は僕にあります。でもあんなに清々しい前田の笑顔、よかったですよね? 卒業発表が落ち着いて、コマーシャルやらCDリリースやら打ち合わせをしている時に、関係者の苦労を聞いたので」<ref>https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/9nRvwTaMEJq</ref>
*3月29日、秋元康が突然の発表を謝罪。「前田敦子の卒業に関して、契約スポンサー、広告代理店、レコード会社を驚かせてしまった。本来ならそういう根回しを僕がしなければいけなかったのだが、最後まで前田の判断に委ねたかったので、ああいう形になってしまいました。「もう何も考えなくていいから、自分で決めなさい」と言えたから、あんなに素直で正直で迷いのない発表ができたのだと思います。関係者のみなさん、ごめんなさい。すべての責任は僕にあります。でもあんなに清々しい前田の笑顔、よかったですよね? 卒業発表が落ち着いて、コマーシャルやらCDリリースやら打ち合わせをしている時に、関係者の苦労を聞いたので」<ref>{{出典 Google+|url=https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/9nRvwTaMEJq|by=秋元康|date=2012-03-29}}</ref>
*太田プロは当日聞いたとコメントしたが、芸能プロ関係者は「何を言ってるんだろうと笑ってしまいましたよ。同社の幹部・I氏はAKBプロジェクトの参謀長のようなものだし、秋元康さんの親戚も役員を務めているし、太田プロは“AKBの中核”といっていいプロダクションですから」
*太田プロは当日聞いたとコメントしたが、芸能プロ関係者は「何を言ってるんだろうと笑ってしまいましたよ。同社の幹部・I氏はAKBプロジェクトの参謀長のようなものだし、秋元康さんの親戚も役員を務めているし、太田プロは“AKBの中核”といっていいプロダクションですから」
:かつて「AKB48に自分の人生を捧げると決めている」とまで言った前田だが、同事務所の大島優子とともに「卒業させたい」意向をかねてから示していたという。しかし人気のふたりを同時に抜けさせることは不可能で、ここにきてようやくに前田を卒業させることができたようだ。
:かつて「AKB48に自分の人生を捧げると決めている」とまで言った前田だが、同事務所の大島優子とともに「卒業させたい」意向をかねてから示していたという。しかし人気のふたりを同時に抜けさせることは不可能で、ここにきてようやくに前田を卒業させることができたようだ。
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:「私はみなさんがご存じの通り、すごく不器用なので、同時にいろいろなことが一緒の時にすることができないというか、そんな自分にすごくいらだったりして、メンバーのみんなやスタッフのみなさん、こうやって応援してくださるみなさんにかなりご心配をおかけしたり、かなり迷惑をかけてしまったと思うんですけど、みんなが優しくて、自分自身ずっと甘えてきてしまったんだと思います。卒業のことを考え始めたのはずいぶん前で、メンバーやみんなには言えなかったし、でも、たかみなだったり、一部のメンバーには相談していて、秋元さんにもたくさん相談に乗ってもらったんですけど、全然リアルな話ではなく、私がもし、今の私がAKBじゃなくなったら何が残るんだろうと不安はたくさんありました。レコード大賞をいただいたり、この間は東京ドームでのコンサートが決まったり、みんなで紅白歌合戦に出場させていただいたり、少しずつでも着実にみんなで願った夢がかなってきているかなと思ってきたところで、次のステップに進みたいなと。メンバーのみんなも将来のことをたくさん考えてると思うんですけど、そのためにまず、AKBで本当にいろんなチャンスをいただいて、まずは私が頑張らないといけないなと思いました。発表の時にもみなさんの前で言ったとおり、すごく不安ですし、多分みなさんも心配してくれてることだと思うんですけど、私なんかが独り立ちできるのか、今までは、メンバーのみんながいてくれたし、AKBという戻る場所があったので。でも、ここまで来たらというか、それでも、私はやってみたいなと思っています。応援してくれたらすごくうれしいです。今の段階では、ずっとみなさんにお伝えしているように、具体的な卒業する日などは何も決まっていなくて、みなさんとタイミングを相談しているところなのですが、AKBの総選挙の方は、辞退させていただきたいと思います。ごめんなさい。自分の口からお伝えしたかったので、このような形ではありますが、機会を作っていただきました。AKBのメンバーとしては残り少ないかもしれないんですが、卒業してからもぜひよろしくお願いします。応援してくれるとうれしいです。そして、何よりもAKB48のことを私と一緒にたくさん応援してください」
:「私はみなさんがご存じの通り、すごく不器用なので、同時にいろいろなことが一緒の時にすることができないというか、そんな自分にすごくいらだったりして、メンバーのみんなやスタッフのみなさん、こうやって応援してくださるみなさんにかなりご心配をおかけしたり、かなり迷惑をかけてしまったと思うんですけど、みんなが優しくて、自分自身ずっと甘えてきてしまったんだと思います。卒業のことを考え始めたのはずいぶん前で、メンバーやみんなには言えなかったし、でも、たかみなだったり、一部のメンバーには相談していて、秋元さんにもたくさん相談に乗ってもらったんですけど、全然リアルな話ではなく、私がもし、今の私がAKBじゃなくなったら何が残るんだろうと不安はたくさんありました。レコード大賞をいただいたり、この間は東京ドームでのコンサートが決まったり、みんなで紅白歌合戦に出場させていただいたり、少しずつでも着実にみんなで願った夢がかなってきているかなと思ってきたところで、次のステップに進みたいなと。メンバーのみんなも将来のことをたくさん考えてると思うんですけど、そのためにまず、AKBで本当にいろんなチャンスをいただいて、まずは私が頑張らないといけないなと思いました。発表の時にもみなさんの前で言ったとおり、すごく不安ですし、多分みなさんも心配してくれてることだと思うんですけど、私なんかが独り立ちできるのか、今までは、メンバーのみんながいてくれたし、AKBという戻る場所があったので。でも、ここまで来たらというか、それでも、私はやってみたいなと思っています。応援してくれたらすごくうれしいです。今の段階では、ずっとみなさんにお伝えしているように、具体的な卒業する日などは何も決まっていなくて、みなさんとタイミングを相談しているところなのですが、AKBの総選挙の方は、辞退させていただきたいと思います。ごめんなさい。自分の口からお伝えしたかったので、このような形ではありますが、機会を作っていただきました。AKBのメンバーとしては残り少ないかもしれないんですが、卒業してからもぜひよろしくお願いします。応援してくれるとうれしいです。そして、何よりもAKB48のことを私と一緒にたくさん応援してください」
*4月4日、写真集『不器用』発売記念イベントで卒業時期について「まだ全然わからない」と未定であることを強調。さらに、篠田が「(卒業が)20年後、30年後であって欲しい」と発言したことに「今のところ、あると思います」と含みを持たせた。同日に『[[第4回総選挙]]』への出馬辞退を発表しているが、AKB48の一員として「参加メンバーを応援したい」と語り、会場には「行きたいです」と語った。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2009676/full/</ref>
*4月4日、写真集『不器用』発売記念イベントで卒業時期について「まだ全然わからない」と未定であることを強調。さらに、篠田が「(卒業が)20年後、30年後であって欲しい」と発言したことに「今のところ、あると思います」と含みを持たせた。同日に『[[第4回総選挙]]』への出馬辞退を発表しているが、AKB48の一員として「参加メンバーを応援したい」と語り、会場には「行きたいです」と語った。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2009676/full/</ref>
*4月6日、秋元「卒業っていつですか?と聞かれるのだが、あれからまだミーティングする時間がないのだ。前田は卒業発表をした翌日から香港に行ってしまったし、その対応に追われているうちに僕が海外出張になってしまった。今日は全国ツアーだし…。まずは、前田と話さないとね。うーん、やっぱり、東京ドームかなあ。前田の夢は叶えてあげたいしなあ。考えなきゃいけないことが多すぎて、頭が爆発しそうだ」<ref>https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/64FPu48J3ZU</ref>
*4月6日、秋元「卒業っていつですか?と聞かれるのだが、あれからまだミーティングする時間がないのだ。前田は卒業発表をした翌日から香港に行ってしまったし、その対応に追われているうちに僕が海外出張になってしまった。今日は全国ツアーだし…。まずは、前田と話さないとね。うーん、やっぱり、東京ドームかなあ。前田の夢は叶えてあげたいしなあ。考えなきゃいけないことが多すぎて、頭が爆発しそうだ」<ref>{{出典 Google+|url=https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/64FPu48J3ZU|by=秋元康|date=2012-04-06}}</ref>
*4月13日、『第21回 日本映画批評家大賞』新人賞を受賞。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/movie/2010185/full/</ref>
*4月13日、『第21回 日本映画批評家大賞』新人賞を受賞。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/movie/2010185/full/</ref>
*4月25日、前田の「車の運転をしてみたい」の一言をきっかけに始まった免許取得番組「AKB自動車部」。もともと15分という短い番組なのだけれど、部長・[[峯岸みなみ]]らのトーク中心の前半部と、前田の教習所通いに密着する後半部の2部構成のつくりもあってダラダラ感が薄いのがうれしい。第2回では、峯岸と副部長・[[近野莉菜]]が石田純一の愛車で東京をドライブした。小奇麗なおっさんの自分語りで、石田はかつてほれ込んだ名車は「TOYOTA2000GT」なんて喋っている。スポンサーの影がそこかしこにちらつくが、石田と質問する峯岸が自然で感じがいい。ちゃんと相手の話に興味をもって質問しているのだ。とはいえ、やっぱりあっちゃんは可愛かった。車の中でおしゃべりをして教習所の申し込みをしてくるというだけ(びっくりするほど進展が遅い)の内容だが、何度もにやついてしまう。変装用のアラレちゃん眼鏡を渡され、「私、似合わないんですよ。ふちが余っちゃって」なんてためらう。「小顔なんですね」という返しには、「いや、パーツが中心に寄ってるんです。ほら、メガネとマスクしたら逆に怪しい」なんて戸惑う。「気難しい、喋らない子だな」という歌番組などでの印象からすると、意外なくらい柔らかくて感じがいい。しかし、もともとAKBを「かわいいなぁ」と愛でる気持ちがなければ厳しい番組でもある。基本的に、内容はトヨタのキャンペーン番組のひと言に尽きる。トークもすごく面白いというよりは、深夜にぼんやり見るのに「感じがいい」に近い。ただ、騙されたつもりで見るのはアリかも。とくに前田のあっちゃんアレルギーのある方は。<ref>http://www.j-cast.com/tv/2012/05/13131537.html?p=all</ref>
*4月25日、前田の「車の運転をしてみたい」の一言をきっかけに始まった免許取得番組「AKB自動車部」。もともと15分という短い番組なのだけれど、部長・[[峯岸みなみ]]らのトーク中心の前半部と、前田の教習所通いに密着する後半部の2部構成のつくりもあってダラダラ感が薄いのがうれしい。第2回では、峯岸と副部長・[[近野莉菜]]が石田純一の愛車で東京をドライブした。小奇麗なおっさんの自分語りで、石田はかつてほれ込んだ名車は「TOYOTA2000GT」なんて喋っている。スポンサーの影がそこかしこにちらつくが、石田と質問する峯岸が自然で感じがいい。ちゃんと相手の話に興味をもって質問しているのだ。とはいえ、やっぱりあっちゃんは可愛かった。車の中でおしゃべりをして教習所の申し込みをしてくるというだけ(びっくりするほど進展が遅い)の内容だが、何度もにやついてしまう。変装用のアラレちゃん眼鏡を渡され、「私、似合わないんですよ。ふちが余っちゃって」なんてためらう。「小顔なんですね」という返しには、「いや、パーツが中心に寄ってるんです。ほら、メガネとマスクしたら逆に怪しい」なんて戸惑う。「気難しい、喋らない子だな」という歌番組などでの印象からすると、意外なくらい柔らかくて感じがいい。しかし、もともとAKBを「かわいいなぁ」と愛でる気持ちがなければ厳しい番組でもある。基本的に、内容はトヨタのキャンペーン番組のひと言に尽きる。トークもすごく面白いというよりは、深夜にぼんやり見るのに「感じがいい」に近い。ただ、騙されたつもりで見るのはアリかも。とくに前田のあっちゃんアレルギーのある方は。<ref>http://www.j-cast.com/tv/2012/05/13131537.html?p=all</ref>
*5月16日、インタビュー。SSA1日目、東京ドームコンサートが発表された。「私たちの夢でした」。シアターから距離はわずか1830m。歩いて20分足らず。「それが6年半もかかっちゃった。でもたかみなも言ってましたが、簡単に叶わなくて良かったなって思います。曲がり角だらけの1830mでしたけど、それが良かったんです」。今のAKBならもっと早く実現できたとも言われる。「実力が伴って無かったんです。昨年の西武ドームであんなにグチャグチャだったら、東京ドームなんて立てるはずがない」。過呼吸で倒れましたよね。「あれはホント悔しかったです。自分に腹が立って。だってありえないじゃないですか。自分たちのコンサートなのに、具合が悪いから1曲休みましたなんて。心配して下さるファンもたくさんいたんですけど、温かい言葉を頂ける立場じゃないんです。悪いのは自分なんですから」。運営側の準備不足も一員だったという声もあります。「それは関係ないです。私たちはスタッフさんのミスとかは全然見えなかったですもん。ステージに立ったら、あとは私たちの責任だと思うし。その気持ちはみんな同じだったはずです。だから、あれからどうやったらもっと強くなれるかを話し合い、努力してきました。そしてついに東京ドームという夢が叶うんです。ああ、これでAKBはやっと大きな山を越えられる。そして新しいAKBになるんだ。このタイミングで私が卒業するのは、グループにとって必要なことなのかもしれないって。私自身も思い残すことはない。大丈夫、言える。そんなことを一人で考えていました」。そして3日目、卒業を発表した。メンバーからの反応はどうだったのだろうか。「うれしかったのは、みんなから『頑張ってね』って励ましてもらえたことです。嫌われても仕方ないと思っていたから…。けれど、親しいメンバーからは少し違う反応がありました。ともからは、知らなかったことを『ショックだった』と素直に言われました。麻里子は『辞めることないのに』って止めてくれました。麻里子はAKBを続けながら、自分の夢を叶えていく。そういう考えだと思います。それはとても素敵な考えで、すごいなって思う。だけど、私はどうしても両方いっぺんに出来ない性格だから…。だちらも大切だったら、なおさら…。3年くらい前から少しずつ女優のお仕事をさせて頂くようになったのですが、初めは両立が難しくて…。それと、いつの間にかAKBが逃げ場になっている面があることに気付いたから。初めはむしろ劇場から出るのが怖かったけど、いつの間にかそれが甘えになっていた。心のどこかで、『もし失敗してもAKBに帰ればいい』というような甘えがありました。それがどうしても許せなませんでした」。卒業発表後、一人だけまったく違う思いを前田に告げたメンバーがいた。「すごく泣いてくれていて、そして私の所に来てこう言ったんです。「これからのAKBが不安だよ」って。『あっちゃんが辞めたら、これからAKBはどうすればいいの?』って…。優子のその気持ちが本当に嬉しくて。優子は、たかみなや麻里子とも違って、やっぱり特別な存在なんです」。卒業を決めた最後の理由。それは、「ここで自分を磨いて夢を叶えていく」というAKBのコンセプトを実現させるため。独り立ちした自分が活躍し、後に続く後輩たちのために道を切り拓かなくては。そう思ったから。「私にとってAKBは、自分とは切り離せない存在。これからもホームタウンはここです。後輩たちのためにも、『AKBから出た子と、一緒に仕事がした』と言ってもらえるようになりたい。そのために、私はすべてを捧げます」<ref name="sog2012">『AKB48総選挙公式ガイドブック2012』</ref>
*5月16日、インタビュー。SSA1日目、東京ドームコンサートが発表された。「私たちの夢でした」。シアターから距離はわずか1830m。歩いて20分足らず。「それが6年半もかかっちゃった。でもたかみなも言ってましたが、簡単に叶わなくて良かったなって思います。曲がり角だらけの1830mでしたけど、それが良かったんです」。今のAKBならもっと早く実現できたとも言われる。「実力が伴って無かったんです。昨年の西武ドームであんなにグチャグチャだったら、東京ドームなんて立てるはずがない」。過呼吸で倒れましたよね。「あれはホント悔しかったです。自分に腹が立って。だってありえないじゃないですか。自分たちのコンサートなのに、具合が悪いから1曲休みましたなんて。心配して下さるファンもたくさんいたんですけど、温かい言葉を頂ける立場じゃないんです。悪いのは自分なんですから」。運営側の準備不足も一員だったという声もあります。「それは関係ないです。私たちはスタッフさんのミスとかは全然見えなかったですもん。ステージに立ったら、あとは私たちの責任だと思うし。その気持ちはみんな同じだったはずです。だから、あれからどうやったらもっと強くなれるかを話し合い、努力してきました。そしてついに東京ドームという夢が叶うんです。ああ、これでAKBはやっと大きな山を越えられる。そして新しいAKBになるんだ。このタイミングで私が卒業するのは、グループにとって必要なことなのかもしれないって。私自身も思い残すことはない。大丈夫、言える。そんなことを一人で考えていました」。そして3日目、卒業を発表した。メンバーからの反応はどうだったのだろうか。「うれしかったのは、みんなから『頑張ってね』って励ましてもらえたことです。嫌われても仕方ないと思っていたから…。けれど、親しいメンバーからは少し違う反応がありました。ともからは、知らなかったことを『ショックだった』と素直に言われました。麻里子は『辞めることないのに』って止めてくれました。麻里子はAKBを続けながら、自分の夢を叶えていく。そういう考えだと思います。それはとても素敵な考えで、すごいなって思う。だけど、私はどうしても両方いっぺんに出来ない性格だから…。だちらも大切だったら、なおさら…。3年くらい前から少しずつ女優のお仕事をさせて頂くようになったのですが、初めは両立が難しくて…。それと、いつの間にかAKBが逃げ場になっている面があることに気付いたから。初めはむしろ劇場から出るのが怖かったけど、いつの間にかそれが甘えになっていた。心のどこかで、『もし失敗してもAKBに帰ればいい』というような甘えがありました。それがどうしても許せなませんでした」。卒業発表後、一人だけまったく違う思いを前田に告げたメンバーがいた。「すごく泣いてくれていて、そして私の所に来てこう言ったんです。「これからのAKBが不安だよ」って。『あっちゃんが辞めたら、これからAKBはどうすればいいの?』って…。優子のその気持ちが本当に嬉しくて。優子は、たかみなや麻里子とも違って、やっぱり特別な存在なんです」。卒業を決めた最後の理由。それは、「ここで自分を磨いて夢を叶えていく」というAKBのコンセプトを実現させるため。独り立ちした自分が活躍し、後に続く後輩たちのために道を切り拓かなくては。そう思ったから。「私にとってAKBは、自分とは切り離せない存在。これからもホームタウンはここです。後輩たちのためにも、『AKBから出た子と、一緒に仕事がした』と言ってもらえるようになりたい。そのために、私はすべてを捧げます」<ref name="sog2012">『AKB48総選挙公式ガイドブック2012』</ref>
*5月17日、秋元康が卒業について、東京ドームコンサート、そして翌日の劇場公演になると発表した。どちらも詳しい日程は不明。「先日、久しぶりに前田敦子とミーティングした。スタジオなどではすれ違っていたが、じっくり話すのはあのさいたまスーパーアリーナ以来だ。AKBのこと、仲間のこと、後輩のこと、ファンのこと、前田自身の将来のこと………決して、雄弁ではないが、ひとつひとつのことを真摯に話してくれた。人見知りで、いつも殻に閉じ籠っていた14歳の少女が20歳になり、自分のことだけではなく、みんなのことを思いながら話しているその成長ぶりに感動した。相変わらず表現は下手だが、その分、ストレートに伝わって来る。時々見せるはにかんだ表情は、あの頃の“あっちゃん”のままだ。というわけで、前田敦子は東京ドームのコンサートと翌日のAKB劇場の公演をもって卒業することになりました(詳しいスケジュールは、後日発表します)。頑張れ、前田敦子!」<ref>https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/cJPTDiUD9SK</ref>
*5月17日、秋元康が卒業について、東京ドームコンサート、そして翌日の劇場公演になると発表した。どちらも詳しい日程は不明。「先日、久しぶりに前田敦子とミーティングした。スタジオなどではすれ違っていたが、じっくり話すのはあのさいたまスーパーアリーナ以来だ。AKBのこと、仲間のこと、後輩のこと、ファンのこと、前田自身の将来のこと………決して、雄弁ではないが、ひとつひとつのことを真摯に話してくれた。人見知りで、いつも殻に閉じ籠っていた14歳の少女が20歳になり、自分のことだけではなく、みんなのことを思いながら話しているその成長ぶりに感動した。相変わらず表現は下手だが、その分、ストレートに伝わって来る。時々見せるはにかんだ表情は、あの頃の“あっちゃん”のままだ。というわけで、前田敦子は東京ドームのコンサートと翌日のAKB劇場の公演をもって卒業することになりました(詳しいスケジュールは、後日発表します)。頑張れ、前田敦子!」<ref>{{出典 Google+|url=https://plus.google.com/113474433041552257864/posts/cJPTDiUD9SK|by=秋元康|date=2012-05-17}}</ref>
*5月24日、「見逃した君たちへ2」の最終日、東京ドームコンサートが8月24~26日の3日間になることが発表された。コンサートと翌日の劇場公演をもって卒業することは既に発表されており、8月27日が「AKB48前田敦子」としての最後の舞台になることが確定した。<ref name="N56452">http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/f-et-tp0-20120524-956452.html</ref>
*5月24日、「見逃した君たちへ2」の最終日、東京ドームコンサートが8月24~26日の3日間になることが発表された。コンサートと翌日の劇場公演をもって卒業することは既に発表されており、8月27日が「AKB48前田敦子」としての最後の舞台になることが確定した。<ref name="N56452">http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/f-et-tp0-20120524-956452.html</ref>
*6月6日、『笑っていいとも!』に生出演した。タモリから「女優になったね」と振られ、「もともと目指す場所が違いますね。私は最初から女優でした」ときっぱり。「AKB48っていう場所から、みんなで飛び立っていくっていうのを秋元先生も言っていて…」と続けると、タモリから「結局、踏み台だ。秋元も言ってるんだからいいんでしょ?」とチクリ。前田は「違います! タモリさーん!」と苦笑いで否定。その後も卒業発表時に「誰か泣きながらガッツポーズしてるやついなかった?」といじわるな質問連発にたじたじだった。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/movie/2012604/full/</ref>
*6月6日、『笑っていいとも!』に生出演した。タモリから「女優になったね」と振られ、「もともと目指す場所が違いますね。私は最初から女優でした」ときっぱり。「AKB48っていう場所から、みんなで飛び立っていくっていうのを秋元先生も言っていて…」と続けると、タモリから「結局、踏み台だ。秋元も言ってるんだからいいんでしょ?」とチクリ。前田は「違います! タモリさーん!」と苦笑いで否定。その後も卒業発表時に「誰か泣きながらガッツポーズしてるやついなかった?」といじわるな質問連発にたじたじだった。<ref>http://www.oricon.co.jp/news/movie/2012604/full/</ref>
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