「大家志津香」の版間の差分
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*2月、4期生の[[佐伯美香]]がチームBに昇格。翌月には[[倉持明日香]]がチームKに昇格するまど、同期の中から実力を認められて正規メンバーへ昇格する者も出始める。 | *2月、4期生の[[佐伯美香]]がチームBに昇格。翌月には[[倉持明日香]]がチームKに昇格するまど、同期の中から実力を認められて正規メンバーへ昇格する者も出始める。 | ||
*2月、4期と5期の地方出身者5人([[指原莉乃]](大分県出身)、[[北原里英]] | *2月、4期と5期の地方出身者5人([[指原莉乃]](大分県出身)、[[北原里英]](愛知県出身)、元研究生の[[冨田麻友]](香川県出身)、現[[SKE48]]の[[中西優香]](愛知県出身))で、約1ヶ月間だが共同生活をする。「東京では、マンションの一室で数人のメンバーと共同生活をする事になりました。みんな初対面でしたが、4期生は私ともう一人だけで、あとは5期生。(私は)デビューはまだでしたが、レッスンは受けていましたから、一応先輩だったんです。<ref name="sa111028">『週刊朝日』 2011年10月28日</ref> | ||
*数日後、チームBの曲『純情主義』のバックダンサーを再度選考する事が告げられました。まだ出番はなかったものの、すでに私はメンバーに選ばれていたんです。「なぜまた選考するんだろう」と不思議に思いました。それでも、前日は、部屋に戻ってからも朝方まで練習しました。先輩としての意地というか、がんばりを見せたかったんです。ところが、選考が終わってみると、後輩たちは全員選ばれたのに、私だけが外されてしまいました。悔しくて情けなくて、でも同じ家に帰らなくちゃいけないのがつらくて、「コンビニに寄るから」と一人、近所の公園へ向かいました。今度こそ、ステージに立てると思ったのに、どうして私だけ。本当は必要とされていないのかな…。家族にも心配をかけて、両親ががんばって稼いだお金で東京にまで出してもらって、なのに私は後輩にも抜かされて、夜中に一人でブランコに揺られている。何やってるんだろう。寂しかった…。でも同室の子たちには電話できません。甘えてはいけないと知りながらも、母に電話していました。もう夜中の1時過ぎでしたが、受話器から眠たそうな声が聞こえてきました。「どうしたん?」。その瞬間、こらえていたものが、後から後からあふれ出て私のほおを濡らしました。私はその日のことを話しながら、心の中で叫びました。帰りたい!福岡に帰りたい! 「夜中に一人で外にいちゃダメよ」と優しくしかった後、母が言いました。「志津香。人と比べたらいかん。結果は今じゃないって思わんといかんよ」。父母は地元で小料理店を営んでいます。だからいつも忙しくて、夜ご飯さえ家族で食べることはほとんどありませんでした。「友だちの家みたいにご飯は一緒に食べたい!」。母にせがむと、いつも申し訳なさそうに「人と比べたらいかんよ」と言われたことを思い出しました。父も母も私のために、一生懸命働いてくれている。まだ帰るわけにはいかない。人と比べたらいかん。結果は今じゃない。私はケータイを取り出すと、ルームメイトに電話をかけ、心配させたことをわび、そして、「これからもよろしくね」と告げました。夜空を見上げると、きれいな月が浮かんでいました」<ref name="sa111028">『週刊朝日』 2011年10月28日</ref> | *数日後、チームBの曲『純情主義』のバックダンサーを再度選考する事が告げられました。まだ出番はなかったものの、すでに私はメンバーに選ばれていたんです。「なぜまた選考するんだろう」と不思議に思いました。それでも、前日は、部屋に戻ってからも朝方まで練習しました。先輩としての意地というか、がんばりを見せたかったんです。ところが、選考が終わってみると、後輩たちは全員選ばれたのに、私だけが外されてしまいました。悔しくて情けなくて、でも同じ家に帰らなくちゃいけないのがつらくて、「コンビニに寄るから」と一人、近所の公園へ向かいました。今度こそ、ステージに立てると思ったのに、どうして私だけ。本当は必要とされていないのかな…。家族にも心配をかけて、両親ががんばって稼いだお金で東京にまで出してもらって、なのに私は後輩にも抜かされて、夜中に一人でブランコに揺られている。何やってるんだろう。寂しかった…。でも同室の子たちには電話できません。甘えてはいけないと知りながらも、母に電話していました。もう夜中の1時過ぎでしたが、受話器から眠たそうな声が聞こえてきました。「どうしたん?」。その瞬間、こらえていたものが、後から後からあふれ出て私のほおを濡らしました。私はその日のことを話しながら、心の中で叫びました。帰りたい!福岡に帰りたい! 「夜中に一人で外にいちゃダメよ」と優しくしかった後、母が言いました。「志津香。人と比べたらいかん。結果は今じゃないって思わんといかんよ」。父母は地元で小料理店を営んでいます。だからいつも忙しくて、夜ご飯さえ家族で食べることはほとんどありませんでした。「友だちの家みたいにご飯は一緒に食べたい!」。母にせがむと、いつも申し訳なさそうに「人と比べたらいかんよ」と言われたことを思い出しました。父も母も私のために、一生懸命働いてくれている。まだ帰るわけにはいかない。人と比べたらいかん。結果は今じゃない。私はケータイを取り出すと、ルームメイトに電話をかけ、心配させたことをわび、そして、「これからもよろしくね」と告げました。夜空を見上げると、きれいな月が浮かんでいました」<ref name="sa111028">『週刊朝日』 2011年10月28日</ref> | ||
*3月1日、北原や指原が、チームB3rd公演の『純情主義』バックダンサーで劇場デビュー。 | *3月1日、北原や指原が、チームB3rd公演の『純情主義』バックダンサーで劇場デビュー。 | ||