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卒業発表関連(ひとまず、いずれにせよ古い記述のため、改稿は必至)
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| 第6回じゃんけん大会 = SKE48予備戦1回戦敗退
| 第6回じゃんけん大会 = SKE48予備戦1回戦敗退
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'''宮澤 佐江'''(みやざわ さえ、1990年8月13日 - )は、[[SNH48]][[チームSII]]のメンバー、および[[SKE48]][[チームS]]の[[キャプテン|リーダー]]。東京都出身。フレイヴ エンターテインメント所属。
'''宮澤 佐江'''(みやざわ さえ、1990年8月13日 - )は、[[SNH48]][[チームSII]]のメンバーおよび[[SKE48]][[チームS]]の[[キャプテン|リーダー]]。東京都出身。フレイヴ エンターテインメント所属。


== 略歴 ==
== 略歴 ==
<!--;2005年
;2005年
*10月、AKB48オープニングメンバー(1期生)オーディションに応募するも不合格。<ref>3周年特別公演MCより。</ref>-->
*10月、AKB48オープニングメンバー(1期生)オーディションに応募するも不合格<ref name="oricon2063987">[http://www.oricon.co.jp/news/2063987/full/ 宮澤佐江、SNH&SKE卒業発表「自分で足を踏み出すとき」] - ORICON STYLE 2015年12月16日</ref>
 
;2006年
;2006年
*2月、AKB48追加メンバー(2期生)[[オーディション]]に合格。
*2月、AKB48追加メンバー(2期生)[[オーディション]]に合格。
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;2014年
;2014年
*2月24日、[[AKB48グループ大組閣祭り~時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!~]]‎にて、[[SKE48]][[チームS]]との兼任とリーダーの就任が発表される。
*2月24日、[[AKB48グループ大組閣祭り~時代は変わる。だけど、僕らは前しか向かねえ!~]]‎において、[[SKE48]][[チームS]]との兼任とリーダーの就任が発表される。
*6月7日、[[第6回総選挙]]では第12位。
*6月7日、[[第6回総選挙]]では第12位。
*7月30日、15thシングル『[[不器用太陽]]』でSKEとしての初選抜。
*7月30日、15thシングル『[[不器用太陽]]』でSKE48としてのシングル選抜メンバーに初選出される。


;2015年
;2015年
*6月6日、[[第7回総選挙]]では第8位。
*6月6日、[[第7回総選挙]]では第8位。
*12月16日、「2015FNS歌謡祭THE LIVE」放送内において、[[卒業]]を発表(活動終了日未定)<ref name="oricon2063987"/><ref name="nikkan1580119">[http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/1580119.html AKB2期生'''宮沢'''佐江が卒業「自分で踏み出すとき」] - 日刊スポーツ 2015年12月16日</ref>。


== 人物 ==
== 人物 ==
=== キャラクター ===
=== キャラクター ===
*AKB48中心メンバーの一人であり、2期生から選抜されるようになってからは、ほぼ全曲で選抜メンバーに選ばれていた([[じゃんけん選抜]]を除く)。28thシングル「[[UZA]]」以降、SNH48へ移籍となったため、総選挙以外のAKB48のシングル選抜メンバーには選出されていなかった(その間に31stシングル「[[さよならクロール]]」の選抜メンバーには選ばれていた)。しかし[[大組閣]]において、[[SKE48]][[チームS]]兼任となってからは、再度選抜メンバーの常連に返り咲いている。
*AKB48中心メンバーの一人であり、2期生から選抜されるようになってからは、ほぼ全曲で選抜メンバーに選ばれていた([[じゃんけん選抜]]を除く)。28thシングル「[[UZA]]」以降、SNH48へ移籍となったため、総選挙以外のAKB48のシングル選抜メンバーには選出されていなかった(その間に31stシングル「[[さよならクロール]]」の選抜メンバーには選ばれていた)。しかし[[大組閣]]において、[[SKE48]][[チームS]]兼任となってからは、再度選抜メンバーの常連に返り咲いている。
*苗字の正字は「宮'''澤'''」だが、使用する漢字表記の制限がある一部メディア(日刊スポーツなど)では、「'''宮沢'''」と表記されることもある。
*苗字の正字は「宮'''澤'''」(「沢」の旧字体)だが、使用する漢字表記の制限がある一部メディア(日刊スポーツ<ref name="nikkan1580119"/>など)では、「'''宮沢'''」と表記されることもある。
*キャッチフレーズは、「キャッチフレーズはゲンキング!! ○歳の宮澤佐江です」。
*キャッチフレーズは、「キャッチフレーズはゲンキング!! ○歳の宮澤佐江です」。
<!--//「チームKの元気のみなもと」-->
<!--//「チームKの元気のみなもと」-->
*ニックネームは無し。「さえ」、「さえちゃん」が多い。[[倉持明日香]]からは「ぽっちゃん」と呼ばれている。
*公式ニックネームは「さえ」。「さえちゃん」が多い。[[倉持明日香]]からは「ぽっちゃん」と呼ばれている。
*チャームポイントは、明るいところ。笑顔。<ref name="elo1110">『Samurai ELO』 2011年10月号</ref>色黒なところ。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>ショートカットのボーイッシュキャラで、女性アイドル初のイケメンガールを目指している。<ref name="Ns">第2回 選抜総選挙 アピールコメントより。</ref>「[[AKB歌劇団]]」や「[[マジすか学園]]」ではどちらも男性役、「[[AKB49~恋愛禁止条例~]]」では男女二役を演じている。表向き「交際禁止」とされているAKB48においては、メンバーからの人気も高い。
*チャームポイントは、明るいところ。笑顔。<ref name="elo1110">『Samurai ELO』 2011年10月号</ref>色黒なところ。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>ショートカットのボーイッシュキャラで、女性アイドル初のイケメンガールを目指している。<ref name="Ns">第2回 選抜総選挙 アピールコメントより。</ref>「[[AKB歌劇団]]」や「[[マジすか学園]]」ではどちらも男性役、「[[AKB49~恋愛禁止条例~]]」では男女二役を演じている。表向き「交際禁止」とされているAKB48においては、メンバーからの人気も高い。
*コンプレックスは、鼻の穴が曲がっていること。<ref name="N20926">『AKBINGO!』 2012/09/26</ref>
*コンプレックスは、鼻の穴が曲がっていること。<ref name="N20926">『AKBINGO!』 2012/09/26</ref>
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*私服が「ダサい」とよく言われる。『[[AKBINGO!]]』私服コレクションでは、「気味が悪い」「昭和の蒲田」「ファッションチェックいっぱいやってるけど、こんなものは見た事が無い」と審査を務めた植松晃士(ファッションプロデューサー)から酷評された。さらに『[[ネ申テレビ]]』ボウリング大会でも、メンバーから「ダサい」と言われた。ちなみに本人も「ほんと私ってファッションセンス無いから」と言っており、<ref name="N90831">『明日までもうちょっと。』 09/08/31</ref>自覚はある模様(ショージキ将棋では「自分ではオシャレだと思っている」という反応が出ているが)。ファッション自体は好きで、かなりお金をかけている。<ref name="N90831">『明日までもうちょっと。』 09/08/31</ref>こだわりは、流行には絶対にのらないこと。<ref name="elo1110">『Samurai ELO』 2011年10月号</ref>番組などでは、いわゆるダサキャラとして扱われているが、握手会では色々な問題も。「洋服は着たいものを着る。これがファッションでの佐江のモットーです。テレビの関係で、佐江の私服はある意味たくさんの方が楽しみにしてくれてるのは分かっています。だけどね、ちょっと最近みなさんのダメ出しが心に刺さります。私服は毎回時間をかけてチョイスしています。人それぞれの好みは違うから、本当に思っての意見もあるかもしれないんだけど…あんまり強い事を言われちゃうとお洋服が可哀想だから、これからはちょっとだけ気をつけてもらえると嬉しいなって思います。せっかく握手できる楽しい時間なので、佐江もやっぱり気持ちよく笑顔でみなさんと会話がしたいと思っています」<ref>http://ameblo.jp/miyazawafamily/entry-11130598069.html</ref>
*私服が「ダサい」とよく言われる。『[[AKBINGO!]]』私服コレクションでは、「気味が悪い」「昭和の蒲田」「ファッションチェックいっぱいやってるけど、こんなものは見た事が無い」と審査を務めた植松晃士(ファッションプロデューサー)から酷評された。さらに『[[ネ申テレビ]]』ボウリング大会でも、メンバーから「ダサい」と言われた。ちなみに本人も「ほんと私ってファッションセンス無いから」と言っており、<ref name="N90831">『明日までもうちょっと。』 09/08/31</ref>自覚はある模様(ショージキ将棋では「自分ではオシャレだと思っている」という反応が出ているが)。ファッション自体は好きで、かなりお金をかけている。<ref name="N90831">『明日までもうちょっと。』 09/08/31</ref>こだわりは、流行には絶対にのらないこと。<ref name="elo1110">『Samurai ELO』 2011年10月号</ref>番組などでは、いわゆるダサキャラとして扱われているが、握手会では色々な問題も。「洋服は着たいものを着る。これがファッションでの佐江のモットーです。テレビの関係で、佐江の私服はある意味たくさんの方が楽しみにしてくれてるのは分かっています。だけどね、ちょっと最近みなさんのダメ出しが心に刺さります。私服は毎回時間をかけてチョイスしています。人それぞれの好みは違うから、本当に思っての意見もあるかもしれないんだけど…あんまり強い事を言われちゃうとお洋服が可哀想だから、これからはちょっとだけ気をつけてもらえると嬉しいなって思います。せっかく握手できる楽しい時間なので、佐江もやっぱり気持ちよく笑顔でみなさんと会話がしたいと思っています」<ref>http://ameblo.jp/miyazawafamily/entry-11130598069.html</ref>
<!--//また、AKBメンバーの多くが自身のブログで私服を公開するのが恒例となっているが、宮澤のレベルの高さは群を抜いている。というか、本人も意図的にダサキャラを演じている節もある。-->
<!--//また、AKBメンバーの多くが自身のブログで私服を公開するのが恒例となっているが、宮澤のレベルの高さは群を抜いている。というか、本人も意図的にダサキャラを演じている節もある。-->
*顎がしゃくれていると言われる。特に『[[AKBINGO!]]』シャクれキャラとして扱われ「スタジオに猪木が出没する」と言われたり、[[大島麻衣]]には回答する時に「宮澤」ではなく「あご」と書かれた。[[倉持明日香]]はメンバーへのボディタッチが好きだが、なぜか宮澤の場合はアゴを触られる。<ref name="N00426">『[[今夜は帰らない…]]』 2010/04/26』</ref>iPhoneアプリで顔面で戦闘力を判定したところ(ドラゴンボールのスカウターのようなもの)、宮澤は2989万でぶっちぎりの1位となった。ちなみに北原は7851。峯岸は32。宮崎は52万。近野は266万。<ref>『[[明日までもうちょっと。]]』 10/02/22</ref>
*顎がしゃくれていると言われる。特に『[[AKBINGO!]]』シャクれキャラとして扱われ「スタジオに猪木が出没する」と言われたり、[[大島麻衣]]には回答する時に「宮澤」ではなく「あご」と書かれた。[[倉持明日香]]はメンバーへのボディタッチが好きだが、なぜか宮澤の場合はアゴを触られる。<ref name="N00426">『[[今夜は帰らない…]]』 2010/04/26』</ref>
:「顔面で戦闘力を判定する」iPhoneアプリ(「ドラゴンボール」のスカウターのようなもの)で測定したところ、[[北原里英]]は7851、[[峯岸みなみ]]は32、[[宮崎美穂]]は52万、[[近野莉菜]]は266万だったのに対し、宮澤は2989万でぶっちぎりの1位となった<ref>『[[明日までもうちょっと。]]』 10/02/22</ref>
*将来の夢は、「演じるのではなく、役になりきる女優さん。あと、大きな家に住みたいです」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>
*将来の夢は、「演じるのではなく、役になりきる女優さん。あと、大きな家に住みたいです」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>


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*最初は「れいみ」という名前を予定していたが、姓名判断で、将来“おてんば”になると言われ、「さえ」になった。<ref>『[[週刊AKB]]』大縄祭りDVD</ref><ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*最初は「れいみ」という名前を予定していたが、姓名判断で、将来“おてんば”になると言われ、「さえ」になった。<ref>『[[週刊AKB]]』大縄祭りDVD</ref><ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*兄弟には、長男「りょう君(7歳年上)」、次男「しーちゃん(5歳上)」がいる。非常に仲の良い家族で、宮澤のブログにはたびたび話題が出てくる。『AKB600sec.』では家族全員が登場している。
*兄弟には、長男「りょう君(7歳年上)」、次男「しーちゃん(5歳上)」がいる。非常に仲の良い家族で、宮澤のブログにはたびたび話題が出てくる。『AKB600sec.』では家族全員が登場している。
*父は元・体操のお兄さん(フジテレビ『ママとあそぼう!ピンポンパン』に出演していた宮沢芳春)<ref name="N00426">『[[今夜は帰らない…]]』 2010/04/26</ref>で、母も元・歌手。<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*父は元・体操のお兄さん(フジテレビ『ママとあそぼう!ピンポンパン』に出演していた宮沢芳春)<ref name="N00426">『[[今夜は帰らない…]]』 2010/04/26</ref>で、母も元・歌手<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*幼少期は、両親の影響を受け、いつも歌って踊っていた。<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*幼少期は、両親の影響を受け、いつも歌って踊っていた。<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*小1~6年までピアノ。小3~中3までタップダンスを習っていた。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>後輩(12期生)の[[田野優花]]は同じダンススクールの出身。<ref name="sog2012">『AKB48総選挙公式ガイドブック2012』</ref>ただし年が離れているため、一緒に習っていたわけではない。
*小1~6年までピアノ。小3~中3までタップダンスを習っていた。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>後輩(12期生)の[[田野優花]]は同じダンススクールの出身。<ref name="sog2012">『AKB48総選挙公式ガイドブック2012』</ref>ただし年が離れているため、一緒に習っていたわけではない。
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=== AKB48として ===
=== AKB48として ===
==== 2005年 ====
==== 2005年 ====
*AKB48の第1期生オーディションに応募はしたものの、締め切りに間に合わなかったため受けられなかった。<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>
*AKB48の第1期生オーディションに応募はしたものの、締め切りに間に合わなかったため受けられなかった<ref name="bingo120829">『AKBINGO!』 2012年8月29日</ref>


==== 2006年 ====
==== 2006年 ====
*2月26日、秋葉原(AKB)48の第2期メンバーオーディションの最終審査に合格。芸能界を目指したきっかけは、「最初はただただドラマに出たい! って思ったからですね」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>ちなみに歌唱審査で歌った曲は、柴咲コウの『glitter』<ref name="N20926">『AKBINGO!』 2012/09/26</ref>
*2月26日、秋葉原(AKB)48の第2期メンバーオーディションの最終審査に合格。芸能界を目指したきっかけは、「最初はただただドラマに出たい! って思ったからですね」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>とのこと。なお、歌唱審査で歌った曲は、柴咲コウの『glitter』<ref name="N20926">『AKBINGO!』 2012/09/26</ref>
*オーディションの最後に、[[秋元康]]と夏まゆみが気になった子として、2人を前に呼んだ。それが宮澤と[[秋元才加]]。この2人が2期生の代表となった。[[戸賀崎]]の印象は、「2人とも凛々しかったんです。1期生にはない感じで。宮澤は男の子そのものでしたね(笑)。思えば([[チームK]]の)チームカラーは、2人が呼ばれた時にもう決まっていたのかも知れません」。実は、宮澤は危なくオーディションで落ちるところだった。「宮澤は僕が一度書類で落としているんですよ。鼻が変だとか言って。でも落とした子の中から再チェックをするんですけど、その時に『あれ、なんで落としたんだろう?』って思い直して。危なかったですね」<ref name="fsmap">FLASH SPECIAL 2011年5月1日増刊号『まるっとAKB48スペシャル』</ref>
*オーディションの最後に、[[秋元康]]と夏まゆみが気になった子として、2人を前に呼んだ。それが宮澤と[[秋元才加]]。この2人が2期生の代表となった。[[戸賀崎智信]]の印象は、「2人とも凛々しかったんです。1期生にはない感じで。宮澤は男の子そのものでしたね(笑)。思えば([[チームK]]の)チームカラーは、2人が呼ばれた時にもう決まっていたのかも知れません」。実は、宮澤は危なくオーディションで落ちるところだった。「宮澤は僕が一度書類で落としているんですよ。鼻が変だとか言って。でも落とした子の中から再チェックをするんですけど、その時に『あれ、なんで落としたんだろう?』って思い直して。危なかったですね」<ref name="fsmap">FLASH SPECIAL 2011年5月1日増刊号『まるっとAKB48スペシャル』</ref>
*3月、2期生はデビューするためにレッスンを開始。「ダンス経験者が多かったから大変でした。練習するスタジオは壁が鏡張りで、一番前のポジションが一番目立つし、先生の動きも自分の姿もよく見えるんですよ。そこのポジションには、いつも優子と梅ちゃんがいましたね。特に梅ちゃんはダンスが上手くて。私は、元々前に出る性格じゃなかったんで、後ろの列が定位置。前の人に被って、自分の姿も見えない様な場所で連取をしていたんです。そうしたらある日、スタッフさんに『宮澤は踊れるんだから前に行け』って言われて。鏡の前は競争だったから、ちょっとドキドキしながらも『前に出なくちゃ』って思ったのを覚えてますね」<ref name="AKB48history">『AKB48ヒストリー』</ref>
*3月、2期生はデビューするためにレッスンを開始。「ダンス経験者が多かったから大変でした。練習するスタジオは壁が鏡張りで、一番前のポジションが一番目立つし、先生の動きも自分の姿もよく見えるんですよ。そこのポジションには、いつも優子と梅ちゃんがいましたね。特に梅ちゃんはダンスが上手くて。私は、元々前に出る性格じゃなかったんで、後ろの列が定位置。前の人に被って、自分の姿も見えない様な場所で連取をしていたんです。そうしたらある日、スタッフさんに『宮澤は踊れるんだから前に行け』って言われて。鏡の前は競争だったから、ちょっとドキドキしながらも『前に出なくちゃ』って思ったのを覚えてますね」<ref name="AKB48history">『AKB48ヒストリー』</ref>
*4月、2期生はKチーム([[チームK]])としてデビュー。初日は満員となる。「けどそれは、すべてチームAのファンの方々。チームAさんと一緒に、AKBを大きくしようと応援してくださっていた方々…。その方たちにとっては、AKBとはチームAさんだけだったという気持ちも、今では分かります。でも当時は、目の前で『全然ダメだな』とか『チームAが可愛そう』『もう来ないから』などと言われるのは、私たちにとって相当キツかった。(注:当時はヤジが禁止されていなかった。むしろスタッフサイドから、チームKを鍛えるために推奨されていたくらいだという)。年下の子たちは、公演の挨拶が終わると、楽屋で泣いていました。それでも公演に来てくださっているうちは良かったんです。3日を過ぎた頃からは、目に見えて空席が目立つようになりました。このままでは、チームKはAKBのファンから本当に見放されてしまう…。あの頃は、毎晩メンバーで集まって、どうしたらお客さんを増やせるか話し合った記憶があります。そんな一方で、超マイペースな子たちもいるわけです。真剣に話し合っている脇で、レッスン用の歌詞カードにイタズラ書きをしながら渡ってたり…。さすがに私もイラッとしました。でも知り合って1ヶ月の浅い仲。頭ごなしに怒るわけにはいかないし、我慢しなくちゃ、なんて考えていた頃です。『何やってんだ! 大事な紙に落書きなんかするんじゃねえ! やる気あんのかっ!?』。才加が頭ごなしに怒ったんですよ。何の遠慮もなく、感情丸出しで! 怒鳴られた子はわんわん泣き出しちゃって、もう話し合いどころじゃない。やってくれましたよ、才加は。何だ、この体育会系丸出しの不器用な女は!? って思いました。コイツとんでもなく、私と…気があいそうじゃんって(笑)。“雨降って地固まる”と言いますけど、まさにそれ。才加があそこでキレたおかげで、ホワンとしていた子たちにも気合いが入り、私や他のメンバーも、言いたいことを言うようになりました。チームKは“体育会系”と言われてますが、今思えば、あれがきっかけですね。うちらが男勝りなのは才加のせい(笑)」<ref>『小説宝石』2011年5月号</ref>
*4月、2期生はKチーム([[チームK]])としてデビュー。初日は満員となる。
:「けどそれは、すべてチームAのファンの方々。チームAさんと一緒に、AKBを大きくしようと応援してくださっていた方々…。その方たちにとっては、AKBとはチームAさんだけだったという気持ちも、今では分かります。でも当時は、目の前で『全然ダメだな』とか『チームAが可愛そう』『もう来ないから』などと言われるのは、私たちにとって相当キツかった。(注:当時はヤジが禁止されていなかった。むしろスタッフサイドから、チームKを鍛えるために推奨されていたくらいだという)。年下の子たちは、公演の挨拶が終わると、楽屋で泣いていました。それでも公演に来てくださっているうちは良かったんです。3日を過ぎた頃からは、目に見えて空席が目立つようになりました。このままでは、チームKはAKBのファンから本当に見放されてしまう…。あの頃は、毎晩メンバーで集まって、どうしたらお客さんを増やせるか話し合った記憶があります。そんな一方で、超マイペースな子たちもいるわけです。真剣に話し合っている脇で、レッスン用の歌詞カードにイタズラ書きをしながら渡ってたり…。さすがに私もイラッとしました。でも知り合って1ヶ月の浅い仲。頭ごなしに怒るわけにはいかないし、我慢しなくちゃ、なんて考えていた頃です。『何やってんだ! 大事な紙に落書きなんかするんじゃねえ! やる気あんのかっ!?』。才加が頭ごなしに怒ったんですよ。何の遠慮もなく、感情丸出しで! 怒鳴られた子はわんわん泣き出しちゃって、もう話し合いどころじゃない。やってくれましたよ、才加は。何だ、この体育会系丸出しの不器用な女は!? って思いました。コイツとんでもなく、私と…気があいそうじゃんって(笑)。“雨降って地固まる”と言いますけど、まさにそれ。才加があそこでキレたおかげで、ホワンとしていた子たちにも気合いが入り、私や他のメンバーも、言いたいことを言うようになりました。チームKは“体育会系”と言われてますが、今思えば、あれがきっかけですね。うちらが男勝りなのは才加のせい(笑)」<ref>『小説宝石』2011年5月号</ref>


==== 2007年 ====
==== 2007年 ====
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:メンバーのみんな、そしてファンの皆様とお会いできる日を本当に本当に楽しみにしています。今でもものすごい勢いで盛り上がっているSKE48を、もっと盛り上げていけるよう、微力ではあるかもしれませんが私も力になりたいと思います。これからどうぞ、よろしくお願いします」<ref name="ameba11639267510">http://ameblo.jp/miyazawafamily/entry-11788178239.html</ref>
:メンバーのみんな、そしてファンの皆様とお会いできる日を本当に本当に楽しみにしています。今でもものすごい勢いで盛り上がっているSKE48を、もっと盛り上げていけるよう、微力ではあるかもしれませんが私も力になりたいと思います。これからどうぞ、よろしくお願いします」<ref name="ameba11639267510">http://ameblo.jp/miyazawafamily/entry-11788178239.html</ref>
*4月4日、さいたまスーパーアリーナでの「[[AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~]]」(SKE48単独公演)において、SKE48のメンバーとして初出演。宮澤は、新チームSの初ステージとなった「RESET」の披露中に「SKE48のステージに立てるのがうれしくて」と涙。チームS(組閣前体制)のリーダー[[中西優香]]から引き継ぎが行われると、「SKE48の新しい夢を叶えていけるよう、微力ではありますが頑張りますのでよろしくお願いします」と涙をぬぐいながら宣言し、会場からは暖かい拍手と声援が送られた<ref name="oricon2036013">http://www.oricon.co.jp/news/2036013/full/</ref>。
*4月4日、さいたまスーパーアリーナでの「[[AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~]]」(SKE48単独公演)において、SKE48のメンバーとして初出演。宮澤は、新チームSの初ステージとなった「RESET」の披露中に「SKE48のステージに立てるのがうれしくて」と涙。チームS(組閣前体制)のリーダー[[中西優香]]から引き継ぎが行われると、「SKE48の新しい夢を叶えていけるよう、微力ではありますが頑張りますのでよろしくお願いします」と涙をぬぐいながら宣言し、会場からは暖かい拍手と声援が送られた<ref name="oricon2036013">http://www.oricon.co.jp/news/2036013/full/</ref>。
=== SKE48(SNH48)として ===
*4月25日、SKE48劇場で行われた新公演[[チームS 5th Stage「制服の芽」]]に初出演(チームS兼任開始)。ラスト曲「手紙のこと」の前には、宮澤が「いろいろな場所、いろいろなチームから集まってできたこの新チームS。きょうの初日で、このチームの全てを見せることはまだできていません。それは今日からが本当のスタートだと思っているからです」とあいさつ。「このチーム、すっごいチームになります! すっごいチームにしてみせます。このチームでよかって言ってもらえるくらいマジでやります。なので、新チームS、これからのSKE48を皆さんよろしくお願いします」と宣言<ref name="oricon2036854">http://www.oricon.co.jp/news/2036854/full/</ref>。
*4月25日、SKE48劇場で行われた新公演[[チームS 5th Stage「制服の芽」]]に初出演(チームS兼任開始)。ラスト曲「手紙のこと」の前には、宮澤が「いろいろな場所、いろいろなチームから集まってできたこの新チームS。きょうの初日で、このチームの全てを見せることはまだできていません。それは今日からが本当のスタートだと思っているからです」とあいさつ。「このチーム、すっごいチームになります! すっごいチームにしてみせます。このチームでよかって言ってもらえるくらいマジでやります。なので、新チームS、これからのSKE48を皆さんよろしくお願いします」と宣言<ref name="oricon2036854">http://www.oricon.co.jp/news/2036854/full/</ref>。
*6月7日、[[第6回総選挙]]開票。宮澤は第12位にランクインし、6回連続で選抜入りを果たす。
*6月7日、[[第6回総選挙]]開票。宮澤は第12位にランクインし、6回連続で選抜入りを果たす。
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*6月6日、[[第7回総選挙]]開票。宮澤は第8位(獲得票数:75,495票)にランクインし、選抜メンバーに選出。
*6月6日、[[第7回総選挙]]開票。宮澤は第8位(獲得票数:75,495票)にランクインし、選抜メンバーに選出。
:SKE48兼任、SNH48チームSIIの宮澤佐江が8位に入った。「今年は7回目の総選挙で、初めて自分の中で過去最高の順位を目指したいと発表していましたが、その願いがかないました!」と両手でトロフィーをかがげた。「上海に行くと決めた理由の1つが、この選抜総選挙でなかなか超えられない壁がある、ということが理由の1つだったので、時間はかかりましたが、1つ壁を破ることがすごくうれしいです。本当にありがとうございました」と笑顔であいさつした<ref>[http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/1488556.html SNH宮沢佐江、過去最高8位「壁破ることできた」]- 日刊スポーツ 2015年6月6日</ref>。
:SKE48兼任、SNH48チームSIIの宮澤佐江が8位に入った。「今年は7回目の総選挙で、初めて自分の中で過去最高の順位を目指したいと発表していましたが、その願いがかないました!」と両手でトロフィーをかがげた。「上海に行くと決めた理由の1つが、この選抜総選挙でなかなか超えられない壁がある、ということが理由の1つだったので、時間はかかりましたが、1つ壁を破ることがすごくうれしいです。本当にありがとうございました」と笑顔であいさつした<ref>[http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/1488556.html SNH宮沢佐江、過去最高8位「壁破ることできた」]- 日刊スポーツ 2015年6月6日</ref>。
*12月16日放送、フジテレビ「2015FNS歌謡祭THE LIVE」の放送内において、SNH48およびSKE48からの卒業を発表した<ref name="oricon2063987"/><ref name="nikkan1580119"/>。同放送は事前に「AKB(秘)重大発表も」と予告されており、視聴者・ファンによる様々な憶測がネット上で飛び交う中での卒業発表となった<ref>[http://e-talentbank.co.jp/news/12535/ AKB48が「FNS歌謡祭」で重大発表!ネットでは憶測飛び交う] - E-TAELNTBANK 音楽ニュース 2015年12月16日</ref>。また、前日の「第5回AKB48紅白対抗歌合戦」では[[高城亜樹]]、同日にはAKB48の劇場公演で[[西山怜那]]、HKT48の劇場公演では[[梅本泉]]が卒業を発表しており、連日にわたって複数の卒業発表が行われる事態となった。
:SKE48としての出番の前に、宮澤は「こんな素敵な舞台で本当にすみません。でも、ここで言わせてください。私、宮澤佐江はSKE48、そしてSNH48、AKB48グループを卒業します」と発表。会場から「えー!」と悲鳴が上がるも、笑顔を見せ「残りの活動も元気いっぱい頑張りますので、応援よろしくお願いします」と深々と一礼した。
:歌唱後には、番組司会の渡部建(アンジャッシュ)から、卒業の経緯について聞かれると「今はSKEと海外の上海のSNHでずっと活動してきました。AKB48では、2期生として10年。48グループで色んな経験をさせていただいたんですけど、最近、グループから一歩外に出たときのことを考えると、楽しくなってきてワクワクしてきたなと自分の中で思ったので、そろそろ自分で足を踏み出すときが来たのかと思いました」と理由を説明した。
:また、番組内で卒業発表したことで「たくさんのアーティストさんが出演なさってて、ファンの皆さんもご覧になっていただいている中で、私がこんな時間を使わせていただいて本当に申し訳ございませんでした」と詫びている。
:宮澤は放送終了後に自身のツイッター、ブログを更新。
:ブログ「本日、フジテレビさんの『FNS歌謡祭』にて、SNH48、そしてSKE48、48グループを卒業することを発表させて頂きました。他の沢山のアーティストさんが出演なさっているなか、そのアーティストさん方の応援をなさっているファンの皆様がご視聴されているなか、卒業発表をさせて頂いてしまったこと、本当に申し訳ありません。。。そしてフジテレビさん。卒業発表の場を設けてくださり、本当にありがとうございました。感謝しきれません。
:ファンの皆様も驚かせてしまってごめんね。卒業 は数年前から意識していましたが、しっかり考えるようになったのは2015年に入ってからでした。いざこうなるとなんて言葉を使ったり話したりしたらいいのかわからないけど、、、これからの自分の人生をもう一度見つめ直して歩むタイミングは今だなっと思いました。
:AKB48グループには10年は絶対に居たかった。なので、私がAKB48の二期生として入った4月(2016年の4月でちょうど10年★)までは48グループの一員としていたいと思っていました。
:来年の夏に控えているミュージカル【王家の紋章】で、10年間48グループでやってきた時に抱いた色々な感情や、根性、感謝の気持ちを 宮澤佐江1人から として48グループに捧げられるように、そんな想いを心に抱いて新しい自分と戦いたいと思います!!!!!
:卒業の詳細はこれからつめていきます。でもまだアイドル宮澤佐江に会える機会はあるので(^_-)ご安心を★★★
:ただ時間はあっという間に過ぎてしまうということ。。なので今まで以上に一瞬一瞬を大切にしていきます。( ^ω^ )
:隣に誰かがいてくれることがどれだけありがたく支えになっているか…。メンバーへの感謝。わがままな自分を出しても一緒に泣きながら意見を言い合い話し合ってくれる人がいる…。スタッフさんやマネージャーさんへの感謝。どんな時でもどんな姿でも、どんな自分を見せても応援をしてくれて支えてくれて喜びや悲しみや悔しみを共に共感してくれる…。ファンの方への感謝。カタチに残すのではなく、ココロで皆さんにしっかりと恩を返せるように準備をし始めたいと思います。
:残りの時間が、たくさんの笑顔で過ごせるように、、、涙は最後までとっておきましょう!(⌒▽⌒)わたしも、アイドル界に新しい歴史を残せるような異色なアイドルとして最後まで頑張ります!!ヾ(@⌒ー⌒@)ノ笑❤️
:こんな形での発表になってしまったこと、本当に申し訳ありません。今までたくさん過去を振り返り後ろを見てきた分、今度こそはしっかりと前を向いて歩み始めます。!!これからも、こんな私ですが、どうか応援のほどよろしくお願い致します。>_<(後略)」<ref>[http://ameblo.jp/miyazawafamily/entry-12106492547.html いつも応援して下さっているファンの皆様へ。] - 宮澤佐江オフィシャルブログ 2015年12月17日</ref>


=== 交友関係 ===
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