「梅田彩佳」の版間の差分

元所属チーム表記を削除、節分割修正
(FLASH SPECAILをFLASH SPECIALに置きかえ(タイトルミス))
(元所属チーム表記を削除、節分割修正)
2行目: 2行目:
| グループ = NMB48
| グループ = NMB48
| チーム = チームBII
| チーム = チームBII
| グループ2 = AKB48
| チーム2 = 元メンバー
| 名前 = 梅田 彩佳
| 名前 = 梅田 彩佳
| 読み = うめだ あやか
| 読み = うめだ あやか
47行目: 45行目:
;2011年
;2011年
*2月27日、ユニット「[[DiVA]]」を結成。
*2月27日、ユニット「[[DiVA]]」を結成。
*6月9日、[[第3回総選挙]]では22位となり、[[アンダーガールズ]]のセンターを務める。
*6月9日、[[第3回総選挙]]では22位となり、アンダーガールズのセンターを務める。


;2012年
;2012年
78行目: 76行目:
* 将来の夢は、マルチタレント<ref name="nmb48profile">[http://www.nmb48.com/member/umeda_ayaka/ NMB48公式プロフィール]</ref>。「毎日忙しい人になりたいです。歌もしたいし、ダンスもしたいし、喋りたいです」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>
* 将来の夢は、マルチタレント<ref name="nmb48profile">[http://www.nmb48.com/member/umeda_ayaka/ NMB48公式プロフィール]</ref>。「毎日忙しい人になりたいです。歌もしたいし、ダンスもしたいし、喋りたいです」<ref name="vb2010">『AKB48 VISUAL BOOK 2010』</ref>


==== 幼少期 ====
=== AKB48加入前 ===
*1989年1月3日、福岡県北九州市に梅田家の長女として誕生。<ref>『[[週刊AKB]]』 2012年3月2日</ref>お腹にいる時に、心臓が2度止まりかけた。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
*1989年1月3日、福岡県北九州市に梅田家の長女として誕生。<ref>『[[週刊AKB]]』 2012年3月2日</ref>お腹にいる時に、心臓が2度止まりかけた。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
*最初は「亜梨沙」という名前も考えられていたが、<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>父親がどうしても「彩」という字を使いたくて、<ref name="N527">http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10884203527.html</ref>母親が、「彩りあるかわいい女の子に生まれて欲しい」ということで彩佳と名付けられた。<ref name="N10719">『[[リッスン?]]』 2011年7月19日</ref>
*最初は「亜梨沙」という名前も考えられていたが、<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>父親がどうしても「彩」という字を使いたくて、<ref name="N527">http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10884203527.html</ref>母親が、「彩りあるかわいい女の子に生まれて欲しい」ということで彩佳と名付けられた。<ref name="N10719">『[[リッスン?]]』 2011年7月19日</ref>
87行目: 85行目:
*2004年10月、モーニング娘。第7期オーディション2次審査に通過するも不合格。
*2004年10月、モーニング娘。第7期オーディション2次審査に通過するも不合格。


==== AKB48として ====
=== AKB48として ===
===== 2006年 =====
==== 2006年 ====
*2月、高校2年生の時に、[[AKB48]]の第2期生オーディションに合格。先生や家族で話し合い、高校は退学するのではなく休学。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
*2月、高校2年生の時に、[[AKB48]]の第2期生オーディションに合格。先生や家族で話し合い、高校は退学するのではなく休学。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
*上京し、デビューに向けてレッスンを開始。「最初、AKB48は全員がライバルだから、仲良くなっちゃいけないって。友達が一人もいない東京で一人暮らし。私生活が見えない方がカッコいいって思ってました(苦笑)」<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
*上京し、デビューに向けてレッスンを開始。「最初、AKB48は全員がライバルだから、仲良くなっちゃいけないって。友達が一人もいない東京で一人暮らし。私生活が見えない方がカッコいいって思ってました(苦笑)」<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>
102行目: 100行目:
*その後は実家の福岡県に戻り、高校にも復学。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>リハビリをしながら、地元テレビの番組リポーターなどを中心に活動していた。しかし「こうしている間にも、他のメンバーとの差が開いていく…。考えないようにしようとしても、その事が頭から離れません。こんな大事な時期に! なんで私なの!? AKBもじょじょにテレビに出させてもらい始めた頃です。実家の茶の間で左足をさすりながらテレビをつけると、みんなが私の知らない歌を歌っていた。あの時の絶望感は今でも忘れません…。上には上がいることを認められなかった自分。独りよがりして勝手に自滅してしまった、心も体も弱い自分。私なんて大嫌い。そんな失意のどん底から救ってくれたのは、福岡の家族でした。私の愚痴を毎日黙って聞いてくれたお母さん。『生きている限りなんとかなるんだよ』と励ましてくれたお父さん。そんな家族に支えられながら、私は自分の弱さを噛みしめました。それははじめ苦いものでしたが、時間をかけて噛みしめるうちに、優しい甘味を伴うようになりました。弱くてもいいのかもしれない…。そんな自分をもし好きになれたら、今度こそ変われるかもしれない。いつしか私は、足の怪我を治すことに加え、弱い自分を好きになるということをリハビリの目標にしていた気がします」<ref name="sh1104">『小説宝石』2011年4月号</ref>「どんどん有名になるAKB48をテレビで見ると、元気なら私も一緒のはずなのにって、消しちゃう日々でした」<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>
*その後は実家の福岡県に戻り、高校にも復学。<ref name="akbpb2011">『AKB48×プレイボーイ 2011』</ref>リハビリをしながら、地元テレビの番組リポーターなどを中心に活動していた。しかし「こうしている間にも、他のメンバーとの差が開いていく…。考えないようにしようとしても、その事が頭から離れません。こんな大事な時期に! なんで私なの!? AKBもじょじょにテレビに出させてもらい始めた頃です。実家の茶の間で左足をさすりながらテレビをつけると、みんなが私の知らない歌を歌っていた。あの時の絶望感は今でも忘れません…。上には上がいることを認められなかった自分。独りよがりして勝手に自滅してしまった、心も体も弱い自分。私なんて大嫌い。そんな失意のどん底から救ってくれたのは、福岡の家族でした。私の愚痴を毎日黙って聞いてくれたお母さん。『生きている限りなんとかなるんだよ』と励ましてくれたお父さん。そんな家族に支えられながら、私は自分の弱さを噛みしめました。それははじめ苦いものでしたが、時間をかけて噛みしめるうちに、優しい甘味を伴うようになりました。弱くてもいいのかもしれない…。そんな自分をもし好きになれたら、今度こそ変われるかもしれない。いつしか私は、足の怪我を治すことに加え、弱い自分を好きになるということをリハビリの目標にしていた気がします」<ref name="sh1104">『小説宝石』2011年4月号</ref>「どんどん有名になるAKB48をテレビで見ると、元気なら私も一緒のはずなのにって、消しちゃう日々でした」<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>


===== 2007年 =====
==== 2007年 ====
*3月30日、AKB48劇場で行われた「スペシャルイベントpart2」に出演。久しぶりに姿を見せる。
*3月30日、AKB48劇場で行われた「スペシャルイベントpart2」に出演。久しぶりに姿を見せる。
*6月22日、チーム[[K3rd「脳内パラダイス」]]千秋楽に、一部であるが出演。
*6月22日、チーム[[K3rd「脳内パラダイス」]]千秋楽に、一部であるが出演。
111行目: 109行目:
:その間、『アサデス。』の仕事もさせてもらい沢山の経験をしました。始めてするロケ、始めてすることだらけで不安もいっぱいでしたが、頑張ってます! 『アサデス。』の方にも『怪我が治ったら東京に行って寂しいけれど、早く怪我治す治す!』と温かい言葉も頂いて、人間ッて温かいな。みんな優しいんだなって改めて思いました。沢山気付く事がありました。ダンスがバカがつくほど好きなんだなあとか。スタッフさんのあったかさとか。人間のあったかさとか。ファンの方に会いたいなあとか。劇場行きたいなあとか。 家族の大切さとか。なにしろ、ライブがこんなにも好きだったんだなあとか。ステージで踊れるってこんなにも嬉しいことなんだなあとか。気付く事が多くて自分を見つめ直すことができました。まだもうちょっと時間がかかりますが、頑張ります。近況報告しなくてごめんなさい。沢山心配かけてごめんなさい。沢山待ってもらってごめんなさい。頑張るから、待っていて下さい」。<ref>http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10051734417.html</ref>
:その間、『アサデス。』の仕事もさせてもらい沢山の経験をしました。始めてするロケ、始めてすることだらけで不安もいっぱいでしたが、頑張ってます! 『アサデス。』の方にも『怪我が治ったら東京に行って寂しいけれど、早く怪我治す治す!』と温かい言葉も頂いて、人間ッて温かいな。みんな優しいんだなって改めて思いました。沢山気付く事がありました。ダンスがバカがつくほど好きなんだなあとか。スタッフさんのあったかさとか。人間のあったかさとか。ファンの方に会いたいなあとか。劇場行きたいなあとか。 家族の大切さとか。なにしろ、ライブがこんなにも好きだったんだなあとか。ステージで踊れるってこんなにも嬉しいことなんだなあとか。気付く事が多くて自分を見つめ直すことができました。まだもうちょっと時間がかかりますが、頑張ります。近況報告しなくてごめんなさい。沢山心配かけてごめんなさい。沢山待ってもらってごめんなさい。頑張るから、待っていて下さい」。<ref>http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10051734417.html</ref>


===== 2008年 =====
==== 2008年 ====
*5月31日、チーム[[K4th「最終ベルが鳴る」]][[公演]]初日からAKB48に復帰。メンバーの中には、怪我が原因で引退を余儀なくされたメンバーの多いが、梅田は1年半という長いリハビリを経て再び復帰したという数少ない例。ただし、今でも痛み止めを常備し、テーピングやアイシングは欠かさないという。
*5月31日、チーム[[K4th「最終ベルが鳴る」]][[公演]]初日からAKB48に復帰。メンバーの中には、怪我が原因で引退を余儀なくされたメンバーの多いが、梅田は1年半という長いリハビリを経て再び復帰したという数少ない例。ただし、今でも痛み止めを常備し、テーピングやアイシングは欠かさないという。
*6月13日、『[[Baby! Baby! Baby!]]』で1年8ヶ月ぶりの選抜復帰。
*6月13日、『[[Baby! Baby! Baby!]]』で1年8ヶ月ぶりの選抜復帰。


===== 2009年 =====
==== 2009年 ====
*2009年、そして2010年の東京タワーイメージガールを務めた。
*2009年、そして2010年の東京タワーイメージガールを務めた。
*4月11日、[[K2nd「青春ガールズ」]]の頃に、Kの中でも特にダンスが好きだった4人([[大島優子]]、[[松原夏海]]、[[野呂佳代]])で、自主的にダンスユニット「'''梅島夏代'''」を結成していたが、この日初日を迎えた[[K5th「逆上がり」]]にある『エンドロール』という曲は、[[秋元康]]が梅島夏代をユニットとして認め、4人の為に書き下ろした曲。「また休むんじゃないのっていう周りの視線も、いつしか変えられました」<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>
*4月11日、[[K2nd「青春ガールズ」]]の頃に、Kの中でも特にダンスが好きだった4人([[大島優子]]、[[松原夏海]]、[[野呂佳代]])で、自主的にダンスユニット「'''梅島夏代'''」を結成していたが、この日初日を迎えた[[K5th「逆上がり」]]にある『エンドロール』という曲は、[[秋元康]]が梅島夏代をユニットとして認め、4人の為に書き下ろした曲。「また休むんじゃないのっていう周りの視線も、いつしか変えられました」<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>
121行目: 119行目:
*8月23日、コンサート「[[組閣祭り]]」でチームのシャッフルが発表。梅田と大島はチームKに残留となったが、松原は[[チームA]]に異動。野呂がAKB48から卒業し[[SDN48]]への移籍が発表された。
*8月23日、コンサート「[[組閣祭り]]」でチームのシャッフルが発表。梅田と大島はチームKに残留となったが、松原は[[チームA]]に異動。野呂がAKB48から卒業し[[SDN48]]への移籍が発表された。


===== 2010年 =====
==== 2010年 ====
*2月21日、「逆上がり」公演千秋楽をもって(旧)[[チームK]]が解散。
*2月21日、「逆上がり」公演千秋楽をもって(旧)[[チームK]]が解散。
*3月25日、横浜アリーナコンサートで梅島夏代の『エンドロール』を披露。梅田は「私、ここでこのまま死んでもいい…」そう思ったとか。「横アリは3人と積み重ねてきた集大成だったんです」。歌って踊れる事が、如何に幸せな事であるか。“今”を幸せに感じ大切にする姿勢は、AKB48全体にとっても貴重なお手本だ。<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>
*3月25日、横浜アリーナコンサートで梅島夏代の『エンドロール』を披露。梅田は「私、ここでこのまま死んでもいい…」そう思ったとか。「横アリは3人と積み重ねてきた集大成だったんです」。歌って踊れる事が、如何に幸せな事であるか。“今”を幸せに感じ大切にする姿勢は、AKB48全体にとっても貴重なお手本だ。<ref name="nsm">『日刊スポーツ』AKB48マニフェスト</ref>
133行目: 131行目:
*10月31日、『新堂本兄弟』に出演。これは前回[[ノースリーブス]]が出演した際に、梅田が堂本から推しメンとして選ばれたため。新曲『Beginner』の選抜メンバーではなかったが、スタジオでは生歌で披露。振り付けは、わずか30分で覚えたとか。<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10693956919.html</ref>
*10月31日、『新堂本兄弟』に出演。これは前回[[ノースリーブス]]が出演した際に、梅田が堂本から推しメンとして選ばれたため。新曲『Beginner』の選抜メンバーではなかったが、スタジオでは生歌で披露。振り付けは、わずか30分で覚えたとか。<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10693956919.html</ref>


===== 2011年 =====
==== 2011年 ====
*2月6日投票の北九州市長選挙のイメージキャラクターを、梅田が務めることになった。「デビューした時から、ずっと地元にたずさったお仕事もしたいと思っていたので、めっちゃ嬉しいです」<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10757334139.html</ref>
*2月6日投票の北九州市長選挙のイメージキャラクターを、梅田が務めることになった。「デビューした時から、ずっと地元にたずさったお仕事もしたいと思っていたので、めっちゃ嬉しいです」<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10757334139.html</ref>
*2月27日、同事務所(office48)所属の[[秋元才加]]、[[増田有華]]、[[宮澤佐江]]と共に、4人組ユニット「[[DiVA]]」を結成。4月にCDデビューする事が発表。<ref name="N689">http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10815590689.html</ref>「言っていいですか? チャンスの順番、やっときたぜ! よろしくお願いします!」<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10815537843.html</ref>
*2月27日、同事務所(office48)所属の[[秋元才加]]、[[増田有華]]、[[宮澤佐江]]と共に、4人組ユニット「[[DiVA]]」を結成。4月にCDデビューする事が発表。<ref name="N689">http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10815590689.html</ref>「言っていいですか? チャンスの順番、やっときたぜ! よろしくお願いします!」<ref>http://ameblo.jp/akimoto100323/entry-10815537843.html</ref>
145行目: 143行目:
*10月6日、文化放送にて[[DiVA]]のラジオ初冠番組『ViVADiVA!』放送開始。
*10月6日、文化放送にて[[DiVA]]のラジオ初冠番組『ViVADiVA!』放送開始。


===== 2012年 =====
==== 2012年 ====
*2月5日、この日の握手会をもって、[[チームK]]の[[米沢瑠美]]がAKB48としての活動を辞退。「モバメにも書いたよねちゃんの存在のでかさ。[[モバメ]]だけにしようかと思ったんだけど、ちゃんとみんなに伝えたかったから。モバメのみなさんごめんなさい。アメブロにも書かせてください。。。昼休みに[[チームK]]で集まって、よねちゃんの話を聞いた。涙が止まらなかった。ためてたものがあふれでて、わたしはこうゆうときどうしたらいいかわからなくなっちゃう。ただ涙が流れてよねちゃんをずっとみてた。公演でよねちゃんがいないところを寂しいとかんじたり、違和感を覚えたり、でも受け止めなきゃって変に強がりになってて。でもよねちゃんと目があって、いつもの空気読めないばりに『赤似合ってるよ』なんていうから、涙があふれでて抱きついちゃいました。女の子同士泣きながら抱きつくなんて、たぶん初めてかもしれない。わたしはそんなとこの感情表現は下手なんだ。でも泣いてはれつくしたよねちゃんの目と綺麗な顔をみたら、そんなのどうでもよかった。よねちゃんが大好きです。これからもずっと。そんな今日。あぁ目がはれる。。。」<ref>http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11156510825.html</ref>
*2月5日、この日の握手会をもって、[[チームK]]の[[米沢瑠美]]がAKB48としての活動を辞退。「モバメにも書いたよねちゃんの存在のでかさ。[[モバメ]]だけにしようかと思ったんだけど、ちゃんとみんなに伝えたかったから。モバメのみなさんごめんなさい。アメブロにも書かせてください。。。昼休みに[[チームK]]で集まって、よねちゃんの話を聞いた。涙が止まらなかった。ためてたものがあふれでて、わたしはこうゆうときどうしたらいいかわからなくなっちゃう。ただ涙が流れてよねちゃんをずっとみてた。公演でよねちゃんがいないところを寂しいとかんじたり、違和感を覚えたり、でも受け止めなきゃって変に強がりになってて。でもよねちゃんと目があって、いつもの空気読めないばりに『赤似合ってるよ』なんていうから、涙があふれでて抱きついちゃいました。女の子同士泣きながら抱きつくなんて、たぶん初めてかもしれない。わたしはそんなとこの感情表現は下手なんだ。でも泣いてはれつくしたよねちゃんの目と綺麗な顔をみたら、そんなのどうでもよかった。よねちゃんが大好きです。これからもずっと。そんな今日。あぁ目がはれる。。。」<ref>http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11156510825.html</ref>
*3月2日、『[[週刊AKB]]』にて特別企画「梅田彩佳物語」が放送される。「みたよーってコメントいっぱいありがとうございます(^^)うれしいっ。見てくださったのもうれしいし、この企画を考えてくださったスタッフさんにもほんとに感謝です。自分でいうのもなんだけど、見ててほろっときた。笑 自分の経験が再現VTRになってたのも高まったし 笑 昔の映像に恥ずかしくなったり。あーこんなことあったな、こんな経験したなぁ、そんな記憶が走馬灯の様に頭をかけめぐりました。正直苦しいこといっぱいあった。でもそれを出したくありませんでした。『お涙頂戴』って言われたくなかったから。そんなことのために、わたしは怪我したときリハビリを頑張ったわけじゃない。もう一回ステージに支えてくれた人に恩返しを。それを考えて頑張ったから。メンバー一人一人色んなドラマがある。ただわたしの苦労が、人よりちょっとわかりやすい“怪我”だからだと思う。トップに立つメンバーも、どのメンバーも、みんな傷つきながらがんばってる。ただ、お涙も同情のお涙じゃなく、頑張ったあとにでるお涙はわたしは大好き。コメントで『いっぱい泣きました』ってありました。ありがとう(´・ω・`) 一緒に喜怒哀楽を感じてくれてほんとにうれしい。次の喜怒哀楽は、“喜”にする! そう宣言しますねっ。宣言するのってほんとは苦手だけど 笑 だけどそういいきかせて自分を追い込むのは嫌いじゃないからっ。別に物語はここで終わるわけじゃない。まだまだ続けていく。いいことも悪いことも、いっぱいあるだろう。でも、絶対前を向いてがんばっていくから、これからもよろしくお願いします。山あり谷あり梅田あり」<ref>http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11182262277.html</ref>
*3月2日、『[[週刊AKB]]』にて特別企画「梅田彩佳物語」が放送される。「みたよーってコメントいっぱいありがとうございます(^^)うれしいっ。見てくださったのもうれしいし、この企画を考えてくださったスタッフさんにもほんとに感謝です。自分でいうのもなんだけど、見ててほろっときた。笑 自分の経験が再現VTRになってたのも高まったし 笑 昔の映像に恥ずかしくなったり。あーこんなことあったな、こんな経験したなぁ、そんな記憶が走馬灯の様に頭をかけめぐりました。正直苦しいこといっぱいあった。でもそれを出したくありませんでした。『お涙頂戴』って言われたくなかったから。そんなことのために、わたしは怪我したときリハビリを頑張ったわけじゃない。もう一回ステージに支えてくれた人に恩返しを。それを考えて頑張ったから。メンバー一人一人色んなドラマがある。ただわたしの苦労が、人よりちょっとわかりやすい“怪我”だからだと思う。トップに立つメンバーも、どのメンバーも、みんな傷つきながらがんばってる。ただ、お涙も同情のお涙じゃなく、頑張ったあとにでるお涙はわたしは大好き。コメントで『いっぱい泣きました』ってありました。ありがとう(´・ω・`) 一緒に喜怒哀楽を感じてくれてほんとにうれしい。次の喜怒哀楽は、“喜”にする! そう宣言しますねっ。宣言するのってほんとは苦手だけど 笑 だけどそういいきかせて自分を追い込むのは嫌いじゃないからっ。別に物語はここで終わるわけじゃない。まだまだ続けていく。いいことも悪いことも、いっぱいあるだろう。でも、絶対前を向いてがんばっていくから、これからもよろしくお願いします。山あり谷あり梅田あり」<ref>http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11182262277.html</ref>
171行目: 169行目:
* 11月3日、[[チームB]]のメンバーとして活動を開始。
* 11月3日、[[チームB]]のメンバーとして活動を開始。


===== 2013年 =====
==== 2013年 ====
* 1月7日、スキャンダルによりAKB48としての活動を辞退した[[増田有華]]が、所属するユニット・[[DiVA]]からも離脱することが発表された。増田は自身のブログで、「自分なりのけじめ」をつけるために脱退を決断したことを明かすとともに、突然の発表となったことに「DiVAのメンバー、ファンの皆さん、関係者の皆さんに多大なるご心配をおかけしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当に本当にすみません」と謝罪した。この発表を受け、同ユニットのメンバーである梅田は8日にブログを更新。増田脱退の以前には、昨年11月にメンバーの宮澤佐江が上海のSNH48に移籍(DiVAにも引き続き在籍)するなど、ゴタゴタが続く同ユニットだが、梅田は「こんな逆境ばかりのユニット。笑」と自虐的に笑いつつも、「でも、そのぶん、できた時の喜びが、1番多いユニット。大好きDiVA」とつづり、「どんなになっても、わたしは、信じてる。またDiVAができるって。だって、わたし、大好きなんだもん。大事なんだもん。だから、みんな、待っててほしい。どれくらい待たすかわからない」「わたしは、必ずやるからね。待っててね」と、ユニットの活動継続をファンに誓った。<ref>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130108-00000026-rbb-ent (リンク切れ)</ref>
* 1月7日、AKB48としての活動を辞退した[[増田有華]]が、所属するユニット・[[DiVA]]からも離脱することが発表された。増田は自身のブログで、「自分なりのけじめ」をつけるために脱退を決断したことを明かすとともに、突然の発表となったことに「DiVAのメンバー、ファンの皆さん、関係者の皆さんに多大なるご心配をおかけしてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。本当に本当にすみません」と謝罪した。この発表を受け、同ユニットのメンバーである梅田は8日にブログを更新。増田脱退の以前には、昨年11月にメンバーの宮澤佐江が上海のSNH48に移籍(DiVAにも引き続き在籍)するなど、ゴタゴタが続く同ユニットだが、梅田は「こんな逆境ばかりのユニット。笑」と自虐的に笑いつつも、「でも、そのぶん、できた時の喜びが、1番多いユニット。大好きDiVA」とつづり、「どんなになっても、わたしは、信じてる。またDiVAができるって。だって、わたし、大好きなんだもん。大事なんだもん。だから、みんな、待っててほしい。どれくらい待たすかわからない」「わたしは、必ずやるからね。待っててね」と、ユニットの活動継続をファンに誓った。<ref>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130108-00000026-rbb-ent (リンク切れ)</ref>
* 1月9日、インタビュー。キャプテンを務める梅田が、映画『[[DOCUMENTARY of AKB48 No flower without rain]] 少女たちは涙の後に何を見る?』でのインタビュー撮影直後に率直な気持ちを語った。2011年から12年にかけて飛躍的な成長を見せた梅田はファンの間では努力家として知られる存在だが、その裏にある思いも明かしている。「これまで『DOCUMENTARY of AKB48』の個別インタビューを見ていて、うらやましく思っていましたから、うれしいです!」と笑顔で語る梅田に、先の大躍進の要因と自身の努力の関係を聞くと、努力家ならではの答えが返ってきた。「よく『梅ちゃんは努力家だね』と言われるんですけど、自分に恥ずかしいことをしたくないだけ。後でライブ映像を見たときに、手を抜いている自分の姿を見たら、超恥ずかしいと思うから。秋元(康)先生から『新キャプテン3人の共通点は、努力をしている人』と言われたとき『わたし、努力しているんだ……』と思ったぐらい自覚ないですね」。そんな彼女も2006年、2期生としての公演デビューから8か月後、足の疲労骨折で1年5か月にわたって休業したというつらい過去がある。だが、彼女は再びステージに戻ってきた。「ファンの方のブログなどでの『このまま戻ってこないんじゃないの?』という声がつらかったんです。だから『絶対、戻ってくるし』と自分で言い聞かせてました(笑)。ファンの方のためにも、もう一回絶対ステージに立ちたいという気持ちは大きかった」と当時の気持ちを振り返る。前田敦子の卒業直後に発表したシングル「ギンガムチェック」で念願の選抜入りを果たした彼女は、当時のメンバーの様子を語る。「わたしの中では、絶対的なセンターのあっちゃんがいなくなったことは大きかったんです。でも、『抜けた穴を埋めよう』と優子たち、選抜メンバーが口に出して言うことはなかった。その代わり、その気持ちをパフォーマンスで見せようというものが伝わってきたんです」。彼女が語る“第2章”に突入したメンバーの苦悩と葛藤は、今回のドキュメンタリーでより明らかになるだろう。<ref>http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/cinematoday_N0049038</ref>
* 1月9日、インタビュー。キャプテンを務める梅田が、映画『[[DOCUMENTARY of AKB48 No flower without rain]] 少女たちは涙の後に何を見る?』でのインタビュー撮影直後に率直な気持ちを語った。2011年から12年にかけて飛躍的な成長を見せた梅田はファンの間では努力家として知られる存在だが、その裏にある思いも明かしている。「これまで『DOCUMENTARY of AKB48』の個別インタビューを見ていて、うらやましく思っていましたから、うれしいです!」と笑顔で語る梅田に、先の大躍進の要因と自身の努力の関係を聞くと、努力家ならではの答えが返ってきた。「よく『梅ちゃんは努力家だね』と言われるんですけど、自分に恥ずかしいことをしたくないだけ。後でライブ映像を見たときに、手を抜いている自分の姿を見たら、超恥ずかしいと思うから。秋元(康)先生から『新キャプテン3人の共通点は、努力をしている人』と言われたとき『わたし、努力しているんだ……』と思ったぐらい自覚ないですね」。そんな彼女も2006年、2期生としての公演デビューから8か月後、足の疲労骨折で1年5か月にわたって休業したというつらい過去がある。だが、彼女は再びステージに戻ってきた。「ファンの方のブログなどでの『このまま戻ってこないんじゃないの?』という声がつらかったんです。だから『絶対、戻ってくるし』と自分で言い聞かせてました(笑)。ファンの方のためにも、もう一回絶対ステージに立ちたいという気持ちは大きかった」と当時の気持ちを振り返る。前田敦子の卒業直後に発表したシングル「ギンガムチェック」で念願の選抜入りを果たした彼女は、当時のメンバーの様子を語る。「わたしの中では、絶対的なセンターのあっちゃんがいなくなったことは大きかったんです。でも、『抜けた穴を埋めよう』と優子たち、選抜メンバーが口に出して言うことはなかった。その代わり、その気持ちをパフォーマンスで見せようというものが伝わってきたんです」。彼女が語る“第2章”に突入したメンバーの苦悩と葛藤は、今回のドキュメンタリーでより明らかになるだろう。<ref>http://woman.infoseek.co.jp/news/entertainment/cinematoday_N0049038</ref>
*3月、梅田が自身のTwitterで「なにを求められてるんだろう。。最近よくわからなくなってきたよ」「心がいっぱいいっぱい」などと不安を吐露するツイートを投稿し、ファンの間で心配する声が多数あがっている。梅田は12日深夜に、「おやすみなさい。[[倉持明日香|あすか]]ちゃんが、こないだ撮ってくれてた。(^^)笑」と、ベッドに横たわる写真とともにツイートし、平穏な様子で一旦はTwitterでの交流を締めくくろうとしていたが、その約1時間後に、「なにを求められてるんだろう。。最近よくわからなくなってきたよ。ずっとモヤモヤして、模索してる。でも、わたしが、すべて悪いんだよな。わかってます」と、意味深長なツイートを投稿。その後も立て続けに、「心がいっぱいいっぱい。ごめんね。こんなツイートして」「前でもなく後ろでもなく、 横で共に一緒に歩いてる人を傷つけたのは、わたしですね。ごめんね。みなさん。今日は、自分と話し合います。掌から大事なものを落としてるな、わたし」などと、何かに思い悩む様子をうかがわせるツイートを発信した。キャプテンという重圧のかかる立場にある梅田だけに、チーム内で起きた何らかの問題に思い悩んでいるのだろうか。「共に一緒に歩いてる人を傷つけたのは、わたしですね」などと、メンバー間に何らかの軋轢(あつれき)が生じていることも示唆するツイートに、ファンからは心配する声が相次ぐとともに、「何があったかは分からないけどあまり考えすぎないでね」「そんなに自分を責めちゃダメだぞ。何の解決にも成らないよ」「大丈夫、何があっても味方だよ」などと励ます声が多数寄せられた。そうしたファンからの声に、梅田は「みんな、ありがとう」と感謝したが、「でも、みんなを心配させてごめんなさい。 わたしが悪いから。おやすみなさい」と、再度、自身を責めるツイートを発して締めくくっている<ref name="rbb104598">http://www.rbbtoday.com/article/2013/03/13/104598.html</ref>。
*3月、梅田が自身のTwitterで「なにを求められてるんだろう。。最近よくわからなくなってきたよ」「心がいっぱいいっぱい」などと不安を吐露するツイートを投稿し、ファンの間で心配する声が多数あがっている。梅田は12日深夜に、「おやすみなさい。[[倉持明日香|あすか]]ちゃんが、こないだ撮ってくれてた。(^^)笑」と、ベッドに横たわる写真とともにツイートし、平穏な様子で一旦はTwitterでの交流を締めくくろうとしていたが、その約1時間後に、「なにを求められてるんだろう。。最近よくわからなくなってきたよ。ずっとモヤモヤして、模索してる。でも、わたしが、すべて悪いんだよな。わかってます」と、意味深長なツイートを投稿。その後も立て続けに、「心がいっぱいいっぱい。ごめんね。こんなツイートして」「前でもなく後ろでもなく、 横で共に一緒に歩いてる人を傷つけたのは、わたしですね。ごめんね。みなさん。今日は、自分と話し合います。掌から大事なものを落としてるな、わたし」などと、何かに思い悩む様子をうかがわせるツイートを発信した。キャプテンという重圧のかかる立場にある梅田だけに、チーム内で起きた何らかの問題に思い悩んでいるのだろうか。「共に一緒に歩いてる人を傷つけたのは、わたしですね」などと、メンバー間に何らかの軋轢(あつれき)が生じていることも示唆するツイートに、ファンからは心配する声が相次ぐとともに、「何があったかは分からないけどあまり考えすぎないでね」「そんなに自分を責めちゃダメだぞ。何の解決にも成らないよ」「大丈夫、何があっても味方だよ」などと励ます声が多数寄せられた。そうしたファンからの声に、梅田は「みんな、ありがとう」と感謝したが、「でも、みんなを心配させてごめんなさい。 わたしが悪いから。おやすみなさい」と、再度、自身を責めるツイートを発して締めくくっている<ref name="rbb104598">http://www.rbbtoday.com/article/2013/03/13/104598.html</ref>。
180行目: 178行目:
:ブログ「500公演目。無事終わりました。500公演目終わったときに、どんな景色が見えるんだろうっておもったら、もう、次の景色が見えました。前に前になんて、いつもは無理。凹む日も嫌な日もあるから。でも、いつかいい時がくるんだもん、絶対頑張ってたら。そう思ったら、なんだか、わくわくしてきました。ステージを走りたくなりました。変わらずここにあり続ける劇場。厳しくもあり優しい。そんな劇場に、わたしはこれからも立っていきたいです。梅ちゃんコールありがとうございました。キャプテンコールに途中からかわったね。笑」<ref name="ameba11548019832">http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11548019832.html</ref>
:ブログ「500公演目。無事終わりました。500公演目終わったときに、どんな景色が見えるんだろうっておもったら、もう、次の景色が見えました。前に前になんて、いつもは無理。凹む日も嫌な日もあるから。でも、いつかいい時がくるんだもん、絶対頑張ってたら。そう思ったら、なんだか、わくわくしてきました。ステージを走りたくなりました。変わらずここにあり続ける劇場。厳しくもあり優しい。そんな劇場に、わたしはこれからも立っていきたいです。梅ちゃんコールありがとうございました。キャプテンコールに途中からかわったね。笑」<ref name="ameba11548019832">http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11548019832.html</ref>


===== 2014年 =====
==== 2014年 ====
*2月24日、[[大組閣]]において、梅田はNMB48チームBIIへの移籍と副キャプテン就任が発表される。スピーチでは、「AKB48の中では25歳で一番上で、Bでキャプテンもやっていたので、正直、ここまで来たらHKT48で(出身地の)福岡に帰る感じになるかなと思ってたので、ここ(NMB48チームBII)で来たか!とびっくりしました(笑)。でも先ほどチームの紹介VTRを見たときに、チラシを自分たちで配ったというのをやっていましたし、自分たちメンバーも知ってて、チラシをもらったこともあるんですけど。確かにAKB48が出来たときはチラシ配りから始まったなあっていうのを…初心を思い出して。私も正直すごく不安です。25でこんな転機があるのか?と思いましたが、そんな人生も面白いかと思ってもう一回楽しみながら、メンバーと一緒にやりたいなと思うので、ぜひNMB48ファンの皆さんも、“いやあ、外から来たよ”と思うかも知れませんが、もしよかったらメンバーと一緒にがんばっていきたいし、(副キャプテンとして)キャプテンのことも支えていきたいので、よろしくお願いします」。この前向きな言葉と梅田の笑顔に、救われたようにうなずくメンバーの顔も見え、MCを務めた土田晃之と戸田恵子も「清清しい」と賞賛した<ref name="deview2034472">http://deview.co.jp/News?am_article_id=2034472</ref>。
*2月24日、[[大組閣]]において、梅田はNMB48チームBIIへの移籍と副キャプテン就任が発表される。スピーチでは、「AKB48の中では25歳で一番上で、Bでキャプテンもやっていたので、正直、ここまで来たらHKT48で(出身地の)福岡に帰る感じになるかなと思ってたので、ここ(NMB48チームBII)で来たか!とびっくりしました(笑)。でも先ほどチームの紹介VTRを見たときに、チラシを自分たちで配ったというのをやっていましたし、自分たちメンバーも知ってて、チラシをもらったこともあるんですけど。確かにAKB48が出来たときはチラシ配りから始まったなあっていうのを…初心を思い出して。私も正直すごく不安です。25でこんな転機があるのか?と思いましたが、そんな人生も面白いかと思ってもう一回楽しみながら、メンバーと一緒にやりたいなと思うので、ぜひNMB48ファンの皆さんも、“いやあ、外から来たよ”と思うかも知れませんが、もしよかったらメンバーと一緒にがんばっていきたいし、(副キャプテンとして)キャプテンのことも支えていきたいので、よろしくお願いします」。この前向きな言葉と梅田の笑顔に、救われたようにうなずくメンバーの顔も見え、MCを務めた土田晃之と戸田恵子も「清清しい」と賞賛した<ref name="deview2034472">http://deview.co.jp/News?am_article_id=2034472</ref>。
:ブログ「お久しぶりです。組閣で、NMB48チームB2の副キャプテンになりました。正直不安です。正直ね。支えてほしいです。でも、どんな景色なのかな。秋元さん、社長に、なんで、わたしをここにしたのか。聞きました。それをまた、考えてそして身にしていきたい。んふ うん」<ref name="ameba11781622846">http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11781622846.html</ref>
:ブログ「お久しぶりです。組閣で、NMB48チームB2の副キャプテンになりました。正直不安です。正直ね。支えてほしいです。でも、どんな景色なのかな。秋元さん、社長に、なんで、わたしをここにしたのか。聞きました。それをまた、考えてそして身にしていきたい。んふ うん」<ref name="ameba11781622846">http://ameblo.jp/dance-ayapon/entry-11781622846.html</ref>
*3月5日、4月4日より全国5か所で上演されるミュージカル「イン・ザ・ハイツ」の制作発表が行われ、主人公・ベニー(松下優也)のヒロインであるニーナ役で出演することが発表される。本作は、ニューヨーク・マンハッタンを舞台に、移民者の苦悩・葛藤・希望を通して、家族・友人・隣近所の『絆』を心温まるストーリーで構成する、トニー賞受賞作品。ラテンのリズムやラップを取り入れた音楽が特徴的の舞台で、TETSUHARUが演出・振付を手がけ、ヒップホップ界のカリスマ・KREVAが日本語歌詞を担当し、日本人キャストで初めて上演する。梅田にとってはミュージカル初出演。梅田は「今までAKB48を7年間をやらせてもらっているんですが、その中でも経験したことないことが、毎日いっぱい起こっていて、すごく刺激的だし、すごく緊張しています。でも、これが終わったときに自分がどう変われているのかがすごく楽しみなので、日々たくさんの先輩方にいろんなことを教えてもらいながら頑張っていこうと思います」と笑顔を見せた。ソニー役で共演する中河内雅貴からは「梅田さんは今回初舞台ということですが、いかがですか?」と問いかけて場を盛り上げると、梅田は困惑しながらも「最後に笑ってできるようにしたいなって。AKB48のメンバーはこの中にいないし、代表になる形なので、そこでいい意味でAKB48ってわからないようになるのが、頑張りどころかなと思います」と改めて意気込みをコメント。また、ほかのAKB48メンバーの反応を聞かれると『メンバーに「観に行くね」って言われているので、「観に来るときは言わないでね」って言ってあります。緊張するので……」と照れながら話し、「卒業する大島優子も「観に行くね」って言ってくれて。同期が巣立っていくときに、自分も頑張っていることがあるってすごく嬉しいので、観に来てほしいなと思います」と笑顔で話した<ref name="deview2034882">http://deview.co.jp/News?am_article_id=2034882</ref>。
*3月5日、4月4日より全国5か所で上演されるミュージカル「イン・ザ・ハイツ」の制作発表が行われ、主人公・ベニー(松下優也)のヒロインであるニーナ役で出演することが発表される。本作は、ニューヨーク・マンハッタンを舞台に、移民者の苦悩・葛藤・希望を通して、家族・友人・隣近所の『絆』を心温まるストーリーで構成する、トニー賞受賞作品。ラテンのリズムやラップを取り入れた音楽が特徴的の舞台で、TETSUHARUが演出・振付を手がけ、ヒップホップ界のカリスマ・KREVAが日本語歌詞を担当し、日本人キャストで初めて上演する。梅田にとってはミュージカル初出演。梅田は「今までAKB48を7年間をやらせてもらっているんですが、その中でも経験したことないことが、毎日いっぱい起こっていて、すごく刺激的だし、すごく緊張しています。でも、これが終わったときに自分がどう変われているのかがすごく楽しみなので、日々たくさんの先輩方にいろんなことを教えてもらいながら頑張っていこうと思います」と笑顔を見せた。ソニー役で共演する中河内雅貴からは「梅田さんは今回初舞台ということですが、いかがですか?」と問いかけて場を盛り上げると、梅田は困惑しながらも「最後に笑ってできるようにしたいなって。AKB48のメンバーはこの中にいないし、代表になる形なので、そこでいい意味でAKB48ってわからないようになるのが、頑張りどころかなと思います」と改めて意気込みをコメント。また、ほかのAKB48メンバーの反応を聞かれると『メンバーに「観に行くね」って言われているので、「観に来るときは言わないでね」って言ってあります。緊張するので……」と照れながら話し、「卒業する大島優子も「観に行くね」って言ってくれて。同期が巣立っていくときに、自分も頑張っていることがあるってすごく嬉しいので、観に来てほしいなと思います」と笑顔で話した<ref name="deview2034882">http://deview.co.jp/News?am_article_id=2034882</ref>。


==== NMB48として ====
=== NMB48として ===
===== 2014年 =====
==== 2014年 ====
*4月5日、さいたまスーパーアリーナでの「[[AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~]]」(NMB48単独公演)にNMB48メンバーとして初出演。
*4月5日、さいたまスーパーアリーナでの「[[AKB48グループ春コン in さいたまスーパーアリーナ~思い出は全部ここに捨てていけ!~]]」(NMB48単独公演)にNMB48メンバーとして初出演。
*4月22日、[[BII3rd「逆上がり」]]初日公演に初出演。ユニット曲では[[高柳明音]]、[[木下春奈]]、[[日下このみ]]とともに『エンドロール』を担当。劇場初出演となった梅田は「完全移籍してきました~。初めまして~っ! 初日なんで、何か大阪(気分)の物を身に着けようと、たこ焼き柄の靴下をはいてきました。これから、関西弁を磨きます」と所信表明した。梅田と同じく移籍した市川美織が「(以前兼任していたチームNメンバーから)レモンばばあって言われてるんです」と切り出すと、グループ最年長になった梅田が「え? ババア? じゃ、私はどうなんの?」。すかさず、前チーム時代から生意気な物言いで「クソガキ」と呼ばれていた[[薮下柊]]が「ただのババア!」と返し、これには梅田自身が大爆笑。「ウケる~」と大ウケだった<ref name="nikkan1289256">http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/f-et-tp0-20140422-1289256.html</ref>。
*4月22日、[[BII3rd「逆上がり」]]初日公演に初出演。ユニット曲では[[高柳明音]]、[[木下春奈]]、[[日下このみ]]とともに『エンドロール』を担当。劇場初出演となった梅田は「完全移籍してきました~。初めまして~っ! 初日なんで、何か大阪(気分)の物を身に着けようと、たこ焼き柄の靴下をはいてきました。これから、関西弁を磨きます」と所信表明した。梅田と同じく移籍した市川美織が「(以前兼任していたチームNメンバーから)レモンばばあって言われてるんです」と切り出すと、グループ最年長になった梅田が「え? ババア? じゃ、私はどうなんの?」。すかさず、前チーム時代から生意気な物言いで「クソガキ」と呼ばれていた[[薮下柊]]が「ただのババア!」と返し、これには梅田自身が大爆笑。「ウケる~」と大ウケだった<ref name="nikkan1289256">http://www.nikkansports.com/entertainment/akb48/news/f-et-tp0-20140422-1289256.html</ref>。
204行目: 202行目:
:今回の最終審査では、AKB48から田野、[[横山由依]]、[[岡田奈々]]、NMB48から梅田、[[SKE48]]から[[高柳明音]]、[[JKT48]]から[[仲川遥香]]の6人が参加。劇中曲「Brand New Day」によるダンス審査、「HOME」による歌唱審査、セリフによる演技審査が実施された<ref name="oricon">http://www.oricon.co.jp/news/2043559/full/</ref>。
:今回の最終審査では、AKB48から田野、[[横山由依]]、[[岡田奈々]]、NMB48から梅田、[[SKE48]]から[[高柳明音]]、[[JKT48]]から[[仲川遥香]]の6人が参加。劇中曲「Brand New Day」によるダンス審査、「HOME」による歌唱審査、セリフによる演技審査が実施された<ref name="oricon">http://www.oricon.co.jp/news/2043559/full/</ref>。


===== 2015年 =====
==== 2015年 ====
*6月6日、[[第7回総選挙]]開票。梅田は第56位(獲得票数:17,019票)にランクインし、フューチャーガールズに選出。
*6月6日、[[第7回総選挙]]開票。梅田は第56位(獲得票数:17,019票)にランクインし、フューチャーガールズに選出。


15,441

回編集