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*1月、7thシングル『[[ロマンス、イラネ]]』で初めて選抜メンバーに選ばれる。3期生では、[[渡辺麻友]]、[[柏木由紀]]に次ぐ3人目の選抜入りだった(『[[BINGO!]]』で[[平嶋夏海]]が選抜入りしているが、平嶋はチームAから異動してきたサポートメンバー)。
*1月、7thシングル『[[ロマンス、イラネ]]』で初めて選抜メンバーに選ばれる。3期生では、[[渡辺麻友]]、[[柏木由紀]]に次ぐ3人目の選抜入りだった(『[[BINGO!]]』で[[平嶋夏海]]が選抜入りしているが、平嶋はチームAから異動してきたサポートメンバー)。
*2月、8thシングル『[[桜の花びらたち2008]]』で連続選抜入り。6月13日には、9thシングル『[[Baby! Baby! Baby!]]』と、3作続けて選抜入りした。ちなみに柏木は初選抜の『[[BINGO!]]』以来、3作連続で選抜入りを逃していたので、この時点では菊地と柏木の選抜回数は同数。菊地は渡辺に次ぐチームBのエース格として活躍していた。
*2月、8thシングル『[[桜の花びらたち2008]]』で連続選抜入り。6月13日には、9thシングル『[[Baby! Baby! Baby!]]』と、3作続けて選抜入りした。ちなみに柏木は初選抜の『[[BINGO!]]』以来、3作連続で選抜入りを逃していたので、この時点では菊地と柏木の選抜回数は同数。菊地は渡辺に次ぐチームBのエース格として活躍していた。
*3月、[[チームB]]初のオリジナル公演となる[[B3rd「パジャマドライブ」]]公演が開始。菊地は『鏡の中のジャンヌ・ダルク』というユニット曲でセンターポジションを任される。[[秋元康]]によると、菊地がすごく良いと思ってこの曲を作った。<ref name="AKB48history">『AKB48ヒストリー』</ref>
*3月、[[チームB]]初のオリジナル公演となる[[チームB 3rd Stage「パジャマドライブ」]]公演が開始。菊地は『鏡の中のジャンヌ・ダルク』というユニット曲でセンターポジションを任される。[[秋元康]]によると、菊地がすごく良いと思ってこの曲を作った。<ref name="AKB48history">『AKB48ヒストリー』</ref>
*6月、チームBの5人(渡辺・平嶋・多田・仲川・菊地)でプロダクション尾木への移籍と、派生ユニットの結成も知らされる。[[平嶋夏海]]「私は、はるごんと菊地と聞いたから。今日ちょっとこの後、秋元さんとお話がありますって。それから尾木プロ移籍を言われて、『ホントですか』みたいな。信じられなかった。麻友たちは?」。渡辺「(多田と)普通に仕事して終わって、呼ばれて。秋元さんとか偉い人がいっぱいいて、『あぁなんかヤバい』ってなって、どうしようって2人でおびえてて。で、なんか『最近どう?』みたいな世間話をずっとしてて、夜も遅いし帰ろうかってなった時に、『じゃあ2人、尾木プロ移籍するから』って。最後の最後に言われて、『えー?』ってなってやっぱビックリしたけど。まぁでも嬉しかったよね。仲良いみんなと一緒に事務所に移籍できると思ってなかったから嬉しかった」<ref name="Nnd-c-dvd">『大人ジェリービーンズ』初回生産限定盤C 映像特典「渡辺麻友 × 平嶋夏海」</ref>。ちなみに、柏木がナベプロに移籍するのは2009年3月。
*6月、チームBの5人(渡辺・平嶋・多田・仲川・菊地)でプロダクション尾木への移籍と、派生ユニットの結成も知らされる。[[平嶋夏海]]「私は、はるごんと菊地と聞いたから。今日ちょっとこの後、秋元さんとお話がありますって。それから尾木プロ移籍を言われて、『ホントですか』みたいな。信じられなかった。麻友たちは?」。渡辺「(多田と)普通に仕事して終わって、呼ばれて。秋元さんとか偉い人がいっぱいいて、『あぁなんかヤバい』ってなって、どうしようって2人でおびえてて。で、なんか『最近どう?』みたいな世間話をずっとしてて、夜も遅いし帰ろうかってなった時に、『じゃあ2人、尾木プロ移籍するから』って。最後の最後に言われて、『えー?』ってなってやっぱビックリしたけど。まぁでも嬉しかったよね。仲良いみんなと一緒に事務所に移籍できると思ってなかったから嬉しかった」<ref name="Nnd-c-dvd">『大人ジェリービーンズ』初回生産限定盤C 映像特典「渡辺麻友 × 平嶋夏海」</ref>。ちなみに、柏木がナベプロに移籍するのは2009年3月。
*順調ともいえるコースを歩んでいた菊地。しかしファンには、ある不安があったという。「菊地は、『パジャマドライブ』以降、確実に天狗になっていました。もうグングン鼻が伸びていったのが分かりました。握手会に行っても、今までとは態度がまったく違ったし、僕らが何を言っても聞く耳をもたなくなっていましたから。そういえば[[モバメ]]もまったく届かなくなったんですね。他のメンバーのブログにも登場しなくなったり、色々と心配のタネは尽きませんでした。なにより、ステージ上の輝きが薄れていたんですね。いったいどうしちゃったんだろうとは思っていたんですが…」<ref name="bbk1111">『BUBKA』 2011年11月号</ref>
*順調ともいえるコースを歩んでいた菊地。しかしファンには、ある不安があったという。「菊地は、『パジャマドライブ』以降、確実に天狗になっていました。もうグングン鼻が伸びていったのが分かりました。握手会に行っても、今までとは態度がまったく違ったし、僕らが何を言っても聞く耳をもたなくなっていましたから。そういえば[[モバメ]]もまったく届かなくなったんですね。他のメンバーのブログにも登場しなくなったり、色々と心配のタネは尽きませんでした。なにより、ステージ上の輝きが薄れていたんですね。いったいどうしちゃったんだろうとは思っていたんですが…」<ref name="bbk1111">『BUBKA』 2011年11月号</ref>

2015年11月20日 (金) 22:22時点における版

AKB48
菊地 あやか きくち あやか
2013年AKB48プロフィール 菊地あやか.jpg
公式ニックネーム

あやりん

所属事務所

プロダクション尾木

生年月日

1993年6月30日 (30歳)

出身地

東京都

血液型

A型

身長

160cm

スリーサイズ

B74 W58 H82

合格期

3期生

選抜回数

6回

菊地 あやか(きくち あやか、1993年6月30日 - )は、AKB48および渡り廊下走り隊の元メンバー、現在はファッションモデル、タレント。東京都葛飾区出身。本名(入籍前)・旧芸名、菊地 彩香(読みは同じ)。プロダクション尾木所属。

略歴

2006年
2007年
  • 4月8日、新たに創設されたチームBの一員としてデビュー。
2008年
  • 1月、7thシングル『ロマンス、イラネ』で初選抜。
  • 6月、芸能事務所のプロダクション尾木に移籍。
  • 7月末、男性とのツーショットプリクラがインターネットに流出し、騒動となる(後述および/ノートを参照)。
  • 8月14日、AKB48を解雇され、所属事務所からも契約を解除される。
  • 12月、AKB48第7期生オーディションに合格、研究生として復帰。
2009年
2010年
  • 3月1日、プロダクション尾木と再契約。
  • 3月12日、チームKのメンバーとして活動開始。
  • 3月17日、「渡り廊下走り隊」に加入。
2012年
  • 8月24日、再組閣により、篠田チームAに異動。
  • 11月1日、篠田チームAとしての活動開始。
2014年
2015年
  • 1月17日、挙式・披露宴。
  • 4月30日、第一子(男児)を出産。

人物

キャラクター

  • キャッチフレーズは、「スマイリーンリンリン あやりんこと菊地あやかです」。
  • よく「菊」と間違われやすいが、「菊」。
  • ニックネームは「あやりん」。しかしそう呼ばれる事は少なく、旧チームBのメンバーからは「きくぢ」と呼ばれる事が多い。菊地が「なんであやりんって呼んでくれないの?」と聞いたら、メンバー曰く「なんかイヤ」「なんか違くない?」かららしい。本人も「中3(当時)にして、自分であやりんって言うのもそろそろね…」と言ったが、柏木に「私、高校2年生でゆきりん…」と突っ込まれた。[1]
  • チャームポイント、は4つのエクボ。[2]
  • メンバーから一番頭が悪いと思われているというおバカキャラ。[3]本人は、みんなから「バカ」と呼ばれて悩んでいたらしい。しかし、一度社会で80点を取ったらしく、それをずっと自慢していた。[1]米沢によると「あやこは日頃、ばかだな~、ほんとばかだな~、やっぱりばかだな~、とみんなからいじられていますが、あやこのばかはみんなを幸せにするばかなのです」。[4]
  • 岩佐美咲「可愛くて美人。ルックスも完璧すぎ! 顔はAKBの中で5本の指に入ります。いや、3本かな? でも、中身はときどき「あれ!?」っていうおバカところがあります」[5]
  • 仲川遥香「きくぢは愛すべきアホです。きくぢはワロタ(渡り廊下走り隊)の中でいつも天然なのに、自分では違うっていうのは…???」[6]
  • 最初は3期生として加入し、一度解雇。再び7期生として2度目のAKB加入という、珍しい経歴の持ち主。そのため、自身では「3.7期生」を名乗る事もある。[要出典]
  • 将来の夢は女優。尊敬している女優は戸田恵梨香。[7]

AKB48加入前

  • 小学校の頃は、アイドルにはまり家でずっとパソコンをいじっている様なオタクだった。特にハロプロが好きで、ファンサイトを作ったりしてかなり必死に応援していた。[8]
  • 芸能界に憧れたのは、モーニング娘。が好きだったから。[9]ちなみに初めて買ったCDも、モーニング娘の『LOVEマシーン』(1999年9月発売)。[10]

AKB48として

2006年

  • 「ミュージックステーション」で『スカート、ひらり』を歌っていたAKB48を見て、自分もAKB48に入りたいと思う様になり、オーディションへの応募を決意。[9]
  • 12月3日、AKB48第3期生オーディションの最終審査に合格。チームBの候補生となる。

2007年

  • 4月、3期生とチームAからのサポートメンバーを加え創設された、チームBの一員としてデビュー。
  • チームB内では、メンバーから「笑顔を見ると、元気になる」「一緒に居て楽しい」と、Bのムードメーカー的存在だった。しかし怒られている時も、笑っているらしく(本人は否定)、そこは注意されていた。[1]

2008年

  • 1月、7thシングル『ロマンス、イラネ』で初めて選抜メンバーに選ばれる。3期生では、渡辺麻友柏木由紀に次ぐ3人目の選抜入りだった(『BINGO!』で平嶋夏海が選抜入りしているが、平嶋はチームAから異動してきたサポートメンバー)。
  • 2月、8thシングル『桜の花びらたち2008』で連続選抜入り。6月13日には、9thシングル『Baby! Baby! Baby!』と、3作続けて選抜入りした。ちなみに柏木は初選抜の『BINGO!』以来、3作連続で選抜入りを逃していたので、この時点では菊地と柏木の選抜回数は同数。菊地は渡辺に次ぐチームBのエース格として活躍していた。
  • 3月、チームB初のオリジナル公演となるチームB 3rd Stage「パジャマドライブ」公演が開始。菊地は『鏡の中のジャンヌ・ダルク』というユニット曲でセンターポジションを任される。秋元康によると、菊地がすごく良いと思ってこの曲を作った。[11]
  • 6月、チームBの5人(渡辺・平嶋・多田・仲川・菊地)でプロダクション尾木への移籍と、派生ユニットの結成も知らされる。平嶋夏海「私は、はるごんと菊地と聞いたから。今日ちょっとこの後、秋元さんとお話がありますって。それから尾木プロ移籍を言われて、『ホントですか』みたいな。信じられなかった。麻友たちは?」。渡辺「(多田と)普通に仕事して終わって、呼ばれて。秋元さんとか偉い人がいっぱいいて、『あぁなんかヤバい』ってなって、どうしようって2人でおびえてて。で、なんか『最近どう?』みたいな世間話をずっとしてて、夜も遅いし帰ろうかってなった時に、『じゃあ2人、尾木プロ移籍するから』って。最後の最後に言われて、『えー?』ってなってやっぱビックリしたけど。まぁでも嬉しかったよね。仲良いみんなと一緒に事務所に移籍できると思ってなかったから嬉しかった」[12]。ちなみに、柏木がナベプロに移籍するのは2009年3月。
  • 順調ともいえるコースを歩んでいた菊地。しかしファンには、ある不安があったという。「菊地は、『パジャマドライブ』以降、確実に天狗になっていました。もうグングン鼻が伸びていったのが分かりました。握手会に行っても、今までとは態度がまったく違ったし、僕らが何を言っても聞く耳をもたなくなっていましたから。そういえばモバメもまったく届かなくなったんですね。他のメンバーのブログにも登場しなくなったり、色々と心配のタネは尽きませんでした。なにより、ステージ上の輝きが薄れていたんですね。いったいどうしちゃったんだろうとは思っていたんですが…」[13]
  • 7月末、菊地と男性のツーショットプリクラがインターネット上に流出(以降の詳細は/ノートを参照)。
  • 8月14日、運営側は公式ブログで、「AKB48のメンバーとしての自覚に欠けた軽率な行動を取った」という理由で、菊地を解雇したと発表した。[14]AKB48(グループ)初の解雇者であった事と、またその理由が男性問題であった事から、マスコミにも報道され、東京スポーツが写真・実名入りでこの騒動を報道[15]。また、所属していたプロダクション尾木も、「AKBを解雇されたため」という理由で、菊地との専属契約を解除したと発表した。[16]
  • 11月、第7期研究生オーディションに応募。
  • 12月、最終オーディションに合格、AKB48へ復帰。
  • 12月20日、AKB48のライブ「年忘れ感謝祭 シャッフルするぜ、AKB! SKEもよろしくね」に出演。表舞台に登場し、ファンの前に姿を見せた。
  • 7期研究生になって、名前を漢字の「彩香」から、平仮名の「あやか」へと改名して再出発。「どっかで馴染めてなかったっていうか。その時は一人で居たいみたいな感じで。でもじょじょにレッスンしていって、7期のメンバーと仲良くもできて。今でも昔の話とかをするんですけど、やっぱり『最初あやりんは声掛け辛かった』とか言われて。あっやっぱそうだったんだなって」。[17]
  • 復帰後は、バックダンサーとして公演に出演。「たったの1曲だけど、とにかく後ろでも「一番輝いてみせるぞ」みたいな気持ちで踊ってました。前に前に。とにかく頑張ることしか出来ないから」[17]

2009年

  • 1月28日、「渡り廊下走り隊」がCDデビュ-。そんな姿を研究生として見ていて。「あぁ…何も無かったら、ここに居たんだろうなぁとか思ったり…。やっぱ(騒動が起きる前に)戻りたいっていう気持ちが強かったです」[17]
  • 8月23日、東京・日本武道館で行われた「AKB104選抜メンバー組閣祭り」において、正規メンバーへの昇格と、チームK(秋元チームK)に配属されることが発表される。10月から正規メンバーに復帰する事になる(実際には延期された)[要出典]
  • 10月、『週刊ヤングジャンプ』とのコラボレーションユニット「チームYJ」のメンバーに、研究生の中から唯一選ばれる。

2010年

  • 2月7日、チームB公演の最後に、平嶋夏海により「渡り廊下走り隊」に新メンバーが加入すると発表した。
「その新メンバーとは、菊地あやかちゃんです。皆さんもご存知の通り、一度AKB48を解雇という形になっています。ですが、あやりんは本当にAKBが大好きで、自分の夢を叶えたいという気持ちを持って、もう一度オーディションを受け、研究生として出直して、本当に本当に努力してきました。皆さん、どうかあやりんにもう一度チャンスを下さい。お願いします」。
ステージには菊地も登場。「ありがとうございます。えと、本当に私の軽率な行動で、メンバーやファンの皆さんにご迷惑をかけてしまい、私は本当にAKBには戻れないなとは思っていました。でも私はやっぱりAKBが大好きで、もう1回研究生として舞台に立った時は、皆さんからどう言われるのかが心配で怖かったです。でも今わたしに出来る事は、精一杯やることしかできないので、とにかく頑張ります。こんな私を温かく迎えて下さり、本当にありがとうございました」と、改めてファンの前でかつての騒動の謝罪と、ユニット参加への決意を新たにした。[18]
  • 菊地の加入を知らされたメンバーの当時の様子。渡辺麻友「すごい衝撃。みんな子供だったので、拒否していたんです。4人で悩んでいました。今は、「何であんなに泣いたりしたんだろう」って、笑いながら話せる懐かしい思い出です」[5]
  • 3月1日、プロダクション尾木と再契約し、約1年半ぶりに元の芸能事務所に戻る。「本当に心から嬉しいです。応援をして下さってる皆さん、そして支えて下さってるスタッフさん、関係者さんの皆さんのおかげです。本当に有り難うございます。新しいスタートにたたせていただいたことに感謝して、夢に向かって頑張って行きたいと思います。とにかく、今私にできる事は、精一杯努力していくことしかないので頑張ります。そして応援して下さってる皆さんに、恩返しができるようにしていきたいと思います」[19]
  • 3月12日、新生チームKがデビューし、正式に正規メンバーへ昇格(解雇から502日ぶり)。Q、菊地さんにとってこの1年半の経験は、何だったと思いますか?
「う~ん…。もちろん無くしたものもすごく大きくて。いろんな人に迷惑をかけてしまったし…。でもこれがなかったら、私はまだ子供のままで、舞台に立てることのすばらしさとか、応援して貰えることのありがたさとか…。分からないままだったと思います。女の子のファンの方からの手紙で、『戻ってくる根性のあるところが好きです』みたいな事を書いてくれてて! すっごく嬉しくて! 遠回りだったけど、そこでしか手に入らないものもあったかもって」
  • 3月17日、菊地加入後、初のシングルとなる渡り廊下走り隊の『アッカンベー橋』が発売。カップリングには、『若気のイタリアン』という意味深なタイトルが付けられた曲があるが、「『一緒に泣いてくれる仲間がいて』とか、歌詞を読んで、実際、チームB公演の時に『解雇』っていう発表をした時に、メンバーは泣いていたみたいなんですよ。その映像を見て、私のために泣いてくれる仲間がいて、本当に幸せ者だなって思ったんですよ。で、歌詞を読んだときに、一気に振り返ってきて、なんか『ありがとう』っていう気持ちの歌詞もあるので、本当に今までの感謝の気持ちを思いながら、レコーディングをしました」。[17]
最後に、ファンへのメッセージ。「渡り廊下走り隊として、また5人で力を合わせて、もうファンの皆さんやメンバーに迷惑をかけることなく、また、沢山の方に認めて貰えるように頑張りたいと思います。渡り廊下走り隊と菊地あやか、これからもよろしくお願いします」[17]
  • 雑誌で書かれたコピーは「チームBのエース格から人生色々あって研究生からのリスタート。一周して今いちばんピュア!」[20]
  • 5月、選抜総選挙前の雑誌では、スタッフのコメントとして「陰で努力をしている子。パフォーマンスも良くできていると思います」。[21]
  • 6月8日、第2回総選挙では、速報、中間とランクインしていたが、最終ではランクインできず惜しくもランクインを逃してしまった。後のインタビューでは「中間発表のときには名前があったのですが、最終発表のときは名前を呼ばれなくて。やっぱりショックでした。でも、握手会でファンの方から『投票したからね』と言われるとやっぱりうれしくて。今回の結果は悲しかったですけど、気持ちを切り替えて、来年は選抜メンバーに入りたいと思います!」と決意を新たにした。[7]
  • 9月16日、プロダクション尾木所属のメンバーによる「TeamOgi祭り」の2日目。この日はB3rdの『鏡の中のジャンヌダルク』があり、菊地がセンターを務めた。実はこの曲、解雇される前の3期生時代に菊地が担当していたユニット曲。つまり2年ぶりにこの曲のセンターポジションを務めたことになる。
  • 9月18日、『×ゲーム(バツゲーム)』で映画初出演。
  • 9月21日、選抜メンバーを“じゃんけん”で決めるというじゃんけん選抜当日。菊地はメンバーと何度か練習してみるが、すべてに負けた。しかしジャンケンは運次第のため、特に何も考えずに気楽に挑む事に。途中、食事を摂ろうとするが、なぜか椅子が足りず、鞄が置いてあった椅子を借りようとしたが、誰かがキープしていた椅子だったらしく断られてしまった。そのため諦めて床に膝をついて食べるはめに。無表情できゅうりを食べる姿が涙を誘う。
また、ジャンケン以上に大切にしているのが携帯電話。メールチェックとブログの更新のため、常に持ち続けていた。そして本番用の衣装に着替えてから戻ってくるが、大切な携帯が行方不明に。ジャンケンどころではなくなり、そこからは携帯を探してあちこちへ。結局、衣装部屋の自分の脱いだ私服のポケットに入っていた。じゃんけん本番では佐藤夏希と対戦したが、あっさりと敗北し1回戦敗退となった。インタビューでは、「これからも自分のペースで一歩ずつ頑張って、実力で選抜に入りたい」と真面目に答えた。そして控え室。そこには再び携帯を無くしてしまい、慌てる菊地の姿があった。「何とかはじゃんけん強い」という言葉もあるが、なぜ菊地が勝てなかったのか不思議である。

2011年

  • 2月12日、ホラー映画「メリーさんの電話」に紗綾とW主演。
  • 4月16日、21stシングル『Everyday、カチューシャ』の選抜メンバー情報が解禁され、菊池が選ばれていた事が発表された。選抜入りは、3期生時代の2008年6月に発売された9th『Baby! Baby! Baby!』以来、12作ぶりであり、7期生としてAKBに戻ってからは初の選抜入りとなった。「皆さんのおかげさまで、選抜メンバーに入る事ができましたっ。辛い事とか悩み事とか沢山あったけど、ここまで頑張って来れて改めて良かったなって思いました。応援してくださってる皆さんに、いい結果を出せて本当に嬉しい。こうやって今の自分が居て頑張れるのも皆さんのおかげですっ! 言葉にできないぐらい感謝の気持ちでいっぱいです。どうか温かく見守ってくださったら嬉しいです…。これからも応援の程宜しくお願いします」[22]
  • 6月9日、第3回総選挙の開票後。「終わりました…。今回も順位に入る事ができませんでした。応援してくださった皆さん投票してくださった皆さんごめんなさい…。私なりにこの1年は本当に頑張ってきたつもりです。でもまだまだなんだね…これからも頑張らなきゃね…だから応援してくださってる皆さんにお願いです。これからも私を見守っていてください…嫌いになったりしないでください…離れたりしないでください…お願いします…もっと皆さんに好きになってもらえるよう私は頑張ります。ついてきてください。投票してくださった皆さん本当に有り難うございました」[23]
  • 総選挙後の秋元康インタビュー。―メンバーから秋元さんへの質問をお預かりしてきましたので、ご回答をお願いします。菊地あやかさんから、「40位圏外の人をどう思っていますか?」。秋元「圏外の人は“秘密兵器”ですよ。高校野球だってレギュラーでベンチ入りする人と、そうでない人がいます。でも野球部には変わりはないし、もしかしたら来年はその中からエースが生まれるかもしれない。実際に、去年は圏外だったけど、今年は入っている子はたくさん居ましたよね」[24]
  • 6月14日、前日に衝撃のデビューを果たしたAKB48の新メンバー江口愛実。だがそれ故、実在するのかしないのかがファンの間で論争となっていたが、あくまでAKB側はマスコミの取材に「実在する」と答えていた。そしてこの日、菊地はニュースを見てブログを投稿。ところがその内容が、「初めまして江口愛実さん!ついに噂の人が完成したんだねっ」「そんな私も撮影したんですが、果たして私の顔のパーツいつ使われるのでしょうか(笑)」と、あたかも作り物である事をバラしてしまうような内容を投稿。すぐにその問題箇所は削除し、別の内容へと書き換えたが、ちょうど江口愛実がニュースでも取り上げられていた時期であり、「メンバーがバラした」と、大きくニュースに取り上げられることに。[25]
  • 6月16日、ブログで騒動について、「私が書いたブログで皆さんにご心配をかけてしまいごめんなさい。どうしたらいいかわからなくて落ち込んでいたら、秋元先生から『おまえは悪くない。だから普通のままでいいんだ』とメールをいただきました。本当に嬉しかった。私は馬鹿なので、いろいろ失敗しちゃうんですけど、皆さん見捨てないでください…。皆さんこれからも応援宜しくお願いします(;_;)」と報告。秋元からのお咎めは受けなかったという。[26]
  • 7月11日、例の事件で『プレイボーイ』にて“懺悔”のソロビキニ姿を披露することに。これまでも水着はあったが、実はソロというのは初めて。幸か不幸かは定かではないが、本人は「嬉しいっ」とコメントしている。[27] また『週刊実話』によると、「ただでさえ安い月給30万円を、半分にされたという話」(芸能ライター)。[28]
  • 9月、雑誌インタビュー。「2007年から3期生(旧チームB)として順調に活動していた私ですが、あるとき、私が自覚に欠ける行動をした事でAKBを去らなければいけないことになりました。もう、3年前の話です。諦めきれなかった私は、2ヶ月後に改めてオーディションを受けて、再び研究生からやり直す機会をもらえたんです! でも、実際には一部のファンの方には、握手会や公演などでのリアクションから、「快く思ってもらえてないんだなぁ」と痛感することが多々ありました…。もともと明るい笑顔だけが取り柄だったんですよ(笑)。それなのに当時は、ステージでも楽屋でも家でも、暗い顔でずっとうつむいてばかりいました。そんなどん底顔の私を見かねて、母が言いました。「顔を上げて笑っていれば、そのうち必ずいいことあるよ。がんばって!」って。たぶん、私を励まそうと、無理やり明るく言ってくれたのだと思います。なのに、私はその言葉に食ってかかりました。「レッスンだって真剣にやったし、振り付けだって何百回も練習したよ。がんばれ、がんばれって、あと何をがんばれっていうの!? ママにはわかんないよ!」。嘘です。母が一番わかっているんです。だって、私が一度辞めてからの2ヶ月間、毎日、私を心配してくれた人だから。2階の部屋に引きこもって、食事もほとんどとらなかった私に、毎日あきらめずに声をかけて励ましてくれた人だから。母のおかげで復帰する決心がついたこともわかっていたのに、どうしても素直に感謝出来なかったのです。その数日後、忘れられない事件がありました。いつものように下を向いてMCをしていた最中、ふとお客さんを見たら、私自身ガクガクと膝が震えるような、ショックなリアクションをされたんです。私、そんなに嫌われているんだ。もう、無理…。辞めたい。でも、そのときに頭に浮かんだのが、「顔を上げていればいいことがある」という母の言葉でした。私は崩れそうな体をぐっとこらえて、アゴを上げて前を向きました。すると、そのお客さんは私の視界から消えて、後ろのほうで私に声援を送ってくれているファンの人たちが目に飛び込んできたんです! ホントだ。母の言ったとおり、いいことがあった! 以来、たとえ少なくても、私を応援してくれる人たちのために、もっと笑顔でがんばらなくちゃ。そう思えるようになりました。すると、いろんなことが好転し始めたんです。握手会でも多くの方が応援してくれるようになったし、この春はドラマやCDのメンバーにも選んでもらえたんですよ。あのとき、辞めなくてホントによかったです! ずっと母にお礼を言おうと思っていたのですが、先日、なぜか先を越されてしまいました。夕食後、母がふいに「生まれてきてくれてありがとう」って言ってくれたんです。やさしい顔して急にそんなこと言うから、気持ちがゆるんで、泣いちゃった。おかげで、私こそお礼を言うべきなのを忘れてしまいました(笑)。 だから、今度こそ、先に言おうと思っているんです。ママこそ、私を産んでくれたうえに、ずっと守ってくれてありがとうね」[29]
  • 9月27日、2011年夏頃から相次いでメンバーの男性スキャンダルが続いている件に関して。秋元康「これからも全グループにいろんなことがあると思う。でも大事なのは、そこで本人たちがどう乗り越えるか、です。菊地あやかが『マジすか学園2』とかじゃんけん大会で、『地獄からのカムバック!』って言われながら出てくるとは思わなかったでしょ?」。―そうですね(笑)。「それがAKBだと思う。菊地がすごいなって思ったのは、オーディションに2回目に来たとき、『大変だよ。君が劇場に戻ったとき、相当ブーイングもあるし、アゲンスト(ゴルフなどで、向かい風。逆風の意)もある。大丈夫?』と言われ、『大丈夫です』って答えたんです。チームB渡辺麻友柏木由紀と並んだエースだったのが、バックダンサーから始まるわけだから。それを乗り越えてくると、ストーリーがあって良いと思う。実際、綺麗になったし、芝居も上手くなった。そういう事がこれからもいっぱいあるんじゃないかな。もちろんそれを非難するのもいいし。だけど、長い目で見てあげてほしいですね」[30]

2012年

  • 映画『忍道-SHINOBIDO-』に女優・佐津川愛美演じる主人公お甲の妹分、暮松で出演。映画には過去2作ほど出演経験があるがともにホラーで、時代劇、本格的アクションは初体験。一から学んだ殺陣には大苦戦で、監督から「立ち姿がヒョロッとしている」と指摘され、撮影前から自宅などで練習を重ねた。日光江戸村で行われた撮影は6日間の強行軍。中でも時間を割いたのが殺陣の確認だった。努力を人に見せたくないタイプだけに、現場から離れた場所でこっそりと講師の指導を受けた。練習風景を目撃していたスタッフは当時を振り返り「体中にあざをつくりながら、泥まみれになってやっていた。アイドルだということを完全に忘れて、鬼気迫るものを感じた」と感心する。根性はあると自負しており、「ハートの部分はAKBの誰よりも強いと思う。この作品を通じて気持ちがさらに強くなった」と語った。[31]
  • 3月10日、秋元康「渡り廊下走り隊について。以前から、「渡り廊下走り隊は、今後、6人で活動するんでしょうか?」という質問をいただいていた。彼女が抜けたからと言って、すぐに誰かを新加入させるのは違うと思う。彼女がいてこその渡り廊下走り隊なのだ。僕は、ずっと6人でいいと考えていた。ところが、いろいろな事情で、やはり7人組にして欲しいと言う。渡り廊下走り隊7にしたいらしい。悩んだ。誰を新メンバーにするか? 決めた。まだ、プロダクションにもレコード会社にも言っていない。もちろん、渡り廊下走り隊のメンバーにも………」[32]「で、発表します。…………………渡り廊下走り隊7の新メンバーは…………………浦野一美。これなら、いいよね。異論は認める。でも、本気だよ。暫定的だけど。なんか、面白そうじゃないか。浦野、頑張れ!」[33]
  • 秋元「業務連絡。渡り廊下走り隊7のメンバーのみなさま。新メンバーを浦野一美にしようと思うんですが、どうですか?」[34]
  • 菊地「ガチですか?(笑)」[35]「メールでワロタ会議なう。私的に…楽しくなりそうなので賛成します。(笑) いやーーーーーーーーーあれね。うん。この時間恐るべしぐぐたす」[36]
  • 5月17日、総選挙インタビュー。過去3回は40位圏外。明るい性格とは対照的な、神妙な面持ちで言った。「総選挙って心臓に悪くて、いろいろと考えさせられます。結果を受け止めることが大切だと思い、出来ることを全力でやってきたつもりです」。コメントにも悲壮感が漂うが、応援してくれる著名人もいる。昨年12月の「AKB48紅白対抗歌合戦」で、経済評論家の森永卓郎に「推しメン」と告白された。「森永さん! 私に投票してAKB48の経済効果にも貢献してください」。目標は48位。業界内にさらなる“あやりん推し”が出てくるか注目だ。[37]
  • 6月6日、第4回総選挙では51位にランクイン。「私は今までの総選挙で、名前を呼ばれステージに立った事がありませんでした。凄く凄く悔しかった。正直逃げようとしている自分が居て、そんな自分が嫌いで自分が憎かったです。でも前回の総選挙からまた一年が経ち、昨日の総選挙がありました。速報の時はギリギリの61位とゆう結果でした。でも私は名前があっただけ本当に嬉しかったです。でも不安な気持ちでいっぱいでした。また圏外になってしまうんじゃないかって。また応援してくださってる皆さんの期待を裏切ってしまうんじゃないかと色々沢山思って考えていました。でも握手会の時、ファンの皆さんから『応援してくれているファンの皆を信じて!』とゆう暖かい言葉を頂き本当に心強くなりました。本当に感謝しています。こうして昨日の総選挙では、ランクアップした51位とゆう私の中では素敵な順位をいただきました。応援してくださってるファンの皆さん、投票してくださった皆さん、支えてくださってる皆さんのおかげです。本当に本当に本当に、有り難うございました! 正直有り難うの言葉では足りません。これからまた一年もっと頑張って努力をしていかなければいけません。だってまだこの立ち位置に満足していないから。まだまだ上に上に上がりたい。応援してくださってる皆さんにもっと恩返しをしていきたい。もっともっと皆さんの笑顔がみたい。その為にも私はまた今日から応援してくださってるファンの皆さんの為に頑張っていきます。応援してくださってる皆さんが居るからこうして今の自分が居るし、頑張ってこれています。どうかこれからも菊地あやかの応援を宜しくお願いします! そしてこれからも私の背中を押してください。本当に投票してくださった皆さん有り難うございました…(;_;)」[38]
  • 6月16日、先日男性スキャンダルが報じられた指原莉乃が、騒動の責任を取る形でHKT48へ移籍することが発表された。「やっぱ駄目だあ。自分が自分じゃないみたいにおかしくなりそう。(笑)。さっしー今が一番辛いと思う。でも支えてくれる皆が居ます。こんな自分が言える立場じゃないけど、お互いにこれからも頑張って行こうね。さっしーなら大丈夫」[39]
  • 8月24日、東京ドームコンサート「AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~」初日、ラストに戸賀崎智信が登場し、AKB48全体の大幅な組織変更を発表。菊地はチームAに異動することとなった。[40]
終了後のGoogle+。「びっくりしすぎて理解できなかったけど、また新しい自分を見つけれそうだし楽しみっ」[41]

2013年

  • 6月8日、第5回総選挙開票。菊地は昨年と同じ第51位にランクイン。「総選挙終わりました。今年の順位は51位。一昨年(昨年の誤り)と順位が一緒!!でもね凄く票が増えていて、本当に嬉しかった…投票してくださった皆さん、応援してくださった皆さん、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。有り難うございました!正直な気持ちもっと、上に行きたかった。悔しかった。皆さんが思っていた期待に答えられなかったな…ごめんなさい。次は私が頑張って示す。これからも変わらず、応援宜しくお願いします。私から離れないでね。離れたりされるのが、一番悲しいです。私と皆さんのトロフィー」[42]
  • 菊地が参加している「渡り廊下走り隊7」が、12月25日発売のベストアルバム『渡り廊下をゆっくり歩きたい』をリリースし、翌年2月9日のライブを最後に解散することを発表。
――12月25日にリリースされるベストアルバムが渡り廊下走り隊として最後の作品になるわけですが、そのなかにはこれまでの楽曲とミュージックビデオを全部網羅した“超コンプリート盤”もあるんですよね。楽曲に関してでも映像や衣装に関してでもいいので、特に思い出深いことがあったら教えてください。
菊地「私は「へたっぴウィンク」の衣装が、すごく好きでした。それまでの衣装とちょっと違って鮮やかで。それに、この曲のジャケット写真では全員ウィンクしてるんですけど、実は誰もできなかったんですよ(笑)。しかも、みんな変な顔になっちゃってたので、シングルのジャケット写真は合成です!これも今だから言える話ですけどね(笑)」[43]

2014年

  • 2月9日、東京・Zepp Diver Cityで「渡り廊下走り隊7」の解散ライブ。OGの小森美果もライブに参加、参加した8名が勢ぞろいし、約5年間の活動に終止符を打った。菊地にとってAKB48卒業を決意するきっかけとなる。
  • 2月24日、大組閣において、NMB48チームNへの移籍が発表される。「大組閣終わりました。NMB移籍と発表されましたが、自分の一度きりの人生です。自分の中でちゃんと決意できた。後はちゃんと家族と話したいと思います」[44]
  • 2月27日、大組閣人事に対する異議申し立て期間が終了し、菊地のNMB48移籍が中止になることが発表される。「公式で発表がありましたが、私、菊地あやかはNMBへの移籍を辞退させて頂きました。決してNMBが嫌とか嫌いとかじゃないです。まだ私にはAKBでやり残した事があるので、今回は辞退させて頂きました。引き続き応援宜しくお願いします」[44]
  • 4月6日、さいたまスーパーアリーナで行われた「リクエストアワーセットリストベスト200 2014」で、『鏡の中のジャンヌダルク』が14位にランクイン。「リクアワ無事終わりました!今回大好きな曲がたくさんランクインされていて、凄く楽しかったです。なにより自分の大事な曲、鏡の中のジャンヌダルクが200位中14位に入った事が本当に本当に嬉しかったです。投票してくださった皆さん、本当にありがとうございました!!感謝の気持ちでいっぱいです。あの景色と声援は絶対忘れない。もう全力でやりきった!!後悔も悔いもなく今凄く幸せ。素敵な1日有り難うございました」[45]同日、締め切られた第6回総選挙への立候補を届け出なかったこと、またNMB48への移籍が中止になったこともあり、ネット上では菊地の卒業が噂される。
  • 4月13日、チームA公演において、卒業を発表。「私、菊地あやかは、AKB48を卒業します。えっと、たぶん総選挙に出なかったり組閣の時に辞退した時にみなさんもうすうす気づいてたかと思うんですけど…。えっと、卒業を考えてたのは、渡り廊下走り隊の解散ライブの時から一区切りとし、AKB48の卒業を考えていました。約7年間くらいAKBにいたんですけど、二十歳になってファッション関係のお仕事をたくさんいただくようになって、そこから二十歳として、これからアイドルとしてじゃなくひとりのモデル、そしてまたやりたい事を探していきたいなと思っています。最後の公演はですね、決まっていて、横山チームA千秋楽の21日で最後となります。本当に急で応援してくださってるファンのみなさまには申し訳ないんですけど、でも、9月23日まである劇場盤「前しか向かねえ」の個別握手会までは参加させていただきますので、それまでみなさんと楽しい思い出が作れたらいいなと思っています。本当に私、横山チームAが大好きで、発表迷ってたんですけどやっぱり横山チームAで発表したという思いがすごく強くて、本当に7年間後悔したこともやり残したこともないので、21日の千秋楽でみんなと一緒に千秋楽を迎えたいなと思います。まだ私の進んでいく道には止まりがないので、これからも前に前に自分らしくがんばっていきたいと思います。これからも応援よろしくお願いします」[46]
  • 4月21日、美容雑誌「MAQUIA(マキア)」(集英社)の専属モデルを、6月号から務めることが明らかになる[47]
  • 同日、卒業公演(劇場最終出演)。
「皆さんご存知のように昨日は横山チームAの千秋楽、大好きな相方佐藤すみれの送る会、そして私、菊地あやかの卒業公演でした。AKB48約7年活動をしてきました。私にとって山あり谷ありの人生でしたがAKB48で良かったって心の底から思っています。ここまで成長できて、ここまで自分が変われたのもAKBに居れたから。大切な仲間、スタッフさん、応援してくださってる皆さん、家族がそばに居てくださったからここまで頑張ってこれました。本当に感謝しています。AKB48を卒業しても私の人生はまだまだこれから。むしろ新しいスタート。なので皆さん変わらずこれからも菊地あやかの応援を宜しくお願いします!!9月いっぱいまで個別握手会もあるので沢山思い出作りましょう(*'▽'*) 最後の最後まで宜しくお願いします!!」[48]
  • 9月23日、パシフィコ横浜での握手会をもって、AKB48としての活動を終了(卒業)。

AKB48卒業後

2014年

  • 12月21日、オフィシャルブログにおいて、25歳の一般人男性と11月22日に入籍したことと、第一子を妊娠したことを発表(来夏出産予定)[49][50]。明らかになっているAKB48元メンバーの入籍者は大堀恵川崎希渡辺志穂に続いて4人目。

いつも応援してくださってる皆様へ。
私事ではありますが、この度、菊地あやかはかねてから交際をしていました年上の一般男性の方と、2014年11月22日に入籍し結婚しました事をご報告させて頂きます。そして現在妊娠しており夏出産予定です。私達夫婦深い喜びと幸せな気持ちでいっぱいです。これからも2人で今まで以上に力を合わせ、支え合いながら笑顔の絶えない明るく温かい家庭を築いていきたいと思います。お仕事の方は体調と相談しながら続けていく予定なので温かく見守っていただけたら嬉しいです。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。

2015年

「ご報告...4月30日 5:31 3162グラムの元気な男の子を出産いたしましたっ 旦那さんも立ち会いしてくれて、長い時間サポートをしてくれて心強かった。ありがとう(´•ω•̥`) 陣痛の間本当に辛かったけど、産まれたら一気にふっとんだ!!もう愛しすぎて夫婦2人揃って、べびたんにでれでれです(笑) パパとママの所に産まれて来てくれて本当にありがとう♡♡これから愛いっぱい注いで、子育て頑張ります」[54]

交友関係

  • 仲の良いメンバーは、佐藤すみれ小森美果仲川遥香[9]
  • 推しメンは、板野友美大島優子宮澤佐江[9]
  • 憧れる[55]&尊敬するメンバーは、大島優子[9]
  • ライバルだと思っているメンバーは特にいない。[55]
  • チームKの「こども王」に選ばれる。[9]かなりの甘えん坊で、チームが一緒になってからは、特に秋元才加にべったりしている。[56]菊地は秋元を「お兄ちゃん」と呼んで慕っている。[57]
  • メンバーで彼女にするなら小森美果。「すごい天然不思議キャラでおもしろくて、かわいいオーラが出ていて大好き!」[58]
  • 渡辺麻友の印象。「最初は、人間なのかな?って思ったし、何を考えてるのかわかんないし…、だから「話が合うのかなー?」って心配でした(笑)。でも渡り廊下走り隊に入って話すようになったら、アニメ好きだし、よく喋るし、いきなり悲鳴を上げたりだとか、アルパカ好きだし、やっぱりCGだなと思いました。からかってるとおもしろいんですよ(笑)。可愛いから、いじりたくなるんです~!」[58]
  • 経済アナリスト・森永卓郎の推しメンが菊地。書籍『AKB48推し!』では菊地を担当し、「AKB48紅白対抗歌合戦」で審査員として共演した時もその旨の発言をしている。

性格・趣味

  • 性格は、「明るくて、うるさいらしい(笑)」[9]
  • 長所は、明るく元気。[59]
  • 短所は、負けず嫌い。[59]
  • 趣味は、ショッピング。[9]
  • 特技は、50m走。[9]なわとび。[55]
  • 得意な教科は、体育と音楽。元陸上部で、走る事には自信がある。100mで都大会にも出たことがある。[60]自己ベストは、13秒40。[9]
  • ホラー映画好き。「呪怨」とか「着信アリ」が最高。[61]
  • 好きなアーティストは、Berryz工房。[9]
  • 熊井友理奈(Berryz工房)や、水樹奈々のファン。特に『第58回NHK紅白歌合戦』で熊井に会うことができ、嬉しかったと語っている。[62]
  • 好きな食べ物は、昆布とか梅干しなどのおつまみ系。[63]おすし、フルーツ、雪見だいふく。[64]
  • 好きな街は、地元。[9]
  • 電話よりメール派。[65]
  • 好きな男性のタイプは、優しくて硬派で笑顔が素敵。[59]
  • 苦手な男性のタイプは、「ずばり言うと…簡単に嘘をつく。口だけの人。心が狭い人」[65]
  • 元ヤンとよく言われるが、本人は否定。「元ヤンでわありません(笑)」[66]
  • 父親が18歳ぐらいの時に、菊地が生まれたらしく、K太郎と同い年らしい。[60]
  • 中学3年生まで(AKBに入った後も)父親とお風呂に入っていた。非常に仲が良い家族らしく、全員で入ったり、弟と入ったりしていた。全然恥ずかしくもないとか。[55]
  • ゴールデンレトリーバー2匹と、ミニチュアダックスフント1匹を飼っている。今度はアヒルを飼いたいらしい。[67]最近もう1匹、ワイヤーヘアーダックスフンドの「ロナウティー」が増えた。[68]

ギャラリー

参加曲

シングルCD選抜曲

派生ユニットシングル曲

渡り廊下走り隊

  • アッカンベー橋
    • 若気のイタリアン
  • 青春のフラッグ
    • 走り隊 GO! GO! GO!
  • ギュッ
    • 手のひら
    • ゴメンナサイ

渡り廊下走り隊7

  • バレンタインキッス
  • へたっぴウインク
    • マンマ、グラッチェ!
    • ビキニは似合わない
    • 地下鉄のTeddy boy
    • 服を着た王様
  • 希望山脈
    • 犬語を話せる男の子
    • 思い出は遠いほど… - 多田愛佳・菊地あやか・渡辺麻友名義
  • 少年よ 嘘をつけ!
    • 君は考える
    • 恋愛ヘビー級チャンピオン - 岩佐美咲・菊地あやか・渡辺麻友・仲川遥香名義

アルバムCD選抜曲

AKB48

  • 神曲たち」に収録
    • Baby! Baby! Baby! Baby!
    • 君と虹と太陽と
  • ここにいたこと」に収録
    • 僕にできること - Team K名義
    • ここにいたこと - AKB48+SKE48+SDN48+NMB48
  • 1830m」に収録
    • 家出の夜 - Team K名義
    • 青空よ 寂しくないか? - AKB48+SKE48+NMB48+HKT48名義
  • 次の足跡」に収録
    • 確信がもてるもの - 横山チームA名義

渡り廊下走り隊

  • 「廊下は走るな!」に収録
    • 猫だまし
    • ドジ
    • 骨折ロマンス
    • 柊の通学路

その他の参加楽曲

  • 嘘でしょ? ~七里ガ浜の七不思議~ - ガールズ・ING名義
    ノースリーブスのアルバム「ノースリーブス」に収録された。

劇場公演ユニット曲

(チーム名/) 「(公演名)」公演

出演番組

Wikipediaを参照。

脚注・出典

  1. ^ a b c 明日までもうちょっと。』2008/07/30 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "asu730"が異なる内容で複数回定義されています 引用エラー: 無効な <ref> タグ; name "asu730"が異なる内容で複数回定義されています
  2. ^ 第1回 選抜総選挙 アピールコメントより。
  3. ^ 『ネ申テレビ』ボウリング大会。
  4. ^ http://ameblo.jp/rumifu-blog/entry-10578008868.html
  5. ^ a b 『まるっとAKB48 スペシャル3 with SKE48&NMB48&SDN48&HKT48』
  6. ^ http://www.oricon.co.jp/music/interview/2010/watarirouka1012/index3.html>
  7. ^ a b http://www.cinematoday.jp/page/N0024883
  8. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/6726/0
  9. ^ a b c d e f g h i j k l 『AKB48 VISUAL BOOK 2010』
  10. ^ 『音の素』 11/02/03
  11. ^ 『AKB48ヒストリー』
  12. ^ 『大人ジェリービーンズ』初回生産限定盤C 映像特典「渡辺麻友 × 平嶋夏海」
  13. ^ 『BUBKA』 2011年11月号
  14. ^ 菊地彩香の件について(AKB48公式ブログ)
  15. ^ AKB48メンバー菊地彩香 プリクラ流出で炎上、解雇 (リンク切れ)
  16. ^ http://www.irooots.com/blog/ogipronews/2008/08/post_5.html ご報告(プロダクション尾木公式ブログ)(リンク先消滅)
  17. ^ a b c d e 『アッカンベー橋』 特典インタビュー
  18. ^ http://www.cyzo.com/2010/02/post_3832.html
  19. ^ http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10470450824.html AKB48公式ブログ「菊地からファンの皆様へ」
  20. ^ 『週刊ヤングジャンプ』より。
  21. ^ 『AKB48総選挙公式ガイドブック』
  22. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/7234/0
  23. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/7726/0
  24. ^ 『AKB48総選挙!水着サプライズ発表2011』
  25. ^ http://mainichi.jp/select/biz/it/hatena/archive/articles/201106/4530.html
  26. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/7814/0
  27. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/8033/0
  28. ^ 『週刊実話』 2011年8月25・9月1日 合併特大号
  29. ^ 『週刊朝日』 2011年9月23日号
  30. ^ 『BUBKA』 2011年12月号
  31. ^ http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2012/01/31/kiji/K20120131002540180.html
  32. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月10日 ArKaiBu Gugutas
  33. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月10日 ArKaiBu Gugutas
  34. ^ 秋元康 投稿 - Google+ 2012年3月10日 ArKaiBu Gugutas
  35. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2012年3月10日 ArKaiBu Gugutas
  36. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2012年3月10日 ArKaiBu Gugutas
  37. ^ 『日刊スポーツ』 2012年5月17日
  38. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/9420/0
  39. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2012年6月16日 ArKaiBu Gugutas
  40. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120824-00000313-oric-ent (リンク無効)
  41. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2012年8月24日 ArKaiBu Gugutas
  42. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2013年6月8日 ArKaiBu Gugutas
  43. ^ http://www.oricon.co.jp/music/interview/page/869/
  44. ^ a b 菊地あやか 投稿 - Google+ 2014年2月25日 ArKaiBu Gugutas
  45. ^ 菊地あやか 投稿 - Google+ 2014年4月6日 ArKaiBu Gugutas
  46. ^ 荒井広希(ぱんちょ)のGoogle+より https://plus.google.com/114007873084322574127/posts/4s3ep3TpMZx
  47. ^ AKB菊地あやか、卒業→雑誌専属モデル 日刊スポーツ 2014年4月21日
  48. ^ 2014.4.21 卒業 菊地あやかオフィシャルブログ 2014年4月22日
  49. ^ ご報告 菊地あやかオフィシャルブログ 2014年12月21日
  50. ^ 元AKB菊地あやか「幸せ」結婚&妊娠 日刊スポーツ 2014年12月21日
  51. ^ 元AKB菊地あやかが挙式!欠席まゆゆから祝福メッセージも サンケイスポーツ 2015年1月18日
  52. ^ 元AKB菊地あやか 結婚披露宴 デイリースポーツ 2015年1月17日
  53. ^ 鈴木まりやのツイートより 2015年1月17日
  54. ^ 菊地あやかインスタグラム - 2015年5月4日
  55. ^ a b c d 『渡り廊下走り隊7のオールナイトニッポン』 2011/02/09
  56. ^ AKB48のオールナイトニッポン』2010年11月19日
  57. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/6523/0
  58. ^ a b http://www.oricon.co.jp/music/interview/2010/watarirouka1012/index4.html
  59. ^ a b c 『じゃんけん大会 公式ガイドブック2011』
  60. ^ a b 明日までもういっちょ
  61. ^ http://www.hollywood-ch.com/gyoukai/10090301.html
  62. ^ 「ヤンヤン」Vol.11より
  63. ^ ラジオ『明日までもうちょっと。』より。
  64. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/profile
  65. ^ a b http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/8721/0
  66. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/4645/0
  67. ^ 『明日までもうちょっと。』
  68. ^ http://blog.oricon.co.jp/watarirouka/archive/7739/0

外部リンク