「用語/た行」の版間の差分
→種花 : 更新 タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集 改良版モバイル編集 |
|||
| 50行目: | 50行目: | ||
しかし、同年8月の「[[AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~]]」において、チーム再編([[組閣]])が行われてチーム4が解消。残された各チームの正規メンバー定員を16名に固定しない方針となったことから、チーム8構想は事実上頓挫していた。 | しかし、同年8月の「[[AKB48 in TOKYO DOME ~1830mの夢~]]」において、チーム再編([[組閣]])が行われてチーム4が解消。残された各チームの正規メンバー定員を16名に固定しない方針となったことから、チーム8構想は事実上頓挫していた。 | ||
その後、2014年1月23日、「[[チーム8]] | その後、2014年1月23日、「[[チーム8]]」が誕生することが発表された。トヨタ自動車のスポンサードを受け、従来のチームとは全く異なる方式で全国47都道府県から1人ずつ選び、全国公演を中心とする「会いに行くアイドル」として活動していた。 | ||
=== Ticket Exchange === | === Ticket Exchange === | ||
| 86行目: | 86行目: | ||
== て == | == て == | ||
=== TO === | === TO === | ||
「ティー・オー」。'''ト'''ップ'''オ''' | 「ティー・オー」。'''ト'''ップ'''オ'''タの略で、メンバーから一番気入られているヲタの事<ref name="cyzo3791">[http://www.cyzo.com/2010/02/post_3791.html AKB48ヲタがまた逮捕 ファンを狂信的に駆り立てるAKB48の魅力とは?] - 日刊サイゾー 2010年2月4日</ref>。最近はAKB48の人気があがり、この様なTOと呼ばれるファンがTVに出演する事も非常に多い。代表的なところでは、AKB48一番最初の公演の7人の客の内の一人「お兄ちゅん([[板野友美]]推し)」や、CDを数百枚単位で購入し、AKBに2000万以上注ぎ込んだという「かちょす([[峯岸みなみ]]推し)」などがTOとしてテレビで紹介された<ref name="sj66">TBSテレビ系「サンデー・ジャポン」2010年6月6日放送より。</ref>。 | ||
転じて、メンバーが別のメンバーを一番に推していることも、「TO」と称することもある(例:「[[入山杏奈]]が[[白間美瑠]]の'''TO'''」<ref name="guid2014-p44">講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック2014」P44より</ref>)など。 | 転じて、メンバーが別のメンバーを一番に推していることも、「TO」と称することもある(例:「[[入山杏奈]]が[[白間美瑠]]の'''TO'''」<ref name="guid2014-p44">講談社「AKB48総選挙公式ガイドブック2014」P44より</ref>)など。 | ||
| 93行目: | 93行目: | ||
元々の概念として、グループの人数は「48人」とされていた。しかし、AKB48(グループ)が変化し続ける中で、設定やルールも度々変更されたため、現在'''「定員」という概念はない'''。 | 元々の概念として、グループの人数は「48人」とされていた。しかし、AKB48(グループ)が変化し続ける中で、設定やルールも度々変更されたため、現在'''「定員」という概念はない'''。 | ||
秋葉原48時代の1期生オーディションの段階から、募集人数は「48名」とはっきり明記されている<ref name="ameba10005040702">[http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10005040702.html 逆襲!] - AKB48オフィシャルブログ 2005年10月11日</ref> | 秋葉原48時代の1期生オーディションの段階から、募集人数は「48名」とはっきり明記されている<ref name="ameba10005040702">[http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10005040702.html 逆襲!] - AKB48オフィシャルブログ 2005年10月11日</ref>。実際には採用されなかったが、本来は一軍、二軍制度で、それぞれ定員は24人の計48人体制というのが、デビュー前の初期のアイデアだった<ref name="ameba10003362774">[http://ameblo.jp/akihabara48/entry-10003362774.html ヒットの予感] - AKB48オフィシャルブログ 2005年8月8日</ref>。1期生合格後、2期生の募集が始まったが、やはり合計して48人になるように設定していた。後の雑誌インタビューで、いきさつについて戸賀崎が語っている。「秋元さん、窪田さん、うちの社長と食事をしている時に、秋元さんが『ショークラブをやったらどうなるか、面白いと思わない? 女の子もたくさん50人ぐらいいてさ』と。社長が48っていう数字がすごく好きなので、『50人にするんだったら、48人にして下さい』っていう事で“秋葉原48”になったと聞いています」<ref name="qj87"/> | ||
AKB48公式ブログにはこの様な記載もある。 | AKB48公式ブログにはこの様な記載もある。 | ||
| 100行目: | 100行目: | ||
確かに芝を「48」と読めるという内容は書いてあるが、AKB48の「48」が「芝」からきているとは書いていない。あくまで「48」という数字と奇妙な縁があるという一つの例として挙げているだけである。また、本来「AKB48の48の由来」と、「定員の数」というのはまったく別の話のはずだが、混同してしまう人が多い。{{要出典|ではなぜ「48人」になったのか。これには諸説ある。その一つが前述の「芝が好きな数字」説。あるいは「語呂が良いから」や、「適当に決めただけで深い意味は無い」など様々。}} | 確かに芝を「48」と読めるという内容は書いてあるが、AKB48の「48」が「芝」からきているとは書いていない。あくまで「48」という数字と奇妙な縁があるという一つの例として挙げているだけである。また、本来「AKB48の48の由来」と、「定員の数」というのはまったく別の話のはずだが、混同してしまう人が多い。{{要出典|ではなぜ「48人」になったのか。これには諸説ある。その一つが前述の「芝が好きな数字」説。あるいは「語呂が良いから」や、「適当に決めただけで深い意味は無い」など様々。}} | ||
その後、16人×3チーム=48人を基本としたチーム編成になり、メンバーの卒業などにより正規メンバーに欠員が出ると[[研究生]]から昇格するようになった。[[野呂佳代]]の例えだと「AKBなんて、ところてん式ですから。どんどん押さなきゃ詰まっちゃう。前に出られない」<ref name="zj">{{要出典|text=いつ?|「AKB48の全力で聴かなきゃダメじゃん!!」}}</ref>。しかし、前述のように当初は一軍、二軍それぞれ24人の48人体制を想定していたので、これはデビュー後の後付けの設定。当初は確かに48人定員という設定はあったが、オーディションで優秀な人材が多く集まれば多く獲る事もある上に、少ないからといって才能が無い人を無理やり合格させる訳にもいかない。また揃えたとしても、既存メンバーの卒業なども随時あるため、常に人数ぴったりで運営していく事の方が難しいぐらいである。実際にAKB48は、48人だった事の方が少ないくらいで、そういう意味では定員は無いとも言える。戸賀崎は「最初はグループ名通り、48人揃えるつもりだったんですけど、オーディションをしたら合格しそうな子がその人数に達しなかったんですよ」と後に語っている<ref name="qj87"/>。 | |||
また、[[秋元康]]がリクエストアワー終了後の打ち上げで「AKB48のメンバーとして問題のある8名を減らし、再び48人体制にする」と語っていたと、「週刊文春」2011年2月10日号で記事になったことがある(詳細は[[アンダーメンバー#経緯]]を参照)<ref name="jcast087243">[http://www.j-cast.com/2011/02/03087243.html?p=all AKB48、「慢心すれば降格」 8人を「スーパーサブ」へ] - JCASTニュース 2011年2月3日</ref>。 | また、[[秋元康]]がリクエストアワー終了後の打ち上げで「AKB48のメンバーとして問題のある8名を減らし、再び48人体制にする」と語っていたと、「週刊文春」2011年2月10日号で記事になったことがある(詳細は[[アンダーメンバー#経緯]]を参照)<ref name="jcast087243">[http://www.j-cast.com/2011/02/03087243.html?p=all AKB48、「慢心すれば降格」 8人を「スーパーサブ」へ] - JCASTニュース 2011年2月3日</ref>。 | ||