「佐藤亜美菜」の版間の差分

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| 第4回じゃんけん大会 = 1回戦敗退
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'''佐藤 亜美菜'''(さとう あみな、1990年10月16日 - )は、[[AKB48]]の元メンバー。東京都出身。大沢事務所所属。
'''佐藤 亜美菜'''(さとう あみな、1990年10月16日 - )は、[[AKB48]]の元メンバー。現在は声優。東京都出身。大沢事務所所属。


== 略歴 ==
== 略歴 ==
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; 2008年
; 2008年
* 4月15日、研究生から[[チームA]]の正規メンバーに昇格。
* 4月15日、正規メンバーへの昇格と[[チームA]]に配属されることが発表される。


; 2009年
; 2009年
* 7月8日、[[第1回総選挙]]で8位になり、初の選抜入り。
* 7月8日、[[第1回総選挙]]で8位になり、初の選抜入り。
* 8月23日、『[[組閣祭り|選抜メンバー組閣祭り]]』にて、新チームBに異動することが発表。
* 8月23日、[[AKB104選抜メンバー組閣祭り ]]において、チームBへ異動することが発表される。


; 2010年
; 2010年
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; 2012年
; 2012年
* 8月24日、再組閣により、大島チームKに異動。
* 8月24日、[[組閣#2012年|再組閣]]により、大島チームKに異動。
* 11月1日、大島チームKとしての活動開始。
* 11月1日、大島チームKとしての活動開始。


; 2013年
; 2013年
* 4月1日、前日(3月31日)付でアトリエ・ダンカンとの契約満了に伴い、AKSへ移籍。  
* 4月1日、前日(3月31日)付でアトリエ・ダンカンとの契約満了に伴い、AKSへ移籍。  
* 12月22日、チームK公演において、卒業を発表。
* 12月22日、チームK公演において、[[卒業]]を発表。


; 2014年
; 2014年
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*将来の夢は声優。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>2011年1月現在は、ラジオパーソナリティ。<ref>『ドキュメンタリー オブ AKB48 ~1ミリ先の未来~』</ref>
*将来の夢は声優。<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>2011年1月現在は、ラジオパーソナリティ。<ref>『ドキュメンタリー オブ AKB48 ~1ミリ先の未来~』</ref>


=== AKB48として ===
==== 2007年 ====
==== 2007年 ====
*中学生の頃は芸能界にはまったく興味がなかったが、高校生になってAKB48を知り、劇場に通うようになった。<ref name="mero">『mero.jpミュージックChannel』 2010/09/09</ref>
*中学生の頃は芸能界にはまったく興味がなかったが、高校生になってAKB48を知り、劇場に通うようになった。<ref name="mero">『mero.jpミュージックChannel』 2010/09/09</ref>
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==== 2009年 ====
==== 2009年 ====
*4月26日、ライブ「神公演予定」にてファン投票によって選抜メンバーを決定するという[[選抜総選挙]]が開催される事が発表される。
*4月26日、ライブ「神公演予定」にてファン投票によって選抜メンバーを決定する[[第1回総選挙]]が開催される事が発表される。
*6月24日の速報発表での順位は15位。7月1日の中間発表では18位にランクインしていた。メディア選抜は厳しい位置だが、このペースで行けば初選抜という夢は叶うかも知れないとファンの誰もが思っていた。
*6月24日の速報発表での順位は15位。7月1日の中間発表では18位にランクインしていた。メディア選抜は厳しい位置だが、このペースで行けば初選抜という夢は叶うかも知れないとファンの誰もが思っていた。
*7月8日、そして最終結果が発表される開票イベントが開催。下の方から次々と順位と名前が呼ばれていくが、選抜とメディア選抜のラインである12位まで来ても、「佐藤亜美菜」の名が呼ばれる事は無かった。この時は既に「ああ、私は落ちた」と諦めていたという。しかし8位の時に秋元の言う「サプライズ」が起きた。「佐藤亜美菜」という名前が発表された瞬間、会場全体が驚きとも歓喜ともつかない強烈な熱気に包まれた。壇上に上がった亜美菜だったが、嗚咽でほとんど声にならない声だった。スピーチでは「私は、AKBに貢献できてないって思っていて…」と宿年の心情を吐露。そして投票したくれたファンに対し、選抜メンバーに選ばれた事への感謝の言葉を述べた。
*7月8日、そして最終結果が発表される開票イベントが開催。下の方から次々と順位と名前が呼ばれていくが、選抜とメディア選抜のラインである12位まで来ても、「佐藤亜美菜」の名が呼ばれる事は無かった。この時は既に「ああ、私は落ちた」と諦めていたという。しかし8位の時に秋元の言う「サプライズ」が起きた。「佐藤亜美菜」という名前が発表された瞬間、会場全体が驚きとも歓喜ともつかない強烈な熱気に包まれた。壇上に上がった亜美菜だったが、嗚咽でほとんど声にならない声だった。スピーチでは「私は、AKBに貢献できてないって思っていて…」と宿年の心情を吐露。そして投票したくれたファンに対し、選抜メンバーに選ばれた事への感謝の言葉を述べた。
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*戸賀崎「公演のポジションは、誰よりも多くこなせる。本当に頑張り屋さんです。それが後輩にも良い影響を与えています。裏表の無い性格で、亜美菜はこのまま成長していくんだろうなと、安心させてくれる存在」。<ref name="gb">『AKB48総選挙公式ガイドブック』より。</ref>「選抜総選挙で選抜入りを果たして以来、更に成長を加速させている佐藤亜美菜。亜美菜を見ていると本当にAKB48のことを好きなんだと感じます。先日、亜美菜の舞台を観に行きましたが、あれだけ大勢のお客様の前で堂々とした演技、歌を披露しているのを見て、本当に涙が出そうになるほど嬉しく思いました。舞台終わりにこちらに手を振っていると思って僕も両手で手を振ったのですが、後で楽屋でその話をしたところ、脳内だったことが判明しました…。これからも限界をつくらずに成長していって欲しいと思います」。<ref>http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10396621351.html</ref>
*戸賀崎「公演のポジションは、誰よりも多くこなせる。本当に頑張り屋さんです。それが後輩にも良い影響を与えています。裏表の無い性格で、亜美菜はこのまま成長していくんだろうなと、安心させてくれる存在」。<ref name="gb">『AKB48総選挙公式ガイドブック』より。</ref>「選抜総選挙で選抜入りを果たして以来、更に成長を加速させている佐藤亜美菜。亜美菜を見ていると本当にAKB48のことを好きなんだと感じます。先日、亜美菜の舞台を観に行きましたが、あれだけ大勢のお客様の前で堂々とした演技、歌を披露しているのを見て、本当に涙が出そうになるほど嬉しく思いました。舞台終わりにこちらに手を振っていると思って僕も両手で手を振ったのですが、後で楽屋でその話をしたところ、脳内だったことが判明しました…。これからも限界をつくらずに成長していって欲しいと思います」。<ref>http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10396621351.html</ref>
*7月14・15日、選挙で選ばれたメンバーによる新曲『[[言い訳Maybe]]』のPVやジャケット撮影が行われた。後に公開され、ファンも知る事になるが、8位という高い順位にいた亜美菜は、冒頭のドラマシーンではセリフなし、歌パートでもワンショットは23フレームしかなかった(1秒30フレームなので、1秒にも満たないということ)。<ref>『[[有吉AKB共和国]]』調べ</ref>明らかに他の順位が低いメンバーよりも、扱いは悪かった。このPVを観たメンバーの当時の状況を、後に[[高橋みなみ]]が語っている。
*7月14・15日、選挙で選ばれたメンバーによる新曲『[[言い訳Maybe]]』のPVやジャケット撮影が行われた。後に公開され、ファンも知る事になるが、8位という高い順位にいた亜美菜は、冒頭のドラマシーンではセリフなし、歌パートでもワンショットは23フレームしかなかった(1秒30フレームなので、1秒にも満たないということ)。<ref>『[[有吉AKB共和国]]』調べ</ref>明らかに他の順位が低いメンバーよりも、扱いは悪かった。このPVを観たメンバーの当時の状況を、後に[[高橋みなみ]]が語っている。
:「彼女、昨年の[[選抜総選挙]]で8位だったんですね。ずっと劇場の公演を支えてくれていたけど、まだ一度も選抜メンバーに選ばれたことがなかったから、私もすごく嬉しくて。1週間後に行われたシングル『[[言い訳Maybe]]』のPV撮影でも、彼女、『8位にしてくれたファンのみんなを裏切らないように、がんばらなくちゃ』って、すごく張り切っていたんです。しばらくして完成したPVをスタッフがスタジオに持ってきてくれて、メンバー全員で見ようってことになったんです。亜美菜も画面をみつめながら目をキラキラさせて、『どんな風になったんだろうねっ!』なんて言ってて…。曲が始まる前がドラマ仕立てになっていて、私も自分の演技を見てもっとがんばらないとなぁなんて反省しつつ、ふと、あれ? 亜美菜は? って。そう言えば、亜美菜映ってたっけ? と。そのまま曲に入っても、亜美菜がぜんぜん出て来なくって、ほんの一瞬しかでてこないまま終わっちゃった…。8位だったのに…? 亜美菜を見たら下を向いてて…。私、なんでそうなっちゃったのかなって思って…。そのままカップリング曲のPVが始まったんですけど、そこで亜美菜がそっと立ち上がって『お疲れ様です』と言って出て行って…。どうしていいかわからなかったんですけど、私もそのあとを追いました。そしたら廊下の向こうで亜美菜が、肩を小さく震わせながら歩いてて…。だから『思っていること、あるでしょ!?』って言って、そのままトイレの個室に連れて行って鍵をかけました。『ここで全部出してスッキリしなよ、泣いたっていいんだよ!』って…」。―苦しみを一緒にしょい込んであげたんですね。「私にはそれしかできないですから…。気付いてあげることはできても、私には亜美菜をPVに映してはあげられない。わかるんです。亜美菜がその時、一番つらかったのは、彼女自身というよりも、ファンの気持ちを思うから。亜美菜をどうにかしたいって思ってくださって、8位になった。これで亜美菜もPVに出るんだ、よかったねって。そういうファンのみなさんが、あれを見たらどう思うだろうって。亜美菜はそれがつらいんです。AKBとファンが近いことはいいところでもあるけれど、こういう時は本当につらい。期待を裏切りたくないって、あんなに一生懸命踊っていたのに…。8位の亜美菜は映るべきだったと思うんですよ。なのにどうして……」<ref name="takamina">『たかみな』</ref>
:「彼女、昨年の選抜総選挙で8位だったんですね。ずっと劇場の公演を支えてくれていたけど、まだ一度も選抜メンバーに選ばれたことがなかったから、私もすごく嬉しくて。1週間後に行われたシングル『[[言い訳Maybe]]』のPV撮影でも、彼女、『8位にしてくれたファンのみんなを裏切らないように、がんばらなくちゃ』って、すごく張り切っていたんです。しばらくして完成したPVをスタッフがスタジオに持ってきてくれて、メンバー全員で見ようってことになったんです。亜美菜も画面をみつめながら目をキラキラさせて、『どんな風になったんだろうねっ!』なんて言ってて…。曲が始まる前がドラマ仕立てになっていて、私も自分の演技を見てもっとがんばらないとなぁなんて反省しつつ、ふと、あれ? 亜美菜は? って。そう言えば、亜美菜映ってたっけ? と。そのまま曲に入っても、亜美菜がぜんぜん出て来なくって、ほんの一瞬しかでてこないまま終わっちゃった…。8位だったのに…? 亜美菜を見たら下を向いてて…。私、なんでそうなっちゃったのかなって思って…。そのままカップリング曲のPVが始まったんですけど、そこで亜美菜がそっと立ち上がって『お疲れ様です』と言って出て行って…。どうしていいかわからなかったんですけど、私もそのあとを追いました。そしたら廊下の向こうで亜美菜が、肩を小さく震わせながら歩いてて…。だから『思っていること、あるでしょ!?』って言って、そのままトイレの個室に連れて行って鍵をかけました。『ここで全部出してスッキリしなよ、泣いたっていいんだよ!』って…」。―苦しみを一緒にしょい込んであげたんですね。「私にはそれしかできないですから…。気付いてあげることはできても、私には亜美菜をPVに映してはあげられない。わかるんです。亜美菜がその時、一番つらかったのは、彼女自身というよりも、ファンの気持ちを思うから。亜美菜をどうにかしたいって思ってくださって、8位になった。これで亜美菜もPVに出るんだ、よかったねって。そういうファンのみなさんが、あれを見たらどう思うだろうって。亜美菜はそれがつらいんです。AKBとファンが近いことはいいところでもあるけれど、こういう時は本当につらい。期待を裏切りたくないって、あんなに一生懸命踊っていたのに…。8位の亜美菜は映るべきだったと思うんですよ。なのにどうして……」<ref name="takamina">『たかみな』</ref>
*母親と疎遠になって2年後。「(私は)飛び抜けた才能がある訳じゃない。だから、頑張ることだけは誰にも負けたくなかった…。そのうちに私も、選抜メンバーになれたり、テレビに呼んで貰えるようになってきました。やっと認められた嬉しさを母にも伝えたい。そして、認めて欲しい――。でのこの時、私が母に言えたのは、『テレビ出るんだ。すごいでしょ?』という自慢だけでした。すると母は『最近、帰り遅すぎない? 遊びでしょ?』と言ったのです。その言葉に私はキレてしまった。『遊びって言うな! 私だって辛い事もあるんだ。何も知らないくせに!』。確かに、私が伝えてこなかっただけ…。だけど、『遊び』と言われたのは、どうしても許せなかった。もうこれで、昔のような仲の良い親子には戻れないだろうな。今更後悔しても手遅れ、と思った瞬間…。『ごめんね…。“遊び”だなんて言って…』。母から返ってきた予想外の言葉に、耳を疑いました。母の方から謝ってくれた。素直じゃなかったのは私の方なのに…。それから二人で、声を上げて泣きました。こうして、私たちの冷戦は終わったのです。子供の頃から、母一人子一人だったけど、寂しいなんて一度も思わなかった。それは母が、どんなに疲れていても私と遊んでくれたから。自分は大学に行きたくても行けなかったから、娘だけはと、お仕事を頑張ってくれていた母。なのに私、『私は私だ』なんて…。2年間も寂しい思いをさせてごめんなさい。そして、謝ってくれてありがとう。今ではコンサートにも来てくれるし、どんな相談にも乗ってくれる。嬉しかったこと、悲しかったこと、そのどちらでもないこと、すべて母に話しています。また意地を張り合うこともあると思う。でも、今度は私も素直に謝れる。だからママ、今の私たちはきっと、最強の親子だよ」<ref name="wa101217">『週刊朝日』 2010年12月17日</ref>
*母親と疎遠になって2年後。「(私は)飛び抜けた才能がある訳じゃない。だから、頑張ることだけは誰にも負けたくなかった…。そのうちに私も、選抜メンバーになれたり、テレビに呼んで貰えるようになってきました。やっと認められた嬉しさを母にも伝えたい。そして、認めて欲しい――。でのこの時、私が母に言えたのは、『テレビ出るんだ。すごいでしょ?』という自慢だけでした。すると母は『最近、帰り遅すぎない? 遊びでしょ?』と言ったのです。その言葉に私はキレてしまった。『遊びって言うな! 私だって辛い事もあるんだ。何も知らないくせに!』。確かに、私が伝えてこなかっただけ…。だけど、『遊び』と言われたのは、どうしても許せなかった。もうこれで、昔のような仲の良い親子には戻れないだろうな。今更後悔しても手遅れ、と思った瞬間…。『ごめんね…。“遊び”だなんて言って…』。母から返ってきた予想外の言葉に、耳を疑いました。母の方から謝ってくれた。素直じゃなかったのは私の方なのに…。それから二人で、声を上げて泣きました。こうして、私たちの冷戦は終わったのです。子供の頃から、母一人子一人だったけど、寂しいなんて一度も思わなかった。それは母が、どんなに疲れていても私と遊んでくれたから。自分は大学に行きたくても行けなかったから、娘だけはと、お仕事を頑張ってくれていた母。なのに私、『私は私だ』なんて…。2年間も寂しい思いをさせてごめんなさい。そして、謝ってくれてありがとう。今ではコンサートにも来てくれるし、どんな相談にも乗ってくれる。嬉しかったこと、悲しかったこと、そのどちらでもないこと、すべて母に話しています。また意地を張り合うこともあると思う。でも、今度は私も素直に謝れる。だからママ、今の私たちはきっと、最強の親子だよ」<ref name="wa101217">『週刊朝日』 2010年12月17日</ref>
*8月23日、『[[組閣祭り]]』にて、これまで所属していたチームAから、新チームBに異動することが発表された。
*8月23日、『[[組閣祭り]]』にて、これまで所属していたチームAから、新チームBに異動することが発表された。
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