「市川美織」の版間の差分

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=== AKB48加入前 ===
=== AKB48加入前 ===
* 小学5年生の時、母親と原宿を歩いているとスカウトされ、スターダストプロモーション<ref name="N984">http://www.cyzo.com/2010/07/post_4984.html</ref>に所属。子役・ジュニアアイドルとして芸能活動を開始する。「(事務所所属時)受けたオーディションは、軽く100回以上にもなります。1日に2回受けることもざらにありました。オーディションには、母が付き添ってくれました。その度にお仕事を早退したり、休んだりしてくれたんです。手続きや資料集めも母任せ。掃除や洗濯などの家事もしながらですから、本当に大変だったと思います。なのに私が合格できたのは、ほんの数回だけ。それもエキストラ同然で、映画や舞台に出たり、雑誌に小さく載った程度でした。でも、いつか運が向いてくるはず。そう励ましてくれました」。<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>
* 小学5年生の時、母親と原宿を歩いているとスカウトされ、スターダストプロモーション<ref name="N984">http://www.cyzo.com/2010/07/post_4984.html</ref>に所属。子役・ジュニアアイドルとして芸能活動を開始する。「(事務所所属時)受けたオーディションは、軽く100回以上にもなります。1日に2回受けることもざらにありました。オーディションには、母が付き添ってくれました。その度にお仕事を早退したり、休んだりしてくれたんです。手続きや資料集めも母任せ。掃除や洗濯などの家事もしながらですから、本当に大変だったと思います。なのに私が合格できたのは、ほんの数回だけ。それもエキストラ同然で、映画や舞台に出たり、雑誌に小さく載った程度でした。でも、いつか運が向いてくるはず。そう励ましてくれました」<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>。一番最初に受けたオーディションで受かったのが、キヤノンの新聞広告。当時12歳<ref name=tabishojo20150421>2015年4月21日放送日テレ『旅少女』元子役メンバーで登山旅行</ref>。
* 中学2年生頃、そんな売れない時代を経験すること4年。「契約期間の更新が迫った頃、事務所から『もう更新できない』と告げられてしまいました。もちろん私もショックだったのですけど、その夜、見てしまったんです。家族が寝た後で、声を押し殺して泣く母の姿を…。もともと私一人が芸能界に憧れていた訳ですが、そこまで付き合わされたら、私の夢が母の夢にもなって当然ですよね。自分の時間のほとんどを娘の夢に捧げている訳ですから」<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>
* 中学2年生頃、そんな売れない時代を経験すること4年。「契約期間の更新が迫った頃、事務所から『もう更新できない』と告げられてしまいました。もちろん私もショックだったのですけど、その夜、見てしまったんです。家族が寝た後で、声を押し殺して泣く母の姿を…。もともと私一人が芸能界に憧れていた訳ですが、そこまで付き合わされたら、私の夢が母の夢にもなって当然ですよね。自分の時間のほとんどを娘の夢に捧げている訳ですから」<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>
* 前の事務所を解雇されたあと、次にボックスコーポレーションに所属。<ref name="N984">http://www.cyzo.com/2010/07/post_4984.html</ref>「次に入った事務所には、2年もいませんでした。こちらも契約を更新して貰えなかったのです。学校の帰りの駅で電話が鳴り、『残念ですが、次の契約は結べないと思います』。あまりに急な通達に呆然として、電車に乗る気にもなれませんでした。うわ~、どうしよう。お母さんになんて説明すればいいんだろう。家に帰ると、私は母に言いました。『おなか空いた~』。つまり、言い出せなかったんです(笑)。それからは、毎週通っていた事務所のレッスン日には、『レッスン行ってくるね』と家を出て、さて、今日はどこで時間をつぶそうか。あの公園は先週も行ったしな、なんて状態です。一度なんか、家を出ようとした私に母が、『ついでに一緒にお買い物しよう』と誘ってきて、ヒヤヒヤしたり。でも、ずっと隠している訳にもいかないし、そのうちバレてしまうだろう。そこで私は決めました。ただ悲しませるんじゃなくて、次のステップを自力で見つけてから、母に報告しようって。それから2ヶ月後、いよいよ母に伝える日がやってきました。順序としては、先に2つ目の事務所をクビになった報告をするべきだとは思ったのですが、やっぱり、“良い報告”の方が言いやすい訳です。私は母に向かって言いました。『AKBに合格したよ!』。そして早口で悲しい方の報告と、それを2ヶ月黙っていた事を謝りました。今までずっと支えてきてくれた母への、私なりの“恩返し大作戦”だったんですけど、果たしてあれは成功だったのかどうか…。だって、天国と地獄を同時に報告されてしまった母は、喜ぶべきか悲しむべきか、怒るべきか褒めるべきか分からない、かなり複雑な顔をしていたから(笑)。今でも、たまに母と二人でその日の事を想いだしては、笑いあってます」<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>
* スターダストを契約満了で抜け、次はボックスコーポレーションに所属<ref name="N984">http://www.cyzo.com/2010/07/post_4984.html</ref>。「次に入った事務所には、2年もいませんでした。こちらも契約を更新して貰えなかったのです。学校の帰りの駅で電話が鳴り、『残念ですが、次の契約は結べないと思います』。あまりに急な通達に呆然として、電車に乗る気にもなれませんでした。うわ~、どうしよう。お母さんになんて説明すればいいんだろう。家に帰ると、私は母に言いました。『おなか空いた~』。つまり、言い出せなかったんです(笑)。それからは、毎週通っていた事務所のレッスン日には、『レッスン行ってくるね』と家を出て、さて、今日はどこで時間をつぶそうか。あの公園は先週も行ったしな、なんて状態です。一度なんか、家を出ようとした私に母が、『ついでに一緒にお買い物しよう』と誘ってきて、ヒヤヒヤしたり。でも、ずっと隠している訳にもいかないし、そのうちバレてしまうだろう。そこで私は決めました。ただ悲しませるんじゃなくて、次のステップを自力で見つけてから、母に報告しようって。それから2ヶ月後、いよいよ母に伝える日がやってきました。順序としては、先に2つ目の事務所をクビになった報告をするべきだとは思ったのですが、やっぱり、“良い報告”の方が言いやすい訳です。私は母に向かって言いました。『AKBに合格したよ!』。そして早口で悲しい方の報告と、それを2ヶ月黙っていた事を謝りました。今までずっと支えてきてくれた母への、私なりの“恩返し大作戦”だったんですけど、果たしてあれは成功だったのかどうか…。だって、天国と地獄を同時に報告されてしまった母は、喜ぶべきか悲しむべきか、怒るべきか褒めるべきか分からない、かなり複雑な顔をしていたから(笑)。今でも、たまに母と二人でその日の事を想いだしては、笑いあってます」<ref name="N11014">『週刊朝日』 2011年10月14日号</ref>。
* 最初の事務所に所属していた12歳の時に一番最初に受けたオーディションで受かったのが、キヤノンの新聞広告<ref name=tabishojo20150421>2015年4月21日放送日テレ『旅少女』元子役メンバーで登山旅行</ref>。


=== AKB48として ===
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